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21:基礎の訓練-2

「ハリ、分かっているとは思うが、武器は置いていくなよ。武器を担いだまま走れなきゃ意味は無いんだからな。それとペースは少しずつ上げていく」

「分かってます。オニオンさん」

 俺とオニオンさんは糸通りから小通りに移動すると、PSSの指示に従って走り始める。

 さて、そうして俺たちが走っている小通りだが、今日も相変わらず人が多く、それぞれがそれぞれの行動指針に従って過ごしている。


「しかし、本当に便利ですね。PSS」

「便利すぎるくらいだ。正直持ち出せるなら、『煉獄(コロッセオ・)闘技場(プルガトリオ)』の外に持ち出したいぐらいだな。持ち出せないなら逆に忘れておきたい。これなしの生活に今更耐えられると思えん」

「その気持ちは凄く分かります」

 ただ、こうして走りながら、他の人たちを見ていると、何となくだが4パターンぐらいに分けられる気がする。

 一つ目のグループは純粋な休暇を過ごしている人で、空気が全体的に緩んでいる。

 二つ目のグループは次の決闘のための準備をしている人で、少しだけ空気が張り詰めているし、PSSを使って何かを調べたり、ペンと紙で何かを計算している人も居る。

 三つ目のグループはもう間もなく決闘に臨むのだろう。

 傍目に見て緊張している人も居れば、傍目には何ともなさそうな人も居るが、どことなく張りつめている感じは全員に共通している。

 四つ目のグループは……たぶん、ポイントを稼ぐメインの手段が闘士ではない人たちで、どことなく空気が違う。

 とりあえず三つ目のグループの人には無暗に近寄らないでおこう。

 あまり刺激したくない。


「さて、雑談はこれぐらいにしておいてだ。ハリ、お前はどうして、俺が昨日ポイントを使うなと言うメッセージを送ったか分かるか?」

「……」

 走り始めて数分。

 オニオンさんが話しかけてくる。

 そろそろ俺的には走る事に集中しないとつらくなってくる頃合いな気もするが……これも含めて訓練なのだろう。

 なので、俺はオニオンさんの質問に答える。


「四つぐらいの理由は思いつきました」

「ほう、四つか。具体的には?」

 人を躱しながら、先に進んでいく。


「一つ目、オニオンさんが俺に何か取らせたいものがある。それが何なのかは分かりませんけど」

「そうだな。ハリに取らせたい力は確かにある」

 一度中通りに移動。

 しかし、直ぐに小通りに移動する。


「二つ目、次の決闘の内容が決まってから取得した方が、ピンポイントで次の相手の対策が出来る」

「お、気が付いたか」

「まあ、これについては大蜥蜴のように開始まで30時間とか、余裕がある場合だけですけどね。でも、何となくですけど、『煉獄闘技場』の決闘は決闘相手が決まった時点の実力で勝率はともかく、勝ち目はあるように設定されてますよね? だったら、相手が決まった後にポイントで強化した方が、より勝ち目を増やせるとは思うんですよね」

「正解だ。俺ぐらいまで強化されれば、そんな必要はないが、闘士になりたての頃は、目の前の相手に対処しつつ今後のために潰しがきく力を得ていくのがスタンダードだからな。神殿に行くタイミングは考えた方がいい」

 小通りに入り、何度か人を避け、糸通りも走り抜け、共用の水飲み場を通り過ぎる。

 どうやらPSSが今回指定してくれたルートは、俺でも走れる程度の難易度でありつつ、無料で利用できる公共の水飲み場やトイレに時々遭遇すると言う、色々と楽なルートであるらしい。


「三つ目、ポイントでの強化って、素の自分の力を鍛えてから強化した方が、伸びが良いんじゃないですか? 強化の基準や伸び方については調べてもよく分からなかったですけど」

「それにも気が付いたか。正解だハリ。こうしてランニングをして、多少なりとも基礎体力や筋力を伸ばしてから、改めて強化をした方が、同じポイントでの強化でも強さは上になる。これについては、少し詳しい奴なら大体知ってる事だな。とは言え」

「とは言え?」

「ある程度の割り切りは必要でもある。99年ポイントを使わず基礎修練に励んでから、強化を始めました、と言うんじゃあ流石に遅すぎるからな。真面目に基礎体力をつけるなら、1年くらいで十分だろ。武術の型とかなら、天井無しなんだろうけどな」

 階段を上っていき、坂道を上がり、気が付けば先程までの水飲み場が頭上にある。

 どうやらいつの間にか重力の方向が180度変わってしまったらしい。

 こう言う、生前の常識だと異常な事態については、少しずつ慣れていくしかないのだろう、たぶん。


「で、四つ目は何だ?」

「四つ目は……ノノさんの為かなと」

「ほう、具体的には?」

「えーと、『煉獄闘技場』で闘士として戦い、勝利する事でポイントが得られる。得られるポイントは決闘の内容による。でしたよね」

「ああ、その通りだ」

「じゃあ、キャリー行為……決闘での全てを俺に任せる事をした場合、ノノさんに入るポイントはどうなるんでしょうね?」

「本当によく分かってんなぁ。ハリ」

 オニオンさんが立ち止まる。

 俺も立ち止まり、棍で自分の身体を支え、息を整えていく。


「その言い方からすると、やっぱり認められないんですね」

「ああ、認められない。それどころか下手をすれば警告だとか、出場停止処分だとかが下る事になる。だからこそ、我らが主はノノの嬢ちゃんのパートナーとしてハリ、お前を選んだ部分はあると思うぞ」

「それは分かります。ぶっちゃけ。俺の実力じゃキャリーしたくても出来ないと言うか、下手すれば俺がキャリーされる方ですからね」

「火力的にはマジでそうなりそうだもんなぁ」

「そこはもう受け入れてます。たぶん、魔法が使えるようになっても、火力関係はノノさん頼みです」

 やはりキャリー行為は駄目らしい。

 つまり、俺とノノさんは同じくらいのペースで強くならないといけないと言う事だ。

 まあ、俺の方が遅れなければ、自然とそうなりそうな気はするけど。


「そうか。そいつは良い事だ。でだ、火力関係をノノの嬢ちゃんに任せると決めているなら、今日中に神殿に行っても良さそうだな?」

「と言うと?」

「お前も気が付いていた通り、一つお前に取らせておきたい力があってな。今後どういう戦い方をするにしても持っておきたいそれを取りに行くぞ」

「分かりました?」

「後、ペースも上げるから、遅れるなよ」

「!?」

 そうして俺たちは再び走り出した。

 なお、先ほどよりもペースが明らかに上がった事もあり、神殿に着くころには俺は五体投地の姿勢で息切れすることになっていた。

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