72、僕がアイツでアイツが僕で
「やぁみんな! 遊びに来た……んだけど……」
ダンジョンに足を踏み入れた狼男は俺たちを見るなり琥珀色の目を大きく見開いた。
彼は鎖で雁字搦めにされて地面に転がされた吸血鬼と、吸血鬼に馬乗りになって鎖を掴むゾンビちゃんを指差して怪訝そうな表情を浮かべる。
「一体なにしちゃったの吸血鬼君?」
「チッ、こんな時にのこのこ現れやがって。本当に間の悪いヤツだなお前は」
「……え?」
狼男は大きく見開いた目をパチクリさせ、口をポカンと開く。
狼男が間抜けな表情を浮かべるのも無理はない。吸血鬼が彼に暴言を吐くのはよく見る光景であるが、今の発言は鎖で縛られた吸血鬼のものではなく、ゾンビちゃんの口から発せられた言葉であった。
「な、なんか今日のゾンビちゃん冷たくない? いや、冷たいのはいつもだけど、なんかベクトルが違う冷たさって言うか――」
「ネェ、コレ外シテよう。モウ大人しくシテルからぁ」
狼男の言葉を遮り、地面に転がった吸血鬼が情けない声を上げた。
上に乗ったゾンビちゃんは吸血鬼の鎖をキツく締め上げ、ピシャリと彼を叱りつける。
「ダメだ」
「ナンデぇ」
吸血鬼は駄々をこねるように身体をくねらせる。
そのおよそ成人男性のものとは思えない吸血鬼の言動に狼男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「どうしちゃったの二人とも……頭でも打った?」
「これには深いワケがあるんだよ……」
俺は変わり果てた二人の姿を眺めながら大きくため息を吐いた。
*********
遡ること数時間前、アンデッドにとって最も厄介なものの一つである太陽が地平線の向こうに姿を隠した頃。太陽と同じくらい厄介な人物がフリルで縁取られたピンク色のワンピースを翻しながら我がダンジョンに足を踏み入れた。
「アンデッドさんたち、こんにちは!」
暗い洞窟に似つかわしくない幼い少女が通路の向こうで無邪気な笑みを浮かべながら佇んでいる。
一見何の変哲もない可愛らしい少女だが、彼女の姿は俺たちにとって屈強な冒険者よりもおぞましい怪物よりもずっと恐ろしいものであった。以前彼女の行った殺戮行為がフラッシュバックし、俺は思わず身体を強張らせた。
「ひええ……ミストレス」
「最悪だ」
吸血鬼の声も心なしか震えているようだ。しかしそんな事はお構いなしとばかりにミストレスは足取り軽く俺たちの方へと歩み寄ってくる。近付いてくるにつれ、ミストレスが何か大きなモノを引きずっている事に気が付いた。大きなぬいぐるみでも引きずっているのかと思ったが、彼女がそんな可愛らしい行為をするはずがない。やはりと言うかなんというか、よくよく見るとその小さな手に掴んでいるのがボロ雑巾のようになってしまったゾンビちゃんの首根っこであることが分かった。
「ゾンビちゃん大丈夫!?」
そう呼びかけるも、ゾンビちゃんからの返事はない。
かわりにミストレスが口を開いて俺の言葉に返事をした。
「この子、抵抗しようとしたからちょっと動きを止めたよ」
「動きって言うか息の根が止まってない?」
「それで、一体何しに来た」
吸血鬼の問いかけにミストレスはニンマリと笑い、俺と吸血鬼の顔を交互に見比べる。
「今日はちょっとした実験をしに来たの。モルモットがもう一体必要なんだけど……」
ミストレスはそう言いながら吸血鬼の方へと可愛らしいおもちゃの杖の先端を向けた。
「ま、他にいないしアナタでいいや」
「ヒッ……」
吸血鬼の表情が一気に恐怖で強張る。
彼は素早く身を翻してミストレスに背を向け、彼女から逃れるべく地面を蹴る。
だが彼女の杖は吸血鬼を決して逃がさなかった。杖から出たピンク色の稲妻が瞬く間に吸血鬼の背中を捕え、彼は糸の切れたマリオネットのように地面に崩れ落ちる。
