16:大蜥蜴との決闘-1
「ふっ、せいっ、はっ!」
翌朝。
目覚めた俺は朝食を食べると、装備一式を身に着けると、部屋の前の糸通りで棍の素振りをする。
単純な振り下ろし、横の薙ぎ払い、突き、下方から掬い上げるような振り、思いつく動きを全力より一歩引いたぐらいの勢いでやる。
「精が出ますね。おはようございます、ハリさん」
「ノノさんか。おはようございます」
決闘開始まで後六時間。
たった六時間ではあるが、集中を高め続けるには長すぎる六時間でもあると言う事で、何か出来る事は無いかと考えた結果の行動の一つが、シンプルな素振りだったのである。
「今日のハリさんの相手は大蜥蜴だと聞きましたけど、どんな相手何でしょうか?」
「どんな相手か……」
俺はシンプルな上から下への振り下ろしをテンポよく、何度も繰り返しながら、昨日の内にPSSで調べた大蜥蜴の情報を思い出していく。
そして、此処でノノさんに教えるような形で話す事で、改めて自分の中で情報を整理していくことにする。
「簡単に言えば、名前の通りに大きい蜥蜴なんだよな。大きいと言っても、体長が2メートルちょっと、体高が俺の膝下ぐらいまであって、俺の元居た世界の基準で言うと巨大蜥蜴って言いたくなるサイズではある」
なお、調べた限り、大蜥蜴の名前で出てくる蜥蜴は複数種類存在しており、同じ名前でも戦闘には影響しないような細かい特徴や大きさなどには結構なばらつきがあるらしい。
また、今回の相手はただの大蜥蜴としか表記がないので大丈夫そうだが、これに炎とか、雷とか、毒とか、そんな感じの追加要素が付くと、魔法を使ってくる可能性も出てきて、一気に危険度が上がるようだ、
「ハリさんの世界の蜥蜴はそんなに大きくないのですか?」
「んー、蜥蜴だと手のひらサイズくらいだな。イグアナやコモドオオトカゲと呼ばれるような蜥蜴だとそれなりに大きいし、後者だと人間を襲う事もあるって話は聞いたことがあるな。そう考えると、やっぱり大蜥蜴と言う名称でもおかしくはないのか。ノノさんの世界だとどうなんだ?」
「私自身は見たことがないですけど、尻尾はそれなりの質の回復薬に使う事が出来ると言う話を聞いたことがあります。魔法を使わない蜥蜴ならそこまで強くないので、農家の方が偶々捕まえたのを食べる、という話も聞きますね」
「へー、なるほど」
うーん、実にファンタジーな匂いがノノさんの話からはする。
回復薬があるんだとか、魔法を使わない蜥蜴と言う言葉から逆に魔法を使う蜥蜴も居るのかとか、食べられるだけのサイズがあるとか、実にファンタジーである。
きっと、この話をオニオンさんに振ってみても、また別の話になるんだろうなぁ。
本当に世界とは多種多様である。
「さてと。すぅ……はぁ……」
さて、ここで少し試してみようか。
俺はずっとしていた素振りを止めると、目を瞑り、魔法の感覚に集中する。
するとノノさんが魔力を纏っている感覚を捉えると同時に、俺自身も僅かながらに魔力を帯びているのは分かる。
やはり、俺に魔法を扱う素養が無いわけではないらしい。
「ノノさん。今の俺の魔力は戦いに使えると思うか?」
「……。厳しいと思います。ハリさん」
「まあ、そうだよなぁ」
が、少なくとも大蜥蜴との決闘で魔法を使うのは不可能そうだ。
客観的に見てくれているノノさんの目には俺がまるで魔力を動かせていない姿が映っているだろうし、俺自身も操れている感覚がまるでしないのだから。
「そのハリさん。あくまでも私の世界の話になりますけど、一部の例外を除いて、魔法を扱えるようになるには相応の勉強と練習が必要な物なんです。ですから、今ここでハリさんが魔法を扱えなくても、それは仕方がない事だと思います」
「ん? ああ、心配を掛けちゃったか。ごめん。でも大丈夫だ。俺も今回の決闘で魔法に頼る気は全くないから」
実のところ、魔法についても昨日の内にPSSで少し調べた。
そうして幾つかのサイトを見て回った結論として、三つの事が分かった。
・一つ、魔法の性質は生前が大きく影響するので、生前の世界が同じであったり、性質が同じになるように神殿で調整したりしない限りは、他の魔法の話は参考程度にしかならない。
・一つ、これは一部ノノさんも言っていた事だが、魔法の扱いは一部の例外を除いて、相応の勉強、練習、理論、道具、等々、とにかく積み重ねと準備が必要である。
・一つ、魔法が関わると、関わっていないものに比べて明らかに強くなる。
この三つだ。
前二つは習得関係の話、最後の一つは習得出来たらの話になるが、この三つについては概ねどこでも似たような事が書いてあったし、書かれていないサイトは……なんと言うか怪しい気配がしていた。
そして、最後の一つがあるからこそ早めに習得したくはあるのだが、前二つと俺が特別ではない平凡な一般人である事が合わさって、現状では魔法を使うのは不可能であると言わざるを得ないのである。
まあ、手札にない、呼び出す手段もない切り札を望んでも惨めなだけ。
今ある手札でどうにかする事を考えた方がいい。
「……。その、勝てますか?」
「分からないな。悔しいけれど、絶対に勝てるなんて言えるような実力はないから、戦ってみないと分からない。ただそれでも……応援をしてもらえると助かる」
「っ! はい、私、精一杯応援させてもらいますね!」
「お、おう……」
ん? あれ? なんでノノさんはこんなに喜んでいるんだろうか? 俺はそんなにノノさんを喜ばせるような事を言っただろうか? あれー?
「とりあえず決闘開始まで足掻けるだけ足掻いて……残り一時間くらいになったら教えて貰えるか? そこで一度休んでおきたい」
「はい、分かりました。ハリさん」
微妙に理由が分からない事にもやもやしつつも、時間は過ぎていく。
そして、決闘の時間が来た。
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