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84、全自動ダンジョン用冒険者捕獲・殺戮装置




「ほんと、お話だけでも! お時間は取らせませんから!」

「だから結構ですって」

「そう言わずに、お願いしますよぉ」


 ダンジョン入り口にて、俺はこの大男と小一時間押し問答を続けていた。

 彼は顔の中心についた大きな一つ目で射抜くような視線を俺の透けた体に向け、ここから一歩も退かないぞとばかりに身体を前のめりにしている。

 これはもう俺の手には負えない。そろそろ援軍を呼ぼうかと考え始めたその時、背後から足音と共に不機嫌そうな声が飛んできた。


「騒がしいな、一体何の騒ぎだ?」


 ダンジョンの奥から現れたのは怪訝な表情を浮かべた吸血鬼である。


「ちょうど良い、ちょっと助け――」

「ああっ、もしかしてダンジョンボスの方ですか? 是非とも我が社の全自動ダンジョン用冒険者捕獲・殺戮装置のご紹介をさせて頂きたいのですが」


 これ幸いと助けを求める俺の言葉は、一つ目男の野太い声にかき消されてしまった。

 吸血鬼は眉間にさらに深いシワを刻み、俺の透けた体の向こうにいる一つ目男に不審そうな視線を向ける。


「殺戮……装置? なんの話だ?」

「罠だよ。ダンジョンに設置する罠のセールス」


 俺がそう説明すると、男はその大きな目をギラギラさせながら、すかさず吸血鬼へのセールストークを開始した。


「こちらのダンジョンはあまり大掛かりな罠は設置されていないとお聞きしております。罠の設置により戦術の幅が広がりますし、戦闘員の皆様の負担軽減にも繋がりますよ」

「罠か……良いかもしれないな」


 吸血鬼は男のセールストークにあっさり頷く。てっきり男を追い払ってくれるとばかり思っていた俺は、吸血鬼の思いもよらぬ言葉に目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。


「な、何言ってんだよ! そんな大掛かりな装置を置く余裕なんてないから!」

「冒険者の撃破率が上がれば宝物の消費も減るだろう? しばらく使っていればそのうち元が取れるんじゃないか」

「『そのうち』とか曖昧な想定でこんなもの買ったら駄目だって! 大体、本当に撃破率が上がるか分からないし」


 その言葉を口にした瞬間、今まで黙って俺らが言い合うのを見つめていた男がすごい勢いで声を上げた。


「ではでは! 今回だけ特別に我が社の商品をお貸しします! 実際にお試しいただいてその素晴らしさを体験されてから購入するかどうか決定なさって下さい」


 男はそう言ってニコニコ笑いながら揉み手をする。

 なんだかこちらが罠に掛かったような気分だ。だが吸血鬼は特に疑う素振りも見せず腕を組んであっさり頷いた。


「それは良い案だな」

「ええー、お試しとかすると断り辛くなるし……」

「そんな事を言っていたら何もできないだろう。物は試しだ。それで、罠はいつ用意できる?」

「実は、今日たまたまご用意が」


 男はダンジョンの外に身体を引っ込めたかと思うと、巨大なリアカーを引いて俺たちの前に再びその姿を現した。リアカーには大量の「装置」が山盛りになって乗っている。


「さぁ、どうぞお納めください」

「こ、これ全部?」

「ええ! 色々なタイプがございますから、是非一度お試しを」


 こんなに大量の装置が「たまたま」用意できたと言うのは実に不思議な話である。まぁその件には目を瞑るとしても、こんなに大量の装置を渡されても正直困るというのが正直な感想だ。


「これ全部設置するのは骨が折れるなぁ」


 ため息混じりに呟くと、吸血鬼は口の端から牙を見せてニヤリと笑った。


「大丈夫だ、骨なら沢山あるだろ」




***********





「ではまた後日、改めてお伺いしますね」

「はぁ、分かりました……」


 一つ目男は俺たちに向けて軽く一礼し、意気揚々とダンジョンを後にする。

 一方、俺たちは男による罠の紹介――もとい、セールストークを長々聞かされたことで酷く疲弊していた。仕事熱心なのは良い事だが、あんなにいっぺんに説明されては何も頭に入ってこないし購買意欲も掻き立てられない。

