64:次の決闘の前に-3
「良く来ましたね、ノノ。それにハリ、でしたね」
転移した先は神殿の一室を基に、面会室に変えたような部屋……と言うか、『煉獄闘技場』の主と遭遇した時の部屋と同じような状態だった。
そして、透明な板のように見える壁の向こうには柔らかな光を周囲に向かって放つ女性型の光の塊が居た。
比喩表現ではない。
本当に光の塊が居て、こちらに話しかけて来た。
「えっ、あっ……」
「お招きいただきありがとうございます。ノノさんの世界の神様、光の神様でよろしいでしょうか?」
「はい、私が光の神です。素晴らしい心構えですね。ハリ」
彼女がどなたなのかは、まあ、深く考えなくても分かる。
現状の俺たちに手厚い支援をするような方など、ノノさんが『煉獄闘技場』に来る前に会ったと言う光の神様か、光の神様の周囲の神々ぐらいだからだ。
ノノさんもそれは分かっていたはずだが……流石に転移からノータイムでご対面と言うのには、驚きの色を隠せなかったらしい。
「お、お招きいただきありがとうございます。光の神様」
「はい、よく来てくれましたね。ノノ」
なお、『煉獄闘技場』に他の世界から神様がやってくる事も、よくよく考えてみれば、そう不思議な事ではない。
転生とは生前の世界とは別の世界に行くことで、別の世界にはまた違う神様が居て、『煉獄闘技場』には無断で転生者を送り込むメリットなどないのだから。
なのでまあ、実はこれまでに俺たちがすれ違った人たちの中にも、実は人間ではなく神様が混ざっていたのかもしれない。
「さて、時間もない事ですし、今の貴方たちに必要な事を伝えましょう。楽な姿勢で構いませんよ」
「わ、分かりました」
「はい」
さて、光の神様が俺たちを招いた理由だ。
「次の決闘。貴方たちが戦うのは、ノノ、貴方に呪いをかけた堕落の邪神の縁者です。彼の邪神は、現世で狩られ、死した自らの縁者たちの魂を、何かしらの理由と手法で手元に置いておいたようですが、この度はその一部をこちらに決闘の相手として送り込んだようです」
「はい」
やはりノノさん関係の話であったらしい。
それにしても縁者たち、手元に置いておいた、その一部、か。
つまり今後も送り込まれてくるだろうし、これまでも送り込まれていた、オニオンさんが戦っていたのも、その内の一体と言う事か。
「貴方たちが戦う相手については添付しておいたデータを参考にしていただくとして……何故、送り込んでくるかについて話しておきましょうか。まあ、そこまで複雑な話ではありません。ノノ、『煉獄闘技場』と言う正規の手段でしか干渉できない世界に居る貴方を苦しめる為です」
「っ……」
「……」
分かってはいたが、やはりノノさんに呪いをかけた相手……堕落の邪神と言うのは、相当にクソッタレな存在であるらしい。
そして、そんな目的で仕掛けてくるのならだ。
「そのような目的である以上、次の決闘は自身の目で直接見に来ることでしょう。少なくとも相応の目は送り込んでくるはず。そして、そこで貴方が苦しみ、敗れれば、貴方の感情を糧とする事で、堕落の邪神は大きく力を付ける事でしょう」
「そんな……」
「なるほど」
次の決闘は間違っても負けられない、と言う訳だ。
だから、光の神様は『煉獄闘技場』のルール上、問題がない範疇でこちらに手を貸している、と。
まあ、光の神様にとってはノノさんを助ける事は目的ではなく手段であり、目的は堕落の邪神の力を削ぐ事なのだろうけど……。
「どうかしましたか? ハリ」
「ハリさん?」
「いえ、なんでもありません。続きをどう……ああいえ、折角だからお聞きしたいことがあります」
信用は出来るか。
無償の支援などと言う怪しげなものよりも遥かに。
勿論、こちらを捨て駒なり囮なりにしてくる可能性もあるが、それも光の神様の目的を達成するためなのだろうから、こちらで注意を払えばいい事だ。
ならば、こちらの目的を達成するためにも、もう少し深い情報は得ておくとしよう。
「ふむ、何でしょうか」
「堕落の邪神。と、言いましたか。一体どのような神なのか、もう少し詳しく教えていただけませんか? それと、貴方が今俺たちに助力をしているのと同じように、堕落の邪神が俺たちの決闘相手に助力を出来るか否かについてもお願いします」
「ふむふむ、なるほど。確かにそれは気にしておくべき事柄ですね。答えましょう、ハリ」
俺が求めた情報は二つ。
堕落の邪神が如何なる神であるのか、堕落の邪神が決闘に干渉出来るかだ。
「堕落の邪神が如何なる神であるのか。そうですね……今の堕落の邪神はとても新しい神です。正確に言えば、また新しく生まれた、と言った方がいいかもしれませんが、この辺りの事情については貴方たちが気にする事ではありませんね。貴方たちが気にするべきは、彼の邪神の性格と能力でしょう」
「はい、そうですね」
「性格については簡単に述べるならば陰湿で残虐。詳しく述べるならば、己を高めるのではなく周囲を下げる事で自らの地位を守ろうとする。弱きものを虐げ、真っ当に努力するものを邪魔する事で快楽を得る。信者にしても力で強制的にと言うのが多いでしょうし、利に聡いと言うよりは狡い、姑息。と言うところでしょうか。ああそれと、面子を非常に気にする性質でもありますね」
うん、分かってはいたが、即日で火炙りにして始末してしまいたいような神である。
と言うか、そんな性格なのに、よくそれだけの力を付けられたものである。
まあ、裏に色々とあるのだろうけど。
そして、その辺の裏事情は俺たちが気にするところではない。
「能力についても、そんな性格が反映されたものですね。他人の能力を下げ、その分だけ自分の力を上げる。所謂吸収能力と言うのが近いでしょうか。周囲にだけ無理をさせるので、私の世界の理を大きく乱し、循環を破壊し、自然を荒廃させる、と言う性質も持っていますね。そして、これと似たような力を次の決闘相手も持っているはずです」
「……」
ステータスドレインやデバフ、暴走、狂気、そんな感じだろうか?
ん?
そうなると俺の魔力の性質上……まあ、あり得そうではあるか、覚えておこう。
「決闘への干渉についてですが、決闘が始まった後は何も出来ません。これは確実です。問題は決闘前ですが……今現在している可能性は低いでしょう。ですが、『煉獄闘技場』に魂を送り込む前に何かしらの仕込みを行っている可能性については否定できません」
「分かりました。覚えておきます」
現場での干渉や『煉獄闘技場』に来てからはないが、その前は分からない、と。
そうなると、貰ったデータの内容は基本的な方針を決めるのには使えるが、それ以上にはならないと思っておいた方がいいだろう。
「さて、話すべき事はこれぐらいでしょうか。ノノ、そしてハリ。貴方たちが次の決闘で素晴らしい戦いぶりを見せてくれることを期待しています」
「はい! 精一杯頑張らせていただきます!」
「分かりました」
必要な情報はだいたい手に入ったと思う。
俺は感謝の念を頭に思い浮かべつつ、頭を下げる。
「それではごきげんよう」
そうして俺とノノさんは面会室から元の場所へと戻された。
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