28:抱えての訓練-1
「ノノさん大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です。ハリさんがしっかり抱えてくれているので」
現在俺はノノさんを抱えた状態で大通りを走っている。
そしてノノさんは俺に抱えられた状態で、手に持った杖の先に水の球を生み出し、俺から一定の距離を保つように浮かし続けている。
「そうか。ならいいけど、我慢はなしだからな」
「はい、分かってます」
実に単純な訓練だが、これが難しい。
人を抱えると言う行為は、体格差と相手の協力があっても案外難しいものであり、その状態で抱えている相手の負担を考えつつ走ると言うのだから、結構な負荷になる。
また、ノノさんにしてみても、俺に抱えられていると言う不安定な状態で魔法を発動し、扱いつつ、俺が抱えやすいように体重の掛け方を考えているのだから、相当の負荷である事は間違いないだろう。
「あれはなんだ? 事案か?」
「訓練の類だろ。装備からして、どっちも新人だな。ありゃあ」
「新人からペアって事は、この先ずっと一緒のパターンかね」
ちなみに、そんな俺とノノさんに向けられる周囲の目は生暖かい。
どうやら、装備品や俺たちの表情などから、どういう意図の行為であるかを読み取られているようだ。
「正解だ。俺とドーフェで指導してる」
「素直でいい子たちよ。まあ、現状では、だけど」
「へー、そうなのか」
で、俺たちを追いかけるように移動しているオニオンさんと4人のドーフェさんなのだが……。
「あの、ハリさん。私もドーフェ様ぐらいの動きを将来的には出来るようになるべきなんでしょうか?」
「いや、どう考えても出来なくても問題ないと思う。どうやれば出来るのかすら分からないし」
なんか、オニオンさんがドーフェさんをジャグリングしながら走っているとしか言いようのない動きをしている。
何を言っているんだと思われるかもしれないが、本当にそうとしか言いようのない動きをしているのである。
ドーフェさんが空中で縦に回転しながら上がって、下がって、また上がって……うん、訳が分からない。
そして、何故、通りすがりの方々はそんな二人に驚いた様子も見せないのだろうか?
もしかしなくても、オニオンさんとドーフェさんならこれぐらいは出来て当然と思われているのだろうか?
うーん、やはり二人とも底が知れない。
「おいハリ。足を止めるな」
「あ、はい。すみません!」
とりあえず俺は止まりかけていた足を再び動かし始め、大通りから主通りへと移動する。
そこは闘技場と神殿の間にある、この地域で最も太い道であり、無数の建物と商店が軒を並べると共に、多くの人が行き交っている。
「そう言えばオニオンさん。ちょっとした疑問なんですけど、こういう通りにある店って儲かるんですか?」
と、ここで、俺は一つ気になった。
店の中には、レストランのような場所だけでなく、様々な生地の布が並べられている店や、様々な武器が陳列されている店がある。
だが、ここは『煉獄闘技場』で、必要な道具の類は神殿で全て入手できるはずだ。
そんな環境で店など出して、儲かるのだろうか?
「ん? ああ、そう言う事か。ハリ、この辺にある店は個人経営じゃなくて、神殿経営の店だ」
「神殿経営の店?」
そんな俺のふとした疑問にオニオンさんは並走しながら答えてくれる。
あ、ドーフェさんたちもジャグリングのような立ち回りを止めて、降りてきた。
「そして売っていると言うよりは展示しているだし、物を出していると言うよりは、情報。知識を出していると言った方が正しいな」
「?」
「えーと、どういう事ですか?」
オニオンさんの言っている事がよく分からない。
「そうだなぁ……ハリ、それからノノの嬢ちゃん、二人が知っている布と言うと、どう言うのがある?」
「そうですね……。シルク、サテン、ウール、フェルト……ファティーグモ、その、あまり詳しくないですが、色々とあったと思います」
「布と言うよりは布の素材と言う話なら、ナイロン、ポリエステル、牛革、綿、麻、石綿なんかもそうか? まあ、名前を知っているだけで詳しくは知らないです」
ノノさんと俺は色々と名前を挙げる。
当然、生前の世界が違うので、中には訳されていないっぽい名前も混じっている。
「なるほどな。じゃあ二人は、アブラデマス・ビンリパチル生地、と言って分かるか?」
「は? アブ……?」
「アブラデマス・ビンリパチル生地だ。簡単に言えば、殴ると爆発する布でな。二十年くらい前に一度これを使う闘士と戦って、あの時は酷い目にあった」
「爆発……ひえっ」
そして、そんなところに全く訳の分からない名前と性質を持つ生地の名前がオニオンさんから投入された。
いやいや、殴ると爆発する布って、それはもはや布なのか?
というか、なぜ今この場でその名前を?
俺の常識の埒外にある事は確かな布ではあるようだが、わざわざ……あー、そう言う事か。
「あの、オニオンさん。もしかしなくても、あの布のお店って……」
「ああそうだ。そう言う特定の世界でしか存在しないような布であっても、展示されている。その性質と一緒にな。当然、求める性質を持つ布があるかの検索も出来るし、ないなら新しく作る事も出来る。そして、それらがどのサイズでどれぐらいの値段かも提示している。しかも、その道のアドバイザーも常駐しているな」
「なるほど。それで情報や知識を出している。なんですね」
つまり、あそこに行けば、あらゆる種類の布が見れて、どういう性質を持っているかを学べると言う事か。
確かにそれならば需要がありそうである。
それこそ、空気のように軽いのに、魔法も物理もほぼ通さない布とかも、探せば見つかるに違いない。
「それではオニオン様。その、出来上がった服を売っている店は何なのでしょうか?」
此処で俺たちは主通りから、大通りに移動する。
そこはどうやら服屋が集まっているエリアであるらしく、俺の生前の世界の普段着から、SF感溢れる全身スーツ、大量のフリルが付いたゴスロリ服、紐にしか見えない水着、可愛らしいドレス、可動域などが良く計算されているっぽい全身鎧など、あらゆる服が売られているようだ。
「此処か? 此処は……」
「そうね。神殿経営の店が知識と情報を提示する場所とするなら、こっちの個人経営の店は発想と手間を提示する場所なのよ。ノノ」
そして、ノノさんの疑問にドーフェさんの一人がオニオンさんに割り込む形で答え始めた。
アブラデマス・ビンリパチル生地ですが、どちらかと言えば、科学系統の布だったりします。
これは爆発の原理が、衝撃を受ける事で生地内に封入されている可燃性の液体が霧散、その後に生地と攻撃者の間に生じた静電気によって爆発を発生させる、と言うものだからです。
ちなみに、爆発のダメージが着用者に及ばないようにする工夫は別途必要です。