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48、欠落した記憶





「やぁレイス君、遊びに来たよ!」


 冒険者の気配を察知し、慌てて偵察に向かった俺を出迎えたのは呑気に笑う狼男であった。


「な、何しに来たの?」

「んー、ちょっと遊びに」


 狼男はどこか遠い目をしながらそう答える。

 前回同様なんらかのトラブルから逃げてダンジョンに転がり込んだに違いないが、今はそれを問いただす気力も起きない。


「なら日を改めてくれない? 今ちょっとゴタゴタしてて」

「ああゴメンゴメン、日が出てるうちは冒険者とか来るもんね。まぁ邪魔はしないからさ、ちょっと暇つぶしに付き合ってよ。吸血鬼君とかどうせ暇でしょ?」

「いや……実はその吸血鬼のことでゴタゴタしてるんだよね」

「えっ、なになに? 面白そうな匂い」


 狼男は俺の言葉に琥珀色の目を輝かせ、前のめりになって耳を傾ける。

 余計な事をしでかすような気もして若干迷ったが、このままではテコでも帰ってくれなさそうだ。俺は腹をくくって口を開いた。


「実は――」





*********





「フッフッフ」


 ゾンビちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべて自分の千切れた蒼い腕を握り、それの指先で吸血鬼の頬を突く。


「アハハ、ソレソレ~」

「ヒイイイッ」


 吸血鬼は元々蒼白い顔を漂白したように白くさせ、眼をひん剥いて必死にゾンビちゃんの攻撃を避けようと頭を振る。彼の体は鎖で椅子に縛られ手足の自由も奪われており、それくらいしかゾンビちゃんに抗う方法がないのだ。


「ちょっとゾンビちゃん、イジメちゃダメだってば!」


 慌ててゾンビちゃんを止めに入るが、彼女は吸血鬼への攻撃をやめないどころかこちらを見ようともしない。


「ダッテ反応がオモシロイんだもーん。ニンゲンみたい!」

「わー、すっかり若返っちゃって」


 狼男は滑らかな動きでゾンビちゃんの隣に滑り込み、彼女と一緒に怯えた表情を浮かべる吸血鬼の顔を覗き込む。

 ようやく狼男の存在に気付いたゾンビちゃんは彼を見るなりあっと声を上げ、人見知りの猫のような俊敏さで俺の背中へと逃げ込んだ。


「ナッ、ナニしにキタ!」

「んー、ゾンビちゃんに会いに? お陰で面白いものが見れたよ。ねぇ吸血鬼君、俺が分かる?」


 吸血鬼は恐怖に耐えるように眼をギュッとつむって体を強張らせ、勢い良く首を振る。


「だ、だからさっきから言ってるだろ。お前らなんて知らない」

「スゲー、本当に記憶喪失なんだ!」


 狼男は目を輝かせて、珍しい物でも見るみたいに吸血鬼を眺める。


 吸血鬼に異変が起きたのは一時間ほど前のこと。冒険者との熾烈を極めた戦いに敗北し、その時頭に負った怪我により吸血鬼は少しの間意識を失っていた。とはいっても彼は吸血鬼、死ぬことはないしそのうち目覚めるだろうと放っておいた。

