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77、ライバルを打ち倒せ!






「レイス助ケテー!」

「……なにやってんの」


 俺は地面にうつ伏せに寝転がり、足をバタつかせるゾンビちゃんを見て溜息を吐く。彼女の四肢にはバネの付いたカマボコ板のようなものがくっついており、なんとも間抜けな様相を呈している。

 おそらくスケルトンたちが温泉で料理に使用する食材――つまりネズミ捕獲のため仕掛けた罠に掛かってしまったのだろう。まぁゾンビちゃんのやりそうな事だ。

 ……問題は四回も同じ手に引っ掛かってしまったということか。


「でも、なんでこんなにたくさん?」


 俺は通路の隅にズラリと並んだ明らかに過剰のネズミ捕りに首を傾げる。

 恐らくスケルトンが設置したのだろうということは分かっているが、その目的までは計り知ることができなかった。


 



***********





『こっちが試作品121号』

『これは試作品196号』

『これが試作品86号』

『いや、それは試作品97号だよ』


 だだっ広い一室に大量のテーブルが設置され、その上には湯気の立ちのぼる料理の載った皿が所狭しと並んでいる。その周りでガシャガシャと騒いでいるのはスケルトン軍団の面々だ。彼らは試作品云々といった意味のよく分からない文の書かれた紙や料理の盛られた皿を手に何かを取り囲むようにして輪になっている。

 俺とゾンビちゃんが部屋に入るなり、その輪の中から切羽詰まった声が上がった。


「お、おい! 助けてくれ、コイツらを落ち着かせてくれ!」

「……吸血鬼?」


 どうやらスケルトンに取り囲まれてなんとも情けない声を上げているのは我がダンジョンのボスであるらしい。

 スケルトンの壁をすり抜け、恐る恐る輪の中心を覗き込む。すると四方八方からスケルトンたちに湯気の立つ料理を押し付けられている吸血鬼と目が合った。


「そ、それは一体どういう状況なの?」

「強制試食だ!」

「強制……試食?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げていると、スケルトンたちが痺れを切らしたように次々と皿に盛られた料理を吸血鬼の口元に押し付ける。


「熱ッ!? と、とにかくこれをやめさせろ!」




***********




 必死の説得により吸血鬼の元から離れ、熱々料理の載った皿を置いたスケルトンたちは言い訳がましく骨を鳴らしながら次々とこんな言葉の載った紙を掲げた。


『折角作った料理を捨てるのはもったないない』

『味の感想も教えて欲しかった』

『いくら頼んでも試食してくれないから』

「当然だ、僕は吸血鬼だぞ。なんでネズミの肉など食わなきゃならないんだ!」

「えっ、これ全部ネズミ料理なの?」


 俺の言葉にスケルトンたちは一斉に頷く。

 吸血鬼はハンカチで顔を拭きながら呆れたようにため息を吐いた。


「温泉の方で売る新メニューの開発だそうだ。熱心なのは結構だが僕を巻き込まないで欲しいね」

「ああ、だからあんなにネズミ捕りが……でもなんでまたこんな気合の入った新メニュー開発を?」


 そう尋ねると、スケルトンたちのざわめきが急激に引いていった。

 なにか悪いことを聞いてしまっただろうか。そう心配していると、一体のスケルトンがゆっくりと紙を取り出し、それを俺に向けて掲げた。


『近くにラーメン屋できたでしょ』

「うん。ええと、『虎穴』だっけ」


 少し前にできたラーメン屋『虎穴』は随分人気店らしく、食事時などは魔物が長蛇の列を作り、さながら百鬼夜行のようだとか。

 それにより入湯客も増えたと聞いていたが、良いことばかりでもないらしい。


『そっちに客を取られて軽食が売れない』

『新メニューで巻き返す』


 スケルトンたちは次々と「打倒虎穴」を文字にして紙に書き殴り、それを高く高く掲げる。

 どうやら相当なライバル意識を持っているらしい。


「なるほど、言いたいことは分かったけど……だからって吸血鬼に食べさせても実のある感想は聞けないと思うよ」


 俺の言葉にスケルトンたちは塩を振った青菜のようにしゅんとしてしまった。

 彼らは料理をすることはできるが、食べることはできない。味見無しに手の込んだ複雑な料理を作るのは至難の業だ。

 もちろん俺も味見なんかできないし、吸血鬼も基本的に血液以外口にしない。スケルトンの作った料理を食べられるとすれば……


「なら私ガ食ベル!!」


 意気揚々と声を上げたのは我がダンジョンきっての肉食女子、ゾンビちゃんである。

 彼女はテーブルの上の大皿を掴み、料理を口に流し込んだ。その豪快な食べっぷりにスケルトンたちも骨を鳴らして歓声……いや歓音を上げる。

 そして彼らは『これはどう?』『こっちも』などと紙を掲げながら次々と皿をゾンビちゃんに押し付ける。そのたびにゾンビちゃんはスケルトンたちの期待に応える食べっぷりを見せつけ、彼らを大いに満足させた。

 だが彼女の「試食」には一つ大きな落とし穴がある。


「それで、どうなの?」

「オイシイ!」


 ゾンビちゃんは勢い良く、食い気味にそう答える。だがそれではダメなのだ。


「それは分かったけど、これらは試作品なんだからどれが一番美味しいのかを決めないと」


 腕を組み、少し考えるような素振りを見せた後、ゾンビちゃんは屈託のない笑顔を浮かべて言った。


「ンー……ゼンブ! オイシイ!」

「……やっぱりゾンビちゃんに試食は無理みたいだね」


 食べることが得意でも感想を言えなくては意味がない。というか、彼女は食べられればそれで良いのだ。味なんて大して気にしていない。これほど試作品の試食に向かない人もいないだろう。

