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66、あるくブラックきぎょうの サモナーが 勝負を しかけてきた!




 その男は他の冒険者とは違う異様な雰囲気を醸し出していた。

 歳は恐らくは俺と同じか、もしくはもっと下かもしれない。マフィアかホストしか着ないような黒いシャツに着られ、やや幼さの残る顔を隠すようにサングラスをかけている。

 それだけなら「調子に乗ってダンジョンへやってきた近所の少年」以外の何者でもない。だが俺は一目見ただけで彼が普通の少年でないことが分かった。

 彼の背後に数体の魔物がまるで舎弟かなにかのように付き従っていたのである。

 ミニ百鬼夜行の先頭を行く少年に俺は戦慄を覚えずにはいられなかった。


「サササ、サモナーだ……!」




*********




「サモ……? ナニソレ?」


 ゾンビちゃんはそう言って俺の偵察報告に首を傾げた。


召喚術師サモナーだよ。精霊や幻獣、魔物とかを召喚して戦わせるんだ」

「フーン。ソレってオイシイかなぁ。魔物はオイシクナイけど」

「肉の味についてはちょっと分からないかな。まぁとにかくサモナーにはいつも以上に気を付けて」

「気ヲ付ケルって、ドンナふうに?」

「具体的に注意しておきたいことがあるわけじゃないんだけど……なんていうか、サモナーって変わった人が多いからさ」


 俺は苦笑いを浮かべて冒険者時代に繰り返し聞いたある言葉を思い出す。

 『サモナーには関わるな』

 冒険者の間で良く知られた格言の一つだ。

 ただでさえ冒険者というのは変人の多い職業であるが、サモナー冒険者の変人っぷりは普通の冒険者の比ではない。精霊、幻獣、魔物などの人外を支配し、コントロールする必要があるため、一般的な人間とは少々ズレた感性が必要なのは分かる。だがそのズレた感性は精霊や幻獣だけでなく、近くの人間にもたびたび牙を剥くのだ。

 その時の名残りだろう。もはや人間ではなくなった今も、サモナーへ警戒心を抱かずにはいられない。


「まぁ今回のサモナーがそういう人かどうかは分からないけど、用心するに越したことは無いからさ」

「え? 僕がどういう人だって?」


 不意に声がして振り返ると、満面の笑みを浮かべて俺たちを見つめるサモナーと目があった。


「なっ、なんで!?」


 彼はついさっきまでダンジョン一階の知能無きゾンビと交戦中だったはずだ。たとえ細い通路の先にある宝箱を無視して全力疾走したとしても、この短時間でこんなとこまで来れるはずない。

 俺の驚いた表情に気付いたのだろうか、サモナーはサングラスを外してニヤリと笑って見せた。


「ちょーっとズルしちゃった」


 彼はそう言って人差し指を立てる。

 彼の指が示した方向へ目を向けると、天井にぽっかり開いた丸い穴が視界に入った。そこから見える上のフロアの天井にも同じように穴があいている。

 彼が物理的ショートカットと言う名の不正に手を染めたことを察し、俺は思わず目を丸くした。


「な、なにやってんだよ! こんな事してダンジョンが崩れたらどうすんの、君らだって死ぬんだよ!?」


 俺は語気を荒げてサモナーを叱りつける。

 しかし俺の怒りの説教はサモナーに届かなかったようだ。彼はきょとんとした顔で首を傾げる。


「僕は死なないよ、いくらでも手はあるし」

「手ってなんだよ……っていうか、それ以前にダンジョンを過度に破壊する行為はルール違反――」

「ゴチャゴチャうるさいなぁ、バケモノがルール語るなよ」


 その言葉を合図に示し合わせたかのようにして天井にあいた穴から魔物がゾロゾロと這い出てくる。そしてあろうことかその魔物たちは悪びれる様子もなく堂々と俺の目の前で地面を掘りだした。


「やめろって言ってるだろ! みんな、戦闘開始!」


 俺の合図によりあちこちの通路からスケルトンたちがガシャガシャと音を立ててサモナー達を取り囲む。

 サモナーは周囲を見渡し、驚いたように目を見開いた。だがその口元には薄らと笑みが浮かんでいる。


「へぇ、バケモノのくせにサモナーみたいな戦い方するんだ。いや、この場合ネクロマンサーって言うのかな? どっちが優秀か勝負だね」


 サモナーはそう言って鞄の中から悠々とファイルを取り出す。

 綴じてあるのは恐らく魔物との契約書だろう。サモナーがそれを掲げると、次々契約書から魔物が這い出てくる。その数はあっという間にサモナーたちを取り囲むスケルトンの総数よりも多くなってしまった。


