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61、ダンジョン大掃除作戦





「全員配置につけ! 作戦通り敵を殲滅、隠れている奴らも探し出して始末しろ。塵の一つも残すな!」


 俺の命令にスケルトンたちは武器を掲げて声なき雄叫びを上げ、さっそく「仕事」にとりかかる。

 そこには容赦も慈悲もなく、スケルトンたちの手によって「敵」は断末魔の叫びを上げる暇もなく叩かれ、擦られ、そして溶かされていった。


「一体君たちは何の作戦をしているんだ?」


 騒ぎに気付いたらしい吸血鬼が砂埃の中からこちらに向かって歩いてきた。

 俺は眉間に皺を寄せて不機嫌そうな表情を浮かべる吸血鬼を見下ろし、高らかに作戦名を告げる。


「決まってるでしょ、年末大掃除作戦だよ」


 今回スケルトンたちが持っている「武器」は剣や弓や槍ではなく箒やハタキや雑巾などお掃除グッズの数々、そして俺たちが敵対している相手は冒険者ではなくこびり付いた血や埃などの汚れ、そしてゴミである。


「ふうん、ご苦労なことだな。ところでそこに落ちてる粗大ゴミも捨てるのか?」


 吸血鬼の目線の先には、地面に寝転がってスケルトン箒部隊の障害物と化しているゾンビちゃんの姿があった。

 舞い上がる砂埃もスケルトンたちの慌ただしい足音も一切無視し、安らかな表情でスヤスヤ眠っている。


「そんなとこで寝てたらゴミと間違われて捨てられるよ!」

「ここにいても邪魔になるだけだな。僕はどこかへ避難することにしよう」


 吸血鬼はやれやれとばかりにため息を吐いて俺に背を向け歩き出す。だが俺は素早く吸血鬼を追いかけて正面に周り込み、他人事のような顔をしている吸血鬼の前に立ち塞がった。


「なに言ってんの、吸血鬼にもちゃんと仕事してもらうよ。ゾンビちゃんもね、ほら起きて!」

「ンー……?」


 地面に寝転んだままではあるが、ようやくゾンビちゃんも薄目を開けてこちらを見上げた。

 吸血鬼も呆れたような、不機嫌そうな表情を俺に向けて口を尖らせる。


「こんなにスケルトンがいるのにまだ人手が足りないのか?」

「箒や雑巾がけはスケルトンたちの兵力で十分だけど、二人じゃなきゃ掃除できない場所があるんだよ」

「ニクの不良在庫ショブン!?」


 ゾンビちゃんはそう言いながら弾かれたように体を起こす。

 その期待に輝く目に心苦しさを感じながらも俺は静かに首を振る。


「期待させて悪いけどうちに肉の不良在庫なんてないよ。でも仕事内容はそれに近いかな」

「もったいぶるなよ、一体僕らはなにをさせられるんだ」


 よほど掃除が面倒なのか、吸血鬼はうんざりした表情を浮かべながらそう尋ねる。

 俺は吸血鬼を見据えて満面の笑みを浮かべた。


「断捨離」





*********




 ダンジョンの端にある埃っぽい部屋。普段から人通りの少ない通路に面し、俺も長らくその存在を知らなかった場所――「倉庫」である。

 ところ狭しと並べられた飾り気の無い棚には多種多様のガラクタが整理もされずゴチャゴチャと山積みになって置かれている。

 俺はこのそびえ立つガラクタの山を背景に二人への任務を伝える。


「ゾンビちゃんと吸血鬼にはこのガラクタたちの処分をお願いします!」

「処分だと?」


 吸血鬼はガラクタの山を前にガックリ肩を落とす。やはり掃除には乗り気じゃないらしい。

 本当は吸血鬼やゾンビちゃんを隔離してスケルトン達だけで掃除させた方が絶対に効率よく作戦を遂行できる。

 だがここだけはスケルトンではダメなのだ。なぜならこの倉庫に眠っているガラクタのほとんどが吸血鬼の私物。勝手に処分する訳にはいかない。だが自発的に倉庫の整理をする様子も見られない。

