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52、スライム大量発生中




「うわぁ……増えてる」


 右を見ても左を見ても上を見ても下を見てもドロドロドロドロ。

 今やダンジョンは酷い有様だ。地面も天井も壁もうぞうぞと蠢くゼリー状の魔物に覆われている。その正体は冒険者にはそれなりに馴染みのある魔物、スライムである。


「レ、レイス! 部屋に奴らが入ってきて――」


 そう言いながら部屋から飛び出した吸血鬼の頭に勢いよくスライムが落下する。地面や壁に張り付いたスライムも一斉に吸血鬼に向けて大移動を始めた。


「ギャーッ!」

「出てきたらダメって言ったじゃん」


 吸血鬼は情けない声を上げながら頭に付いたスライムを振り払い、部屋へと体を引っ込める。そして髪にベッタリ付いた粘液を気にしながら今にも泣きだしそうな表情を浮かべた。


「今朝より増えてるじゃないか。どうなってるんだ」

「今スケルトンたちが退治してくれてはいるんだけど、増えるスピードに追い付かなくて。それよりほら、ちゃんと目張りしないと入ってくるよ」

「ああ……僕らがこんなものに頼らざるを得ないとは。なんだか悲しいな」


 吸血鬼はそんな事を言いながら扉の隙間を紙で塞ぎ、そこにたっぷりの聖水を振りかけて紙に染み込ませる。ドロドロの体を持つスライムはどのような形にも変化することができ、僅かな隙間を通り抜けて部屋に侵入してしまうのである。


「そういえばさっき部屋に入ってきたとか言ってなかった?」

「ああっ、そうだそうだ! 確かその辺に……あれ、いないな」

「もしかしてそれ?」


 俺はそう言ってキョロキョロと辺りを見回す吸血鬼の足元を指差す。吸血鬼は足元に這い寄るスライムと粘液塗れになった靴を見るや情けない悲鳴を上げてスライムを勢い良く蹴飛ばした。スライムは湿っぽい音を立てて壁に張り付き、モゾモゾと蠢く。


「こ、こいつどうやったら死ぬんだ!? さっきから何度も攻撃してるのにこのザマだ」

「スライムに打撃は効果薄いよ。スケルトンから武器借りたでしょ」

「あ、ああ……」


 吸血鬼は机の上に無造作に置かれた剣を手に取り、良く手入れされた眩い光を放つ白刃をゆっくりと鞘から抜き放つ。そしてそれを壁で蠢くスライムに突き立てた。

 剣で磔にされたスライムは一瞬その動きを止め絶命したかに思えたが、やがてゼリー状の体を激しく波打たせて暴れだした。


「まだ生きてるぞ!」

「ああ、スライムは核を狙わないとダメなんだ。ほらここ、ビー玉みたいなのがあるでしょ?」


 俺はそう言ってゼリー状の体に包まれた綺麗な球状の核を指差した。剣はスライムの体の真ん中を綺麗に貫いてはいるものの、核を僅かに逸れてしまっている。


「これを壊せば良いのか?」


 吸血鬼は粘液に塗れた足でスライムの核を蹴り潰す。その瞬間スライムの体は壁からずり落ちて地面に落下し、まるで水溜りのように動かなくなった。

 吸血鬼はつま先でスライムをつつきまわし、死んだことを確認するや途端に笑顔を取り戻して胸を張る。


「なんだ、コツさえ掴めば簡単じゃないか。スケルトンたちは何を手間取っているんだ?」

「確かに単体なら退治が難しい魔物じゃないけど、あの数見たでしょ? 通路を埋め尽くすスライムの小さくて見づらい核を一個一個破壊していくのは骨の折れる作業だよ」

「なるほど……ならもっと効率的に駆除できる方法はないのか?」

「本当は魔法で焼き払うのがセオリーだけど、うちには魔法使える人いないからなぁ。あとは乾燥も弱点なんだけど、洞窟に乾燥を求めるのはちょっと無理だね」


 吸血鬼は俺の言葉に感心した様に頷く。


「詳しいじゃないか。魔物駆除の仕事でもやってたのか?」

「いやいや、俺元冒険者なんだけど……」

「あー、そういえばそうだったか。それにしても君が冒険者とは、随分と弱そうだな」


 俺は吸血鬼の失礼な言葉に言い返そうと口を開きかけるが、自分の冒険者としての顛末と現在の透けた体を思い出してグッと言葉を飲み込んだ。


「うっ……ぐうの音も出ないこと言わないでくれる? それより今後の対策を考えないと。もうスライムたちの餌がないから数は減っていくと思うけど」

「そんな悠長なことは言ってられないぞ。ベチャベチャと纏わりついてきて気持ち悪いのももちろんだが、なによりダンジョンを訪れる冒険者の数が大幅に減少しているのが問題だ。この時期に食糧の備蓄ができないのはかなり不味い」