「くそっ、数が多い……待機してるスケルトン掻き集めて! 囲んで叩いて潰すよ!」

「ふーん、なかなか統率がとれてるみたいだね。でもちょっと甘い」


 サモナーはより高くファイルを掲げ、口の中で小さく何かを唱える。

 次の瞬間、眩い光と共に「何か」が契約書から飛び出した。


「戦闘における鉄則、『大将首を狙え』」


 それは弾丸の様な速さで俺の胸を貫いた。それだけでは飽き足らず、何度も何度も猛スピードで俺の体を行ったり来たりと飛びまわる。

 良く見るとそれは尖った鉄のクチバシとカラスの様な黒い身体を持つ小型の魔物であった。恐らくコイツの攻撃対象が普通の人間、もしくは魔物だったならその体は風穴だらけになってしまっていたことだろう。だが俺にはいかなる攻撃も通用しない。


「あれ、おかしいな。霊体をも食い破る魔物って話だったんだけど」

「俺は倒せないよ、どんな手を使ってもね」

「へぇ、サモナーとしては最高の素質だね。ちょっと羨ましいな」

「なら君も一度死んでみると良いよ!」


 俺はそう言いながら素早くゾンビちゃんに合図を送る。

 合図を受けたゾンビちゃんはスケルトンと魔物たちの白兵戦の中へ突っ込み、その怪力で立ち塞がる魔物たちを次々蹴散らし最短距離でサモナーへと迫っていく。

 サモナーの召喚した魔物たち、数は多いが個々の実力は大したことないらしい。スケルトンたちの攻撃をねじ伏せてゾンビちゃんの猪突猛進を止められる者はいない。

 大将首を狙え――そんなのは言われるまでもなく戦闘の基本だ。他の魔物などどうでも良い、ヤツさえ倒せば魔力の供給が途絶えて召喚した魔物たちも消え失せる。


 敵味方入り乱れての白兵戦にとんでもない異物が入り込み、しかもそれが自分の方へ向かっているとサモナーもようやく気付いたらしい。あのファイルを取り出し、再び契約書を高く掲げる。だがゾンビちゃんの生命力はこのダンジョンでも随一だ。先ほどの鳥の魔物で体を穴だらけにされたとしても、ひ弱な子供の首をへし折るくらいは訳なくできる。

 サモナーの護衛として付けられた最後の砦である熊型の魔獣の腹に風穴を開け、ゾンビちゃんはとうとうサモナーにそのツギハギだらけの蒼い手を伸ばす。それとほぼ同時にサモナーの掲げた契約書が眩い光を放った。

 刹那、サモナーの鼻先まで迫ったゾンビちゃんの腕が「落ちた」。

 サモナーへの攻撃のために伸びたはずの腕は今や助けを求めるかのように力無く地面に横たわり、ピクピクと小さく痙攣している。

 そしてゾンビちゃんの右腕以外は突如現れた巨大な岩の魔物によって押しつぶされてしまっていた。いや、被害を受けたのはゾンビちゃんだけではない。白兵戦に参加していたスケルトン、そしてサモナーの召喚した魔物たちもみんな等しく岩の魔物の下敷きとなっている。この岩の下にとんでもない地獄絵図が広がっていることは想像に難くない。

