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3、注文の多いダンジョン




 ダンジョンはいつになく静かであった。

 雨粒が地面を叩く心地の良い音がBGMのようにダンジョン内に響き、眠りを忘れた俺に精神的な微睡みをもたらしてくれる。


「暇だ」

「暇だね」


 雲になったような気分で部屋の中を漂いながら吸血鬼の言葉に頷く。

 ここはダンジョンに多数ある隠し部屋、通称「関係者控室」の一つである。冒険者がダンジョン内にいない時はこうしてみんなで集まり、暇を潰していると言うわけだ。

 最初はスケルトンたちと冒険者の落としていったカードやボードゲームなどで遊んでいた吸血鬼だが、とうとうそれにも飽きてしまったらしい。今はどこからか運んできたこの部屋にあるものとは明らかにランクの違う豪華な椅子に足を組んでふてぶてしく座っている。


 冒険者が来なくなってからもう一週間になる。

 原因はいつまで経っても降り止まない雨にあった。雨の日には誰だって外出を避けたくなるもの。冒険者たちも旅を休止し、どこかの街で羽を休めているのだろう。

 最初は連休のごとくこの暇を楽しんでいたアンデッドたちだったが、ここまで冒険者が来ないとすることもなくなるし、なによりそろそろ食料の心配をせざるを得なくなる。


「できる限り食料の節約をしておきたいが、こうも暇だとどうにも口が寂しくて仕方ない」

「じゃあ飲んじゃえばー?」

「あっ、人事だと思ってまたそんな適当なことを」

「だって貯蔵庫に飲みきれないくらいたくさんストックがあるじゃん」

「馬鹿言え、あれのほとんどは年代物の貴重な血液なのだぞ。渇きを満たすために飲むような代物ではないのだ」

「ほー」

「興味ないなら聞くな!」


 そんな話をしていると、扉の向こうから不穏な音が聞こえてきた。酔っぱらいの千鳥足のような不規則な足音。そして酷く調子ハズレな、歌と呼んで良いか迷うようなシロモノが少しずつ大きくなりながらこちらへと迫ってくる。やがて、その調子ハズレの旋律に歌詞がついていることに気が付いた。


「うま、うま、うま〜うまみせいぶんうなぎのぼり〜てんたかくうまこゆるうまうま〜」


 全く意味不明でデタラメな歌詞だ。

 しかしその歌詞を聞いて俺たちは顔を見合わせ、そして背筋を凍らせた。


「あの声、ゾンビちゃん?」

「……恐らく」


 吸血鬼は立ち上がり、慌てたように扉を開ける。扉の向こうにいたのは確かにゾンビちゃんであった。口をもごもごと動かしながら幸せそうに微笑んでいる。


「な、なにを食っている小娘!」


 吸血鬼はゾンビちゃんのボロボロになったワンピースの襟を掴んで揺さぶる。

 ゾンビちゃんや他の知能無きアンデッドのための肉は我々の監視下の元、きちんと貯蔵されている。今回のように長期間獲物が手に入らない時にゾンビちゃんの空腹発作を抑えるために日頃から少しずつ肉を備蓄しているのだ。もちろん貯蔵庫に繋がる扉はゾンビちゃんには隠しているし、とても厳重に施錠されている。

 しかし空腹のためパワーアップしたゾンビちゃんに扉がどれほど耐えられるのかは正直なところ分からない。

 もしも扉を破ってゾンビちゃんが貯蔵庫に入ってしまったら、きっと地道に貯めた肉は一瞬でなくなるだろう。その後待っているのが空腹地獄であることも知らず。


 しかしゾンビちゃんは、意外なものを取り出して俺たちに見せてきた。


「これー、うまうま」


 それは蛍光色のカラフルな見た目をしたキノコであった。絵本にでも出てきそうなメルヘンチックな形のキノコで、その色も様々なら水玉やストライプなど柄も様々である。

 おもちゃとしてなら可愛いが、食べ物とはとても思えないようなそのキノコをゾンビちゃんは躊躇いもなく口に詰め込んでいく。


「なんだ、肉じゃないのか。しかしそれはなんだ? どこから取ってきた?」

「ん」


 ゾンビちゃんはくるりとターンして背中を見せる。彼女の背中からはおびただしい量のキノコがビッシリと生え、ほのかに光を放っていた。その異様な光景に俺は悲鳴にも似た声を上げる。