 そこでこのダンジョン大掃除を利用し、吸血鬼に強制的に倉庫の整理をさせようと思い至った訳である。


「とりあえず絶対売れるもの、売れるかもしれないもの、捨てちゃうものの三つに分けて」

「分けるなら普通『必要なもの』と『いらないもの』の二つだろう、なんで全部手放すこと前提なんだ!」

「必要なものなんてここにあるの?」

「あるに決まってるだろう。というかここにあるものは全部必要なものだ」

「じゃあこの鉄のマトリョーシカも?」


 俺は倉庫の隅で一際異彩を放つ金属製の像らしきものを指差す。像は女性を模したようなふっくらした顔をしており、こけしやマトリョーシカのように足が無い。だがその大きさはこけしやマトリョーシカとはずいぶんと違っており、それなりに長身である吸血鬼より一回り程も大きい。

 俺にはこれが「必要なもの」であるとは到底思えなかったが、吸血鬼はどうやらそうは思っていないらしかった。


「なんだマトリョーシカって……それは鉄の処女(アイアンメイデン)だ」


 吸血鬼はそう言いながら鉄のマトリョーシカ、もとい鉄の処女の腹部についた扉を開ける。像の中はちょうど人が一人入れるほどの空洞になっていて、その内側からはおびただしいほどの棘が突き出ていた。中に人を入れて扉を閉めれば内側の棘が容赦なく体に突き刺さり、中の人間に苦痛を与えることができるだろう。


「鉄の処女って拷問道具とか処刑道具でしょ。そんなもの何に使うの?」

「これは血を絞り出すのに使用する。ここのボタンを押すと」


 吸血鬼はそう言いながら鉄の処女の頭頂部に付いた突起物の一つを押す。すると鉄の処女の胴体が洗濯機のように激しく回転を始めた。


「この様に遠心力で効率良く血液を搾り取ることができる。ちなみにここが蛇口だ」


 吸血鬼は鉄の処女の口の部分に手を突っ込み、中から細いノズルの様な物を引きずり出した。


「な、なんかジューサーみたいだね。でも使ってるの見たことないよ。使えば良いのに」

「うるさいし洗うのが面倒でな」

「あー……そういうとこもジューサーっぽい」

「あとこれを使うと骨がバキバキになるからスケルトンに使用を禁止されてる」


 吸血鬼の言葉にゾンビちゃんも眉間に深く皺を刻み大きく頷く。


「私もソレキラーイ。ニクが小サクなる」

「ならやっぱり不必要じゃん、捨てようよ。ゾンビちゃん運んでくれる?」

「ハーイ」


 意気揚々と鉄の処女に手を伸ばすゾンビちゃん。しかし吸血鬼はその手を叩き落とし、鉄の処女を守る様にしてゾンビちゃんの前に立ち塞がる。


「待て待て、勝手に決めるな!」

「なんでだよ。使わないじゃん」

「まだほとんど新品なんだぞ。それに、いつか使う機会が来ないとも限らないだろう」

「いやぁ、来ないでしょ……」

「とにかくこれはダメだ、捨てないからな!」


 吸血鬼はそう言って頑なに鉄の処女の前からどこうとしない。

 この「鉄の処女」は是非とも処分したい大本命の大物ガラクタではあったが、ここでいつまでも揉めていても仕方がない。ガラクタはまだまだ山のようにあるのだ、この調子では年内に大掃除が終わらなくなってしまう。