「吸血鬼!?」
「さてどうなるかなー」
ミストレスは目を輝かせながら地面に横たわる二体のアンデッドを眺める。まるで理科の実験をする子供のようだが、子供と言うのは残酷な事を平気で行うものだ。「ミストレスの実験」なんて嫌な予感しかしない。
このまま目を覚まさないのではないかとすら思ったが、やがて吸血鬼がゆっくりとその眼を開いた。
「ウーン……」
「だ、大丈夫?」
俺は恐る恐る吸血鬼の顔を覗き込む。彼は俺の顔をチラリと見ると、うめき声を上げながらゆっくりと半身を起こした。
「アイタタタ……ダイジョウブじゃナイよ」
「……ん?」
ミストレスからの攻撃の影響だろうか。呂律が回っていないというか、妙に舌足らずな喋り方だ。
どこかで聞いたことのあるようなその喋り方に首を傾げていると、次にゾンビちゃんがもぞもぞと動き始めた。彼女は眉間に深い皺を刻みながら吐き捨てる様に言う。
「クソッ……どうなってるんだ。体が重い」
「えっ、ゾンビ……ちゃん?」
そう呼びかけると彼女は蒼い顔をこちらへと向け、眉間に刻まれた皺をますます深くさせる。
「は? 眼が腐ってるのは小娘だけで十分だぞ」
「い、いや、ええと……」
俺はわずか1メートルほど先にいるゾンビちゃんと吸血鬼とを交互に見比べる。
その視線に気が付いたのか、二人は顔を上げてようやく目を合わせた。
「あ?」
「アレ?」
互いの顔を見るなり、二人ともまるで化け物にでも遭遇したみたいに表情を固まらせ、動かなくなってしまった。
その尋常でない様子から二人に「なにか」が起こったことは間違いないらしいが、何が起こったのかは未だに見当つかない。困惑していると、ミストレスが二人を眺めながら飛び上がって歓声を上げた。
「やった! 成功!」
「ね、ねぇこれどういう」
「二人の中身を入れ替えたのよ。ねぇ吐き気はする? 眩暈は? 記憶の混濁はある? 自分が誰だか分かるかな?」
ミストレスは眼を輝かせながら二人の顔を覗き込む。
しばらく放心した様にボーっとミストレスを見上げていた二人だったが、やがてゾンビちゃん――いや、ゾンビちゃんの姿をした吸血鬼がわなわなと唇を震わせ始めた。
「な……な……」
吸血鬼はフラリと立ち上がり、鋭い眼光でミストレスを睨み付ける。
「なんてことしてくれたんだッ!」
吸血鬼は地面を蹴り、ミストレスにその蒼いツギハギだらけの手を伸ばす。
だがその動きに吸血鬼のいつもの様なスピード感はなく、ミストレスの杖により彼の身体はいとも容易く吹き飛ばされてしまった。壁に叩き付けられて地面にうずくまる吸血鬼を見下ろし、ミストレスは腰に手を当て頬を膨らませる。
「もうっ、あんまり暴れないでよ。でもそんなに元気なら多分大丈夫かな。じゃ、データも取れたし私帰る」
「はっ? ……え、これどうすれば」
「さーて、データ整理しなくっちゃ。いそがしいいそがしい」
ミストレスはわざとらしくそんなセリフを口にしながら杖を頭上で一振りする。
次の瞬間、ミストレスの身体は煙のように消えてしまった。ミストレスと共に二人にかけられた魔法――いや、呪いも消えてくれればなんの問題もないのだが、そう都合の良いことが起こるはずもない。
「ううっ……」
ゾンビちゃんの姿をした吸血鬼は頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。そして自らのツギハギだらけの蒼い腕をジッと見つめ、苦々しい表情を浮かべた。
「クソッ、体が重い。しかもボロボロだ」
「ええと、確認なんだけど……ほんとに吸血鬼?」
「ああ。君の目にはそう映っていないらしいが」
「ひええ、マジかよ。じゃあアッチが――」
「カラダ! 軽イ! スッゴイ軽イ!」
ゾンビちゃんは吸血鬼の肉体で子供の様にピョンピョン跳ねまわり、楽しそうな歓声を上げた。
