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3:始まりの死後の決闘-2

本日三話目になります。

「……」

 一時間が過ぎ、決闘が始まるまでの時間を示しているであろうカウントが0になると共に、俺の身体は光に包まれていく。

 合わせて周囲の光景も変化していき、狭い部屋からコロシアムとしか称せない場所になっていく。


「観客席はあるけれど、人影は無し、か。当然だな」

 戦いの舞台となる範囲の広さは、直径10メートル程の正円状。

 地面は土で、良く乾いており、少し勢いよく蹴れば、砂ぼこりが勢いよく立ちそうだ。

 舞台の内外は石の壁で区切られていて、壁の外には石で出来た観客席が見えている。

 けれどそこに人影は一つも見えない。

 きっと、俺のような新入りの決闘など見る価値もない、と言う事なのだろう。

 うん、それは良い事だ。

 この先どれほどみっともない姿を晒しても、誰にも見られずに済むと言う事なのだから。


≪決闘相手が現れます。構えてください≫

「……」

 どうやら決闘が始まるらしい。

 機械音声っぽいアナウンスと共に、俺が居る場所から数メートル離れた場所に紫色の光の粒子が集まっていき、四足歩行生物の形をとっていく。

 俺はそれを見て、ナイフを右手で抜き、切っ先を相手の方に向け、少しだけ腰を落とす。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

 呼吸が浅くなる。

 切っ先がブレる。

 手足が震えてくる。

 分かっている。

 恐怖をしている事ぐらい分かっている。

 命のやり取りなんてしてこなかった素人が命のやり取りをしようとしているのだから、怯えるのは当然の事だ。

 当然の事なのだから落ち着け。

 落ち着かなければ、相手が子犬だって勝てやしない。


「グルルル……」

 決闘相手の狼が姿を現した。

 茶と黒と灰が入り混じった毛を持ち、こちらを見ながら牙を剥き、唸り声を上げている。

 大きさは、たぶん全長と言う意味では俺と同じぐらいで、体高と言う意味では俺の腰ぐらいだろうか。

 所謂、大型犬程度の大きさ、そう考えるのがいいかもしれない。

 けれど纏っている気配は人に飼われ、懐いているそれとは比べ物にならない。

 剣呑で、凶暴で、ほんの僅かにでも隙を見せてしまえば、こちらの喉笛を噛み千切られそうな雰囲気が素人でも感じ取れてしまう。

 その事実に、俺のナイフの震えは一向に収まりそうにない。


≪決闘を開始します≫

「グルルル……」

「すぅ……はぁ……」

 決闘開始のアナウンスが響く。

 これまでこちらを睨みつけるだけだった狼が動き出す。

 真っ直ぐこちらに駆けてくるのではなく、ゆっくりと、こちらの様子を窺いながら、一定の距離を保つように、俺の周囲を回り始める。

 明らかに俺を獲物と見定め、狩りをするような動きに対して、俺も少しずつ体を動かす。

 すり足で、地面から足を離さないように気を付けながら、常に狼を視界の正面に捉えられるように、警戒を続ける。


「落ち着け……相手の方が身体能力は上なんだ……」

 そんな状態を数分間続け……


「グルアッ!」

「っ!?」

 不意に狼がこちらに向かって一直線に駆けだす。

 口を開き、牙を露わにし、俺の方へと突っ込んでくる。


「うおらああああぁぁぁぁっ!」

 やらなければやられる。

 覚悟を決めた俺は、生きていた頃は絶対に上げなかったであろう大きさの声を上げながら、狼に向かって一歩踏み込み、手に持ったナイフを全力で突き出す。

 狙いは狼の顔面。

 怯めばいいなんて思わない。

 最低でも鼻か目玉に突き刺すと共に、可能ならばこの一撃で相手を殺してしまいたい、そう思っての攻撃だ。


「ウォフ」

「へ?」

 そんな俺の全身全霊と言っても良かった攻撃を、狼は呆気なくかわした。

 俺がナイフを突き出すと同時に、何処か馬鹿にしたような気配を伴いながら横へと跳んで、あっさり避けてしまった。

 そして、横に跳んでいく狼の姿を見て俺は気づいてしまった。

 今の俺は腕も体も伸ばし切り、体重も前に偏っていて、とても隙だらけな姿である、と。


「あ……」

「ガウアッ!」

 地面に向かって倒れていく俺へと、改めて狼が突っ込んでくる。

 牙が迫ってくる。

 脚に何かが食い込んでくる。


「ーーーーー!?」

「!!」

 それはまるで焼けた鉄の棒が突き刺さったような痛みだった。

 俺は絶叫して、痛みで頭がスパークして、どうすればいいのか分からなくなりそうだった。

 意識がそんな状態でも、体は本能に従って動き出し、痛みから逃れようと転げまわり、痛みがない方の脚を動かし、両腕をやたらめったらに振り回す。

 すると脚から棒は直ぐに引き抜かれ、代わりに腕へと食い込んできた。


「ーーーーー!?」

「!!」

 ナイフを落としてはいけない。

 ナイフを落としたら、逆転する事は叶わない。

 頭ではそれが分かっているのに、痛みに屈して混乱する俺の身体はナイフを落とし、地面に転がる。

 そして俺はその状態のまま地面を引きずり回されて、まるでボロ雑巾ようにズタボロにされていく。

 赤い何かが飛び散り、痛みで思考がまとまらず、指一つ動かす事も……いや、そもそも動かそうとしている指が残っているかも分からなくなってしまった。

 やがて俺の首にも何かが突き刺さり、叫び声を上げる事も出来ず、皮膚を破られ、血管が破れ、空気が抜けるべきでない場所から抜け、骨が砕かれる感覚と共に全身の感覚が消え失せていき……。


≪決闘に敗北しました。肉体の再構築後に所定の場所へと転送いたします≫

「は?」

 気が付けば、決闘が始まる前に居た狭い部屋のベッドで横になっていた。

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