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24:基礎の訓練-5

「戻りましたー。あれ?」

「戻ったぞ、と」

「あら、お帰りなさい」

 俺の部屋の前の糸通りに帰ってくると、そこには一人のドーフェさんしか居なかった。

 ノノさんは何処に行ったのだろうか?


「ドーフェさん、ノノさんは?」

「今は部屋で休憩中。心配しなくても大丈夫よ」

「それならいいんですが」

 どうやらノノさんは休憩中らしい。

 ドーフェさんとの訓練がそれだけ疲れるものだったと言う事だろうか?


「オニオン」

「分かった。こっちはこっちで話しておくことがある」

 で、ドーフェさんとオニオンさんは何か話をする事があるらしい。

 俺から離れていく。

 こうなると……とりあえず神殿で取得した『ハリノムシロ』の使い方について確認しておくべきか。


「……。うん、問題なく使えそうだ」

 とは言え、その確認も直ぐに終わってしまうが。

 自分で学び、手にしたのではなく、神殿でポイントを払う事によって取得した都合で、今の『ハリノムシロ』は決まった形でしか使えないようになっている。

 それは調整などの手間が必要ないと言う事でもあり、発動に当たって俺がするべきは、脳内に刻み込まれた通りに魔力を流す。

 ただそれだけなのだから。

 では、『ハリノムシロ』以外の使い方を試すのはどうなのかと言われそうだが……『ハリノムシロ』の試しもしていない状態でそれをするのはちょっと無理があるので、止めておく。


「あ、ハリさん。お帰りなさい」

「ただいま、ノノさん」

 と、此処でノノさんが姿を現す。

 顔色は……ほんの少しだけ悪いように感じる。


「大丈夫? なんだか顔色が悪い気がするけど」

「あ、はい。大丈夫です。もう少しじっとしていれば、問題ないです」

「ならいいけど……」

 ドーフェさんとの訓練はやはりきつかったのだろうか?

 ノノさんは俺の隣に立っているが、杖を支えにしている感じだ。


「その、ハリさん。もしかして魔法を……」

「え、ああ。オニオンさんの勧めで一つ取ってきた。この後試してみる予定」

「そうなんですか。少し違和感を感じますけど、どんな魔法なのか楽しみですね」

「そうだな。決闘で大きく有利になるような魔法だといいんだけど……」

 元々魔法がある世界の住民だからなのだろうか?

 ノノさんは俺が魔法を手に入れたことが分かるらしい。


「おう、戻ったぞ。今後の方針について、ドーフェと少し話した」

「で、話し合った結果として、まずは二人が出来る事をお互いに見せ合うべきと言う当たり前の結論に行きついたわ」

「あ、はい」

「分かりました」

 オニオンさんとドーフェさんが戻ってくる。

 どうやら話し合いが済んだらしい。


「そう言う訳でだ。まずはハリ、お前の魔法からだ」

「分かりました」

 では、俺の魔法の初披露と行こう。


「ノノさん、驚くかもだけど、迂闊に動かないように。オニオンさんとドーフェさんも気を付けてください」

「分かりました」

「おう」

「分かったわ」

 俺は三人からある程度の距離を取り、俺たち四人以外にこの糸通りに人影が無い事を確認する。

 これで無関係の人間を巻き込む事は無いはずだ。

 そして、性質上、慌てて動かなければ、範囲内に居ても特に被害は出ないはず。


「すぅ……」

 俺は魔法の源……魔力を手に持った棍の先に集めていく。

 で、集めた魔力を地面と接触させ、接触した場所を起点として地面へと魔力を流し込んでいく。


「起動せよ。『ハリノムシロ』」

「ひゃっ!?」

「ほぉ……」

「へぇ……」

 そうして十分な量の魔力を流し込んだところで発動。

 俺を中心として半径10メートル程の地面や壁から、小さな、けれど尖ったガラス片が、元々の地面や壁を覆いつくすような密度で出現していく。

 それは正に針の筵であり、玻璃の筵でもあった。


「これで終わりか? ハリ」

「はい、発動についてはこれで終わりです」

 が、残念ながら、見た目ほどにこのガラス片たちの危険性は高くない。

 最も大きなガラス片でも2センチ程度しかないし、強度についても一般的なガラスと同じかそれ以下でしかないからだ。


「発動については? ん? ああ、なるほどな。こいつは嫌な感じと言うか面倒と言うか……」

「領域挑発、とでも呼べばいいのかしらね?」

 現にオニオンさんとドーフェさんは何でもない様子で、ガラス片を砕く音を響かせながら歩いている。

 たぶん、少しでも防御力を強化するような真似が出来るなら、何ともないのだろう。

 そして、そう言う魔法が使えなくても、少し厚底であったり、金属底であったりする靴を履いていれば、傷を受ける事は無いだろう。

 が、『ハリノムシロ』の目的は踏み込んだ相手を傷つける事ではない。


「ガラス片を踏みつける度に、ハリの方から嫌な感じがしてくる。本能で動いている連中だと、無視はしたくないだろうな……」

「そうね。化け物だったら、無視は出来なさそう。人間相手だと分からないけど」

 『ハリノムシロ』の目的は挑発。

 ガラス片を踏みつける度に、俺から嫌な感じがして、その結果としてこちらにヘイトを向けさせると言うものである。


「ところでオニオンさん。その嫌な感じってどんな感じなんですか?」

「どんなと言われるとな……鬱陶しいと言うか、刃物を突き付けられていると言うか……無視はしたくない感じだな」

「私としては、沢山の人間からの怨みを買っているように感じるわね」

「なるほど」

 なお、どういう嫌な感じなのかはブラックボックス部分だったので聞いてみたのだが……かなり嫌な感じであるらしい。

 挑発として考えるなら、そちらの方が良いわけだが。


「え? あの、そんなに嫌な感じでしょうか? 私はそう言うのを感じないんですけど……」

「ノノさん?」

「ん?」

「あら?」

 ただ例外もあるらしい。

 ノノさんはなんとなくだが、先ほどよりも顔色が良くなっているように見えるし、嫌な感じも覚えていないようだ。


「どういう事だと思う?」

「あー、無意識にハリがノノの嬢ちゃんをヘイト稼ぎの対象から外しているのか? いや、神殿獲得なのを考えると、元からそう言う風に設定しているのか?」

「それは良い事なんですか?」

「んー、何とも言えねえな。ま、困る事は無いか」

「なるほど。まあ、困る事がないならいいんじゃないですか?」

「ま、そうだな」

 どうやら『ハリノムシロ』のブラックボックス部分には色々と隠れているものがあるらしい。

 その隠れているものについて知っていくのは……まあ、地道に調べていくしかないだろう。


「それじゃあ次はノノの魔法についてね。準備は良いかしら? ノノ」

「はい、大丈夫です」

 さて、次はノノさんの魔法の披露であるらしい。


「ようし、何時でもいいぞ」

「オニオンさん!?」

 そして何故かノノさんと対峙する形でオニオンさんが身構えていた。

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