*******
「ええと、つまり今二人の中身が入れ替わってるってこと?」
「そういうこと……」
「そ、それは災難だったね」
狼男は苦笑いを浮かべながら改めて入れ替わった二人を眺める。
「ちなみに吸血鬼君……じゃないのか。ええと、ゾンビちゃんはなんで縛られてるの?」
「吸血鬼の体が楽しいらしくてさ。あっちこっち走り回って暴れまくってたのをさっきようやく捕まえたとこ」
狼男にそう説明していると、吸血鬼が不機嫌そうな声を上げた。
「この体、妙に重いし動きにくいからコイツを捕まえるのに酷く苦労したんだぞ」
「それは大変だったね。それにしても違和感が凄いな」
縛られる吸血鬼、その上に乗って自由を奪うゾンビちゃん――普段なら到底ありえない光景だ。
しかもゾンビちゃんは縛られているのが気に入らないらしく、どうにかして鎖を解こうと必死に身体をバタつかせて情けない声を上げる。
「ハズしてハズして!」
「うるさいな、少し黙ってろ! 自分の体を傷付けたくはないが、あまり酷いようだとその口縫い付けるからな」
吸血鬼は唸るような低い声でそう言いながらゾンビちゃんの後頭部を地面に押さえつける。
その光景を眺めながら狼男は思わずと言ったように苦笑いを浮かべた。
「見た目がゾンビちゃんの吸血鬼君はちょっと怖いくらいだけど、見た目が吸血鬼君のゾンビちゃんはだいぶキツいなぁ。成人男性のやって良い言動じゃないよアレ。俺結構温厚な方だけどアレは正直ちょっとイラッとする」
「シッ。今吸血鬼めちゃくちゃ機嫌悪いから下手なこと言わない方が良いよ」
「おっと失礼。まぁ機嫌悪いのも無理はないか……」
ゾンビちゃんはこの状況を楽しんでいる節があるが、吸血鬼はそうではない。動きにくい身体と目の前で醜態を晒しつづける自分の肉体にこの上ないストレスを感じているのだ。その上、この問題に対する解決策は未だに見つかっていない。機嫌が悪くて当然だ。
「ネーお腹空イタ!」
そんな絶望的な状況の中、ゾンビちゃんは吸血鬼の姿で口を尖らせ、呑気な声を上げる。
吸血鬼は頭を抱えて不機嫌そうな表情のままため息を吐いたものの、ゾンビちゃんの言葉に小さく頷いた。
「食ったら大人しくしろよ」
「ウン!」
ゾンビちゃんは明るい声を上げて無邪気な笑みを浮かべる。中身がゾンビちゃんだと分かっていても、吸血鬼の子供の様な表情に違和感をおぼえずにはいられなかった。
一方、ゾンビちゃんの姿をした吸血鬼は通りがかったスケルトンにノソノソと近付いていき、彼らに何か話している。そのスケルトンたちは吸血鬼とゾンビちゃんが入れ替わった話をまだ聞いていなかったらしく、いつもと様子の違う二人に酷く困惑しているらしかった。彼らは怪訝そうに吸血鬼の方をチラチラと振り返りながらどこかへと去っていき、やがて皿一杯に乗った干し肉と一本の血液入りボトルを手に戻ってきた。
「ワーイ、ニクニク!」
ゾンビちゃんは嬉嬉として肉を持つスケルトンへと芋虫のように器用に這って近付いていく。その様子にスケルトンたちはドン引きを通り越してもはや怯えてしまっているらしい。震えているのか、骨が小刻みに揺れて小さく音が鳴っている。
だがゾンビちゃんがスケルトンの元へと到達することは叶わなかった。吸血鬼がゾンビちゃんの前に立ち塞がったからである。
「馬鹿言うな、お前のはこっちだ」
吸血鬼はそう言うとスケルトンの手から血液で満たされたボトルを受け取り、ゾンビちゃんの目の前に置く。そして彼はゾンビちゃんに巻かれた鎖を緩め、その手を自由にしてやった。
だがゾンビちゃんはすぐにはボトルに手を伸ばさず、目の前のボトルと吸血鬼の顔を見比べながら口を尖らせる。
「エーニクはー?」
「僕の体で肉なんか食べられるわけないだろ。腹壊したら苦しむのはお前だぞ」
「ムー」