「うわぁ、なんじゃこりゃ。気持ち悪ぅ」

「むー……雨のせいでただでさえ高いダンジョン内の湿度がさらに上がっていたからな」


 吸血鬼は大して驚きもせず、勝手に理由を推測して納得している。それに留まらず、なんと吸血鬼は「どれどれ」などと言いながらゾンビちゃんに生えるキノコに手を伸ばした。その命知らずな行動に思わず目を見張る。


「何やってんのさ!? 毒キノコかも……っていうか毒キノコじゃなかったら逆にビックリな見た目じゃん」

「ははは、アンデッドが毒を恐れてどうする。どうせ死にはしないのだ」


 俺の静止も虚しく、吸血鬼はキノコを口に放り込んでしまった。「死」という鎖から放たれると、人はこうも大胆になれるのだと感心してしまう。


「んー、まぁ悪くはないな。口寂しさを紛らわすには十分だ」


 そう言いながら吸血鬼はまた1つ2つとキノコをつまんでいく。


「あっ、うまー」


 ゾンビちゃんはキノコがむしり取られていることも気にせず、ダンジョンの壁に向かって指差した。

 もちろんダンジョンに馬などいるはずもない。暑さで脳が腐り落ちたのかと心配していると、吸血鬼も壁の方を見ながら怪訝そうな表情を浮かべた。


「なにが馬なものか」

「そうだよゾンビちゃん、馬なんてどこにも……」

「あれはケンタウロスだ」

「そうだよ、あれはケンタ……えっ」


 思わず吸血鬼を二度見する。

 戸惑う俺をよそに吸血鬼はさらに続けた。


「すごいなぁ、背中に翼が生えているぞ」

「わーほんとだーなにたべてるのー? 小腸ー?」

「あれは干し柿を食っているのだ」

「ほしー?」

「干し柿というのは古代超兵器でな、頭に乗せて踊ると髪の毛が逆だってウキウキウォッチンなんだ。ほら見ろ、ケンタ君の腹筋もムキムキだろう」

「むきむきー」


 俺は静かにその場を離れ、カードゲームに興じるスケルトンたちに言った。


「剣持ってる子いる? ちょっと腹を割いて欲しいヤツがいるんだけど……」




************




「うっー、オナカイタイ」

「何も腹を割くことないだろう。みろ、まだ塞がらない」


 胸からヘソまで一直線に出来た傷を見せながら吸血鬼は口を尖らせる。傷からはちらりと内蔵が覗いていて、喋るたびにそれが腹から飛び出たり引っ込んだりを繰り返していて実に面白い。

 ちなみにゾンビちゃんの方はすでに体がツギハギだらけなので今更傷が1つ2つできようと気にならなかった。

 どちらにせよ二人とも死ぬことはないのだ。あのトランス状態が続くぐらいなら腹から内蔵が飛び出ていたほうが圧倒的にマシである。


「変なキノコ食べるからでしょ! そりゃあアンデッドだから何食べたって死なないだろうけど、廃人にならないとも限らないよ」

「しかしあれはすごい光景だったぞ。食べた途端世界がエキセントリックでサイケデリックでクレイジーに変わったんだ。もしお前に触れることができたならその首根っこ掴んで口にキノコを詰め込んであの感覚を味合わせてやれるのに、残念だなぁ」

