37:休日の過ごし方-3
「なるほどね。ハリ君の世界……いや、国は他の世界に比べれば住みやすくて、良さそうだ」
「そう言ってもらえると、元住民としては嬉しいですね」
俺の話は終わった。
さて、これからノノさんが話すつもりなら、俺は黙ってそれを聞くとしよう。
ノノさんが話す気がないなら、俺の報酬分のお茶を価格的に半分にして、ノノさんと分けるとしよう。
で、ノノさんは……。
「それじゃあ次は私が話してもいいでしょうか? サウザーブ様。ただ、私は生前病弱だったので、話せることはそう多くはないのですけど……」
「構わないよ。話せる範囲で話してくれれば、僕としてはそれで構わない」
「ありがとうございます」
話すつもりであるらしい。
なので俺は静かに頷き、ノノさんの話を聞く姿勢を見せる。
「そうですね……私の世界にはハリさんの世界と違って、生きている時から沢山の神様の気配を感じられる世界でした」
「ほうほう」
「神様の中でも最も偉いのは光の神様で、地上の全てを照らし出し、恵みの素をもたらす神様なんです。その次が光の神様の旦那様で闇の神様、その下に神様たちのまとめ役として魔の神様、火の神様、水の神様、土の神様、風の神様と言う具合に色々な神様が続いていくんです」
「なるほどね」
ノノさんの世界は多神教かつ自然崇拝系の世界と言う事だろうか?
後、光の神様の旦那様が闇の神様、と言う事は、光の神様は女神様と言う事か。
「魔の神様が居ると言う事は、ノノ君の世界には魔法があるのかな?」
「はい、あります。魔の神様の祝福によって魔力を授かり、他の神様の祝福によって、具体的な魔法を使える。と言う話でした」
「魔物の類は?」
「……? あ、はい。えーと、そうですね。私の居た世界では、魔の神様の祝福を受けたものを魔物と呼びますので、あの世界だと魔法を使える人間も含めて、全て魔物です」
「なるほど。そうなると魔物と言うだけでは善悪の区別はないと言う事か。興味深い」
「そう言う事になりますね」
なるほど、これは確かに興味深い話だ。
今の話を噛み砕いたならば、ノノさんの世界では魔物であるだけなら善悪はなく、サウザーブさんの世界では魔物は明確な敵であり悪である、と言う差が読み取れるのだから。
もっと言えば、同じ言葉であっても、定義が全く別と言う事もあり得るようだ。
「ただ、お父様や周囲の人たちの話を聞いていると、私が生まれる少し前……20年前ぐらいからでしょうか? その頃から、色々とおかしくなっているそうなんです」
「おかしくとは?」
「よくは分かりません。ただ、何処そこの大人しいはずの魔物がおかしくなったとか、何処そこで原因不明の疫病が起きただとか、慈愛の心に満ちた好漢とされた人物が突如として悪漢になり果てたとか、そう言う話だけは色々と聞こえて来た状況だったんです」
「ふうむ。それは確かに不穏だね」
そのおかしな事柄とやらには、きっとノノさんにかけられた呪いも含まれるのだろう。
以前聞いた話ではノノさんの家は男爵家。
けれど、ノノさんを特殊な医者や魔法使い、神官に診せられるだけの伝手や財力を持っている。
となれば、男爵家ではあるが、特別あるいは有力な地位にある男爵家になるはず。
そこの娘が治療不可能な呪いを生まれながらに負っていたのだから、異常事態として扱われるはずだ。
「科学的に見れば世界規模の異常気象に伴う異常。魔法的に見れば、同時多発的な悪質な呪いの散布。いや、神が一般人レベルでも明確に観測出来るほど身近な世界だと、神が与えた試練と言う可能性もあるのかな? その辺はどうなのかな? ノノ君」
「試練、と言うのはあり得ないと思います。その、此処に来る前に光の神様にお会いしたのですけれど、どこか困っている様子でしたから」
「なるほどねえ。とりあえずノノ君の世界には僕のような非力な一般人は迂闊に近づかない方が良さそうだ。その様子だと、戦争とかも頻発しているんじゃないかな?」
「そうですね……」
……。
神の権利が強そうな世界で、主神であろう光の神様が困る事態、ね。
となればやはり、ノノさんを呪った存在もまた神の類なのだろう。
それも邪神に分類される上に、かなり悪質な部類だと思う。
やはり許しがたい。
何時か吠え面をかかせてやる。
「……。こんなところでしょうか?」
「なるほどね。興味深い話だったよ。ノノ君」
と、俺がそんな事を思っている間にも、ノノさんの話は終わったらしい。
ノノさんは喉を潤すためにお茶を飲んでいる。
「それでサウザーブさん。俺たちの話の評価はどうですか?」
「とても興味深い話だったよ。なので僕は気分よく君たち二人に特製のブレンドティーを贈ろうと思う。今の君たちに合わせた品にするから、是非飲んでいってほしい」
「ありがとうございます。サウザーブさん」
「ありがとうございます。サウザーブ様」
どうやら、無事に合格判定……と言うとおかしいかもしれないが、サウザーブさんの歓心は買えたらしい。
「ふんふふ~ん♪」
サウザーブさんは鼻歌を歌いながら、俺とノノさんのためのお茶を手際よく淹れていく。
純粋な技術とサウザーブさんの世界の魔法を組み合わせているのか、それはある種の演劇のようにも見えた。
また、お茶の原料となる植物についても、きっと色んな世界の植物を利用しているのだろう、時々不可思議な工程が混ざり、それもまた演劇を盛り立てている。
やがて店内には不思議と心地よく、同時に魔力に満ちていると素人でも分かるような匂いが広がっていき、その匂いだけでリラックスすると同時に飲んでみたいと言う欲が刺激されていくのが分かる。
「さ、どうぞ」
そうして俺の前にはガラス製の茶器に淹れられた、何かが煌めく、紅くて冷たいお茶が。
ノノさんの前には、白磁の茶器に淹れられた、表面にオレンジのようにも見える黄色い膜が薄く張っている、茶色くて暖かいお茶が出された。