 あれだけの魔物がいたにもかかわらず、難を逃れたのは岩を召喚した張本人であるサモナーと俺だけだ。


「なっ……自分の仲間まで!?」


 思わずそう声を上げると、サモナーは困ったように眉を下げた。


「は? 仲間? 嫌だなぁ、僕らの関係はそんなあやふやで薄ら寒いものじゃないよ。もっと明快で強固な……そう、『雇用主と労働者』ってカンジ?」

「雇用主が労働者ぶっ潰して良いのかよ!」

「この程度で死ぬようならそれまでの魔物だったってことだよ。っていうかお前たちさぁ、なんでこんなのも避けられないの? 自己研鑽が足りないよね?」

「ブラック雇用主め……君たちなんでこんな人間の元で働いてんの!?」


 本来魔物というのは人間を見下しているはず。それがどうしてこんな人望もクソもないような男にこき使われているのか、全く理解できない。

 すると、体の一部を潰されながらもまだ息のある魔物たちが岩の下から涙ながらに答えた。


「仕方ないじゃないか、俺たちだって好きで従ってるわけじゃない。だが一度あの契約書にサインしてしまったらもう逃げられないんだ……!」

「あの男の悪魔の囁きに乗ってしまったのが運のつきだった」


 岩の下からシクシクとすすり泣く声が聞こえる。

 そんな彼らを嘲笑うかのようにサモナーが声を上げた。


「おいおい、人を悪人みたいに言うなよ。むしろ感謝して欲しいくらいなんだけど。そのスカスカの脳みそは恩人の顔も忘れたの?」

「は? 恩人?」

「うっ……」


 途端に啜り泣く声が止み、岩から顔を出していた魔物たちもその視線をそっと地面に落とす。

 サモナーは味方であるはずの彼らを追い詰めるかのごとく嫌らしい笑みを浮かべ、彼らの方へと歩いていき一人一人の顔を覗き込んでいく。


「こっちは人間に化けてカジノに入り浸りギャンブル三昧、そっちはサキュバスに骨の髄までしゃぶられ、あっちはエステ通いと高額な美容器具で――」

「ちょ……待って、なんの話?」

「借金だよ」


 サモナーは満面の笑みを浮かべ、岩の下敷きとなった哀れな魔物たちを見下ろす。


「ここにいるほとんどの奴らは借金の肩代わりと引き換えに僕と契約を交わしたんだ。もちろん残りの借金さえ返してもらえればすぐに契約書を破り捨ててあげるよ? 誰か希望者はいる?」


 ダンジョンが水を打ったように静まり返る。魔物たちの呻き声どころかもはや呼吸音すら聞こえない。まるで地に降り立った死神がここ一帯の魂を刈り取ってしまったかのようだ。どうやらサモナーの話は本当だったらしい。


「うわー、こっちもクズばっかりか。全然同情できないじゃん……じゃあ思う存分やっちゃって良いね」


 ダンジョンを包んでいた静寂がガシャガシャという音に打ち破られる。

 頼んでおいた援軍がやって来たのだ。武装したスケルトンたちが再びサモナーを取り囲む。方や、サモナーの味方は岩の下で死んだように動かない。


「どうする? お仲間はみんな潰れちゃってるよ。ああ、仲間じゃなくて労働者だっけ?」

「あれ、もしかして時間稼ぎされてた? ……なら奇遇だね、僕もなんだ」


 突如地震でも起きたかのように地面が揺れ、そしてサモナーの足元の土がボコッと盛り上がった。地面から出てきたのは巨大なモグラのような姿をした魔物。そしてその穴から蟻が這い出てくるようにして大量の魔物がぞろぞろとその姿を現した。


「戦闘における鉄則、『大将首を狙え』。でも僕が本当に狙ってたのは君じゃないよ」


 サモナーはそう言って悪戯っぽく笑い、次々と魔物の出てくる穴に目を落とす。

 次の瞬間、穴から顔を出した人物を見て俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「吸血鬼!?」

「や、やぁレイス……」


 吸血鬼はバツの悪そうな顔を俺に向け、無理矢理作った苦笑いを浮かべる。彼の身体は鎖で蓑虫のように拘束され、魔物によってサモナーの足元に転がされた。


「えっ……え? いや、えーっと……え? なにしてんの?」

「……捕まった」

「いや、それは見たら分かるんだけど」


 吸血鬼の口は重く、俺の質問に対して具体的に答えようとはしない。

 困惑する俺に手を差し伸べたのは、勝ち誇ったように笑うサモナーであった。


「ダンジョンのボスってさぁ、いつも一番安全なダンジョンの最深部で冒険者が真正面からやって来るのを悠々と待ってるじゃん? だから騙し討ちとか奇襲に凄く弱いんだよね。ちょっと離れたとこで雑魚と大騒ぎしつつ暗殺部隊送り込めば一発だよ」