「ザンネン」


 二人の物騒な物言いに俺は背筋を凍らせる。


「今俺に実体がなくて本当に良かったって心から思っているよ」



 吸血鬼は飛び出そうになる腸をお腹に詰め込みながらゆっくりと椅子に腰掛ける。ゾンビちゃんも気だるそうに地面に座り込んだ。


「それにしても暇だ。せっかく刺激的なオモチャを手に入れたと思ったのに」

「背中ツルツル……」


 ゾンビちゃんは背中を擦りながらため息をついた。再発防止のため、キノコは全て回収してある。

 しかしここは得体の知れないダンジョン内部。またいつ二人が危険な遊びに手を出すか分かったもんじゃない。


「暇は時に人を殺すからなぁ。いよいよ対策を講じないと」

「おっ、なにか新しい遊びでも思いついたか?」

「遊びじゃない! みんな頭が鈍っちゃってるよ。考えるのは暇つぶしの方法じゃなくて冒険者を誘致する案でしょ」

「ああ、そうだったな」

「お肉食べたい。ベチャベチャのやつ」

「そうだね、もう干し肉は飽きたでしょ。吸血鬼だってそろそろ新鮮な生き血が恋しくなってきたんじゃない?」


 ゾンビちゃんも吸血鬼も小さくため息を付きながら肩を落とす。キノコの興奮作用が薄れ、空腹を思い出したらしい。


「なにか考えようよ。雨は降ってるけど、旅人がたまにダンジョン前を通りかかるって偵察スケルトンが言ってたし」

「しかし通りすがりの旅人をおびき寄せるというのはなかなか難易度が高いんじゃないのか。ここに足を踏み入れるのは最初からお宝目当てか腕試しに来た冒険者ばかりだろう」

「うーん、それなんだよね」


 吸血鬼の言うことはもっともである。

 誰が進んでアンデッドの跋扈する危険なダンジョンに入りたがるだろう。しかもこのダンジョンの入り口は鬱蒼とした森にそびえる崖にあり、さながら巨大な岩のモンスターが大きな口をあけて通り掛かる冒険者を飲み込もうと待ち構えているようなのである。

 仮にここがアンデッドの住処であると知らなくても、こんな不気味な洞窟に自ら足を踏み入れる酔狂な人間はそうはいまい。


「やっぱりこの怪しさ満点の見た目が良くないよね」

「そうだな、少なくとも人間の好みではないだろう。しかし洞窟を利用した施設もあると聞いたことがあるぞ。そういったものに偽装できないだろうか。いっそダンジョンであることを隠すのも手だろう?」

「なるほど……良いかもしれないね」


 吸血鬼の言葉に何度も頷く。

 旅を続けていれば少し腰を落ち着けて休憩したくなることもあるだろう。雨が降っていればなおさら疲れるし、休憩できる場所も限られる。この森の中で屋根のある場所というのは非常に希少であるから、ここを「危険ではない場所」に偽装できればかなりの旅人が足を踏み入れてくれるのではないだろうか。

 ではどのように偽装すれば良いか。あまりお金のかかるような大工事はできない。

 少し考えた挙句、地味だがお金のかからないアイデアを思いついた。


「看板でも立てるのはどう? 休憩所、とか観光案内所、とか文化遺産認定洞窟とか書いてさ」

「おお、なんだかそれっぽいじゃないか」

「わたしもカンガエタ!」


 黙って地面を転がっていたゾンビちゃんが突然声を上げる。聞くと、彼女は屈託のない笑みを浮かべながら一生懸命考えたのだというアイデアを話し始めた。


「あのね、ダンジョン入り口にオイシイお肉置くでしょ。タビビトそれ食べるでしょ、ダンジョンの中にもどんどんお肉が置いてあって、ダンジョンの中入るでしょ。そしたら私がタビビト食べる!!」


 ジュルリと舌なめずりをするゾンビちゃん。どうやら餌で釣ろうということらしい。


「そんな手に引っかかるやつがいるか。動物じゃあるまいし」


 吸血鬼は呆れたように首をふる。

 しかし俺にはそう悪いアイデアでもないように思えた。


「……ちょっと良いこと考えた。みんな、手伝ってくれる?」




***********




『洞窟レストラン 安出土軒』


 木でできた真新しい看板がぽっかりと口を開けた洞窟に掲げられている。

 そこを通りがかったのは立派な飾り付きの鉄砲を担いだ二人の男だ。一人は恰幅が良く肌艶の良い男、もう一人はこれまた体格の良い筋肉質の男である。彼らは看板を見るや、はしゃいだような声を上げながら洞窟へと足を踏み入れた。


「いやぁ、良かった。雨のせいか獲物も見つからないしちょうど腹も減っていたとこだ」

「僕もさ。もう合羽を脱ぎたいと思っていたところだし、これはちょうど良いや」


 その足取りは軽やかで、まるでレストランに食事しに来たようである。いや、彼らはそう思い込んでいるんだった。

 だだっ広い一階を抜け、彼らは地下へと足を踏み入れていく。その細い通路を少し進むと、簡素な扉によって道が塞がれていた。扉の横には綺麗ではないが読むのに苦労はしない程度の文字でこう書いてある紙が貼られている。


『どなたもどうかお入りください。決して遠慮はいりません。ことに太った方やお若い方は大歓迎いたします』


 張り紙を読み、男たちはニコニコと上機嫌に笑った。


「こんな森の中にあるレストランだからそこまで期待していなかったが、店主はなかなかに自信があるようだよ」

「ああ。太ったグルメな人は大歓迎ということだな。若い方も歓迎ということはガッツリ系なのかもしれないね」

「僕は腹が減っているんだ。ガッツリ系、ドンと来いだ!」


 二人は意気揚々と扉を開け、さらに奥へ進んでいく。階段を下った先の廊下も、また扉によって区切られていた。扉の脇には小さなキャビネットが、その上には白い清潔なハンカチと水が満たされたタライのようなものが置かれている。扉には例によって張り紙がされていた。