「仕方ない、じゃあとりあえず保留ってことで、次行こう次」

「だから捨てるものなんて無いって言ってるだろう」

「そんなことないでしょ、ちゃんとよく見てよ。百歩譲って捨てなかったとしてもせめてもう少し整理しないと」

「そうは言われてもなぁ……」


 吸血鬼はブツブツと文句を言いながら棚に囲まれた狭い通路を歩き、ガラクタの山を掻き分けていく。しばらくすると吸血鬼の足が部屋の隅で突然止まった。


「うわっ、なんだこれ!」


 吸血鬼の悲鳴にも似た声を聞き付け、俺たちも吸血鬼の元へと向かう。


「どうかした? ……うわっ」


 吸血鬼が見つめていたのは部屋の隅に横たわる死体であった。

 いや、死体と言うには水分が飛び過ぎている。どちらかというと「ミイラ」と呼ぶ方がしっくりくる見た目をしていた。それなりに古い死体であるらしい。


「なんでこんなものが」

「アッ……」


 その時、ゾンビちゃんが小さく声を上げて目を泳がせるのを俺も吸血鬼も見逃さなかった。

 俺たちは半目でゾンビちゃんを睨み付ける。


「お前か」

「なんでこんなとこに死体を置いたの」


 ゾンビちゃんはバツが悪そうな表情を浮かべ、悪戯がバレた子供のようにそっぽを向いて見せる。


「ダッテスケルトンがニク盗ッチャうんだもん。隠してアトで食ベヨうと思ったけどドコ隠シタか忘レチャッタ」

「お前は犬か!」

「それは食料を備蓄するためで、別にゾンビちゃんから肉を奪ってる訳じゃないんだけど……」

「ガサガサになっちゃった」


 水分が飛び、枯れ木のようになった死体の腕にゾンビちゃんが噛り付く。いつもの咀嚼音とは全く違う「乾いた音」が静かな倉庫に響いた。


「ま、まぁガラクタの奥から思いがけない忘れものが出てくるのも大掃除の醍醐味だよね」

「かなり好意的な解釈をしてやるんだな」

「ほらほら、ゾンビちゃんだって仕舞い込んでたもの処分してるよ。吸血鬼も早く処分しちゃって」

「そう言われても、僕は死体なんかを仕舞いこんだりはしないからなぁ」


 これだけ言っても吸血鬼の動きはやはり鈍い。

 俺はその辺に積まれている衣類を適当に指差して言った。


「この服とかさ、こんなとこに仕舞いこんでないで着れば良いじゃん」

「ああ、それは生地がイマイチでなぁ」


 吸血鬼は残念で仕方がないとでも言いたげな顔を作って小さくため息を吐く。


「こっちは?」

「それは丈が微妙」


 吸血鬼はそう言ってまた一つため息を吐いた。


「……なんでそれ買う前に気付かないの」

「通販で買ったからな。試着ができなかったんだ」

「うーん、吸血鬼はもっとよく考えて買い物をすべきだね」

「ネェ、これイラナイならちょーだい」


 「丈が微妙」と言い放ったマントを指差し、ゾンビちゃんが目を輝かせる。確かにその丈は一般的なマントよりもやや短く、ゾンビちゃんが纏ってもあまりズルズルと引きずらずに済みそうである。 

 だが吸血鬼は食い気味に首を振り、ゾンビちゃんから守る様にしてそのマントを手に取った。


「ダメだ」

「ナンデー?」

「着ないならあげれば良いじゃん」

「確かに今は着ないが、これからもそうとは限らないだろう。こういうのが流行る時代が来るかもしれないじゃないか」


 吸血鬼は悪びれる様子もなく、さも当然の主張とばかりにそう言ってのける。今にも掃除をすっぽかして部屋を出て行ってしまいそうな様子に危機感を抱いた俺はゆっくりと吸血鬼に近付き、彼をじっと見下ろしながら静かに口を開いた。


「あのさぁ、これから吸血鬼は一切の買い物をしないの? そんな訳ないよね。どんどん買ってその度に倉庫のスペースは無くなっていって、このままじゃ『いつか使うかもしれないモノ』に埋もれて窒息死しちゃうよ。捨てなければ物は増えていく一方なんだから」

「うっ……本気説教じゃないか」


 吸血鬼は助けを求める様にして視線を泳がせ、ゾンビちゃんと目を合わせる。

 だがゾンビちゃんは困惑したような表情を浮かべる吸血鬼を指差してケタケタと小悪魔のように笑った。


「アー、レイスを怒ラセた」

「使わないものは捨てる、ほら復唱!」

「つ、使わないものは捨てる……」


 吸血鬼は不服そうな表情を変えようとはしなかったが、勢いに気圧されたのか一応俺の言葉を繰り返した。俺はそれを作戦遂行の意志があると解釈し、二人に改めて作戦の概要を伝える。


「よし、じゃあ断捨離作戦決行。吸血鬼はいらないものを分ける、ある程度溜まったらゾンビちゃんが外の通路に運び出す。良いね?」

「ハーイ!」

「はいはい……」


 吸血鬼は渋々感を全身から滲ませながらも棚に無造作に置かれていた荷物を仕分けていく。

 こまごました物も多く、時間がかかりそうではあるがガラクタの山は徐々に小さくなっているように見えた。ゾンビちゃんもその怪力でパッパと要らない荷物を外の通路へと運び出していく。

 作業は順調に進んでいるかに思えたが、ある時突然吸血鬼の手が止まった。


「なんだこの汚い服は。僕のじゃないぞ」


 そう声を上げた吸血鬼の元へ俺たちは再び集まる。

 吸血鬼はボロボロの布を人差し指で摘み上げ、俺たちに向けて広げて見せる。どうやら冒険者の衣類のようだ。袖などの一部分には本来の生地の色であろう茶色が確認できるが、その大部分は血で染め上げたように赤黒い。


