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73、恋する乙女たちの入念な下準備





「んー、こっちかなぁ」

「さっきもここ通ったっぽくない?」


 暗いダンジョンの中を二人組の若い女性がウロウロと歩いている。

 二人とも目立った武器は持っておらず、装備も買ったばかりであろう新品ばかり。駆け出し冒険者、もしくは冒険者ですらない素人なのは間違いなさそうだ。


「よし、行くよ皆。まず後方から追いかけて袋小路に追い詰めよう」


 俺は通路の影から女性たちの小さな背中を眺めつつスケルトンたちに作戦を伝える。

 ここはダンジョン上層、知能無きアンデッド達の闊歩するフロアの一つ下に位置するフロアである。本来この場所では小手調べ程度の攻撃しか行わないのだが、今回の素人冒険者ならばその程度の攻撃でも十分倒せそうだ。

 ところが、そんなイージーな任務にも関わらずスケルトンたちはなぜかなかなか俺の命令に従って動こうとしない。


「ど、どうしたの?」


 まごつくスケルトンたちにそう尋ねると、数体のスケルトンが紙を取り出してペンを走らせた。


『なんか嫌なカンジがする』

『行きたくないな』

「ええ? どうしちゃったのさみんな。そんな子供みたいなこと言わないでよ。もしかして五月病? それともストライキ?」


 スケルトンたちは俺の言葉に力無く首を横に振った。

 そうしている間にも冒険者たちは俺たちのいる場所からどんどん遠ざかっていく。


「ほら、早く行かないと見失っちゃう!」


 そう言ってスケルトンたちを急かすと彼らはようやくのそのそと通路を飛び出し、冒険者へと襲いかかって行く。

 ところが、スケルトンたちの刃は冒険者に全く届かなかった。スケルトンたちの体は冒険者の遥か手前で崩れ落ち、ただの骨の山と化してしまったのである。


「ギャーッ!」

「魔物ッ!?」


 地面に崩れ落ち、無力化されたスケルトンたちを見て女性たちは過剰な叫びを上げながらダンジョンを逃げ惑う。

 その様はやはり素人丸出し。強力な魔法でスケルトンを蹴散らした、という訳ではないらしい。

 だが現にスケルトンたちはバラバラになって地面に転がっている。


「な、なんで……?」


 地面へ無残に散乱した骨を眺めながら、俺は誰に聞かせるでもなくそう呟いた。





********





「随分念入りに清められているな」


 未だにダンジョン上層から動かない冒険者たちを通路の影からひと目見るなり、吸血鬼は渋い表情を浮かべた。


「業務用の強力な聖水、幾重にもかけられた守護魔法……詳しくは分からないが色々と小細工もしているようだ。迂闊に近付けばただでは済まない」

「だからスケルトンたち崩れちゃったのか。ゴメンね、気付かなくて」


 俺の言葉にスケルトンたちはカタカタと気丈に首を振ってみせた。だがその体にはまだダメージが残っているらしく、彼らの体はつつけば崩れてしまいそうな程不安定である。


「君、アンデッドのくせにこの嫌な空気が分からないのか? 本当に無敵というか、鈍いな」


 吸血鬼は呆れたような、感心したような表情でそう呟く。

 なんとも言えない微妙な気持ちになり、俺は思わず苦笑いを浮かべた。


「はは……まぁ俺だけあの子たちに近付けても意味ないんだけど」

「安心しろ、僕らがヤツらに近付けないというのはあくまでこのフロアでの話だ。もっと深層に進んでいけば瘴気が濃くなり、ヤツらの守りも薄くなる」

「なるほど。でもあの子たち、さっきからこのフロアをずっとウロウロしてて、階段を見つけても降りようとしないんだよね」

「宝でも探しているのか? このフロアに宝箱なんてないのに――」


 吸血鬼が言いかけたその時、冒険者たちの歓声が彼の言葉を遮った。


「あっ!」

「見つけた!」


 嬉々としてなにかに走り寄っていく冒険者たちの背中を見ながら俺たちは目を丸くする。


「な、なにを見つけたんだ?」

「このフロアに宝箱なんてない……よね?」


 尋ねると、スケルトンたちは首振り人形のごとくカタカタ頷く。

 彼女たちは一体なにを見つけたのか。それを知るべく、スケルトンたちと共に暗闇と壁で身を隠しつつ通路の曲がり角から冒険者たちの後ろ姿をじっと見つめる。

 彼女たちは無防備にしゃがみこみ、甲高い声を興奮気味に上げながらなにかを拾い上げた。その手の中で淡い光を放っているのは、丸いフォルムの傘に水玉模様の浮かんだ我がダンジョンの特産品、「幻覚キノコ」である。


「なんでキノコ?」

「まだ若いのにキノコ中毒者か……?」


 スケルトンたちも困惑したようにヒソヒソカタカタ骨を鳴らす。

 幻覚キノコとはその名の通り摂取した者に幻覚を見せるキノコである。冒険者用通路にはあまり生えていないが、温泉客用の通路ではポップでキュートでおしゃれな照明として薄暗い通路を照らしたりもしている。

