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70:怠惰堕落-5

「ーーーーー!?」

 元となった油の名前は『クモイトモヤシ』。

 ただ撒くだけでも蜘蛛の糸のような細い糸を焼き切れると言う特殊な油である。

 そして、この油を基に改良と調整を加えたのが、今回ノノさんが使った油だ。


「いい燃え具合だ」

 対象はヒロウクモ・怠惰堕落(スロウコラプス)の糸に限った。

 糸の外にまで生じる熱は控え目で、俺の強化魔法でも呼吸を保てる程度の熱に抑えた。

 魔力の炎であるために、酸素を消費せず、その分だけ物理的破壊力も下がった。

 代わりに持続時間と延焼性能は極めて高く、今頃ヒロウクモは体内にまで炎が及んでいて、腹の中に大量の熱い湯を注ぎ込まれたような状況になっている事だろうし、このまま決闘が終わるまで消える事もないだろう。

 ついでに俺の魔力も幾らか混ぜ込んで、敵が取り込んだ場合のダメージを少しだが底上げしている。

 消費したポイントは20ポイント。

 だが、ヒロウクモの悶絶具合を見る限り、ポイント分の価値はあったと思っていいだろう。


「ーーーーー!」

「おっと……」

 炎の向こうからヒロウクモが現れる。

 俺の身長と同じくらいの体高を持ち、八本の脚を素早く動かして、こちらに迫ってきている。

 胴体と脚のところどころには宝石がくっついているが、炎の影響で宝石は次々に落ちて行く。

 そうして十分に距離が詰まったところで、一番前の鉄杭のような脚を振り下ろし、俺を串刺しにしようとするが、それは簡単に避けた。


「ノノさん! 攻めるぞ!」

「はいっ!」

 うん、ヒロウクモの糸についてはほぼ処理出来たと考えていいだろう。

 ならば、次は本体の攻略だ。


「ファティ!」

「起動せよ。『ハリノムシロ』」

 まずはヒロウクモの脚による攻撃を回避しつつ、『ハリノムシロ』を再起動。

 大丈夫だとは思うが、ヒロウクモの攻撃がノノさんに向かわないようにする。


「ティィグ!」

「遅いな。当たり前だが」

 ヒロウクモは何度も何度も脚を振り下ろす。

 だが、脚を振り下ろす勢いは速くても、脚を持ち上げる速さ、狙いを付ける時間、そう言ったものが遅いため、避ける事はやはり容易だ。

 しかし、これは当然と言えるだろう。

 なにせこのヒロウクモは怠惰堕落、自分で餌を取る事など止めて久しく、普段ならば相手の動きを止めるのに用いる事が出来る糸は現在進行形で燃えてしまい使えないのだから。


「グッモ!」

「酸か」

 と、ここでヒロウクモが口から何かしらの液体を放ちつつ噛みつこうとしてくる。

 噛みつきは容易に避けられたが、液体の方は避け切れずに盾に被弾。

 が、効果なし。

 液体に触れた地面が解けている事から、何かしらの酸であるようだが、俺の魔法の性質とは相性が悪かったようだ。


「ふんっ!」

「!?」

 では折角なので逆利用させてもらおう。

 と言う訳で、酸が付いたままの盾で殴りつけ、ヒロウクモの顔面に僅かだが火傷を負わせる。


「魔よ、土となり、矢となり、鋭く飛んで射貫け! 『土矢(ソイルボルト)』!」

「ーーー!?」

 そこにノノさんの攻撃として、土の矢が同時に数本飛び込み、突き刺さる。

 しかも一本はヒロウクモの目に突き刺さり、ヒロウクモの目を潰す事に成功する。

 この攻撃にはヒロウクモも堪らずと言った様子で悲鳴を上げ、仰け反る。


「ファファファ……」

「さて、このまま楽に終わってくれると嬉しいんだが……そう上手くはいかないか」

 仰け反っている間に追撃を仕掛けるような真似はしなかった。

 位置の調整と、強化魔法の強度を上げ直しておきたかったからと言うのもあったが、少々嫌な予感がしたからだ。

 そして、俺の予感は正しかった。


「ハリさん! 気を付けてください! 周囲の魔力を体内に取り込んで、体内の魔力が異様に高まってます!」

「ああ、分かってる!」

「ファファファ……」

 仰け反りから戻ってきたヒロウクモの目は黒から赤に変わっていた。

 体内で荒れ狂う炎の影響か、それとも少なからず取り込んだであろう俺の魔力の影響か、体の節々からは赤い湯気のようなものを上げている。

 蜘蛛の表情など分からないはずなのだが、それでも殺意に満ちていると、俺は感じずにはいられなかった。


「ファティイイイィィグウウゥゥ!!」

「なるほどそう来たか!?」

 直後、ヒロウクモは大きく飛び上がり、俺へとボディプレスを仕掛けてくる。

 これについては挙動の大きさもあって容易に避けられたが、問題はその次。

 燃え上がっている蜘蛛の糸をギロチンのように降らしてきたのだ。

 どうやら、大量の魔力を利用した魔法によって、糸が燃え尽きるまでに少しばかりの時間が生じるようにし、その間に俺へと叩きつける事で攻撃にしているようだ。


「ぐっ……だが、甘い!」

「!?」

 攻撃の密度の高さもあって、悔しいがその全てを避けることは出来なかった。

 だが、盾で受け流し、棍で絡め取る事で、致命傷を避けつつ受けることは出来た。

 そして、そのように受けたからこそ、俺は未だにヒロウクモの近くに居た。

 なので、遠慮なくヒロウクモの顔面に棍を叩きつけ、目の一つを叩き潰す事に成功する。

 けれど、それ以上に重要な事がある。


「さあ、ノノさん……今だ」

 ヒロウクモは俺に攻撃を仕掛けた。

 ヒロウクモは俺の反撃を受けて怯んだ。

 ヒロウクモはノノさんに注意を向けていなかった。

 ヒロウクモは隙だらけだった。


「魔よ、土となり、矢となり、鋭く飛んで射貫け! 『土矢(ソイルボルト)』!」

「ーーーーー!?」

 ノノさんの放った土の矢が、ヒロウクモの口から体内へと侵入し、そのまま首を突き破った。

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