「チマミレ?」

「なんでこんなもの大事に取ってあるんだろうな」

「そうだよね……でもどこかで見たような気がするなぁ。まぁよくあるデザインだけど」

「ああ、確かに見覚えが――あっ」


 吸血鬼はハッとした表情を浮かべて俺の透けた身体を指差した。

 俺の体は半透明の霊体だが、その上半身は死んだ時と同じ衣類を纏った姿で固定されている。吸血鬼の摘み上げたソレのように血に塗れてもいなければところどころ引き裂かれたりもしていないが、その服は確かに俺が最期の瞬間まで纏っていたものであった。


「スケルトンたち取っといてくれたんだ……」


 吸血鬼は棚に手を突っ込み、ガラクタの山からこれまた見覚えのあるリュックサックを引きずり出した。中身はほとんど抜かれてしまっているようだが、辛く楽しい冒険者時代の思い出がそのリュックには詰まっていた。


「懐かしいなぁ」


 ゾンビちゃんに殺された時にも流れなかった走馬灯のようなものが今更ながら脳裏に浮かぶ。

 だがノスタルジーに浸るのも束の間、吸血鬼は手に持った思い出の衣類とリュックを「いらないもの」の区画に放り投げてしまった。


「ちょ、なにすんだよ!」


 吸血鬼はつまらなさそうにため息を吐き、血塗れの衣類を「いらないもの」の山から摘み上げて左右に振る。


「なんだ、捨てないのか」

「あの空気で良くこれを捨てようと思えたよね? 俺の人間だった証をぞんざいに扱わないでよ!」

「使うのか?」

「え?」


 吸血鬼は落ち着いた冷酷な声でゆっくり威圧的に尋ねる。


「この服と鞄、君はこれから使うのか?」

「うっ……」


 彼が何を言おうとしているのか、俺はこの時ようやく察した。

 吸血鬼は衣類とリュックを手に嫌らしい笑みを浮かべる。


「使わないものは捨てる、ほら復唱してみろ」

「くそっ、意地が悪すぎるよ吸血鬼」


 苦し紛れにそう吐き捨てると、吸血鬼の勝ち誇ったような高笑いがダンジョンに響き渡った。





*********





「はー、結局たいして片付かなかったなぁ」


 俺は相変わらずガラクタに埋もれた倉庫を見渡してガックリ肩を落とす。

 ほとんど新品の鉄の処女もいつか着るかもしれない衣服も処分することはできなかった。「今後絶対に使わないであろうもの」を倉庫に置かせてもらっている以上、俺はあまり強気なことを言えなくなってしまったのだ。

 細々した明らかなガラクタを捨てることには成功したが、倉庫が綺麗に整理されたという報告をスケルトンたちにすることはできないだろう。

 だが吸血鬼は一仕事終えたとばかりに満足げな表情を浮かべてグラスに注がれた血などを啜っている。


「倉庫というのは捨てられないものを置いておくために存在しているんだ。ここが溢れたらまた倉庫を作れば良い」

「無茶なこと言わないでよ」

「ネー、マント取ッテよー」


 まだあの丈の微妙なマントが諦められないらしい。吸血鬼によって棚の一番上に置かれたマントを取ろうとゾンビちゃんは必死に背伸びをして手を伸ばしている。

 それを見ながら吸血鬼は意地の悪い笑みを浮かべる。


「欲しいなら自分の手で掴んでみろ」

「ウーン……エイッ」


 ゾンビちゃんは苦し紛れにジャンプをしてマントを取ろうと試みる。それでも小柄なゾンビちゃんの腕は棚の一番上に掠ることもできない。


「ははは、無様だな」

「ムー……」


 ゾンビちゃんは不貞腐れたように頬を膨らませる。そして何を思ったか棚を手で掴み、そのまま力づくで引きずり倒した。


「うわあっ!?」


 優雅に血など飲んでいたせいか、吸血鬼は迫りくる棚へ素早く反応することができなかった。

 吸血鬼の上に様々なガラクタと巨大な棚が降り注ぐ。彼は潰れたカエルのような声を上げ、なすすべもなく棚とガラクタの山の下敷きになってしまった。


「あーあ、本当にガラクタに埋もれて窒息死しちゃったよ」

「ワーイ、マントマント」


 ゾンビちゃんは落下したガラクタの山からお目当てのマントを引っ張り出し、上機嫌でスキップしてみせる。

 ガラクタの中から聞こえる呻き声には関心がないようだった。




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