7:部屋の外へ-1
「とりあえず外に出てきてくれ。この部屋は俺にはサイズが合わなさそうだ」
「あ、はい。分かりました」
俺は男性の声に従って、部屋の外に出る。
それと言葉遣いには気を付けておこう。
此処での生活を指南してくれるアドバイザー相手に無礼な振る舞いをして、良い事があるとは思えない。
「それじゃあまずは自己紹介と行こうか。俺の名前はオニオン・オガ・マスルロド・キドー。オニオンと呼んでくれ」
「俺はハリ・イグサと言います。今日はよろしくお願いします。オニオンさん」
「おう。任せてくれ。礼儀正しい奴の案内なら、こちらとしても大歓迎だ」
男性……オニオンさんの印象を一言でまとめるならば赤鬼だろうか。
俺よりも頭二つか三つ分は背が高く、額から生えている二本の角、真っ赤な肌、虎柄のズボン、筋骨隆々の肉体と、神話や伝承で語られる鬼そのものような姿をしている。
けれど見た目ほどには、言葉から荒さは感じない。
どうやら、アドバイザーを任されるだけあって、理性的な人でもあるらしい。
「さて、自己紹介はこれでいいとして……そうだな。こいつは確認だが、お前は俺みたいな奴は初めて見た感じだよな?」
「えーと……」
「ああ、みなまで言わなくてもいいぞ。反応で大体わかる。お前の元居た世界の人間は、お前に似た姿のしか居なくて、俺みたいなのは居なかった。語られていても物語の中だけだったとか、そんな感じだろう?」
「その通りです」
俺はオニオンさんの言葉に素直に頷く。
「じゃ、此処が何処からか説明するべきだな」
そう言うとオニオンさんは俺たちが今居る路地裏のような空間の壁によりかかり、俺にも楽にするように促す。
此処で気が付いたのだが、この路地裏のような空間、通路の細さこそオニオンさん一人が普通に歩くのが限度なくらいなのだが、照明は少し薄暗い程度だがちゃんとあるし、壁にはアートとして通用しそうな絵が描かれているが汚れは一切ない。
それと、俺の部屋に繋がるものと同じ扉は幾つもあるのだが、なんと言うか、何処からも人が居る感じがしない。
割と不思議な空間になっているようだ。
「此処は運営の言う通り、『
「色んな世界……」
「おおそうだ。本当に色んな世界から死者が集まってる。そして、お前も経験したように、集まってきた死者の殆どは闘士として闘技場に上がり、戦いの日々を送る世界でもある」
「なるほど」
『
それが此処の名前であるらしい。
俺の神話知識の範囲内だと、北欧神話辺りに、優秀な戦士が死後に集められ、ラグナロクに備えて研鑽を積む屋敷の話があったはず。
そういう物に近い世界なのだろうか?
「でだ。色んな世界から集まってきていると言う事で一つアドバイスだ。決闘の場ではなく、こちらで会っている時点で、どれだけ奇想天外な見た目をしていようとも意思の疎通は可能だ。それこそ海月が直立歩行しているようにしか見えない奴だろうが、全身が目玉と触手で出来ているような生物だろうが、空を飛ぶ南瓜だろうがな」
「なるほど。常識の差はあるにしても、見た目で決めつけるな、と」
「そう言う事だな」
いや、もっと魑魅魍魎に溢れていると言うか、奇々怪々と言うか、割と何でもありであるらしい。
そう考えると、オニオンさんは見た目も中身もアドバイザーとしては適切な人物であるのかもしれない。
「えーと、これで最低限の説明は大丈夫か。後は目的地に向かう道すがらで説明していけばいいだろう」
オニオンさんはそう言うと何処からともなくスマホのような物体を取り出して、何かの操作をする。
そして、スマホのような物体を消すと、通路の片方に向かうように動き出し、俺を手招く。
どうやら目的地とやらへの移動を始めるらしい。
「さてハリよ。さっきも言ったとおり、此処に居る時点でそいつは意思疎通が可能な相手だ。それはいいな」
「はい、大丈夫です。オニオンさん」
俺たちは路地裏のような道を歩いていく。
すると少しずつだが喧騒が近づき、照明が明るくなっていく。
どうやら、俺とオニオンさん以外が居る場所に出るようだ。
「そうして意思疎通が可能である上に、とあるルールもある事で、此処の治安は非常に良い。それこそ泥酔した女が一人でそこらで歩き回っていても、犯罪は起きないレベルだ」
「それは凄い……」
そして俺は路地裏を出て……言葉を失った。
「……」
「ま、そう言う反応になるよな」
そこはこれまで居た通路よりも数倍大きな通路……いや、道路であり、道の両脇には高いビルが建っている。
その高いビルにはビル同士を繋ぐような通路があったり、超高速でビルの壁面を移動するエレベーターがあったり、ビルとビルの間の空中を飛んで行く車のような物も垣間見えている。
他にも壁を歩いている人の姿や、上下逆さまになって歩いている姿も見えるし、空なのか天井なのか分からない空間も広がっている。
なんと言うか、SF世界のような街並みが広がっていた。
「……」
「さて少し待つか」
だが、純粋なSF世界ではないだろう。
エルフとしか称しようのない耳の長い女性がハープを弾いている姿であったり、ドワーフとしか称しようのないひげもじゃの男性が、狼男としか言いようのない相手とトランプのようなもので遊んでいる姿であったり、全身がメタリックに光を反射しているアンドロイドが、下半身が蜘蛛の女性と話していたりもある。
いや、よく見れば手のひら大の妖精としか言いようのない生物も居るし、頭が蛸の人間が煙草を吹かしても居るし、ケンタウロスが荷運びのようなものもしているし、スケルトンが自分の肋骨を指さしながら何かを話しても居るし、俺の知性ではどう表現するのか悩むような人間も少なからず居る。
正に人種の坩堝と言うか、あらゆる世界の死者が集められているのだと、あっさりと理解させられるような光景がそこには広がっていた。
「……」
「どれぐらいで戻ってくるか」
しかし、俺が元居た世界との繋がりが無いわけでもないのだろう。
普通の螺旋階段やエスカレーターのようなものも見えるし、ビルによっては一階にカフェが入っているようにしか見えない場所もある。
闘技場で今行われている決闘を流していると思しきテレビもあれば、オニオンさんが何かしらの飲み物を買っているらしい自販機のような物体も見えている。
自転車をこぐ人間の姿もあれば、スケートボードに乗るリザードマンの姿だってある。
街路樹に観葉植物もあれば、噴水のようなものだってある。
古今東西と言うか、未来も異世界もごった煮、秩序だった混沌。
あらゆるものが混在し、同時に存在しなさそうな技術が並立し、それなのに全体としては整って見える、そんなあり得ざる世界が此処にはあった。
「はっ!?」
「お、割と早かったな」
とりあえず俺の精神がフリーズ状態から復帰して現実に戻ってくるまでには、5分ほどかかった。
本編で出てくるのは暫く先になると思うのでこちらで明言いたします。
本作における人間の定義は、物理的実体を有する事、道具を扱えるだけの知性を持つ事、意思の疎通が可能である事、以上の三点を満たす事です。
それ以外はどうなっていても、この三点さえ満たしていれば人間です。
多少奇妙なものが出歩いていても人間です。