 吸血鬼はそう言ってガックリと肩を落とす。

 冬になるとダンジョンを訪れる冒険者の数がグッと減り、この時期にどれほど多くの食料を備蓄できるかで冬の過ごし方が決まるらしいのだ。

 ここ数日、ダンジョンに大量発生したスライムを警戒して途中で引き返す冒険者が後を絶たない。このままでは目標とする備蓄量に届かないだろう。


「いっそのこと火炎放射器でも買ったらどうだ? 確かDanzonで売ってたぞ」

「火炎放射器って一体いくらするんだよ。そんなの買ったら皆にお小遣いあげられなくなる」


 吸血鬼は俺の言葉に慌てたように首を振る。


「そ、それは困る……だがなにか突破口を見つける必要があるのは確かだろう」

「うーん、そうだねぇ。確かに突破口は欲しいけど」


 ダンジョン入口から入り込む風は日を追うごとに冷たさを増している。あまりのんびりしている時間がないことは確かだろう。

 なにか良い方法は無いだろうかと二人で頭を捻っていたその時。突然扉が開き、外の通路からゾンビちゃんが部屋へと足を踏み入れた。


「あっ、ゾンビちゃん! 外は危ないから勝手に部屋から出ないでって――」


 そこまで言いかけて俺は思わず言葉を飲み込んだ。

 ゾンビちゃんの様子が変なのである。彼女の姿は水底にいるかのように揺らいでいて、輪郭もはっきりしない。よく見ると、彼女の体は蠢くゼリー状の粘液にすっぽりと覆われてしまっていた。

 俺たちは悲鳴にも似た声を上げ、思わずゾンビちゃんから後退りする。


「うわっ、スライムに集られてるぞ!」

「ひいいっ、煮こごりみたいになっちゃってる!」


 ゾンビちゃんは俺たちになにか話そうと口を動かすが、彼女の口から出るのは気泡ばかりでなにを言っているのかさっぱり分からない。そんな状態にも関わらず、ゾンビちゃんはスライムなどどこにもいないかのように極めて冷静に振舞っている。

 だがスライムはなにもベトベトするだけの無害なゼリーではない。スライムには様々な種類がいるが、ダンジョンに大量発生したスライムは肉食性で特に死肉を好み、上階の知能無きゾンビたちはコイツらに食われてほぼ壊滅状態にある。あまり長くスライムに触れているとその強い酸性の粘液によって溶かされかねない。


「吸血鬼、剥がしてあげてよ!」

「クソッ、余計な手間を……」


 吸血鬼はブツブツと文句を垂れ流しながらもゾンビちゃんの体からスライムを引きはがし、剣を振るって核を破壊していく。

 ゾンビちゃんの身体から全てのスライムを排除しても、彼女は無表情のまま顔色一つ変えなかった。


「なんでスライムを剥がさないの。危ないでしょ!」

「スライム……?」


 ゾンビちゃんは周囲に散らばったスライムの残骸を見回し、なんでもないように口を開く。


「アア、ナンカ冷たくてピリピリすると思ッタ」

「それ消化されてるんだよ!」


 吸血鬼はどこか虚ろな目をしたゾンビちゃんを見るや、なにか察したように目付きを鋭くさせる。


「おいレイス、もしかしてコイツ……」

「うん、あんまり肉食べられてないからだいぶお腹減っちゃってる」

「はぁ、最近調子良かったのにな」


 ゾンビちゃんの知能と力は空腹度に左右される。空腹であればあるほど知能は落ち、そして力はより強化されるのだ。絶食が続くと獣以下の知能と手が付けられないほどの怪力を発揮して敵味方関係なく捕食しようと迫ってくる。今回は幸いにもそこまで酷い状態ではないが、いつも以上にゾンビちゃんの行動に注意を払わなければならないのは間違いないだろう。


