前へ次へ
47/164

45、第二次骨フェチ戦争





 どこからか聞こえてくる骨のぶつかるけたたましい音がダンジョンに反響する。

 俺はそれが大して意味の無い行為だと知りながら耳を手でふさぐ。


「なんか今日はうるさいなぁ」


 骨の音がするのはいつもの事だ。骨剥き出しの彼らはちょっとした動作をするにしても骨のぶつかる音がするし、コミュニケーションにも骨の音を利用することが多い。

 しかし今日はいつにも増して騒がしい。その割にはいつもその辺にいるはずのスケルトンたちの姿が見えないのも気になる。なにか事件でもあったのだろうか。俺は壁をすり抜け、音のする方向へと進んでいく。

 するとスケルトンたちがギチギチに入っただだっ広い部屋にたどり着いた。これだけのスケルトンがひとつの部屋に集まるというのはそうそうない事だが、それ以上に驚いたのはこの部屋の雰囲気だ。


「ええと……どうしたの?」


 部屋にはスケルトンにより構成されたいくつかのグループができており、それぞれ他のグループへ敵意に満ちた視線を投げかけている。

 部屋に充満する険悪な空気に気圧されながら恐る恐る尋ねると、白い骨の海から蒼白い手が挙がった。


「アッ、レイス。コッチコッチ」

「ちょうど良い時に! 今呼びに行こうとしてたところだ」


 スケルトンに囲まれながら声を上げたのは吸血鬼とゾンビちゃんである。俺は事情を知っていそうな二人の元へと飛ぶ。


「どうしたのこの雰囲気。戦争でも始まるかと思ったよ」

「そうだよレイス、戦争だ。僕らは今まさに戦争勃発の瀬戸際にいる」

「ど、どういう事?」


 吸血鬼は至って真面目な表情を浮かべ、重々しく口を開く。


「第二次骨フェチ戦争だ」

「……は?」

「第二次骨フェチ――」

「いや、ちゃんと聞こえてるよ。聞こえた上で聞き返しているんだけど」

「ドノ骨がイチバン綺麗かでケンカしてるの」


 ゾンビちゃんは一触即発の雰囲気を醸し出すスケルトンたちを見回し、呆れたように言った。

 ここまでスケルトンたちが内部分裂するのは俺の知っている限りでは初めてのことだ。その理由が「骨」とは……彼らが骨に並々ならぬ執着を持っているのは分かっているが、それにしたってくだらなさすぎる。


「な、なんでそんな無意味な争いを。自分の好きなものを無理矢理他人に好きになってもらう必要はないじゃん」

「そうだ、第一次骨フェチ戦争はまさに『不毛な争い』だった。最初は酒場での喧嘩レベルの口論だったんだが、どんどん他のスケルトンを巻き込んで最後には武力行使だ。フェチなんて宗教みたいなものだからな、どちらが優れているかなんて議論が話し合いで解決できるはずもない」

「まぁそうなるよね……それで、最後はどう決着したの?」

「どこが勝っても角が立つから僕と小娘でスケルトンを制圧して、築き上げた屍の山に骨議論の禁止を約束させた」

「なるほど、でも約束は破られちゃったみたいだね」

「コレのせいだよ」


 ゾンビちゃんはそう言って俺の前に大量の本をドサドサと落とす。地面に絨毯のごとく広がったその本はそれぞれ厚みやタイトルなどはバラバラだが、ひとつ大きな共通点があった。

 どれも「骨」が表紙を飾っているのである。


「……なにこれ」

「骨格標本カタログ」


 俺の疑問の声にゾンビちゃんはさも当然と言った風に答える。

 吸血鬼もそれに付け足すようにして口を開いた。


「具体的にどの骨格標本を買うかって話になったらしくてな。揉めている直接の原因はそれだ」


 そう言えばスケルトンたちで少しずつ溜めていた「骨格標本購入貯金」が目標の額まであと一歩というところまで貯まったとスケルトンたちが嬉しそうに話しているのを見た気がする。

 だが、これほどたくさんの種類の骨格標本があるとは思っていなかった。


「どれも同じに見えるけどなぁ」


 俺のつぶやきは骨の音にかき消されるほど小さな物ではあったが、それを耳聡く聞きつけたスケルトンがこちらに詰め寄ってきた。その手には厚いカタログが握られており、付箋のついたページを指で叩いて示す。そのページに載っているのはもちろん彼らが喉から――いや、頚椎から手が出るほど欲している1分の1スケール人体骨格標本である。