 とはいえ、一番大変だったのはあれだけの量の罠の設置を突然押し付けられたスケルトンたちだろう。

 長時間に渡るセールストークが終わってもまだ一体のスケルトンも帰ってこないところを見るに、随分その設置に苦労しているらしい。


「大丈夫かな、スケルトンたち」

「アイツら案外アナログ魔物だからな。ちょっと様子を見に行くか」


 吸血鬼の提案を受け入れ、俺たちは早速冒険者用の通路へと向かう。

 普段これだけダンジョンを歩けば少なくともスケルトンの5、6体とすれ違うのが普通だが、大量の人員が罠の設置に駆り出されているせいかその姿はどこにも見当たらない。それどころか骨のぶつかる音すら聞こえてこず、ダンジョンは不気味な静寂に包まれていた。


「おかしいな、静かすぎる。機械の設置をしているのにどうしてこんなに音がしないんだ?」


 吸血鬼も不審そうにあたりを見回しながら警戒心をあらわに通路を進んでいく。

 その時、風を切る鋭い音が不意に静かなダンジョンへ響いた。直後、鈍く光るなにかが俺の体を通り抜け、ますます速度を増しながら吸血鬼へと向かっていく。


「危ないッ!」

「くっ……」


 吸血鬼は頭部に迫るそれをギリギリで回避し、的を無くしたその「なにか」は凄い勢いで壁に突き刺さった。


「ひいいっ!? 吸血鬼大丈夫!?」

「あっ……ぶないな! なんだ一体!?」


 吸血鬼は冷や汗を流しながら壁に恐る恐る近付いていく。

 そこに刺さっているのは鋭い刃のついた鎖鎌であった。鎖は天井に繋がっており、振り子のように動いてここを通った者の首を狙う仕掛けになっているらしい。

 明らかにスケルトンの設置した罠だ。


「もう罠の設置は終わってるみたいだね」

「どうしてスケルトンたちは罠のことを何も言わないんだ! 危ないじゃないか!」

「このままだと冒険者より先に俺らが罠を血で濡らす事になるかも……」

「ああ、ほら見ろ。早速馬鹿が掛かってるぞ」


 吸血鬼の指差した先にあるのは地面にあいた巨大な穴。その縁には妙に蒼い色をした指が掛かっている。


「まさか……」


 恐る恐る覗き込むと、こちらを見上げるツギハギだらけの少女と目が合った。彼女の足元には底がないんじゃないかとすら思えてくるような暗く深い奈落が広がっている。


「ゾンビちゃん! 大丈夫!?」


 彼女は片手、しかも指先だけでその身体を支えている。僅かな揺れでもあろうものならそのまま奈落の底へ落ちてしまうことは避けられないだろう。

 ゾンビちゃんは引き攣った表情を浮かべながら空いた方の手を俺たちに伸ばす。


「タ、助ケテ……」


 その様子を見下ろしながら、吸血鬼は腕を組んだまま感心したように頷く。


「なるほど。鎖鎌で頭上に警戒心を集めておき、注意力散漫になった標的の足を掬うという訳だな」

「分析は良いから早く助けてあげて!」


 そう言って吸血鬼を急かすと、彼は渋々ながらもようやくゾンビちゃんの伸ばした手を掴んで穴から引き上げた。

 彼女は地面に座り込み、底の見えない穴を見下ろして安堵の息を吐く。


「ウウ、危なカッタ」


 奇跡的にゾンビちゃんにも吸血鬼にも怪我はなかったが、このままではいずれ大惨事を招くことになるのは必至だ。


「早く罠の場所を把握しないと。罠は敵味方の判別してくれないんだから」

「全く、スケルトンたちは一体どこへ行ったんだ。おーい、スケルトン! どこにいる!?」


 吸血鬼の声がダンジョンに反響する。

 大声を上げると言うのは確かに人を探すときの効率的な方法の一つだ。しかし今回に限り、その方法は適切なものとは言い難い。俺は慌てて吸血鬼を制止する。


「シッ! ダメだよ、あんまり大きい声出すと――」


 だが、どうやら俺の制止は遅すぎたようだ。

 危惧していたことが現実のものとなって通路の奥から迫りくるのが見える。

 綺麗な球体の形をした岩が、凄まじい速度と迫力を持ってこちらへ転がってきていた。あんなのとまともにぶつかれば叩き潰された蚊のように地面に貼り付いてしまうに違いない。