 スケルトンたちはガックリと肩を落としてせっかく差した光明が消え失せてしまったことを嘆く。

 ザワザワと力ない骨の音が聞こえてくる重苦しい空気の中、突如としてスケルトンたちの輪の外から軽薄な声が上がった。


「あっ! みんなこんなとこにいたのか、探したよ」


 聞き覚えのある声とともにスケルトンたちの壁を割って近付いて来たのは、相も変わらず軽薄な笑みを携えた狼男である。

 狼男はテーブルに並べられた料理と空の皿を見て目を丸くする。


「おー、凄いねコレ。こんなにどうしたの?」

「ちょっと新商品の試作をね」

「へぇ、企業努力だねぇ」

「あっ、そうだ。狼男が試食すれば良いんじゃ?」


 狼男ならば肉を食べることができるし、少なくともゾンビちゃんよりはマシな感想を言うことができるはず。

 ところが、テーブルの上の皿を空にするという作業の最中だったゾンビちゃんが凄い勢いで俺の意見に異を唱えた。


「ダメ! 私食ベルもん!」


 ゾンビちゃんはそう言ってテーブルの前で手を広げ、料理を守るべく立ち塞がる。

 俺は彼女を窘めようと口を開きかけたが、狼男はそれより早く笑顔で首を振ってみせた。


「安心してよゾンビちゃん、俺は遠慮しておくからさ。賄い食べたばかりだしね」

「賄いって?」


 狼男の口から「賄い」などという言葉が出た事に驚き、俺は思わず聞き返した。すると狼男はなんて事ないといった風に口を開く。


「実は俺バイト始めたんだ」

「えっ、狼男って働くの!? ずっとヒモやって食いつないでるのかと……」

「失礼だなぁ。俺だってたまには働くよ。じゃないとダメ人間になっちゃうからね」

「もう十分どうしようもないダメ人間だろう」


 吸血鬼の呆れたような物言いに思わず俺も頷く。狼男は「酷いな」などと言いながらヘラヘラ笑ってみせた。

 狼男がまともに働けるなんて、正直かなり驚きだ。詳細をどうしても知りたくて、俺は狼男に尋ねる。


「ちなみにどこで働いてんの? ホスト?」

「違うよ、ラーメン屋。ほら、この近くにラーメン屋あるの知ってるでしょ?」

「えっ」

「まさか『虎穴』か?」


 恐る恐る尋ねる吸血鬼に、狼男はにこやかに頷く。


「そうそう。可愛い子多くて楽しいよ」

「ライバル店勤務かよ!」


 狼男の発言により、スケルトンたちがにわかにザワつきだした。


『スパイだ!』

『縛り上げろ!』

『吊るして殺せ!』


 スケルトンの多くが物騒な文言の載った紙を掲げ、剣を抜くものまで現れる始末。

 剣呑な雰囲気に狼男の笑顔も僅かに引き攣る。


「な、なんかタイミング悪い時に来ちゃったかな? じゃあ俺そろそろ……」


 狼男は俺たちに背を向け、素早く部屋を飛び出した。スケルトンたちも彼の後を追おうと武器を手にガシャガシャ動き出す。

 スケルトンの暴走を止めなければと口を開きかけたその時、意外な場所からもスケルトンを制止する声が上がった。


「大丈夫だ、ヤツは放っておけ」


 その声にスケルトンたちの動きが止まる。そして彼らは意外そうな眼差しを声の主である吸血鬼に向けた。

 普段狼男を庇うことなど皆無、スケルトンと共に狼男を追い回してもおかしくない吸血鬼からそんな言葉が出たことに動揺を隠せないようだ。


「な、なんか今日は優しいね」


 俺がそう言うと、吸血鬼は「優しい」などとは口が裂けても言えない、噛み殺したような邪悪な笑い声を上げた。


「ククク……お前ら良い知らせだ。もう新メニュー開発などしなくて良いぞ」

「ええと、どういうこと?」

「ヤツは一箇所に定住せず、頻繁に生活拠点を移している。なぜだと思う?」

「あんまり長く住んでると狼男ってバレるから……かな」

「それも正解だ。が、もっと差し迫った理由がある」


 吸血鬼は声を潜め、もったいぶったようにひと呼吸置き、俺たちの注目を十分に集めてから口を開く。


「ヤツは食い尽くしてしまうんだ」

「えっ……人間を?」

「まぁ人間というか、女だな」

「お、女?」


 きょとんとする俺たちをよそに、吸血鬼は狼男の恐ろしさについて語りだした。


「誰彼構わず、既婚未婚すら問わず、しかも同時に複数手を出すからヤツが長居した後の街は人間関係壊滅状態だ。暴動が起きて地図から消えた村もあるって話だぞ」

「そうか……そんなのがアルバイトなんか始めたら」

「ああいうところは人間関係が密だならな。クク……何日持つか」





 吸血鬼の予想通り、数週間もすると店の前にできていた行列はすっかり消えてなくなり、看板には乱雑な字で「休業中」と書かれた紙切れが一枚貼り付けられていたという。







大変申し訳ありませんが、少しの間投稿をお休みさせていただきます。

三月中旬頃には戻ってくると思いますので、しばしお待ちください。


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