73:怠惰堕落との決闘を終えて-1
「っ、ここは……糸通りか」
俺は気が付けば糸通りに転がっていた。
まあ、あれほどの火勢だ。
ヒロウクモとの戦闘の最後の方、俺は異様に調子が良かったが、調子が良かった程度で防ぎきれるような攻撃ではないので、此処に居るのは仕方がない事だろう。
もう一度同じような事があれば、その時は何としてでも耐えて見せるが。
「ハリさん! 大丈夫ですか!? 巻き込むしかなかったとはいえ……」
「ノノさん、と言う事は無事に勝ったんだな。巻き込まれる事も含めて予定通りだから、安心してくれ」
「あ、はい。無事に勝てました。ハリさんのおかげです」
と、ノノさんも戻ってきたらしい。
俺の方へと駆け寄ってくる。
決闘の勝敗そのものはノノさんが生き残っていた事もあり、無事に勝利。
俺たちが勝ち方を選べるような実力者でない事は光の神様も分かっているだろうし、光の神様にもきっと満足はして貰えているだろう。
堕落の邪神?
今頃は悔しさで両手の指でも噛み千切っているんじゃないか?
圧倒的格下であるはずの俺とノノさんにあれだけ好き放題されたのだから。
ざまぁ無いとはこの事だ。
「ありがとう。そして、ノノさんのおかげでもあるな」
「はい、ありがとうございます」
まあ、それはそれとして、俺とノノさんは勝利の喜びを分かち合うべくハイタッチをする。
そして決闘終了後の諸作業をいつも通りに行うべくPSSを取り出そうとして……。
「ふぐうっ!?」
「っう!?」
不意に全身に痛みが走った。
筋肉痛のような……けれどこれまでに感じた事がないような痛みだった。
おまけに腹が痛い。
とにかく痛い。
出す物なんてないのに、ひたすらに痛い。
「ノ、ノノさん……」
「ハ、ハリさん……」
そしてノノさんにも何かが起きているらしい。
その場に倒れ込み、上体を起こす事すら叶わなくなっているようだ。
「ぐっ……」
いったいこれはどういう事だ?
何が起こっている?
俺たちは決闘に勝利し、肉体の再構築を挟んでこの場に戻ってきている。
よって、決闘中にこのような現象を引き起こす何かを受けていても、原因は既に除去されているはず。
であれば、今感じているこの痛みは、こちらに戻ってきてから受けたと言う事になるが……まさか、堕落の邪神の仕業か!?
「あー、やっぱりそう言う事になっているよな。ハリ、ノノの嬢ちゃん」
「まあ、こうなっていて当然よね……」
「オニオンさん……」
「ドーフェ様……」
オニオンさんとドーフェさんが現れる。
ただ、その表情に焦りの色は見えない。
それに今の言葉、俺たちの今の状態について、何か知っていると言う事だろうか?
「説明するぞ。お前たちが今味わっているのは、リバウンドと俺たちが呼んでいる現象だ」
「リバウンド……?」
ドーフェさんたちによって俺たちが楽な状態にされた後、オニオンさんがリバウンドについて説明をしてくれる。
それによるとだ。
リバウンドと言うのは、直前の決闘において魔力の過剰使用、過度の限界突破、魂の消耗を自発的に引き起こすような行動をした闘士に対して、決闘後に課されるペナルティのようなものであるらしい。
症状については個人ごと、状況ごとに違うそうだが、期間については短いものでも一時間、長ければ丸一日程度続くそうだ。
ちなみに俺の症状は全身に激しい筋肉痛、それに珍しい事らしいが、激しい腹痛を伴っている。
ノノさんの症状は立ち上がれないほどの眩暈と全身から力が抜けるような怠さであるそうだ。
で、如何なる方法でも治せないので、黙って耐えるしかないらしい。
「な、何故そんなものを……」
「あー、俺も人伝手に聞いた話と言うか、PSSのネットワークでそれっぽい話を見つけただけなんだが……一応話しておくか」
では、何故リバウンドなどと言うものが存在しているのか。
その辺はオニオンさんによれば、こういう事であるらしい。
昔々、決闘の度に肉体の限界を突破するような動きをし、魔力を暴走としか表現しようのないほどに使い、魂をすり減らすような振る舞いをして戦うような闘士が居たらしい。
その闘士、実力は確かだったらしく、転生の権利を難なく得て、無事に転生を果たしたそうだ。
そして、転生先でも同じような戦い方をして……呆気なく散ったらしい。
『煉獄闘技場』の外と中では、自分の戦い方に伴うリスクに大きな差がある事を理解していなかったがために。
「と言う事で、それ以降、俺たちがリバウンドと呼ぶシステムが『煉獄闘技場』全体に組み込まれたそうだ。まあ、何百年どころか何万年も昔の話だって噂もある話だがな」
「ううっ……」
「おごごご……」
「まあ、マトモな返事なんてしていられないよな……」
なるほど納得はいった。
確かにそう言うシステムは必要だ。
最終的には転生を果たすのが目的なのに、転生先の人生が『煉獄闘技場』での経験が原因で呆気なく終わってしまうのは、問題がある。
つまり、これはペナルティではあるが、同時にある種の教育でもあると言う事か。
だから、全身がこれだけ痛いのに、頭だけはすっきりしていて、思考は冷静に保てると。
痛くしなければ覚えませぬ、と言うところなのかもしれないが、なんて厄介な……と言うか、確かに後半異様に調子が良かったのは認めるけれど、こんなペナルティを喰らうほどだとは認識していなかったんですがぁ!?
と言うか、ノノさんについては神殿で手にした魔法が原因だろうから、微妙に納得がいかないんですがぁ!?
「とりあえずそんな訳だからな。頑張って耐えてくれ。幸いにして、リバウンド中は次の決闘が始まったりはしないから、その辺は安心していいぞ」
「ぐぬぬ……」
「はいぃ……」
ぐぬぬぬぬ……何時か、何時かだ……。
何時か、リバウンドを受けずに、今回のような戦闘を出来るようになって見せる……。
俺はそんな事を思いながら、リバウンドが終わるのを待った。
ちなみにノノさんは一時間で、俺は半日かかった。
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