「知能無きゾンビが食べ尽くされてスライムたちも飢えてるんだよ。肉のないスケルトンや俺はともかく、二人は迂闊に外へ出たらダメだからね。スライムの餌にされちゃうよ」


 俺はそう言ってゾンビちゃんを優しく嗜めるが、彼女の周囲にそびえ立つ「空腹」という壁に阻まれ、俺の言葉は届かないらしい。


「ねーレイス、オ腹減ッタよう」

「うっ……飢えてるのはこっちもか。あのねゾンビちゃん、申し訳ないけど今はゾンビちゃんにあげられる肉があんまりないんだ」

「ナンデ?」

「スライムたちのせいで冒険者が来ないからだよ」

「ナンデェ?」


 ゾンビちゃんは今にも泣き出しそうな顔をして駄々をこねる。まるで小さな子供を相手にしているみたいだ。なんとかゾンビちゃんを納得させようと色々な説明を試みるが、どれもゾンビちゃんの心には届かないらしい。


「もう良いレイス、今のコイツに論理的な説明は全く無意味だ。僕が手本を見せてやろう」


 俺たちの噛み合わない会話を見かねた吸血鬼がそう言いながらゾンビちゃんの前に歩み出る。


「ええっ、大丈夫なの?」

「任せておけ、小娘との付き合いは君より長いんだ」


 少々不安に思わないでもないが、確かに俺がここへ来る前は吸血鬼がゾンビちゃんの世話をしていたはずだ。なにかゾンビちゃんを上手く宥める方法があるのかもしれない。

 俺が静かに見守る中、吸血鬼はゾンビちゃんに指を突き付けて彼女を見下ろし言い放った。


「いいか小娘、よく聞け。ないものはない! あまりうだうだ抜かすとその口縫い付けて――」


 吸血鬼の高圧的な言葉は次の瞬間、ダンジョンに響き渡るような悲鳴へと変わった。

 彼の突き付けた指をゾンビちゃんが噛み千切ったのである。

 

「ギャーッ! なにするんだッ」


 噛み千切られた人差し指の断面から滴る血でシャツの袖口が赤く染まっていく。ゾンビちゃんは吸血鬼の指を咀嚼しながら眉間に皺を寄せた。


「ウェー、マズーイ」

「ならなんで喰った!」

「なんかイラッとシタから」


 ゾンビちゃんは唇についた血を舐めながら吸血鬼に挑発的な視線を送る。

 吸血鬼もその口から尖った牙を覗かせ、苦虫を噛み潰したような表情でゾンビちゃんを見下ろす。その手にはスライムを剥がすのに使った剣がしっかりと握られている。


「バラバラにしてスライムの餌にしてやる……」


 二人は互いに睨み合い、今にも殺し合いを始めそうな勢いである。

 想像通りすぎる結末に呆れながらも、俺は急いで二人の間に割って入った。


「ちょっと落ち着いてよ二人とも。イライラするのも分かるけどさ」


 そう言って二人を嗜めたその時。

 不意に扉が軋む音がして俺たちはそちらへと視線を向けた。


「……スケルトンか?」


 吸血鬼が扉に向けてそう呼びかけるが返事はない。

 扉に鍵などはかかっていないため、スケルトンならば簡単に扉を開けて部屋に入ってこられる。スケルトンがわざわざ扉を揺らす理由が見つからない。

 吸血鬼もそれが分かっているのか、扉に向けたその表情はどこか不安げである。


「俺、ちょっと見てくるよ」


 そう言って俺は恐る恐る扉へと近付くが、俺がすり抜けて外に出るより早く扉は限界を迎えた。バリバリと大きな音を立てて扉が崩れ、洪水と見紛うほど大量のスライムが部屋になだれ込んだのだ。扉から離れていた二人にもスライムの魔の手が迫る。


「ヒィィッ! 囲まれた!」


 飢えたスライムたちはあっという間に二人を取り囲み、ジリジリとその距離を詰めていく。


「なんで急に!」

「きっと吸血鬼の血の匂いを嗅ぎつけたんだ」


 吸血鬼はハッとした表情を浮かべ慌てて手を隠すが、いまさらそんな事をしたところでどうにかなるわけでもない。彼はどうにもならない現状から目を逸らすようにして流血の原因となったゾンビちゃんを睨みつける。