 俺たちはそれから逃れるべく、弾かれたように走り出した。吸血鬼は全力で足を動かしながら悲鳴にも似た声を上げる。


「うわあっ何だあれ!?」

「声に反応する罠もあるって言ってたじゃん!」

「あんな説明、いちいち覚えていられるか!」


 吸血鬼は口の端から牙を見せ、威嚇でもするみたいにそう吐き捨てる。だがしばらくすると吸血鬼の表情から怒りの色は引き始め、かわりに恐怖の感情が彼の顔を覆った。


「ヤバイ……この先は袋小路だ!」


 次の瞬間、俺の目にもはっきりと通路の先の壁が見えてきた。確かにこの罠は逃げ場のない一本道に設置してこそその真価を発揮する。ここに罠を置いたスケルトンの判断は大正解だが、その判断は俺たちの首を締める結果となってしまったようだ。


「ひいいっ、どうすれば良いんだ!? なにか策はないのかッ」


 半狂乱になりながら吸血鬼が俺に縋り付く。

 だが通路は袋小路、丸い岩はオーダーメイドされたみたいにこの通路を隙間なく塞いでいる。地面や壁に穴を掘るには時間が足りない。


「……これは詰みだね」

「何諦めてるんだ、せめてもう少し考える素振りをしろ!」

「まぁ、死にはしないでしょ」

「他人事だと思ってまたそんな適当な事を!! 死ななければ何されても良いのかお前は!」


 そうこう言っている間にも岩はどんどん俺たちに迫ってくる。

 吸血鬼は怯えた表情を浮かべながら後退りをし、通路の行き止まりにその背中をくっつける。ところがゾンビちゃんは後退るどころか、ゆっくりと岩に向かって歩いていった。


「あ、あいつ何を……」


 迫る岩、進むゾンビちゃん。

 二つが今にもぶつかるその瞬間、ゾンビちゃんはその右手を思い切り引き、そして握り締めた拳を岩に叩きつけた。

 物凄い轟音とともに岩が砕け散り、土煙とともに岩の欠片が四散する。

 ゾンビちゃんは「ふう」と息を吐き、すぐさま振り返って呆然とする俺にしたり顔を向けた。


「ドウ?」

「す、凄い……」

「エヘヘ」


 ゾンビちゃんはまるで褒められた子供のように満面の笑みを見せる。

 が、次の瞬間俺の背後から不機嫌そうな声があがった。


「もう少し細かく砕けなかったのか」


 振り返ると、頭から血を流す吸血鬼と地面に転がる血の付いた岩の欠片が目に入った。

 ゾンビちゃんは頬を膨らませ、口をへの字に曲げて不服そうな表情を浮かべる。


「贅沢言ウナ」

「ペシャンコよりマシでしょ。お手柄だよゾンビちゃん!」

「へへー。デモ、次はモウ無理」


 ゾンビちゃんはそう言って右手を掲げてみせる。

 速度のついた巨大な岩をその細腕で粉砕してみせたのだ。ゾンビちゃん自身も当然のことながらダメージを負ってしまったらしい。

 彼女の腕はその衝撃により、もはや原型を留めていなかった。複雑骨折なんてレベルじゃない。思わず目を背けたくなるような深刻なダメージである。

 彼女の言う通り、もし同じような罠に掛かってもこの手はもう使えない。


「これ以上被害を被る前にスケルトンたちを見つけないと」


 俺は自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 が、俺たちは通路の角を曲がった先で拍子抜けするほどあっさりとスケルトンたちを見つけた。

 ……見つけはしたが、彼らは誰一人としてまともな状態になかった。


「な、なにがあったんだこれは……?」


 吸血鬼は地獄のような光景を呆然と眺めながら呟く。

 俺たちの視界を埋めるのは、散乱した骨、骨、骨の山だ。俺はすぐさま一番近くにいたスケルトンに近付き、その髑髏を覗き込む。彼の胸から下はまるでなにかに押しつぶされたように粉砕されてしまっていた。


