29:抱えての訓練-2
「発想と手間、ですか?」
「ええそうよ」
あ、どうやらこのままドーフェさんが進める流れのようだ。
一応オニオンさんに顔を向けて確認するが……。
「ん? まあ、ドーフェの方がこう言うのは詳しいし、任せていいだろ」
「そうですか」
ドーフェさんのが詳しいらしい。
では話を戻そう。
「ノノ。可愛らしい服装は思いつく?」
「はい、色々と思いつきます」
「じゃあ、その服をどうやれば作れるかは分かる?」
「それは……分からないですね」
服をどうすれば作れるか、か。
俺やノノさんが今身に着けているようなシンプルな服装であれば、その構造はなんとなく分かるし、作る事も不可能ではないだろう。
けれど、今話題に出て来たような可愛らしい服装や、近くの店に並べられている全身鎧、SF技術の粋を結集して作られたであろうピッチリスーツなどは、どうやれば作れるのかなんて、まるで分からない。
特にSFスーツなど、見た目だけでなく中身まで作りこもうとしたら、どれほどの知識が必要になるのか……少なくとも、俺ではどうしようもならない事だけは確かだろう。
「加えて言えば、きっと此処にはノノには思いつきもしなかった服も沢山あると思うのよね」
「そうですね。沢山あります。その、あの紐とかはどうして服として飾られているのかも分かりませんし……」
「あれは気にしない方がいいわ」
また、そもそもそんな形にしようとも思わなかったとか、根本的な世界の違いというか、思いつきもしなかったものだって、この場にはある。
なお、紐ビキニについては、俺もオニオンさんも出来る限り視界に入れないようにしている。
あれは、男性陣にとっても危険物以外の何物でもないので。
「えーと、なるほど。だから発想と手間なんですね」
「ええそうよ。自分では思いつかない構造やデザインは誰かが生み出さなければ、生じるものじゃない。そして、思いついたとしても、それを実際に形にする手間や、着用者を気遣った細かい工夫と言ったものは、闘士として生活をしている人間ではそんな時間を取っていられないほどに大変なもの。だから、こういうお店があるの」
とりあえず衣服についての個人経営の店が存在する理由は分かった。
また、同様の理屈で、武器や細かい備品の類の店も存在する事だろう。
「オニオンさん、それじゃあカフェの類とかは……」
「あの辺は神殿で入手できる以上の質を安く提供するとか、自分では思いつきもしなかった料理を出すとか、飲食だけじゃなくて情報交換の場になったりとか、そう言う理由で存在している感じだな。ちなみに原材料は一部例外を除いて神殿からの入手だな」
「一部例外?」
「趣味と言うか求道者と言うか、敢えて原材料から自分で作っている奴も世の中には居るって事だ」
「ああ、なるほど」
で、消耗品……それに芸術品の類もかな?
そう言う品も、発想と手間と言う観点から、存在し得る。
となると、存在できないのは、生前で言うところのスーパーのような、市販品を売る店ぐらいか。
そこは神殿が最大手かつ絶対に勝てない相手になってしまうから。
「それと個人経営の店からデザインを買い取って、それで装備を作ってとなると、その分だけ値段が高くなったりとかは……」
「それは無いわね。神殿での制作の費用はあくまでも素材の量や質だけを見ているみたい。ただ、何処かのお店のデザインを使ったら、そのデザインを考えたデザイナーに制作費の一部が流れる仕様のようね。時々、いきなり大量にポイントが入ってきて驚いたっていう制作者の話も聞くから」
「なるほど」
なお、デザインが盗用される心配などは、しなくても大丈夫なように色々と裏で行われているようだ。
相変わらずのハイテクっぷりである。
「……」
「ノノさん?」
「いえその……」
と、ノノさんが何を言いたそうにしている。
この状況でなら……まあ、そう言う事だろう。
「ああなるほど。今は無理だけど、いずれポイントに余裕があるようになれば、ノノさんに好きなデザインの服は贈るよ」
「え、そんなハリさん!?」
うん、何時かは服の一着ぐらいはノノさんに贈ってあげたい。
フリル付きの可愛らしい服とか、清楚な巫女服とか、煌びやかなドレスとか、ノノさんに似合いそうな服を贈ってあげたいとは思う。
きっと、眼福とか、至福とか、そう言う言葉に相応しい状況になるとは思う。
「俺が贈りたいから贈ると言う形だから、心配はいらない。それにポイントに余裕があればだからな」
「えーと……」
「ノノの嬢ちゃん。これは悪い事じゃないぞ。目的のためにひたすらにポイントを貯蓄すると言うのは、精神衛生上よろしくないからな。適度に趣味のために使った方が、闘士生活にも張り合いが出るからな」
「そういうものなんですか?」
「そういうものね。我慢ばかりの生活と言うのは、ノノが思っている以上に良くないわよ。私たちが知る範囲でも、我慢のし過ぎで調子を狂わせた闘士はかなり多いから」
「そう、なんですか……でも、ハリさんのポイントでと言うのは……」
まあ、そうは言ってもポイントに余裕があるような状態になればだが。
次の決闘に勝てるか分からないし、勝ててもどれぐらいのポイントが得られるかも分からないし、そうして得たポイントの幾らかは強化に回さないといけないだろうしで、悔しいが当分の間はそんな機会は巡ってこないだろう。
「大丈夫よ。ノノぐらいに可愛ければ、贈る側としても気分がいいから。変な服でなければ受け取って着てあげるのが、一番の恩返しになるわ」
「そういうものなのですか? ドーフェ様」
「そういうものよ。ノノ」
とりあえず変な服は贈らないように気を付けよう。
ドーフェさんナイスですと内心で思いつつ、俺はそんなことも考えていた。