『見よこの力強い大腿骨を!』

『人体で最も長く、そして美しいこの骨の魅力を余すことなく表現したのがこの骨格標本だ』

「ええと、大腿骨って太ももの骨だったよね……」


 スケルトンたちの掲げるメッセージを読み、改めて彼らの示すページに載った骨格標本を眺める。

 言われてみれば他の骨格標本に比べて少々大腿骨が長いような気がする。大腿骨好きにはたまらない骨格標本らしい。


 だがそんな事を聞いて他のスケルトンたちが黙っているはずもない。大腿骨フェチ軍を押し退け、他のグループのスケルトンたちもカタログを掲げて俺に近づいてきた。


『大腿骨なんて真っ直ぐな骨つまらない』

『様々な椎骨の作りだす繊細なカーブ、そしてその先にちょこんとくっついた愛らしい仙骨』

『人体の中心に位置する最も重要で最も美しい骨こそがこの脊柱。そしてその魅力を余すことなく表現したのがこの骨格標本だ』

「脊柱? 背骨のことかな……」


 彼らの掲げるカタログのなかでポーズを決める骨格標本の脊柱は確かに他の骨格標本より反りが深いような気がする。そこがこの骨格標本のアピールポイントらしく、カタログにもカーブの美しさを強調するような煽り文句が付いている。


『脊柱などどうでも良い、骨格標本は顔が命』

『肩甲骨こそ人体に生えた天使の羽』

『骨盤の複雑さこそ――』

『腓骨と脛骨の隙間が――』


 次々押し寄せるスケルトンの掲げたプラカードをいちいち読んでいたら夜が明けてしまう。

 しかしそれらを全て読まずとも、彼らが考えていることは分かった。みんなそれぞれ自分の好きな骨がより美しく形作られている骨格標本を買いたいのだ。


「これは困ったね、無理矢理黙らせてはい終わり……って訳にはいかないし」


 スケルトンたちの骨格標本への並々ならぬ情熱、そして高級骨格標本を手に入れるため彼らが苦労を重ねながら少しずつお金を貯めていたことも知っている。できることならみんなが納得できるものを買ってほしいし、もちろん暴力なんかでどの骨格標本を買うか決めてほしくない。


「暴力沙汰にならないよう見張っていたんだが、いよいよ険悪な空気になってきた。武力紛争が起きずとも、奴らがこんな雰囲気ではダンジョン経営が立ち行かなくなるぞ」

「レイス〜、ナントカしてよう」


 二人とも苦々しい表情を浮かべながら助けを求める様な視線を俺の透けた体に向ける。


「俺だってなんとかしたいけど……」


 プラカードに骨への熱い想いを託して掲げるスケルトンの軍勢を見て俺たちはため息を吐く。恐らく「譲歩」なんて言葉は彼らの頭にない。議論も散々尽くされたのだろう。だとしたら話し合いを続けても無駄だ。必要なのは新しい打開策。それが浮かべば苦労はないのだが……


「なんかこう、みんなが納得できるような完璧な骨格標本はないの? こんだけカタログがあるんだからさ」


 俺の言葉にスケルトンたちは顔を見合わせ、肩をすくめてみせる。


『だいたい見たよ』

『これ以上の傑作はない』

『いまさらカタログ見ても』


 スケルトンの掲げるプラカードが否定の色に染まっていく。だが矛先が俺に向いたことでスケルトン同士のピリピリした雰囲気はやや和らいだように思う。とりあえず今はそれで十分だ。


「良いからみんなカタログ見て! どうせ時間はたっぷりあるんだから。さぁほら!」


 促すとスケルトンたちは渋々と言った風ではあるが、それぞれ落ちていたカタログを拾い上げてページを開いた。やかましく響いていた骨の音は少々小さくなり、かわりにページをめくる紙の音があたりを包む。