 想定通り彼はしばらくすると目を覚ましたのだが、俺たちを見るなり酷く怯え、あろうことか太陽の光が降り注ぐダンジョン外に飛び出そうとしたのである。

 慌てて吸血鬼を拘束して無理矢理話を聞き出したところ、どうやら俺達のことを一切合切忘れてしまっているらしかった。


「多分脳にまだダメージが残ってるんだと思う」


 狼男は俺の分析に同意するように頷く。


「血でも飲ませれば良いんじゃない? 君達(アンデッド)って食べて飲んで寝れば大抵の傷は治るでしょ」

「うん、俺たちもそう思って血を飲ませようとしたんだけど、全然飲もうとしないんだよ」


 俺の言葉にフロアにいた数体のスケルトンが一斉に頷いた。彼らの手には一様に血液入りのボトルが握られている。


「ええ? ちょっと貸してみて」


 狼男は近くにいたスケルトンからボトルを受け取り、栓を開けて吸血鬼の顔に近付ける。


「ほら吸血鬼君、血だよ。飲みなよ」


 吸血鬼は口を固く閉ざして狼男から顔を背けた。

 狼男はボトルを吸血鬼の頬にグリグリ押し付けながら首を傾げる。


「本当だ、なんで?」


 俺はため息を吐いて狼男の疑問に答える。


「どうやら吸血鬼になってからの記憶全部無くなってるらしいんだ」

「えっ、マジ?」


 狼男は目を丸くし、小刻みに体を震わせる吸血鬼を見下ろす。

 つまり吸血鬼は自分を人間だと思っており、目が覚めたら知らない場所にいた挙句、化物共(アンデッド)に拘束されて拷問を受けていると信じているのだ。

 普通の人間が血液を飲むことに嫌悪感を抱くのと同じように、吸血鬼も決してボトルに口を付けようとはしない。


「そりゃあ反応が初々しいわけだよね、一体何年分の記憶が無くなったのかな」

「面白がってる場合じゃないよ。知り合いに化け物扱いされて怯えられて、俺らも結構ヘコんでるんだから……」


 俺の言葉に同意するようにしてスケルトンたちも骨を物悲しげに鳴らす。

 あまり意識はしてこなかったが、俺たちの見た目は普通の人間からしてみればまさに化け物のそれだ。スケルトンは骨だし、俺は透けてるし浮いてるし、ゾンビちゃんはツギハギだらけな上に腕までもげてる。そんな奴らに囲まれればそりゃあ怯えるのも無理はない。まぁゾンビちゃんは怯える吸血鬼の反応を楽しんでいるようだが。


「いっそ無理矢理口開けさせて流し込んじゃえば?」


 狼男の言葉に俺はゆっくりと首を振る。


「それも考えたんだけど、強引な事して吸血鬼に本気で暴れられたら困るんだよ。こんな鎖すぐ切られちゃうだろうし、ゾンビちゃんもボロボロだし」


 俺はそう言って背中に隠れているゾンビちゃんに視線を向ける。

 冒険者と熾烈な戦いを繰り広げたのは吸血鬼だけではない。ゾンビちゃんの体も傷だらけで、脚などは千切れかけ、左腕は完全に取れてしまっている。対する吸血鬼は、頭を切ってはいるもののその体に大きな傷はない。

 もし本気で戦えば結果は火を見るより明らかだ。今は恐怖のあまり反抗もせずただ怯えているが、あまり乱暴なことをすればどんな行動を取るかわからない。


「あっ、でも狼男が手伝ってくれればイケるかな?」


 狼男は苦笑いを浮かべて首を横に振る。


「いやいや、俺吸血鬼君より全然弱いし無理だよ」

「ダメかぁ……なにか良い方法ないかな」

「んー、じゃあ俺やってみようか?」

「なにを?」

「説得だよ説得。自分から血を飲むよう交渉するんだよ」

「説得って、そんなことできるの?」


 狼男は悪戯っぽい少年の様な笑みを浮かべ、自信満々に頷いて見せる。


「まぁ任せて。数多の女の子を落としてきた俺の交渉術、見せてあげるよ!」




*********




「やぁ吸血鬼君、こんにちは。今ちょっといいかな?」


 狼男は椅子に縛り付けられてうなだれる吸血鬼に滑らかな動きで近付き、人の良さそうな笑みを向ける。吸血鬼からの返事はなかったが、そんな事は気にもしていないように話を続けた。


「実は今暇しててさぁ、一緒にお茶でも飲もうよ。もちろん奢るからさ」


 そう言って狼男が取り出したのはお茶などではなく血液入りのボトルである。もちろんこれの中身が血液であるという事は吸血鬼にもバレている。

 狼男は吸血鬼の頬にボトルの飲み口を押し当て、ドリルのようにグリグリと押し付けた。


「ほら口開けてよ吸血鬼君~、無視しないでよ」


 吸血鬼は口を堅く閉ざし、狼男を見ようともしない。

 これではダメだと思ったのか、狼男はボトルドリルを続けながら話題を変える。


「ところで吸血鬼君っていくつなの? あっ、待って当てるね。ええと……17歳?」


 本来の見た目年齢より若く歳を言うのはもはやマナーを通り越して形式美であるが、それにしても17歳と言うのはいささかわざとらし過ぎやしないだろうか。……いや、問題はそこではない。


