2:始まりの死後の決闘-1
本日二話目になります。
「此処は……何処だ?」
目を覚ますと、そこは畳三畳ほどの小部屋で、俺は壁掛けの小さなベッドで横になっているようだった。
壁も天井もコンクリートむき出しで、照明は一つだけ。
本当に簡素で、まるで独房か何かのような場所だった。
「外には出れないのか」
独房のような部屋には扉が一つある。
しかし、外から鍵がかかっているらしく、ドアノブが動く事は無かった。
「衣服は……木綿って奴でいいのか?」
正直に言って訳が分からない状況だ。
閻魔様であろうお方の言葉からして、俺はこれから数多の苦難を乗り越える必要があるらしいが、その苦難の内容も、どう始まるのかも、今の状況がどうしてこうなっているのかも、何もかもが分からない。
分からないが……近いうちに何かは起きると信じて、自分の状態を確かめていくべきだろう。
「腰は紐で留めていて……」
まず体の状態。
どこも痛むとか怠いとかはない。
至極健康的で、むしろ死ぬ前よりも調子がいいくらいかもしれない。
後、気のせいでなければ、体の各部のぜい肉が減っている気がする。
鏡がないので確かめられないが、もしかしたら、死んだ時の年齢である35歳から、高校生か大学生くらいの年齢にまで肉体だけ若返っているのかもしれない。
「ナイフが一本か」
次に身に着けているもの。
衣服は木綿っぽい生地で出来た一枚の布に頭を通すための穴を開け、腰部分で見るからに丈夫そうな一本の紐を使って留めているだけのもの……所謂、貫頭衣と言う奴のようだ。
靴は腰紐と同じ素材を使って編んだように見えるサンダル。
そして腰の背中寄りの部分にナイフが一本提げられていた。
「服装からして黒曜石のナイフでも渡されているかと思ったけど、思った以上に立派なナイフだな」
ナイフは……金属製の刃とプラスチック製の持ち手で出来た、何となくだがハイテク感と言うか、扱い易さに重きを置いて開発された最新のナイフですと言う感じが漂う片刃のナイフだった。
触った感じとして十分な硬さと鋭さはあって、こういう物の取り扱いに慣れていない俺でも十分振り回せそうなぐらいには軽い。
苦難とやらで何をさせられるかは分からないが、このナイフなら普通の動物の毛皮を裂いたり、肉を切ったりと言ったサバイバルに必要な活動は問題なく出来るだろう。
≪決闘が設定されました。決闘の開始は一時間後になります≫
「決闘?」
何処からともなく、機械で合成されたような女声っぽい声が響く。
それに合わせるように、これまで何もなかった壁に画面が浮かび上がる。
「ホログラムって実用化されて……ああいや、死後の世界らしいし、生前の技術水準で考える方が問題なのか」
一言で言えば、ホログラムとしか称しようのない画面には、幾つもの情報が記されていた。
一つは決闘とやらの開始までの残り時間を示しているであろう四桁の数字。
一つは『PvE:ハリ・イグサ VS 狼 』という表記。
一つは決闘までの残り時間と同じように、何かの残り時間を表しているらしい、99から始まる11桁の数字。
一つは『ハリ・イグサ:0ポイント』と言う表記。
他にも色々とあるようだが、とりあえず目を惹いたのはこの四つ。
「ハリ・イグサは俺の名前だからいいとしてだ」
時間表記については気にしないでおこう。
今分かっても、何もできない。
ハリ・イグサは俺の名前だ。
正確には、生前の俺の名前は
「決闘と言う事は戦い、つまり、俺はこれからナイフ一本で狼と戦えと言う事か?」
PvEと言うのはゲーム用語で、Player vs Environment(プレイヤー対環境)の略語で、此処で言うところのプレイヤーはたぶん俺の事で、狼は向こうが用意した相手と言う事だろうか。
その、どのような狼かは分からないが……ナイフ一本でやり合えと言うのは、結構な厳しさである気がする。
「勝てるか? 正直、首や頭に噛みつかれて即死するか、腕か脚辺りを噛まれて引きずり回された挙句に死ぬ未来しか……いや、やるしかないのか、逃げる場所なんて無いんだから」
勝てるか分からない。
勝てても大怪我を負う未来しか見えない。
だがそれでも、せめてもの希望として、相手は普通の狼だと祈っておこう。
これでファンタジーとか、死後の世界だからとかで、フェンリル、ケルベロス、オルトロス、ガルム、等々の伝説に名を遺すような狼だったら、勝負にもならないと言うか、魂の一欠けらも残らないに違いないから。
そして、これだけのナイフを作れる技術があるのだから、生き残れれば五体満足に戻れるのだと、希望を抱いておこう。
そうでないと戦う前から気が狂ってしまいそうだ。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
うん、一先ず落ち着こう。
此処は死後の世界。
現世の常識は通じないと考えよう。
そして閻魔様らしきお方が悪いお方とは感じなかった。
だからきっと、これから始まる決闘も何とかはなるはずだ。
「イメージだ。どうすればいいかをイメージするんだ……」
俺はナイフを鞘から抜き、両手で握り、刃の腹部分を額に当て、目を瞑り、出来る限りの範囲で集中力を高めていく。
そうして一時間が過ぎた。