ゾンビちゃんは渋々と言った風にボトルを手に取る。しばらくそれをひっくり返したり回したりして手の中で弄んでいたが、やがて吸血鬼の顔を見上げて首を傾げた。
「でもコレ、開け方ワカンナイ」
「瓶の蓋も取れないのかお前は……貸せ」
吸血鬼はゾンビちゃんの手からボトルを受け取り、その細くなった飲み口に手を当てる。
「いいか、ここを持って――」
その瞬間、鋭い音と共にボトルの口が砕け散った。ガラス片の混じった血液が吸血鬼の手を赤く染めあげる。
その様子を見ながらゾンビちゃんは感心したようにポンと手を打った。
「ナルホド、そう開ケルのか」
「違う! ああもう、なんて馬鹿力なんだ。まぁ良い。とりあえずこれ飲んでろ」
「ワーイ」
ゾンビちゃんは嬉々としてボトルを受け取り、飲み口が割れている事など気にもせず血液を喉に流し込んでいく。
だがスケルトンたちが持ってきたのは血液だけではない。俺はスケルトンの持つ山盛りの肉を指差して吸血鬼に尋ねる。
「肉はなんのために持ってきたの?」
「こっちは僕のだ」
吸血鬼はそう言ってスケルトンから肉の乗った皿を受け取った。
狼男は小さな体で皿を抱え込む吸血鬼を見下ろし、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「あー、吸血鬼君お腹減ってイライラしてたんじゃないの?」
「黙ってろ、お前の肉から食ってやろうか」
「あははごめんごめん」
そう言って頭を掻きながら、狼男は俺にそっと耳打ちした。
「吸血鬼君、女の子の姿だとそこまで恐くないね」
「中身と腕力は女の子じゃないって事忘れないようにね」
吸血鬼は皿に乗った山盛りの肉を手に取り、口に入れていく。
最初は恐る恐る肉を食べていた吸血鬼だったが、徐々に皿から肉の減る速度が加速していき、あっという間に皿から肉が消えてしまった。
「どう? 久しぶりの肉は」
吸血鬼は複雑な表情を浮かべ、名残惜しそうに空になった皿をじっと見つめる。
「悪くはない……が、食っても食っても腹が膨れない」
どうやら山盛りの肉の乗った皿を空にしても、吸血鬼は満腹感を得ることができなかったようだ。
「まぁゾンビちゃんの体だからねぇ……」
「ダメだ、空腹で頭も働かない。コイツ今までずっとこんな状態で生活してきたのか。僕はもう限界だ」
頭を抱え、絶望に打ちひしがれる吸血鬼を見下ろしながら狼男はまた意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべて口を開く。
「早く慣れておいた方が良いんじゃない? 今度は吸血鬼君がずっとその状態で生活するのかもしれないし」
「二度と無駄口叩けないようその喉笛掻き切ってやろう」
吸血鬼はフラリと立ち上がり、ツギハギだらけのワンピースを翻しながらが狼男ににじり寄っていく。
俺は慌てて二人の間に入り、彼らを宥めた。
「落ち着いて吸血鬼、狼男も煽るような事言うなよ!」
「ごめんごめん、ゾンビちゃんが吸血鬼君っぽく怒ってるのが面白くて面白くて」
狼男はヘラヘラ笑いながら全く悪びれる様子もなく吸血鬼を見下ろす。
それが気に触ったらしく、吸血鬼は間にいる俺を無視して狼男にそのツギハギだらけの腕を伸ばした。
「よし決めた。今すぐ僕の夕食にしてやる」
「ごめんってば。でも俺を殺すと吸血鬼君たちが困るよ。俺、元に戻す方法知ってるかもしれない」
その言葉に伸ばしかけた吸血鬼の手がピタリと止まる。
俺は思わず狼男に聞き返した。
「……えっ、本当に?」
「適当な事言ってると腹に石つめて水底に沈めるぞ」
「本当だって。ちょっと背中見せて」
吸血鬼は疑いの表情を浮かべながらも狼男に背中を向ける。
狼男は吸血鬼の長い髪を掻き分け、首の後ろの辺りを指差しながら声を上げた。
「ほら、やっぱりあった」