「狼男、ちょっと来て」

「ええっ、まだこれからなんだけど」

「良いから一回来て」


 狼男は不満げに口を尖らせながらも吸血鬼から離れて俺の元へとやって来た。

 俺は吸血鬼に聞こえないよう静かに、しかしそこそこキツイ口調で狼男を問いただす。


「なに今のクソみたいなナンパ」


 狼男は俺の言葉にヘラリと笑い、照れ隠しでもするみたいに頭を掻いた。


「酷いなぁ、結構女の子には好評なんだけど」

「女の子に好評なのは交渉術とか話術とかじゃなくて顔だよ顔。今ので分かった、君は技術とか一切関係なく顔だけで女の子を釣ってるんだ」

「うーん、そんなことないと思うけどなぁ」


 自覚がないのか、狼男は腕を組んで首を傾げる。

 色々と言いたいことはあるが、今はゆっくり話をしている余裕もない。


「そもそもこの状態の吸血鬼にナンパ感覚で話しかけるのが間違いだったんだよ」

「確かに。相手が男じゃ俺もモチベーション上がんないしなぁ……あっ、でも一個だけ試したいことある」


 狼男は思い出したように明るく声を上げる。

 またあの小芝居を見せられるのかと思うと、俺はとても明るい声を出す気になれなかった。


「今度はなんだよ」

「そんな顔しないでよ、ちょっと試してみたい交渉テクニックがあるんだ。武器商人の女の子から聞いたビジネスにもナンパにも応用できる確かなテクニックだよ」

「なんで狩人とか武器商人とか、ヤバそうな女の子とばっかり付き合ってるの?」

「別に狩人や武器商人とばっかり付き合ってるわけじゃないよ。たくさんの女の子の中にたまたま狩人や武器商人の娘がいただけ。そんな事よりちょっと協力して。このテクニックには小道具が必要なんだ」

「小道具って?」


 狼男は俺にゆっくりと近付き、俺の胴体に向かって満面の笑みを向ける。

 いや、狼男は俺の透けた体の影に隠れているゾンビちゃんに笑いかけたのだ。彼は遠慮なく俺の透けた体に腕を突っ込み、ゾンビちゃんに手を差し出した。


「ゾンビちゃん、ちょーっと協力してもらえる?」


 ゾンビちゃんはブルリと身震いし、千切れた左腕をキツく抱きしめながら表情を曇らせる。


「なんかイヤなヨカン……」





***********






「ねぇ吸血鬼君、ここから出してほしい?」


 相変わらず捕虜の如く唇を固く閉じ、項垂れてこちらを見ようともしない吸血鬼に狼男は囁くようにして言う。

 吸血鬼はその言葉にゆっくりと顔を上げ、狼男とようやく目を合わせた。その顔にはまだ警戒の色が濃く残っているが、彼がまともに人と目を合わせたのは記憶を失ってから恐らく初めてだ。