 たまに目つきの怪しい魔物がキノコを採っていってしまう事があるとスケルトンたちから聞いたが、人間がそれをやるのは俺の知る限りでは初めてだ。

 彼女たちは群生したキノコを熱心に採取しながら不意に口を開く。


「でもこれ、味はどうなんだろう。あの人食べてくれるかな?」

「大丈夫大丈夫。砂糖と煮て、チョコに混ぜちゃえば味なんて分かんないって」

「それもそうだね。ええと、どれくらい採っていけば良いかな?」

「えっとねぇ……」


 冒険者のうちの一人が鞄から派手なピンク色の表紙の本を取り出し、付箋の貼っているページを開いて軽く目を通す。


「よく分かんないけど……できるだけたくさん持って帰ろ!」


 彼女はそう言いながら本を傍らに置き、再び鞄にキノコをつめる作業に取り掛かる。

 ダンジョンの一角に群生したキノコを鞄いっぱいに詰め込むと、彼女たちは下のフロアにあるお宝には目もくれず、さっさとダンジョンを後にしてしまった。

 そのお陰でフラフラだったスケルトンたちの足取りもしっかりしてきたが、彼女たちの真意は未だに分からないまま。俺たちはモヤモヤした気持ちを胸に顔を見合わせる。


「なんだったんだ? キノコ狩りのためだけにあんなに念入りな護りを付けてきたのか?」

「うーん。もしかしたら俺たちの知らない薬効がこのキノコにはあるのかも……」


 彼女たちの口ぶりから察するに、どうやら自分で使用するのではなく人に食べさせるため採取しているらしかった。しかもチョコに混ぜ、相手にはそれと知られぬよう食べさせるようだ。

 チョコといえば、もうじきバレンタインの季節がやってくる。迫るバレンタインデー、チョコレートに混ぜ込んで食べさせるものといえば……


「惚れ薬とか?」

「惚れ薬? ……このキノコが?」


 吸血鬼は怪訝そうな表情を浮かべ、通路の先に転がったキノコの残骸を見やる。

 確かに俺もこのキノコが惚れ薬になるなんて聞いたことはないが、なんせアンデッドダンジョンに生える謎のキノコだ。どんな効果があっても不思議じゃない。マンドラゴラのように複数の薬効があることも十分考えられる。


「おいレイス、面白いものがあるぞ」


 不意に吸血鬼が声を上げ、通路の先、冒険者たちがキノコ狩りに勤しんでいた場所を指差した。そこに転がった開きっぱなしの本に、俺はあっと声を上げる。


「冒険者たちが読んでたヤツだよね」

「ああ、アレになにか書いてあるに違いない」


 吸血鬼はそう言って冒険者の残した本に駆け寄っていく。俺も吸血鬼の後をついていき、地面に転がった開きっぱなしの本を覗き込んだ。

 まず最初にポップな字体で記された「カレを貴方だけのモノにする方法」とのタイトルが目に飛び込んできた。その下に細かな字による説明とイラストが並んでいる。堅い薬草学の本というよりは簡単なおまじない入門書といった見た目だ。

 吸血鬼はそれを拾い上げ、手元の本に目を落とす。俺も吸血鬼の背後から本を覗き込み、そこに書かれた可愛らしい字体の文章に目を通した。


『☆カレを貴方だけのモノにする方法☆

用意するもの

・幻覚キノコ(処刑場、墓地、アンデッドダンジョンなどに生えているものがオススメ!)


ステップ1、幻覚キノコを適当な方法でカレに食べさせます

ステップ2、意識が朦朧としている隙に拘束し、カレを監禁してしまいましょう!

ステップ3、カレはキノコによりトリップ状態に陥っています。この隙に貴方の魅力をカレの深層心理に刷り込みます

※監禁中は出来る限りカレを過酷な環境に置きましょう。キノコ以外の水や食べ物も控えめに。カレが地獄の苦しみを味わえば味わうほど貴方の魅力が引き立つよ☆


数日から数週間続ければカレの心は完全に貴方のモノ!』


「ゴリゴリの洗脳じゃん!!」

「あんな清らかな身体でこんな邪悪な事をしようとしていたのか」


 ポップな字体と可愛らしいイラストで彩られた狂気の沙汰に俺たちは思わず声を上げる。

 本を閉じてよくよく見て見ると、その派手なピンク色の表紙には「恋する乙女のブレインウォッシュブック」とのタイトルが踊っていた。


 バレンタインというのはそれほど親しくない相手にも自然に手作りのお菓子を贈ることのできる一年に一度きりのチャンスである。特に味や色の濃いチョコレートは乙女たちの様々な思惑を包み、隠すことができるだろう。


 顔も名前も知らない人ではあるが、俺たちは彼女に狙われた男の無事を祈らずにはいられなかった。




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