72:怠惰堕落-7
「ギッグッ……」
俺に殴られたヒロウクモが仰け反り、たたらを踏み、数歩後退する。
「飛んで行って!」
「!?」
そこへ更にノノさんが予め浮かせておいた魔法が叩き込まれ、ヒロウクモは尻もちをつく。
「ニエノ……」
「何処見てんだクソ野郎」
「ビギョアッ!?」
そうして完全に体勢が崩れたところで、俺はヒロウクモの頭部に棍を振り下ろし、目を二つ抉り飛ばす。
また、このタイミングでノノさんはとっておきの為に動き始める。
「キサ、カマ」
「貴様に用は無くても俺にはあるんだよ」
「ボギッ!?」
その動きを捉えたためか、ヒロウクモは俺を無視してノノさんへの攻撃を仕掛けようとし、立ち上がろうとした。
が、その前に俺は大量の魔力を発散し、その魔力によって蜘蛛の糸を燃やすための火を活性化し、ヒロウクモに対する威圧を強める。
強めた上で左腕に魔力を集め、全力で盾を叩きつけ、甲殻の先の内臓へと直接ダメージを与える。
「ヒトノ、ブザ」
「おうおう、怠惰にふける暇なんてねえぞ。クソ野郎」
その一撃はヒロウクモにノノさんへの攻撃を諦めさせ、俺の排除を優先させるだけの威力があった。
だから、ヒロウクモは素早く跳ね起きると、俺に向けて腕を振り下ろす。
「シネ! ツカ、シネ! ハテ、シネ!!」
ヒロウクモは何度も何度も腕を振り下ろし、振り回し、油の影響で燃え上がる糸を吐き出し、落ちている宝石を投げつけてくる。
けれど、その全てが怒りで逆に冷静となった俺には見えている。
そして、怒りで活性化されている体ならば対処も出来る。
振り下ろしは紙一重で避け、振り回しは盾で逸らし、糸は魔力の発散で焼き、宝石は棍で撃ち返しして逆襲する。
勿論全てを凌げるわけではなく、体に細かい傷は積み重なっていく。
だが、再生能力を強化した上に、今の俺ならば溢れ出る魔力で以って容易に回復は出来た。
そして、俺が大量の魔力を使用しているが故に、俺の『ハリノムシロ』の領域の煌めきは、炎と硝子、両方の輝きによって眩しいほどになっていく。
「ノノ・フローリィの名において求めます」
「!?」
「貴様の相手は俺だと言っているだろうが、クソ野郎」
そんな中で準備を整えたノノさんの声と魔力がコロシアム中に響き渡る。
ヒロウクモがノノさんの方を向こうとする。
その前に俺の棍がヒロウクモの首を突き貫いて動きを止める。
「死たる虚無、無我の混沌、消失の深淵、分解の腐敗、冒涜たる破壊。恐れ多き五つ力よ。我が衣となりて我が身をお守りくださいませ」
「サセ、ニエノ……」
「生命根ざす大地よ、生命育む水よ、生命広める風よ、生命より出づる火よ、生命為す四つ力よ。我が威となりて力をお振るいくださいませ」
「やらせるかよ!」
「秩序の光よ、安寧の闇よ、成長する生命よ。世界の根幹為す三つ力よ。我が意に応じて力をお貸しくださいませ」
「ナン、コレハ!?」
ノノさんの詠唱が進む度にコロシアム中の魔力が活性化していく。
ガラスの煌めきはもはや目を細めなければならないほどに。
炎の熱は強化魔法で身を守ってもなお熱いと感じるほどに。
全身を突き刺すような光の圧は身じろぎ一つに針が刺さったような痛みを伴っていくように、変わっていく。
それほどの変化を詠唱段階で伴う事実にヒロウクモは恐怖したのだろう。
腕の先から大量の糸を噴き出しながら薙ぎ払う事で、俺ごとノノさんを叩き潰そうとした。
が、腕を振ろうとした瞬間を狙って、俺は溶けたガラスのような大量の魔力をヒロウクモの腕に叩きつけ、糸を断ち切り、ヒロウクモの腕を俺の魔力でコーティングし、その場から動かす事すら叶わないようにした。
そして、俺の攻撃によって場の魔力は更なる高まりを見せていく。
「五つ力を一に、四つ力を一に、三つ力を一に、生も死も、相反するはずの二の力すらも皆々束ねて、一を為したまえ」
「マ……」
「消し飛べクソ野郎」
コロシアムの地面はまるで噴火をする直前の火山のようになっていた。
地面に亀裂が入り、亀裂からは強烈な閃光のような白い光が漏れている。
その中で俺は残っている全ての魔力を絞り出すように、魂そのものを燃焼させるように、棍、四肢、頭に魔力を集めてヒロウクモに連続で叩きつけ、その場に縫い留め続ける。
「今ここに、世界よ、我が為に力を振るえ。『
「ナ……ナ……!?」
そうしてノノさんの詠唱の全てが終わり……魔法が放たれる。
「ーーーーーーー……!?」
「……」
魔法の名は『
今回の決闘中に一度だけ使えると言う条件の下で、神殿で習得してきたノノさんのとっておき。
その効果は周囲の環境と魔力の状態に応じた強力な魔法を発動させると言うものであり、今回の場合は……溶融したガラスが溶岩のように噴き上げて、俺ごとヒロウクモを飲み込み、焼き尽くし、潰し尽くし、浸食し尽くす、大噴火としか称しようのない炎を生じさせた。
発動したのがコロシアムの中であるために外に影響が及ぶ事は無いが、そうでなければ恐ろしい範囲に致命的な被害をもたらす事が間違いないであろう大魔法だった。
「カク、カクナ……」
「死ね。クソ野郎」
そんな、死で満たされているとしか言いようのない状況下でも、肉体を失い、魂だけとなって、今にも消滅しようとしているヒロウクモは何かをしようとしていた。
だが、その何かの前に意識だけであるはずの俺はヒロウクモの意思を噛み砕き呑み込んだ。
≪決闘に勝利しました≫
≪肉体の再構築後に所定の場所へと転送いたします≫
たぶん、勝利のアナウンスが響いた。