「お前のせいだぞ、なんとかしろ!」

「ンー……」


 ゾンビちゃんは言い返すでも謝るでもなく、ただ少しずつ近づいてくるスライムをジッと見つめている。そしてとうとう足元にまで迫ったスライムを鷲掴みにし、おもむろに口へ放り込んだ。


「うわあああッ!? なにやってるの!」


 俺はその奇行に思わず悲鳴を上げる。だがゾンビちゃんはいたって冷静にスライムを咀嚼し、満面の笑みを浮かべた。


「ウワー、プルプル。オ口の中でトロケル~」


 ゾンビちゃんはそんな事を言いながら地べたに座り込み、部屋にいるスライムを片っ端からお腹に収めていく。俺たちはどうして良いか分からず、ただゾンビちゃんがスライムを駆逐する様子を眺めるしかなかった。


「スライムの踊り食いとは……腹が減りすぎておかしくなったか」


 吸血鬼はそう言って顔を顰めた。

 見た目こそゼリーのようだが、こいつらは肉を溶かす酸性の体を持った魔物である。空腹状態にあるゾンビちゃんの見事な食べっぷりに感心しつつも、嫌な考えが脳裏をよぎらないではない。


「こ、これ大丈夫なのかな。逆に内側から消化されちゃうんじゃ」

「まさに食うか食われるかの勝負だな。まぁヤツが食い尽くしてくれればこちらとしても助かるが」


 やがてゾンビちゃんは部屋にいるスライムを食べつくしたが、それでも彼女の無尽蔵の食欲を満たすことはできなかったらしい。彼女はさらなるスライムを求めて部屋を飛び出していってしまった。


 それから僅か数分後。

 騒動がひと段落したかに思えたダンジョンに突然けたたましい爆発音が鳴り響く。

 慌てて駆け付けた俺たちを待ち受けていたのは腹から下を失い、腕がある胸像の様な姿になってしまったゾンビちゃんと、通路を塞いでしまうほど巨大化したスライムであった。

 俺たちは立ちはだかる巨大なスライムを前に表情を強張らせる。


「な、なんだこれは」

「どういう事!? っていうか脚はどこやっちゃったの!?」


 慌ててゾンビちゃんに尋ねると、彼女は泣きべそをかきながら巨大スライムを指差す。


「ウワーン、ナンカお腹爆発シテ出テキタ」

「ほらぁ、変なモノ食べるから!」

「お前の胃は一体どうなってるんだ」


 吸血鬼は呆れたようにため息を吐いて頭を抱える。そうしている間にも巨大スライムはダンジョン中から集まってきた小さなスライムを吸収し、その体をどんどん大きくしていった。


「でもこれチャンスかも。これを倒せばダンジョンに蔓延るスライムを一網打尽にできるよ。吸血鬼頑張って」

「ええっ、僕がやるのか!?」

「だってゾンビちゃんは戦えないし、ここはダンジョンボスの出番じゃないの」

「うっ……しかしこんなデカいのどうすれば良いんだ」

「さっきと同じだよ、核を狙えばいいんだ」


 俺はそう言ってウネウネ蠢く巨大スライムの側へと飛び、ゼリー状粘液の中心に浮かぶボーリング玉サイズの核を指し示した。

 吸血鬼は嫌悪感丸出しの表情を巨大スライムに向けたまましばし放心していたが、やがて腹をくくったように剣を構える。


「なんで僕が冒険者みたいな事を……倒したら特別手当出してもらうからな!」


 吸血鬼はヤケクソとばかりにそう叫ぶと果敢に巨大スライムに立ち向かい、そのゼリーのような体に華麗な剣撃を放っていく。だがせっかく剣を振るってもスライムに付いた傷はまるで水飴でも斬っているかのようにすぐ塞がってしまう。しかも核はスライムの体の中心に位置し、厚い粘液によって守られている。