「俺のお願いを聞いてくれたら鎖を解いてあげても良いよ」

「願い……?」

「うん、これを食べて欲しいんだ」


 狼男がそう言って取り出したのは、ツギハギだらけの蒼い腕である。彼は恐ろしい程満面の笑みを浮かべて吸血鬼の顔に蒼い腕を近付ける。

 当然のことながら吸血鬼は頬を引き攣らせ、その蒼い顔をいっそう蒼くさせた。


「こ、これは」

「私のウデだよ」


 ゾンビちゃんは哀愁を帯びた表情を浮かべ、瞬きもせず狼男の持つ蒼い腕を見つめる。

 吸血鬼はゾンビちゃんの千切れた二の腕と目の前の色を失った腕とを見比べ、この世の終わりが来たのかと思う程絶望的な表情を浮かべた。


「な、なんで僕が化け物の腕を食べなくちゃいけないんだ」

「良いから良いから、バクっと言っちゃってよ」

「絶対に嫌だ、こんなもの食えるはずないだろう!」

「ふうん、そうかぁ。ならここから出すわけには行かないなぁ」

「ぐっ……」


 吸血鬼は狼男をキツく睨みつけるが、狼男はそんなこと意にも介さない。


「さぁほら、これを食べさえすればここから出られるよ。一口で良いからさ」


 狼男はなんとも軽い調子で吸血鬼にゾンビちゃんの腕を勧める。

 当然のことながら「人間」がそう簡単にゾンビの腕を口にする踏ん切りがつくはずもない。吸血鬼は滝のような冷や汗を浮かべながらも時折ゾンビちゃんの腕を見つめるが、口を開くこともなく腕から顔を背けてしまう。

 気まずい沈黙が続く事数分、狼男が痺れを切らしたように声を上げた。


「そんなに嫌? 仕方ないなぁ。じゃあ腕じゃなく、こっちを飲んでくれたら良いってことにするよ」


 そう言いながら狼男は再び血液入りのボトルを取り出し、吸血鬼の眼の前で軽く振って見せた。


 これこそ狼男の言っていた武器商人娘直伝交渉術。最初にあえて無茶なお願いをし、一度断らせてから本来の要求をして相手の譲歩を引き出すといった手法らしい。

 ゾンビの腕に比べれば、瓶詰の血液などトマトジュースのようなもの。吸血鬼に血の味を思い出させるには少量の血液があれば十分だ。一口でも血液を口に含んでくれればその時点で俺たちの勝ち。


「頼む、飲んでくれ……」


 俺たちは祈るような気持ちで吸血鬼の動向を見守る。

 ところが、吸血鬼は少々迷ったような動きを見せたものの最終的にはボトルから顔を背けてゆっくりと首を振った。


「や、やっぱり無理だ」


 俺たちは吸血鬼の言葉に失望のため息を吐いた。

 少し飲みそうな仕草を見せて期待を抱かせたぶん、ダメだった時の落胆も大きい。やがて落胆はふつふつ湧き上がる怒りに変わり、俺たちは誰からともなく吸血鬼の周囲に集まって彼が縛り付けられた椅子を取り囲んだ。


「なに言ってんだよ臆病者」

「すっかり腑抜けちゃったね吸血鬼君」

「イイカラ早く飲メ」


 俺たちは思い思いの言葉で吸血鬼を責め立てる。スケルトンたちも吸血鬼を威嚇するかのように骨をガタガタ鳴らせた。

 だが不満が溜まっていたのは俺たちだけではない。化け物に囲まれたうえ無茶な要求をされている吸血鬼も相当ストレスが溜まっているようだ。いつしかその顔からは怯えの色が消え、代わりに怒りが彼を支配していった。


「なんで僕がゾンビの腕や血を飲まなくてはならないんだ? 理由もなしにいきなりそんな事言われても困る」


 吸血鬼の言葉からはイライラ感がだだ漏れしている。俺たちも負けじとイライラを吸血鬼にぶつけた。


「グダグダ言ってないで良いから飲めよ」

「モウ人間ゴッコは飽きたよう」

「吸血鬼君って結構理屈っぽいよね。女の子にモテないよ」


 狼男はそう言ってまた血液入りボトルを回転させて吸血鬼の頬に押し付ける。狼男のその行為は吸血鬼のスイッチをオンにしてしまったらしい。


「だから! それやめろ!」


 吸血鬼はそう叫びながら容易く鎖を引きちぎり、狼男に拳を振り抜いて彼を数メートル吹っ飛ばした。 


「うわあっ、鎖が! みんな取り押さえて」


 俺の言葉でスケルトンたちが一斉に吸血鬼に飛び掛かる。


「離せッ! 触るな化け物!」


 吸血鬼も大人しく拘束されるつもりはないらしい。飛び掛かるスケルトンをみるみるバラバラの骨にしていき、辺りには骨の山がいくつもできていく。記憶を忘れても体は化け物のままなのだ。


