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62、それぞれのクリスマス





「どこか行くの?」


 新しい服に身を包み、一張羅の黒いコートを纏った吸血鬼は俺の問いかけににこやかな笑みを浮かべて頷いてみせる。


「ああ、吸血鬼協会主催のクリスマスパーティがあるんだ」

「えっ、クリスマス?」

「知らないか? 小さい針葉樹を綿や人形で飾りつけたり、ケーキや鳥を食べる祭りらしいんだが」

「いや、クリスマス自体は知ってるけど……吸血鬼がクリスマスパーティね。でも楽しそうで良いなぁ」

「まぁ付き合いみたいなものさ」


 そんな事を言って笑ったが、パーティに出掛けていく吸血鬼の足取りは非常に軽やかであった。




*********




「プレゼント! プレゼント!」


 ゾンビちゃんがダンジョンの通路を飛び跳ねながら興奮気味にそう叫んでいる。その手には冒険者のものだろうか、血に染まった赤い靴下が握られていた。


「なにやってんの?」

「クリスマスだよ。サンタ来ル、プレゼント!」

「サ、サンタ?」

「ウン。吸血鬼が言ッテタ」

「吸血鬼め、余計なこと言ったな……」

「プレゼントープレゼントー」


 ゾンビちゃんは期待に眼を輝かせながら赤黒く変色した靴下を振り回している。今晩サンタがプレゼントを持ってやってくると信じて疑っていないらしい。もし本当の事を言えばゾンビちゃんはどんなにガッカリすることだろう。

 あいにく、俺は彼女に真実を伝える度胸を持ち合わせていなかった。





「と、言う訳でゾンビちゃんにクリスマスプレゼントをあげようと思います。とは言っても俺一人じゃなにもできないから協力してもらいたいんだけど」


 スケルトン数体を集めて協力を仰いだところ、忙しいにも関わらず彼らは快く了承してくれた。それと同時に一体のスケルトンがペンを走らせて俺への質問の載った紙を掲げる。


『なにあげるの?』


 普通、女の子……そうでなくても他人へのプレゼントを選ぶのはなかなか骨の折れる作業である。だが今回に限っては、スケルトンの質問が愚問に思えてしまうほど簡単に決まった。というより、これ以外には思い浮かばないと言ったほうが正しいかもしれない。


「肉」


 俺の言葉に異議を唱える者はいなかった。






 冒険者の衣類を切り毒沼で煮しめた紫色のリボンで巻いた大きめの肉塊を急ピッチで用意し、俺たちはゾンビちゃんが寝静まるその時を待つ。

 ところがゾンビちゃんは横になろうともせず、膝を抱えて落ち着き無く辺りを見回したり通路をソワソワウロウロ歩くばかりで一向に目を閉じようとしない。本当ならとっくに寝入っているであろう深夜になってもゾンビちゃんが大人しく寝息を立てる気配はなかった。


『なにしてるのかな』


 スケルトンが疲れと眠気の滲む力無い字で俺にそう尋ねる。


「多分、サンタを捕まえようとしてるんだと思う」


 サンタ捕獲計画……子供の頃誰もが一度は考えたことがあるだろう。それがどれだけ世のお父さんお母さんを困らせていたか、まさか今になって痛感するとは思ってもみなかった。


「これじゃあ枕元にプレゼントを置くってのは無理だよねぇ。誰かがサンタの格好して届けるって手もあるけど……いや、やっぱ無理か」


 俺はサンタ服を着ることができないし、スケルトンはサンタにしては少々骨ばりすぎている。吸血鬼がいればあるいは……とも思ったが、良く考えたらうちのダンジョンにサンタ服など無い。


『どうする?』

『このままじゃ朝になる』

「うーん、どうしたもんかなぁ……」


 いっそサンタから預かったという事にして直接ゾンビちゃんに渡してしまおうか。通路の曲がり角から姿を見せずプレゼントを投げ入れるというのはどうか。

 そんな妥協案が飛び交う中、我々の前に突然赤い服を着た軽薄そうな不審者が現れた。


「やぁレイス君とホネホネ君たち、メリークリスマース!」


 赤いナイトキャップ、そして袖などが白いファーで縁どられた赤いサンタ服を纏った男が片手を上げて俺たちにそう挨拶をする。その暗闇に浮かび上がるような銀髪と琥珀色の眼に該当する知り合いは一人しかいない。


「狼男! どうしたのその格好」


 その浮かれまくった服装を指摘すると、狼男は恥ずかしがる様子もなく堂々と胸を張ってみせた。


「パーティだよ、クリスマスパーティの帰り」


 そう言って笑う狼男の頬や首には怪しげな赤い口紅が付着している。

 俺は呆れやら羨ましさやらが混じった複雑な感情を胸に思わずため息を吐いた。


「どんなパーティだよ……」

「こっちはどう? みんな楽しんでる?」

「吸血鬼は吸血鬼協会のパーティ行ってるけど、こっちは大変だよ。ゾンビちゃんがさぁ……」


 そこまで言って俺はハッと閃いた。

 サンタ服がない、サンタ服を着られる人がいない。その問題が狼男の登場によって一気に解決したではないか。爛れた生活感の滲み出るサンタではあるが、この際贅沢な事は言えない。


