38:休日の過ごし方-4
「「いただきます」」
俺もノノさんも、サウザーブさんが出したお茶を口にする。
「!?」
ガラス製の茶器に淹れられた、何かが煌めく、紅くて冷たいお茶。
俺が口にしたそれに対する感想を一言で表すならば、美味しい、それ以外にないだろう。
もう少し詳しく表現するならば、ほのかな甘み、爽やかさ、香しい茶の香り、これらが組み合わさる事で、幾らでも飲めるようなすっきりとした味をしている。
そして、十分に味わい、胃に収めれば、直ぐにその効能が全身に巡っていき、ノノさんの世界の邪神に対する怒りを一時的に抑え、沈静化させると共に、精神面の詰まりが取り除かれていくような感覚を覚えた。
生前がアルバイトに過ぎない俺には高級な茶と言うものにまるで縁がなかったが、それでも断言できる。
これは生前の世界ならば、一杯で数千円から数万円するような高級かつ良質なお茶である、と。
「これは……」
そして、このお茶の効能はそれだけではない。
全身に力が漲る……いや、流れがスムーズになっていくような感覚がある。
張り詰めている筋肉が良くなる、詰まりのあった神経が鋭敏化していく……いや、違う、これは魔力か。
恐らくだが、お茶に含まれているサウザーブさんの魔法によって、俺の魔力の流れが良くなると共に、それを正確に感じ取れるようになっているのだ。
「凄いですね。ハリさん……」
「あ、ああ……」
ノノさんが白磁の茶器を置く。
恐らくだが、ノノさんにもサウザーブさんの魔法がかかっている。
詳細までは分からないが、ノノさんの中にある何か……恐らくは呪いを排出しようとしている感じがある。
それもノノさんの心身に一切の負担をかけることなくだ。
俺は魔力や魂については素人だが、これだけは間違いなく言える。
サウザーブさんは超一流の魔法使いである、と。
「ふふふ。お褒めにあずかり光栄。と言うところだね。けれど、うん、やはり僕の実力ではノノ君の方はどうしようもないみたいだね。悔しい話だ」
「それは……仕方がないと思います」
「……」
だが、やはり神と人の実力差は如何ともしがたいものなのだろう。
ノノさんの魔力の動きは止まり、ノノさんの呪いが出ていく事は無かった。
やはり、ノノさんの呪いをどうにかするには、1万ポイントを支払って、この世界の神様の力を借りる他ないようだ。
「さて、説明の順番がおかしくなってしまったけど、僕の魔法は今二人が感じている通り。お茶を介する事で、一時的な能力向上、才能の開花の補助、心身の治療と言ったことを行える。使う材料の都合上、相応の値段にはなってしまうし、人間に過ぎない僕の力では出来る事に限りもあるけど、効果の方は保証するよ」
「なるほど」
「そうですね。なんとなくですけど、少し楽になった気がします」
しかし、逆に言えば神が相手でなければ、サウザーブさんの魔法はとても素晴らしいもののようだ。
こうしてじっとしているだけでも、魔力の動かし方と言うものを何となくだが学べているような気がしてくる。
ノノさんも何かしら感じているものがあるのだろう。
さっきから、自分の手元を見つめて、そこで魔力を動かしているようだ。
「ただ注意事項が一つ。お茶はあくまでもゆっくりと楽しむものだからね。専用の加工を施せば変わってくるけど、今二人に出しているようなお茶だと、激しく動き回ったり、大きな魔法を使ったりすると、それだけで効果が終わってしまう。だから、お茶の時間が終わるまではゆっくりとお茶を楽しみ、リラックスをして、それからお茶の時間に学び取った事を試した方がいい」
「分かりました。そうさせてもらいます」
「はい。分かりました」
なるほど、お茶の効能は良いけれど、ティータイムはティータイムとして過ごしましょうね、と言う事か。
うん、これほどに美味しいお茶をただの経験値ブーストが出来る水としてがぶ飲みするとか、サウザーブさんや素材の植物たちに対して失礼極まりないと思うし、ゆっくり楽しむ方がより効能が高まると言うのであれば、喜んでゆっくり楽しませてもらおう。
そうでなくとも、今日は休養日なのだから、ゆっくり楽しむのが正しいのだ。
「おうマスター、やってるかい?」
「いらっしゃい。注文はいつものかな?」
「おう、いつもので頼む」
「分かったよ。では、ハリ君、ノノ君、ごゆっくりどうぞ。2時間くらいゆっくりしていくといい」
と、此処で俺たち以外の客が来店。
頭が狼の男性で、サウザーブさんに注文をすると、カウンター席に座ってサウザーブさんと話し始める。
「あの、そう言えばハリさん」
「どうした? ノノさん」
なので俺とノノさんはお茶をゆっくりと楽しみ、魔力を動かす感覚を学びつつ、話をする事にする。
「その、過去を尋ねる事はマナー違反だとは分かっているんですけど、ハリさんはどうして亡くなられたんですか? その、少し気になってしまって……」
「ああその事か。まあ、そんな大した話じゃないよ。車……大きな乗り物に轢かれそうになった子供を助けたら、その代わりに自分が死んだって話だから」
「それは……」
「ちなみに、俺の生前の心残りとしては、助けた子供がどうなったかよりも、俺を轢いてしまった運転手の将来の方が気になる」
「えっ」
「いやな。ほぼ即死だったんだが、それでも覚えている範囲で思い出すと、子供の方が明らかに悪い案件と言うか、運転手さんはちゃんと事後処理をやっていたっぽいよなぁと言うか、まあ、とにかく俺を殺してしまった人の事を怨むような案件では断じてなかったんだよ、うん。で、そんな割とどうでもいい話だから、大した話でもないと言うね」
「……」
話をしたが……ノノさんは明らかに困惑している。
でもな、ノノさんが何を思っているのかは分からないけれど、本当にそう言う事故だったのです。
運転手さん、過失による死亡事故の扱いにはなるだろうけど、重い罪に問われてないといいなぁ……。
「そ、それでもハリさんが凄いことには変わりないと思います。咄嗟でも、誰かを守るために動けたと言う事なんですから」
「そうかな?」
「そうです」
「そうか。そう言ってもらえるなら、嬉しい話だな。ありがとう、ノノさん」
「は、はい」
その後、俺たちは店内に流されていた、何処かの世界に転生したらしい薬師の今までを放送するテレビ番組を見て、色々と話をしながら、ゆっくりと時間を過ごした。