「えっ、なに?」
見ると、項のあたりに赤いまち針のようなものが刺さっているのが分かった。こんなものダンジョンで見たことはないし、こういった武器を使う冒険者がいた記憶もない。ほぼ間違いなくミストレスに刺されたものだろう。
「本当だ。なんで知ってるの?」
「ミストレスが新しいアイテムの開発してるの見たからね」
「なんだ、これを抜けば良いのか!?」
吸血鬼は自分の首に手を伸ばし、ひと思いに針を引き抜く。
その瞬間、吸血鬼は糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちて動かなくなった。
狼男は吸血鬼の手から針を回収し、次に地面に転がるゾンビちゃんへと歩み寄っていく。
「じゃあこっちも」
狼男はゾンビちゃんをうつ伏せになるよう転がし、彼女のうなじに刺さった針も抜く。二本の針が回収され、しばらくの間ダンジョンは不気味な静寂に包まれた。
しかし次の瞬間。地面に横たわった二人はほぼ同時に瞼を開け、むくりと半身を起こした。
「戻っ……た……のか?」
「お腹ヘッタ」
ゾンビちゃんはケロリとした顔でそう呟く。
吸血鬼は自分の腕にツギハギがない事を確認するなり、脱力したように地面に突っ伏した。
「良かった……感動で泣きそうだ。食えば満腹になるこの身体が愛おしい……」
「それは良かった。俺に感謝してよね」
狼男はそう言いながらスルリと吸血鬼に忍びより、感動に震える吸血鬼の首元にそっと針を持った手を伸ばす。
「な、なにを――」
俺が狼男の行動を問いただすより早く、彼は吸血鬼のうなじに針を突き刺してしまった。それとほぼ同時に自らの首にも躊躇いなく針を突き刺す。
二人は先ほどと同じく糸の切れたマリオネットのように地面に突っ伏し、やがてゆっくりと体を起こした。
「えっ……えっ?」
狼男――いや、狼男の体に入った吸血鬼は困惑したように辺りを見回す。
一方、半ば強引に吸血鬼の体を手に入れた狼男は体に巻き付いた鎖を器用に外しながらヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべて言った。
「おー、これが吸血鬼君の身体かぁ」
「な、なんのつもりだ」
流石に二回目ともなれば状況の飲み込みも早い。吸血鬼は自分の今の体が狼男のものだとすぐに気付いたようだった。いつも軽薄そうな笑みの浮かんでいる狼男の顔には、苦虫を噛み潰した表情が張り付いている。
「冗談ならやめておけ。僕は今機嫌が悪いんだ」
吸血鬼の体に入った狼男は軽薄な笑みをその白い顔に浮かべ、ヒラヒラ手を振ってみせる。
「まぁそう言わないで。俺の身体だってそう悪くないでしょ、一日だけ吸血鬼君の身体貸してよ」
「はぁ!? 何するつもりだ!」
「実はね、今狙ってる女の子がいるんだけど、その娘ちょっとヤバめな組織のお偉いさんの娘らしくてさ。顔が割れると後々面倒だから吸血鬼君の顔貸して」
「人の身体で火遊びするな!」
「吸血鬼君どうせ死なないんだから良いじゃん! 俺の身体なら太陽の下も歩けるよ。あ、女の子も紹介するしデートでもしてきたら?」
「お前の爛れた生活など体験したくない!」
「一日、いや一晩だけで良いから。じゃ!」
吸血鬼の制止を振り切り、狼男は物凄い速さで俺たちの元から走り去っていく。
「待て犬野郎!」
吸血鬼も鬼気迫る表情を浮かべ、負けないくらいの速さでダンジョンの通路を疾走し、狼男を追いかける。
二人は曲がりくねった迷路へと飛び込み、瞬く間に俺たちの視界から消えてしまった。
残された俺は同じく残されたゾンビちゃんと互いに顔を見合わせ、再び二人の消えた通路へと視線を向ける。
「アー、行ッチャッタ」
「可哀想に吸血鬼……でも俺は狼男の生活ちょっと体験してみたい」
「エ?」
「あ、いや……冗談冗談」