「ヘヘヘ、コイツ呑気に雑誌なんて読んでやがったんで捕まえるのは簡単でしたよ」


 ライオンのような顔をした魔物が吸血鬼を見下ろしながらからかうようにして笑う。

 その言葉に、俺の中で何かが切れた。


「は? 雑誌読んでたの?」

「い、いや……」


 吸血鬼はバツが悪そうに俺から目を逸らす。俺は彼の向いた眼球の方向へ移動し、強引に吸血鬼と目を合わせる。


「俺たちが必死で戦ってるときに雑誌読んでたの?」

「き、聞いてくれレイス。これは仲間割れを起こそうとする敵の卑劣な作戦で――」

「吸血鬼ってさ、たまに殺したくなるほどポンコツだよね」

「うっ……」


 さらに追及しようと口を開きかける俺を止めたのは、他でもないサモナーであった。

 彼は俺たちの間に割って入り、困ったように眉を下げて笑う。


「まぁそう怒らないであげてよ。どこのボスも割とこんなんだよ」

「別に怒ってないけど……で、なんでこのゴミ殺さないの?」

「滅茶苦茶怒ってるじゃないか」

「ふふ、良い質問だね。実は僕らの狙いは宝箱だけじゃないんだ。と言うか、むしろ本命はソッチ」


 サモナーは嬉々として吸血鬼を指差す。目を丸くする吸血鬼の顔を覗き込み、サモナーはゆっくり口を開いた。


「ねぇ僕と契約してよ」

「えっ……えっ?」


 突然のスカウトに俺も吸血鬼も咄嗟に言葉が出てこなかった。

 それを良いことに、サモナーはペラペラと口を動かす。


「従者の数には自信があるんだけどいかんせん質が追いついてないんだよねぇ。まぁ借りた金も返せないようなクズばっかだから仕方ないんだけどさ、流石にこんな奴らばっかじゃ僕のメンツが立たないしちゃんとした従者が欲しいなって。それにほら、吸血鬼従えてるってなんかカッコイイじゃん? アンデッドの従者はまだ持ってないし、ここらでトライしておきたいなーって」

「な……なんだその雑な理由は!」


 ようやく話を理解したらしい吸血鬼が慌てたように声を上げる。

 サモナーはそんな事気にする素振りも見せず、ファイルから契約書を取り出し、しゃがみこんで吸血鬼にそれを突き付けた。


「ねぇ頼むよぉ、ここにサインするだけだからさぁ。ちゃんと給料も払うからさぁ」

「ふざけるなよ、誰が貴様のようなガキに――」

「ガキじゃなくて『ご主人様マスター』だろ」


 サモナーは声を低くし、乱暴に吸血鬼の髪を引っ掴む。戦いを召喚した魔物に任せているサモナーに強い腕力があるとは思えないが、動きを封じられた吸血鬼の首を掻き切るくらいなら力の無い少年にもできるだろう。

