67:怠惰堕落-2
「流石に速いな……」
狼の死体の動きは速かった。
魔法による補助もあるのか、俺が『煉獄闘技場』の初戦で戦った狼よりも明らかに速い。
「だが……」
眼前にまで迫った狼の動きが消える。
横やりが入ったからではない。
自分から横に跳ぶ事で、棍による迎撃を試みていた俺の攻撃を避けたのだ。
そして着地と同時に本命であろう噛みつきが俺の喉笛へと迫ってくる。
「見えている!」
「!?」
しかし、その全てを俺はきちんと認識出来ていた。
認識して、棍から手を放して、左手の盾で狼の鼻先を殴り飛ばして、怯ませる事に成功した。
普段の俺ならば絶対に反応できなかったであろう攻撃に対処できた絡繰りは至極単純。
神殿で、次の決闘が終わるまでの期間限定で、観察能力と反応能力を底上げしておいたからだ。
支払ったポイントは15ポイントにもなったが、支払っただけの価値は早速示された。
「うおらぁ!」
「!?」
で、この好機を逃がす理由はないので、俺は続けてハイキックを繰り出し、空中に居る狼の死体に蹴りを当てて、宙に居る時間をさらに伸ばす。
「魔よ、水となり、矢となり、鋭く飛んで射貫け! 『
「ーーー……!?」
「ナイスノノさん!」
そこへ俺と同じように観察能力と反応能力を強化してあるノノさんの『水矢』が飛来し、狼の死体に直撃。
胴体の中心部分を射貫かれた狼の死体は、矢の勢いそのままに飛んで行き、地面に縫い付けられる。
倒してはいないが、これで抑えることは出来ただろう。
「!」
「おっと……ちっ」
と、ここで人間の死体が俺の所にまで到着。
剣を振り下ろしてきたので、盾で防ぐ。
人間の死体の剣はただの鉄製だが、魔力が込められている上に、死体であるが故にか人体の限界を超えるような勢いで振り下ろされており、かなり重い。
ただ一度受けただけだが、それでもずっしりと来ている。
「!」
「受けるのは厳しいが……そうでないなら何とかはなる、なっ!」
だがそれだけだ。
剣筋は素直を通り越して考えなし。
目の前の敵を切り殺すためにがむしゃらに振るっているだけで、距離を取る、回り込む、ただこれだけで凌げる。
狼と同時に来ていたら厄介だったが、個別に来るならばそこまで脅威ではないだろう。
が、脅威でないからと長引かせる意味はない。
「!」
「此処だ!」
なので、俺は何度か攻撃を凌いでいき、その時を待つ。
そして、その時……人間の死体が剣を大きく振り上げ、振り下ろそうとするタイミングが来た。
そのタイミングで俺は突きを放ち、棍の先端の割れている部分で、人間の死体が持つ剣の刃を捉え、捻り、弾く。
「!?」
人間の死体の手から剣が失われる。
この死体にとって剣は武器であると同時に、防具でもあった。
と言う事はだ。
「魔よ、水となり、球となり、矢のように飛んで行け! 『
「よっと」
「!?」
ノノさんの放った『水球』を防ぐ方法がないと言う事であり、胸部に『水球』が直撃した人間の死体は下半身を残して爆発四散した。
どうやら、ミイラ化した死体は体に水分がないからこそ十分な強度を有しているのであり、水の魔法によって水分を得ると、それだけで大きく強度を削られるようだ。
現に、数十秒前に『水矢』を撃ち込まれた狼の死体は全身がグズグズになってしまい、身動きが取れなくなっているようだ。
そのため、ヒロウクモも狼の死体を動かすのは諦めたらしく、微かな魔力の動きと共に完全に動きを止めた。
「ファファファ……」
「次は虫と蜥蜴か」
「ハリさん。気を付けてください」
「言われなくても」
ヒロウクモの身体から、何かしらの昆虫の死体と、大きな蜥蜴の死体が落とされ、落とされた死体はゆっくりと立ち上がっていく。
その間に俺はヒロウクモへと駆け寄っていき、ノノさんも歩きで位置調整をする。
「起動せよ! 『ハリノムシロ』!」
「!?」
接近目的は言わずもがな。
『ハリノムシロ』を再展開し、ヒロウクモを『ハリノムシロ』の効果範囲内に収める事。
その効果はきちんとあったらしく、何となくだが、糸の塊の向こうから俺に対する視線を感じるようになった。
また、昆虫の死体も、蜥蜴の死体も、それぞれ別のタイミングで、ミイラ化した瞳を使って俺の方を見つめてくる。
「来いよ。部下任せの堕落野郎」
「ファティィ!」
昆虫の死体と蜥蜴の死体が俺の方へと同時に向かってくる。
さて、どちらから対処するべきか。
昆虫の死体の能力は、その種族すら分からないので、完全に不明。
とりあえずカマキリ、蝶、トンボのような分かり易い形はしていない、サイズが俺の上半身並みである事を除けば、その辺に居そうな虫だ。
蜥蜴の死体は……たぶん、純粋物理。
ただ単に堅く、力強いだけとみる。
であればだ。
「せいっ!」
「!?」
俺は一歩力強く踏み込み、全身の力を乗せつつ棍をフルスイング。
昆虫の死体を大きく吹き飛ばす。
昆虫の死体は何度か地面を跳ねた後、着地した。
また俺の下に着くまでには少し時間がかかるだろう。
「!」
「よっと」
そして蜥蜴の死体が飛び掛かってくるのを多少の擦り傷と引き換えに避けると、棍で突いて、牽制をする。
そんな俺の攻撃を受けてか、蜥蜴の死体は追撃をしようとはせず、こちらの様子を窺っている。
「ま、来るわけないか。お前がやっているのは、死体を操るのではなく、正確には死体を特定の目的に向けて動くようにするだけだもんな。考えるのも、食事を確保するのも、食事を運ぶのも、全部死体の仕事であって、お前はグータラしているだけ。故に
「……」
俺は挑発するような言葉をヒロウクモに向けるが、ヒロウクモに反応は見られない。
俺を狙うのは、自分の巣に一番近いからであって、それ以上の理由はないと言わんばかりだ。
が、それでいい、その方が都合がいい。
俺を先に始末したい堕落の邪神の意向もありそうだが、俺が狙われる方が戦いやすいのは確かだからだ。
「!」
「来たか」
そうしてヒロウクモの様子が分からないまま、再び蜥蜴の死体が俺の方へと襲い掛かってきた。