66:怠惰堕落-1
≪決闘が設定されました≫
≪決闘の開始は1時間後になります≫
『PvE:ハリ・イグサ & ノノ・フローリィ VS ヒロウクモ・
「「……」」
俺とノノさんがコロシアムに転送される。
今回のコロシアムのサイズは……広い。
直径で50メートル近くはあるだろうか。
また、土の地面は変わらずだが、石で出来た柱が何本か立っている。
この柱は、俺でも体の半分以上、ノノさんなら立ち方によっては体を完全に隠せるだけの幅と、2メートル近い高さがあり、遮蔽物として使える事だろう。
「ハリさん」
「ああ、そうだな。とは言え、見ているだけだ。何もできない」
しかし、今日はコロシアムの変化以上に大きな違いがある。
俺たちが立っている側の反対側、真正面の客席の最上段近い場所に人影がある。
「まあ、いっその事、決闘中の俺たちに手を出してくれた方が、光の神様的には楽に済んで助かったー、と言うところだろうけど」
「それは……そうかもしれませんね」
それはヘドロを煮詰めて人の形にしたような存在だった。
こちらの事を観察するように赤い目を輝かせ、紅い三日月の口に自分の指を運んでは爪を噛み、髪先からは朱い煙を垂れ流している。
奴が何者なのかは分かっている。
外見と挙動とは無関係に湧き上がる不快感と怒りが教えてくれている。
奴こそが堕落の邪神、ノノさんを呪った神。
光の神様の言い分や、ノノさんのこれまでを見るまでもなく、許しがたい、認めがたい存在であると、俺の全感覚が告げている。
「ま、そんなものは望めないんだがな」
奴は……敵だ。
不倶戴天の敵だ。
今回は奴の先兵を葬る以上のことは出来ないが、いつか必ず撃滅しなければならない。
何時か必ず……叩き潰す。
「……。ハリさん、今は。オニオン様たちも来ているようですから」
「ああそうだな。切り替えていこう。オニオンさんたちにだらしない所は見せられない」
さて、今日のコロシアムには堕落の邪神以外にも人影がある。
オニオンさんと、数人のドーフェさん、それにオニオンさんの友人であろう数人が、俺たちの背後の席に座っている。
笑みを浮かべ、酒を飲み、つまみを食べながら、何時決闘が始まるのかと待っている。
俺はオニオンさんたちの方を一度見て笑みを浮かべると、ノノさんと軽く拳を合わせる。
どうやらノノさんの状態は万全のようだ。
≪決闘相手が現れます。構えてください≫
「さて、可能な限り計画通りに行こうか」
「はい、そうですね。ハリさん」
アナウンスと共に紫色の光が集まっていく。
その量はこれまでの決闘相手とは比較にならないほどに多く、まるで小山のような集まり方をしている。
そうして光が十分に集まると、端の方から実体化していく。
「分かってはいたが、趣味が悪い」
さて、現れたヒロウクモの姿を簡単に述べるならば……死体と言うゴミを幾つもくっつけた粘着ボール、ホラーゲームに出てきそうな入道雲、死体を飾りにした白いクリスマスツリー、この辺だろうか。
大量の白い蜘蛛の糸が山のように積み重なった上に、勲章か何かのように死体が飾り付けられているために、そのように見えるのだ。
「ハリさん。資料とは少し死体が違いますね」
「確かにそうだな。堕落の邪神か『煉獄闘技場』の主が調整として弄ったか? 難易度調整みたいな感じで。使ってくる戦術も変わるだろうから、注意が必要だな」
「そうですね」
死体の内容は……普通のヒロウクモ、人間、狼、大きな蜥蜴、何かしらの昆虫、棘だらけの球体……どれもこれもミイラ化しているので、細かいところまで知るのは難しい。
数については各一体ずつなのは幸いか。
今回のヒロウクモには死体を操る能力があるそうだが、丁寧に処理すれば、潰すまでにかかる時間は抑えられそうだ。
逆に、その死体で何が出来るか分からないのは注意点になるが……全部が分かるわけではないのは元から分かっていたので、どうにかはなるだろう。
「ファファファ……」
ヒロウクモの鳴き声と思しき声が聞こえる。
その巨体が少しだけ揺れ、本体が隠れている場所に繋がっているであろう糸の隙間からガサゴソと音が鳴り、人間の死体と狼の死体が地面に落ちる。
そして落ちた死体はゆっくりと立ち上がり、狼の死体は牙を剥き、人間の死体は手に持った剣を構える。
「始まるか」
俺は一歩前に出て、棍を構える。
既に棍の先には十分な量の魔力を集めている。
「魔よ、命となり、矢となり、構えられた矢のように留まれ。『
ノノさんも杖を構え、魔法を詠唱。
緑色に輝く魔力の矢を自分の近くに浮かべる。
「……」
堕落の邪神は汚い笑みを浮かべている。
≪決闘を開始します≫
決闘開始のアナウンスが響く。
「ファティィ!」
同時に、ヒロウクモが操る二体の死体が俺たちの方に向かって突っ込んでくる。
「起動せよ! 『ハリノムシロ』!」
俺は『ハリノムシロ』を起動し、周囲の地面と石柱の表面に無数のガラス片を出現させる。
「飛んで行って!」
ノノさんはヒロウクモの本体に向けて矢を飛ばし……
「やっぱり駄目ですね」
「ま、そう簡単に行くわけがないよな」
魔力の矢は俺たちの予想通りに受け止められ、吸収され、消えてしまった。
そして、その頃には、俺の眼前にまで狼の死体は迫っていた。