 だが吸血鬼もそう簡単にサモナーの脅しに屈したりはしない。なにせ、彼はアンデッドなのだ。


「殺すなら殺せ。貴様のような人間の下僕になるくらいなら死んだほうがマシだ。それくらいのプライドは持ち合わせている」

「ふーん、あっそ。ねぇ誰かアレ取って」


 サモナーはつまらなさそうにそう言うと、手下の魔物たちに向けて手を伸ばす。魔物がサモナーの手に渡したのは、銀色に光るスプーンであった。


「な、なんだ。何をする気だ」

「吸血鬼って腕斬っても腹に風穴開けても再生するんでしょ? じゃあさ、眼をくり抜いても再生するよね?」

「……は?」

「僕、絵を描いたりオブジェ作ったりするの趣味なんだー。吸血鬼の眼って赤くて綺麗だからいっぱい繋げて葡萄のオブジェにしたいなって。じゃあ動かないでね」


 サモナーはそう言って吸血鬼の頭を掴み、容赦なくその目にスプーンを向ける。

 最初は気丈にサモナーを睨み付けていた吸血鬼だが、スプーンが近付くにつれ目に見えて顔色が悪くなり、やがて堪えきれなくなったように声を上げた。


「ああああああッ、やめろ! ……分かった、サインする、サインするから!」

「……小っちぇプライドだね」


 思わず呟くと、吸血鬼は恐怖に歪んだ顔をこちらに向けて声を荒げた。


「黙れ! 僕を責める権利があるのは眼をくり抜かれた経験のある者だけだ!」

「はーい、じゃあこちらにサインお願いしまーす」


 サモナーは笑顔で吸血鬼の手にペンを握らせ、そこに契約書をあてがう。僅か数センチほど自由になる右手を使い、吸血鬼は苦虫を噛み潰したような顔で契約書にサインをした。

 サインされた契約書に、サモナーは満面の笑みを浮かべる。


「どうもありがと、これからよろしくね。じゃあ最初のお願いなんだけど、とりあえず記念に眼一個くれる?」

「ああ……いやいや、ちょっと待て! 約束が違うじゃないか!」


 慌てたように声を上げる吸血鬼に、サモナーは悪びれる様子もなくとぼけたような顔を向ける。


「は? 僕約束なんてしてないんですけど? 良いじゃん一個だけだし。右目と左目どっちが良い?」

「や、やめろ! レイス助けてくれ!」


 吸血鬼は縋るように俺へ視線を向けるが、この透けた手にできることなどない。それに、腹の底から湧き上がる怒りは未だに鎮まってはいなかった。


「舌噛んで自害すれば?」

「そんな殺生な!」

「んー、じゃあ右目にしよっかな。動くと傷つけちゃうから動かないでねー」

「やめろおおおおおッ!!」


 耳を塞ぎたくなるような残酷な音と、吸血鬼の叫び声がダンジョンに響き渡った。





*************





「はぁ、ようやく視力が戻った」


 吸血鬼は瞼の上から右目をそっと撫で、大きくため息を吐く。

 だが右目が元通りになってもサモナーと契約してしまったという事実は消えない。


「あーあっ、やっぱいい歳して一人称が『僕』の奴にはロクな人がいないよね」

「そ、それは僕に対して言ってるのか……?」

「これからゾンビちゃんとポジションチェンジしちゃおうか」

「エッ私ボス? ヤッター!」


 ゾンビちゃんは俺の言葉にパッと顔を輝かせる。

 だが吸血鬼は酷い表情を浮かべて頭が飛びそうなほど首を振った。


「おい勝手に決めるな! ボスの座は絶対譲らないぞ、絶対だ!」

「だって冒険者が来たタイミングで吸血鬼が召喚されたらボスが不在になっちゃうじゃん。だったら最初からゾンビちゃんがボスやった方が――」

「ダメだ! 絶対ダメ、ボスは僕だからな!」

「あのさ、大人なんだからもう少し論理的な説得を試みてよ」


 数百年生きているとは思えない吸血鬼の子供じみた物言いに呆れていると、突如吸血鬼の足元に光り輝く魔法陣が浮かび上がった。魔法陣が放つ光はますます強くなり、困惑した表情を浮かべる吸血鬼を包み込む。


「ウワッ、光ッタ!」

「へー、召喚するとこは見たことあるけど召喚されるとこ見るのは初めてだよ。こんな風になってんだ」

「なに感心してるんだッ、他人事だと思って……」

「だって他人事だもん。まぁ死なないように頑張って。多分敵より味方に注意したほうが良いよ」

「岩の魔物に気ヲ付ツケロ!」

「はぁ、憂鬱だ……」


 そんな言葉を残し、吸血鬼は足元から溶けるようにして魔方陣に吸い込まれていった。

 あの悪魔のようなサモナーから吸血鬼がどのような扱いを受けるのか……少なくともお客様待遇という訳にはいかないだろう。

 あの地獄のような戦場と魔物たちの扱いを思い出していると、少々吸血鬼が気の毒にも思えてきた。


 が、その僅か数分後。

 地面に再び光り輝く魔法陣が浮かび上がった。


「うわっ、もう帰って……き……た……?」


 俺は魔法陣の真ん中に現れたそれを見て目を丸くする。

 ゾンビちゃんはまだ光を放っている魔法陣へ近付いていき、臆することなくそれを手に取った。


「砂ー?」

「いや……多分灰だね」


 吸血鬼の代わりに現れた山のような灰……嫌な予感しかしない。


「フーン。アッ、なんか出てキタ」


 そう言ってゾンビちゃんが灰の中から取り出したのは一枚の紙切れだ。


「えっ、なになに?」


 俺はゾンビちゃんの隣へと行き、紙に書かれた短くそっけない文章を読み上げる。


「解雇通知

 貴殿の日光に当たると灰になるというクソみたいな弱点は我々の業務に置いて致命的です。よって貴殿を本日付で解雇いたします……」


 俺の胸にくすぶっていた「嫌な予感」はどうやら当たっていたらしい。


「今、昼だもんなぁ……」


 ダンジョンの外には日の光が燦々と降り注いでいるはずだ。

 サモナーのくせに吸血鬼が日光に弱いという事を知らなかったのか。それとも吸血鬼との契約を取り付けて舞い上がっていたのか。

 どちらにせよ、吸血鬼は大した活躍をする暇もなく太陽の光を受け灰になってしまったに違いない。


「これドウスル?」


 ゾンビちゃんは灰を玩びながら首を傾げる。

 俺は少々考えた後、近くにいたスケルトンたちを呼び止め声をかけた。


「……Danzonで吸血鬼復活セット頼んでくれるかな。速達で」

『速達?』

『送料高いけど良いの?』


 数体のスケルトンたちが一斉に同じような意味の言葉が載った紙を掲げる。

 速達にしなくとも今頼めば明日の朝には商品が届くだろう。だが、俺はできるだけ早く吸血鬼を復活させる必要があると考えた。


「このタイミングで冒険者来ると困るし……あと一刻も早く改めて吸血鬼に説教したい」


 俺の言葉に、スケルトンたちとゾンビちゃんが顔を見合わせて言った。


「レイス怒ッテル……」

『怒ってるね』

『珍しい』






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