1:プロローグ
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
新作になります。
本日は初日と言う事で、六話更新させていただきます。
「次の者。前へ」
真っ暗闇の中、俺に対して声がかかったと思う。
俺はその声を受けて、たぶん前に出た。
思うとか、たぶんとか、出てしまうのは……何も見えてないし、体が勝手に動いている感じがあるからだ。
「それでは審議を始める」
そもそも俺は何故こんなところに居るのだろうか?
自分の頭上から聞こえる話声や、何かをめくる音を聞きながら、ここに来る前の事を思い出そうとする。
「ふむ。悪行については一般的なところか。この程度は現代社会で35歳まで生きているならば、やむを得ないと言えるな」
俺はアルバイトで日銭を稼ぐような身分だった。
それで覚えている限りだと……少し仕事の終わりが遅くなった気がする。
おかげで周囲はすっかり暗くなっていたはずだ。
「善行についても一般的なところ。悪行と善行で相殺するのであれば、善行の方が僅かに勝つ程度。やはり善でもなければ悪でもない中庸と言うところか」
そう暗くなっていて……家に帰ろうとして……それからどうしたのだろうか?
それから先の記憶が殆どない。
朧気にあるのは、光っている何かが迫ってくるぐらいだろうか?
「ん? ああなるほど。最後の行動についてか。なるほど、咄嗟ではあったが体が動いた。相手は助かり、代わりに自分が、という形か。ふむふむ、よろしい、これは評価に加えておこう」
それにしても、俺は何時までこうしていればいいのだろうか?
相手がとても偉いお方と言うのなんとなく分かるのだが、何も見えず、体を動かす事も出来ず、何かを確認する声だけ聞こえている状況だから、どうすればいいのかがまるで分からない。
「では判決だが……善行が勝っている時点で地獄行きはあり得ない。しかし、天国に行けるほどの善人と言う訳ではない。特定の判決に繋がるような特筆事項も見当たらない。生前の行いから判断するならば、人かそれに近しい存在への転生が妥当なところだろう」
……。
今更な話だが、俺は死んだのだろうか?
そうなると此処は冥界のようなところで、もしかして俺の前に居るのは閻魔様か何かだったりするのだろうか……。
う、その、何だろう、意識した途端に背筋が伸びると言うか、身が引き締まると言うか……とにかく、動かないはずの身体が一気に緊張した気がする。
「……。少し確認をしよう。君はより良い来世を望むかね?」
の、望めるのであれば望みたいとは思う。
その、これまでの人生が幸せであったかと言われたら、幸せだったのかもしれないけれど、満足したかと言われたら、満足できるような人生ではなかったから。
「それがズルのような形であってもかね?」
それは……違うと思う。
自分の努力だけでどうにかなるのが現実ではないけれど、ズルして良い来世と言うのは、何かが違うと思う。
ズルしているのが自覚できなければ受け入れてしまうかもしれないが、今ここでズルをすると明言されているのなら、それは断りたい。
「では、苦難を乗り越えた上での栄達であれば、受け入れると?」
苦難の内容に見合うだけの幸福なら受け入れると思う。
「苦難の途中で命を落とすかもしれないが?」
それは受け入れるべきリスクと言うものだと思う。
自分の選択や行動が理由で、自分が死ぬのであれば、それは受け入れられる。
自分ではない誰かが、何の咎もないのに巻き込まれるとなったら、後悔してもしきれないとは思うけど。
「幸福なものは不幸になるべきだと思うかね?」
絶対に違う。
不幸の後には幸福が来るべきだとは思うが、その逆は絶対であるべきではない。
幸福なものが幸福であり続ける事に嫉妬するような振る舞いはしたくない!
例え貴方のような存在にそうしろと命じられてもだ!!
「良い反応だ。なるほど、君は善き人であるらしい。であるならば、やはり君は人間かそれに近しい存在への転生が望ましい」
って、あ、俺は何を言って……思って……あれ? 怒ってない? むしろ喜んで……え?
「さて、そうなれば、そう言う方向でいずこかの世界で普通に転生するのが一般的な流れではあるが、実はつい最近とある世界からの誘致があってな。今期の枠がまだ埋まっていない。なので、君をそこに入れようと思う」
どうすればいいのだろう……と言うか、なんで俺はこれほどのお方に啖呵を切ってしまったのだろう……。
「その世界は一種の狭間の世界だ。様々な世界から死者が集まり、来世のための研鑽と調整を行うための場所になっている」
いや……もうどうにもならない。
受け入れるしかない。
選択したのは俺なのだから。
「君がそこでの幸せを手にするとともに、来世での幸せを得るためには、数多の苦難を乗り越える必要がある。しかし、これまでのやり取りから考えて、君ならば苦難を受け入れ、乗り越え、次の生を良くする事も出来るだろう」
このお方の言う通りに、苦難を受け入れ、乗り越える他ない。
それなら、それに全力を費やすべきだ。
「立場上、私は公正公平な存在であらなければいけない。だが、それでも君が苦難を乗り越えて、来世を良くする事は祈らせてもらおう。どうか、君の死後と来世が幸多きものとなり、遠い未来に健全な君と再び相見えると良いな」
そうして話は終わったらしい。
俺の周囲が何かに囲われていき、完全に囲われると共に俺は何処かへと運ばれていった。