「一体どうしたのスケルトン!?」


 声をかけると、スケルトンは無事だった右腕でゆっくりと天井を指し示した。

 彼の指の先にあったのは天井にピッタリとくっついた分厚い鉄板である。どうやら落下式のトラップであるらしい。


「まさかスケルトンも罠に掛かったの?」

「自分の設置した罠に掛かるなんて、そんな馬鹿な話があるか」


 吸血鬼が呆れたように言うと、スケルトンはゆっくりと微かに首を振ってみせた。

 そして彼は右手を地面に下ろし、土の上に文字を書いていく。


『自分の設置した罠じゃない』

「……どういうこと?」

『あんまり数が多いからグループ分けして罠の設置をした。そしたら他のグループの罠がどこに設置されたのか分からなくなって』


 そこまで文章を綴ったところでスケルトンはガックリと肩を落として額を地面に付けた。恥ずかしくて合わせる顔がない……というような意味だろうか。

 吸血鬼は眉間に深いシワを刻み、額に手を当ててため息を吐く。


「何やってるんだ全く……」

「ちょっと待って、じゃあどこにどんな罠が設置されてるのか全容を把握してる人はいないって事?」


 尋ねると、スケルトンは俯いたまま微かに頷いてみせた。


「お、おい。これかなり不味い状況なんじゃないか」

「ドウスル?」

「うーん……取り敢えずスケルトンたちを救出しつつ罠の位置情報を地道に集めて統合していかないとね」


 吸血鬼は不機嫌そうな表情を浮かべて通路に転がる死屍累々を見下ろし、吐き捨てるように呟く。


「チッ、折れた骨を拾うのは結局僕らの仕事か」

「ネェ見て、アレ」


 ゾンビちゃんは骨の散らばる大通りから伸びる細い小道を覗きこみ、俺たちを手招きする。

 彼女の促すままに小道を覗くと、一体のスケルトンがひっそりと罠に掛かっているのが見えた。だが他のスケルトンとは違い、どの骨も欠けておらず、大きな怪我はしていないようだ。ただ鎖で手足を拘束され、大の字になって地面に固定されている。


「非致死性拘束タイプの罠かな」

「アイツならすぐ動けそうだ。よし、拘束を解いて骨拾いの仕事を手伝わせよう」


 吸血鬼はそんな事を言いながら意気揚々とスケルトンに近付いていく。

 手足に錠を嵌められたスケルトンはこちらをジッと見つめながら激しく身体揺らせた。


「そんなに慌てるな、今助けてやるから」


 吸血鬼はスケルトンの仕草を気にする様子もなくどんどん小道を進んでいく。すると、スケルトンは僅かに自由になる指でなにやら壁をなぞり始めた。どうやら文字を書いているらしい。

 俺はすぐさま吸血鬼を追い抜いてスケルトンに近付き、その手元をジッと見つめる。その指は、こんな言葉を綴っていた。


『き け ん く る な』

「危険……来るな?」

「スケルトンはなんて言ってるんだ?」

「ナニナニー?」


 俺はハッとしてこちらへ向かってくる吸血鬼とゾンビちゃんに目を向ける。

 スケルトンはますます激しくガシャガシャ骨を打ち鳴らす。彼の綴る文字を見た今なら断言できる。スケルトンのこの仕草は俺たちへの警告だったのだ。


「ちょっ、来たらダメ――」


 そう言いかけた次の瞬間、吸血鬼の足が地面に設置された「なにか」を踏み抜いた。それとほぼ同時に、耳をつんざく様な爆発音と目の眩むような光が通路を覆う。

 ……俺の声はかき消され、俺の声に耳を傾けてくれる者もいなくなった。




*********




「商品の方はいかがでした?」


 一つ目男はニコニコ笑いながら俺たちにそう尋ねる。

 だが彼の問いかけに対して口を開く者はおらず、俺たちは無言で山のような罠の乗ったリアカーを男に差し出した。


「あ、あのー……?」


 男は困惑の表情を浮かべながらなにか言いたそうにしていたが、文字通り満身創痍の俺たちとあちこちに血の付いた罠を見比べ、最終的には苦笑いを浮かべながら帰っていった。





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