26:基礎の訓練-7
「ノノさん!」
俺はノノさんに駆け寄り、その身体を起こす。
「うっ、あっ、ぐっ……」
「っ!?」
そして驚かされる。
ノノさんの顔色は悪いなどと言うものではなく、もはや顔面蒼白と言っていい状態だった。
全身が震え、瞳孔が定まらず、呼吸がままならず、苦痛に喘いでいる。
はっきり言えば半死半生。
ほんの少しでも悪い方に状態が傾けば、そのまま死んでしまいそうな状態だった。
「これは……」
そこまで状態を確認して理解する。
これがノノさんの事情、体力を消耗した際に起きる現象。
とても苦しいものであろうとは思っていたが……ここまで苦しいのか。
「オニオンさん! ドーフェさん!」
俺はオニオンさんとドーフェさんの二人に声を掛ける。
二人であれば、この状態のノノさんにどう対処すればいいのかを知っていると思ったからだ。
だが、俺の考えは裏切られる事になった。
「なるほど。分かってはいたが、本当に悪質な呪いだな。こりゃあ治療に一万ポイントも求められて当然だ」
「ええ、成長を促すための苦しみじゃない。自分より弱い存在がひたすらに苦しむのを見て愉悦に浸るための仕掛け。本来、此処じゃ許されざる呪いよ」
「二人とも! 冷静に観察している場合じゃ……」
「苦しいならサクッと死んでリセットする事をオススメするぞ。俺たちは不老不死なんだからな」
「そうね。オニオンの言う通り、サクッと一度死んだほうがいいわ。貴方が出来ないなら、私たちが介錯しましょうか?」
「っ、この……」
二人の口から出たのは、どうせ死んでも生き返るのだから、一度死んで状態をリセットしてしまった方がいいと言う言葉だった。
なるほど、それは論理的には正しく、効率も良いのかもしれない。
ノノさんの苦しみを長引かせないようにすると言う意味でも正しいのだろう。
だがそれは! それは!!
「それは! 論理的には正しくても、やってはいけない事でしょう!!」
「青いな。まあ、悪くはない青さだが」
「この……」
怒りで頭に血が昇っていくのが分かる。
自分の制御が効かなくなっていくのが分かる。
俺の魔法が周囲へと漏れ出していき、俺の殺意を表していくのが分かる。
「だい……じょうぶです……はりさん……」
「ノノさん!?」
だが、それは具体的な姿を取る前に萎んでいった。
俺が抱きかかえるノノさんが、俺の腕を掴み、こちらに訴えかけていた。
「生きていた頃から……何度も起こして……慣れている事なので……大丈夫です……。耐えれば……その内……治りますから……」
「……」
大丈夫だと。
大丈夫だから、オニオンさんたちに対して怒らずに、このまま抱きかかえていて欲しい、と。
「分かった。このまま待つ」
「ありがとう……ございます……」
分かってはいる。
オニオンさんたちの提示した対処法の方が苦しまず、早くもあると言うのは。
今回のこれはノノさんの事情がどのようなものであるのかを、俺に教える為であったと言うのも。
ノノさんは今回の行為に同意していて、大きく動揺しているのは、この場では俺だけだと言う事も。
「待ちはするが、ノノさん」
「なんでしょうか?」
「今後こう言うのは絶対に無しだ。ノノさんがなんと言おうとも、必要性があろうとも、絶対に無しだ。生き返れば元通りになるから問題ないとか、そう言う話じゃない。こう言う理不尽は……許す気になれない」
だが、分かってはいても、納得できるかどうかは全くの別問題だ。
そして、俺はこんなことに対して納得なんて絶対に出来ない。
先程までのが爆発するような怒りであるならば、今は高温のマグマがうねり、揺らめくような憤りを腹の中に抱え込んでいるのが分かる。
「はい、分かりました。ハリさん。こういう事はもうしないようにします」
「ああ」
この怒りのぶつけ先にするべきはノノさんではない。
オニオンさんでも、ドーフェさんでも、勿論この世界の神様でもない。
そうだ。
先程オニオンさんは呪いと言っていた。
俺もこの話を最初に聞いた時、呪いのようだと思っていた。
呪いと言う事は、何処かにノノさんにこのような呪いを仕掛けた張本人が居ると言う事だ。
「ノノさん。俺はノノさんのペア相手として、絶対にノノさんの呪いを解く。ノノさんがこんな苦しみを味わう事がないように守り抜く。その事を今この場で誓わせてほしい」
「ハリさん……はい、その誓い。私、ノノ・フローリィは受けさせてもらいます」
俺はその誰かを絶対に許す事は無いだろう。
このマグマのような怒りをいつか必ず叩き込むだろう。
ノノさんを苦しめたからではない、俺が、俺自身がその誰かを許せない、理不尽な振る舞いを許せない、だからこの怒りをぶつけるのだ。
そして、それ故に何に変えてもノノさんを守る。
ノノさんを守る事こそが、その誰かを知ると共に、悔しがらせる一番の手だろうから、絶対に守り切る。
「オニオンさん。すみませんでした」
「構わねえよ。慣れてないなら当然の反応だし、お前は何も悪くはない。どちらかと言えば、謝るべきは俺たちな気もするしな」
「いえ、その必要はないです。ただ……」
「ただ?」
俺はノノさんを起こし、放すと、オニオンさんに向けて頭を下げる。
「これからの訓練もお願いします」
「……。なるほど。いい感じに気合が入ったみたいだな」
この日、『