「くそっ……狼男も手伝っ――」


 そう言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。

 狼男は血反吐を吐き、苦しそうにうずくまっている。吸血鬼の全力の拳をもろに受け、内臓を損傷してしまったらしい。


「レ、レイス君助け……」


 狼男はそう言って俺に血だらけの手を伸ばす。

 まぁこの程度で狼男が死ぬはずもないのだが、俺はやや大袈裟に地面に這いつくばる狼男の元に駆け寄る。


「うわあっ、酷い怪我だ!」


 その言葉に吸血鬼の動きがピタリと止まった。彼は自分の拳と瀕死の狼男を見比べ、面白いほどみるみる顔を蒼くさせていく。


「この人殺し!」


 俺は吸血鬼を睨みつけ、彼にさらなる追い打ちをかける。吸血鬼はまんまと策にハマったらしく、虫の息のフリをした狼男を悲痛な面持ちで見下ろした。


「あ……いや……そんなつもりじゃ……」

「酷い出血だ。どうしよう」

「レイス君良い、どうせ俺はもうダメだ」

「そ、そんな……!」

「ただその前に頼みを聞いてくれ」


 狼男は血に塗れた手で共に飛ばされた血液入りのボトルを吸血鬼に差し出す。


「飲め」

「そ、そんな状態でもまだそれを言うか!」

「君がこんな状態にしたんじゃないか。ああダメだ、意識が朦朧としてきた」


 狼男はそう言って眼をしばたたかせる。


「早く飲んで! 死んじゃうよ!」

「ああ、花畑が見えてきた……」

「ほら、せめてもの罪滅ぼしと思って」

「ううっ……」


 吸血鬼は恐る恐る狼男の手からボトルを受け取る。


「口に入れたら吐き出しても良いから、さぁ!」

「わ……分かったよ!」


 吸血鬼はヤケを起こしたように声を上げ、これから服毒自殺でもするみたいな表情で栓を抜いた。

 そして血液入りのボトルを手に持ったまま固まること数秒。吸血鬼は今にも泣き出しそうな顔で首を振る。


「やっ、やっぱ無理」


 ゾンビちゃんは苛ついたようにボトルをぶん取り、吸血鬼の口にボトルを突っ込んで血液を流し込んだ。


「イイカラ飲め」





**********





「いやぁ、吸血鬼君が復活してくれて何より何より」


 狼男はそう言ってニコニコ笑った。

 だが吸血鬼は不機嫌そうな表情を浮かべてボトル入りの血液を煽る。


「いたいけな僕でよくも遊んでくれたな」


 狼男はとぼけた顔で首を傾げた。


「遊んだなんて失礼な。全部吸血鬼君を救うためにやった事だよ」

「僕の反応を面白がっていただろう。お前もだぞ小娘! 僕を無意味に虐めやがって」


 狼男もゾンビちゃんもニヤニヤと笑って吸血鬼を見下ろした。


「結構な怯え方だったよね、吸血鬼君も人間だったんだなぁ」

「ダイジョウブ? 私の事マダ恐い?」

「くそっ、お前ら覚えてろよ……」


 吸血鬼は悔しそうに唇を噛み、持っていたボトルを強く握って砕く。今の彼の血に塗れた手の震えは恐怖や怯えによるものではなく、怒りや恥ずかしさに起因するものたろう。


「まぁまぁ、二人のお陰で記憶戻ったんだしそう怒らないでよ。でも血吐いてる中でよくあんなの思いついたね」


 狼男は満面の笑みを浮かべて頷く。


「うん、よく女の子にやられるんだ。死ぬ死ぬ詐偽」

「えっ、なにそれどういうこと?」

「『私は病気でもう長くないから他の女のとこに行くな』とか『他の女と別れないなら死んでやる』とか女の子によく言われるんだよ。まぁ本当に死んだ娘はいないけど」


 爛れた生活の片鱗を覗かせながらなんて事ない風に笑う狼男に、俺たちは一様にため息を吐いた。


「……お前遊ぶ女をもう少し選べ」

「いつか殺されるよ」

「一回殺サレた方がイイよ」





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