「ねぇ、ちょーっとお願いがあるんだけど……」




*******




「うん、いい感じいい感じ」


 俺はサンタに変装した狼男を眺めて大きく数度頷く。

 クッションから引っ張り出した綿を顔に付けたことで怪しい口紅や軽薄そうな顔を隠すことに成功した。派手で特徴的な赤い服に目を引かれることもあり、パッと見ただけでは狼男だと分からないはずである。

 だが顔に付いた綿をなぞる狼男の表情はどこか不満げだ。


「ヒゲつけなきゃダメ? 女の子ウケ悪いしモサモサするから嫌なんだけど」

「ダメダメ、狼男ってバレたら元も子もないでしょ。それにヒゲでもなきゃその軽薄さと爛れた生活感は隠せないよ」

「そんなことはないと思うけどなぁ。で、プレゼントは?」


 狼男の言葉に応じ、スケルトンたちが紫色のリボンでラッピングされた肉を差し出した。狼男はプレゼントを受け取るや渋い表情を浮かべて俺の顔とラッピングされた肉とを見比べる。


「なんか……色気のないプレゼントだね。レイス君のダメなとこはそういうとこじゃない?」

「う、うるさいなぁ。ゾンビちゃんは色気より食い気だよ。そういう狼男はパーティとやらでなにをプレゼントしたのさ」

「俺」

「ゴメン、聞いた俺が馬鹿だった」

「ゾンビちゃんにも肉じゃなくて俺をプレゼントしようか?」

「軽口叩いてないで早く行ってくれる?」


 ヒゲの隙間から滲み出る軽薄さに一抹の不安を感じつつ狼男をゾンビちゃんの元へ送る。

 俺はダンジョンの天井に潜り、二人の様子を上から静かに見守った。


「メリークリスマス、ゾンビちゃん」


 多少はサンタを意識したのか、狼男は軽薄さを抑えた低めの声でお馴染みのセリフを口にした。

 その甲斐もあり、ゾンビちゃんは目の前のサンタの正体を微塵も疑っていないようである。いつもなら絶対狼男には見せない満面の笑みを浮かべ、子供のように飛び跳ねながら喜びを顕にする。


「わー、サンタ! サンタだ!」

「今年一年良い子にしてたかな?」

「シテタよ!」


 ゾンビちゃんは手を上げて深夜とは思えない程元気に声を上げる。

 だが狼男は腕を組んでゾンビちゃんを見下ろし、片眉を上げてみせた。


「本当かなぁ? いたいけな狼を甚振ったりしてないかなぁ?」


 あまりに順調すぎるためだろうか、狼男はどうやら少々調子に乗ってしまったらしい。

 俺は天井から這い出てゾンビちゃんの背後に降り立ち、狼男を睨みつけて声を出さずに口を動かす。


『は・や・く・わ・た・し・て』

「おっと、背後霊がお怒りだ。じゃあ可愛いゾンビちゃんにプレゼントだよ。はいどうぞ」


 狼男はそう言いながら後ろ手に隠していたラッピング済みの肉塊をゾンビちゃんに差し出した。


「わーい! アリガトウ!」


 ゾンビちゃんは両手を上げてサンタに駆け寄る。

 だが彼女がその手で掴んだのは肉塊ではなく狼男の腕であった。


「えっ?」


 目を丸くする狼男をよそにゾンビちゃんは狼男の腕を引き寄せて袖を捲り、ひと思いに齧り付いた。


「痛ああああッ!?」


 狼男のサンタ服がみるみる血に染まっていく。

 ブチブチという肉の裂ける音と共に狼男の絶叫が静かなダンジョンにこだました。彼の腕はテーブルの上の七面鳥のように瞬く間に骨になっていく。


「ああ、『俺をプレゼント』ってそう言う……」

「違うから! 見てないで助けて!!」


 狼男は助けを求めるようにして齧られていない方の手を伸ばすが、その手は虚しく空を掻くばかりだ。

 助けてあげたいのは山々だが、食事中のゾンビちゃんから肉を奪うのはなかなかに大変な作業である。吸血鬼のいない今、ゾンビちゃんを狼男から引き剥がすと言うのは現実的な話じゃない。

 俺は現実的ではあるが狼男にとっては目の前が真っ暗になるような言葉を口にせざるを得なかった。


「多分あと少しで吸血鬼帰ってくるから、それまで持ちこたえて」

「えええっ!?」

「ゾンビちゃん、頭は食べたらダメだよ。サンタさんが死ぬとマズいからね」

「ふぁーい」


 ゾンビちゃんは逃げ出そうともがく狼男の身体を押さえ込み、肉を頬張り口周りを血塗れにしながら頷いた。

 狼男は出血と痛みのせいか顔を青くし、目を白黒させている。


「いっそ殺して……」


 狼男の呻き声とゾンビちゃんの咀嚼音以外にはなにも聞こえない。やがて狼男の呻き声すら絶え絶えになってきた。

 吸血鬼の足音がダンジョンに響くのはいつになるだろう。夜明けまでには帰ってくるはずだが、今の時期は日が出るのが遅い。


 こちらの作戦に巻き込んだ挙句、こんな拷問のような結末を迎えてしまい狼男には申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 ……と思ったのも束の間。ヒゲの隙間から覗くキスマークが目に入った途端そんな気持ちは風船が萎むようにして消えてしまった。

 ふはは、良い気味である。





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