「くそっ、ダメだ。核には届かないし粘液は斬ってもすぐ塞がる」

「粘液を少しずつ斬り取って小さくしていかないと」

「……そんな面倒なのより、もっと良い方法があるぞ」


 吸血鬼はそう言ってニヤリと笑い、地面に伏せて戦いを見守っていたゾンビちゃんの首根っこを掴んで持ち上げた。


「おい小娘、あのスライムを食え」


 俺は吸血鬼の鬼畜の様な言葉に目を丸くする。


「お腹爆発したって言ってるのにまだあんな大きいの食べさせるつもりなの!?」

「別にあの粘液全て食えと言ってるわけじゃない。核さえ食ってくれれば良いんだ」


 吸血鬼はゾンビちゃんの体を巨大スライムへと向け、その中心に浮かぶ球体を指差す。


「あれが核だ。良いな、あの核を食べるんだぞ」

「ウン、食ベル」


 ゾンビちゃんも吸血鬼も事も無げにそう言って見せるが、粘液に阻まれた核を一体どうやって食べると言うのか。

 策はあるのか尋ねようと口を開くより早く、吸血鬼はゾンビちゃんの上半身だけとなった身体を持ち上げてそのままスライムへと投げ飛ばした。ゾンビちゃんはすごい勢いでスライムのゼリー状の体に突き刺さる。


「うわあああっ、何してんの吸血鬼!?」


 吸血鬼はゾンビちゃんがスライムに飲み込まれていくのを確認するや、したり顔をこちらへと向けた。


「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だよ」

「他人を虎穴に突き落とすな! ゾンビちゃんが消化されちゃったらどうすんだよ!」

「その時はその時だ。なに、どうせ死にはしないさ……多分」


 吸血鬼は少々恐い事を言いながらそびえ立つスライムを見上げる。

 スライムはゾンビちゃんを敵や異物ではなく「餌」と認識したらしく彼女を体内へと取り込んでいった。ゾンビちゃんはスライムの粘液の中をクラゲのように漂い、やがてその中心へと近付いていく。

 そして手の届く範囲にまで核へ接近した時、ゾンビちゃんはゆっくりと核を引き寄せ、その球体へおもむろに噛り付いた。綺麗な球状だった核にはゾンビちゃんの齧り跡により歪な形に変わっていく。

 それに伴いスライムの体にも変化が起きた。まるで苦しさにのた打ち回る様にゼリー状の体の表面が波打ち、粘度が落ちてその巨体を維持することが難しくなってきた。やがて核が全てゾンビちゃんのお腹に収まるとスライムの体は崩れ去り、ローション入りの巨大な水風船を割ったかのように地面へスライムの粘液が広がった。

 スライム駆除の成功に、吸血鬼は歓喜の声を上げる。


「よし、やったぞ!」

「本当に核を食べちゃった……っていうかゾンビちゃん大丈夫!?」


 俺はスライムの体から解放され、粘液と共に地面に投げ出されたゾンビちゃんへと慌てて駆け寄る。ゾンビちゃんは地面にうずくまって動かない――かに思えたが、別にダメージを受けたから動けないという訳ではないようだった。


「……なにやってんの」

「ワー、オイシーイ」


 ゾンビちゃんは満面の笑みを浮かべながら地面に這いつくばり、スライムの死骸を手ですくってはそれを美味しそうに啜っていた。だが今の彼女には口から入る食物を受け止めるものが無く、食べるそばからスライムが千切れた上半身の断面より漏れ出てしまっている。


「これが永久機関か……でも確かにゼリーとかわらび餅みたいで美味しそうかも」


 核があり、ウゾウゾ蠢いている状態のスライムはとても食べる気になれなかったが、核が除かれて完全な死骸となった今のスライムは本当に普通のゼリーのようだ。微かな衝撃でプルプルと魅惑的に揺れ動くその粘液はゾンビでなくとも口にしたくなるような魅力を持っている。

 だが吸血鬼にはそうは思えないらしく、忌々しげにスライムの粘液を蹴り飛ばした。


「気持ち悪いこと言うな、そんなのもう見たくもない。早く片づけておいてくれ」


 ゾンビちゃんはスライムを啜りながらも頬を膨らませて不満げな表情を見せる。


「エー、オイシイのに」

「お前はそんな事より早く脚を探せ!」



 ダンジョンを埋め尽くすスライムの粘液はスケルトン総出で1日かけて掃除され、次の日にはたくさんの冒険者が訪れるようになった。


 スライムが魔王城の晩餐会にも出されるほどの高級食材で、かなりの高値で取引されているという事を俺たちが知って頭を抱えるのはまだ先の話である。




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