74:舞台裏-3
「……」
大地が割れ、硝子のマグマが勢いよく噴出する。
噴出したマグマはファティーグモあるいはヒロウグモと言う種族に
また、それに巻き込まれる形でハリも焼かれていく。
が、これについては事前の想定通りであるらしく、特別な場所から観戦している神……『煉獄闘技場』の主は動かない。
それよりも、神が気にしているのは硝子のマグマの作用だった。
単純な熱による破壊だけではない、質量による破壊もある、だがそれ以上に厄介な性質を有しているらしく、堕落の邪神が仕込んだものの起動が、あくまでも彼女のレベルにおいてだが、目に見えて遅れていっている、その作用が興味深いようだった。
「む……」
そうこうしている間に肉体を失ったはずのハリが魂だけで動き……相手の魂を食べた。
これもまた神が気にする事であるらしく、直ぐに手元の機器を弄り、幾つかの事項を確認。
ハリの行為がある種の封印、無害化、消滅に繋がる事を確認すると、機器を弄るのを止めた。
「ふふふ……」
コロシアム内部にハリたちの勝利を告げるアナウンスが響く。
それを聞いてノノは安堵の表情を浮かべ、オニオンたちは目に見えて喜び、堕落の邪神は傍から見ていて滑稽なほどに茫然としている。
ノノの姿がコロシアムから消える。
オニオンたちもこの後にハリたちがどうなるかを理解しているらしく、足早にこの場から立ち去る。
堕落の邪神はそれほどの時間が経ってもなお、目の前で行われた事が信じられないらしく、唖然としていた。
だが、事態がこうなった以上、何時までも『煉獄闘技場』に居られないと判断したのだろう、心が戻ってくると、悔しそうにしつつ、直ぐにその場から消え去った。
「実に楽しそうですね。『煉獄闘技場』の神」
「ええ、とても愉快です。ノノ・フローリィの世界の光神」
『煉獄闘技場』の主……神しか居なかった場に、人間の女性の姿をした光の神が現れる。
ノノの世界の光の神だ。
そして、二人は共に笑顔を見せあう。
「私の予測通りに決闘が進むにせよ、私の予測から外れて決闘が進むにせよ、命がけの戦いを見れて楽しくないはずがないのですから。当然の事です。と言うより、このような戦いが見たいからこそ、私は『煉獄闘技場』と言うものをわざわざ経営しているのです」
「自分の得を得つつ、周囲の利益にもする。とても良い趣味だと思いますわ」
「ふふふ、ありがとうございます」
神が笑うのは当然だった。
彼女の目的は今まさに果たされているのだから。
「それで、今回の決闘はノノ・フローリィのパトロンでもある貴方にとっても満足がいくものでしたか?」
「ええ、とても。おかげ様で、あちらで堕落の邪神を攻撃する材料には事欠かない事でしょう。ああ、勿論、公開規定は守らせていただきます。間違っても貴方様を敵に回すわけにはいきませんから」
「そうですか。お役に立てたなら何よりです。今後もよろしくお願いしますね」
「ええ、今後もお願いします」
光の神が笑うのも当然だった。
今回の決闘の映像を巧みに利用すれば、堕落の邪神に与すれば死後も奴隷のような扱いをされる事の証明も、それだけのリスクを払っても少女一人マトモに害する事が出来ない力の無さも、露わにすることが出来る。
特に、自分の思い通りに行かないだけで茫然とする堕落の邪神の映像は宝のようなものと言っても良かった。
そして、他にも得るものは沢山あったのだから、淑女のような立ち振る舞いを基本とする事を自分に課していなければ、今頃は笑いが止まらなかったであろうぐらいである。
「さて、ついさっき今後もと言いましたが、折角の勝利ですし、ノノとハリには何か贈り物をするべきですね。何か二人が求めているもの、今後必要としそうなものの資料はありますか?」
「ふふふ、こちらをどうぞ。きっと二人も喜ぶことでしょう」
だからこそ光の神は微笑みを浮かべたまま、神から受け取った資料を手に少し悩み、それから幾らか言葉を交わして、それを贈る事にした。
「ところで、ハリが邪神の力を飲み込んだようですが、そちらは大丈夫なのですか? もしも何か悪影響があるなら、ノノのパトロンとして一言くらいは警句を贈りたいのですが」
「問題はありませんのでご安心を。元の魂の性質と能力の都合上、神に仕立てられたものが分け与えた力の残滓などと言う、どうでもよいもの程度で汚染されるような人間ではありませんから。仮に何かあったとしても、その時は私の方で適当に対処すればいいだけの話。むしろ……いえ、これは今はよしておきましょう。まだ未確定の事象ですから」
「……。問題がないなら、私は関わらない事にしましょう。私の懐は無限ではありませんしね」
その後、幾つかの言葉を交わした後、光の神はこの場を去り、神も別の作業を始める。
「あ、でも、ハリ・イグサには腹痛の一つくらいは贈っておきましょうか。食中毒は転生先での死因の中でも、上位に入りますからね。拾い食いはしないように学ばせないと」
そして、神にとっては、ノノもハリも何処にでもいるような闘士であり、特別扱いするような相手ではない。
だからこそ、無茶をした代償となる痛みはごく自然に二人へと贈られていた。
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