『ここで汗を拭い、体を清めて下さい。特に首筋は念入りに拭いてください』


 男たちはハンカチを水でぬらし、体を拭いていく。


「こりゃあ気の利くレストランだ。ずっと歩いてきたから汗臭いだろうしな」

「うん、サッパリして気分も良い。田舎料理だとナメてかからないほうが利口だな」


 体を綺麗にした男たちはさらに階段を下り、新しい扉の前に辿り着いた。やはり張り紙が貼っており、男たちはそれを読み上げる。


「鉄砲と玉を置いてください……うむ、まぁ武器を持って食事するというのは確かに不躾だな」

「ああ。しかしやけに扉が多いなぁ」

「こんな森の中にあるんだ。野生動物が入り込まないよう何重にもバリケードを張っているんだろう」

「なるほど、鉄砲なしでも安心して食事できると言うわけだ」


 男たちは納得したように頷き合い、さらに歩を進めていく。

 しかし次の階で扉を見つけた時には、さすがの男たちもうんざりした顔を見せた。


「まだあるのか……」

「まぁここまで来たんだ、付き合ってやろうじゃないか」


 男たちはそう言いながら重い足取りで扉に近付く。

 扉の脇には皿に大量に盛られたカラフルな蛍光色のキノコが置かれていた。


『いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかこのキノコを食べて下さい』


 二人はギョッとして顔を見合わせた。


「前菜か?」

「ウェルカム……キノコ?」

「いや……これはちょっと」


 二人は顔を引きつらせ、そのキノコに手を伸ばそうともしない。

 考えてみれば当然である。蛍光色で様々な柄が描かれ、そして淡い光を放つキノコ。普通の人間なら触るのも躊躇うはずだ。


「だから言ったんだ、あんなキノコ食べるはずないって」

「ううむ、しかしあれを食わせれば調理もしやすくなるだろう。あまり暴れられると血を吸いにくいし」

「ニクー、肉マダー?」

「ちょっ、静かに! 聞こえるよ」

「もう遅いようだぞ」


 見ると、二人とも棒立ちになってこちらをじっと見ている。


「まぁ良い、どうせ扉は施錠されて逃げられんのだ。しかしせっかくだから雰囲気を大事にしたいな。呼ぼうか。おういお客さん方、いらっしゃいいらっしゃい。お腹の準備は数日も前からバッチリです。ゾンビによる踊り食い(サラド)はお嫌いですか。そんなら僕が首筋に齧り付いて血を吸い出して差し上げましょう。なに、痛いのは数分ですよ。早くいらっしゃ……」


 言い終わる前に、扉が蹴破られて勢い良く男たちが突入してきた。男たちは怯むことなく懐から取り出したナイフで吸血鬼に襲いかかる。その巨体に似合わぬ身のこなしと見惚れるほど美しいナイフ捌きにより、油断しきっていた吸血鬼とゾンビちゃんは組み伏せられてしまった。


「なっ、なんで……」


 狼狽える吸血鬼に、男たちはアンデッドを震え上がらせるほど邪悪な笑みを向ける。


「こんな森の洞窟にレストランなんてあるわけないだろう? いやぁ、笑いをこらえるのが大変だったよ」

「しかし助かった。金もそろそろつき始めていたところだ。ここのお宝を売れば一流レストランでの食事もできるだろう。わざわざザコ敵を倒して進む手間もはぶけたしな」


 そう言って男たちは高笑いする。

 嫌な笑い声がダンジョンを震わせた。


「さて、たくさん注文を聞いてやったんだ。今度はこっちの注文を聞いてもらわなくちゃなあ」


 吸血鬼とゾンビちゃんはその言葉に震えあがる。


「うわあ」がたがたがたがた。

「うわあ」がたがたがたがた。


「あ、俺スケルトンたち避難させてくるね」

「待て計画発案者!!」

「ヒキョウモノ!!」


 仲間たちからの罵声すら、この透けた体を通り抜けてしまう。

 俺は彼らの断末魔の叫びを背中で聞きながら、待機しているスケルトンたちの元へと急ぐのであった。



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