「よし……ちょっとは時間稼ぎになるかな。今のうちになにか策を考えないと」

「策と言ってもなぁ」

「言ッテモナァ」


 俺たちは3人で額を突き合せ、アイデアを出そうと必死に頭を絞る。だがそうそうすぐに良い考えが浮かぶはずもなく、俺たちはただ黙って腕を組むことしかできなかった。やがてその状況に飽きてしまったらしいゾンビちゃんが地面にゴロリと横たわり、落ちていた骨格標本カタログを手に取る。

 吸血鬼は眉間に深い皺を刻みながらそんなゾンビちゃんを見下ろす。


「何をサボっている。せめて考えるフリぐらいしたらどうだ?」

「ジョーホーシューシューだよ」


 ゾンビちゃんはあっけらかんとそう言って頬杖をつきながらカタログをパラパラと捲っていく。まるでファッション誌でも読んでいるかのようだ。


「なにが情報収集だ。そんなのいくら見たってどれも同じだろう」

「まぁまぁ、なにかアイデアが浮かぶかもしれないしさ」


 俺はブツブツと文句を言う吸血鬼をなだめながらゾンビちゃんの横へと移動し、彼女が捲っていくカタログを覗き見る。骨格標本カタログなのだから当然だが、捲れども捲れども出てくるのは骨ばかり。ポーズや細部の作りに違いがあることは分かるがやはりどれも結局は骨だ。


「やっぱり俺たちには分からない世界だよねぇ」


 そう呟いたのも束の間、俺たちがカタログを眺めていることに気付いた一体のスケルトンがこんな紙を掲げた。


『みんなはどの骨が好きなの?』


 俺たちは予想外の質問にきょとんとした表情で顔を見合わせる。


「ええと……好きな骨って言われてもなぁ」


 骨を愛でる趣味はないし、そもそも骨に好きだとか嫌いだとかいう感情を抱いたことはない。

 だが一人のスケルトンの質問は瞬く間に部屋中のスケルトンへ伝わり、大量のスケルトンの視線が俺たちに集まるのを感じた。ここまで注目を集めておいて答えないと言うのも悪い気がする。


「そうだね……強いて言うなら、鎖骨とか?」


 絞り出した俺の答えにスケルトンたちがにわかにザワつき始める。

 彼らだけではない。ゾンビちゃんや吸血鬼も俺の透けた体をジッと見つめながら「ふーん」などと言って頷いた。


「ヘェ、ソウナンダー」

「まぁ割りと普通だな」

「うっ……この性癖カミングアウトみたいなの嫌なんだけど。ていうか俺ばっかりズルい! 二人はどうなのさ」


 俺がそう言って口を尖らすと、ゾンビちゃんが意外にもあっさりと呟いた。


「私は指のホネがイイなー」

「おっ、指が良いんだ。女の子って男の手が好きって言うもんね」

「ウン。バリバリしてオイシイ」

「えっ、食べる上での話?」


 ゾンビちゃんはさも当然と言った風に頷く。彼女らしい答えではあるが、俺の求めているものとは違う。


「うーん……じゃあ吸血鬼は?」

「好きな骨と言われてもなぁ」


 吸血鬼も困ったように腕を組み、首を傾げる。

 だがもちろんこの質問から一人だけ逃げるのを許すつもりはない。


「強いて言うなら! どれ!?」

「強いて言うなら……肋骨だな」

「へぇ、肋骨かぁ」


 俺はスレンダーな女性の腹部にうっすら浮かぶ骨のシルエットを思い浮かべる。

 肋骨が好きだという気持ち、分からなくはない。


「うんうん。悪くないよね、肋骨」

「ああ、折ると良い音がするからな」

「えっ、なにその理由。なんでそんな猟奇的な理由なんだよ! ゾンビちゃんもだけど!」

「ダメ?」


 ゾンビちゃんはやや困ったような表情を浮かべながら首を傾げる。


「いや、ダメじゃないけどさぁ」


 俺は口を尖らせて彼らから目を逸らす。

 確かに彼らの答えだって「好きな骨はなにか」という質問に対する答えとして必ずしもズレている訳ではない。だが自分だけ好きな女の子を暴露させられたような感じがして、なんだか悔しいし恥ずかしい。

 その考えを見抜かれたのだろうか、吸血鬼が薄ら笑いを浮かべながら口を開いた。


「なんだ不機嫌そうな顔して。仕方ないな。小娘、鎖骨見せてやれ」

「いいよ見せなくて!」

「鎖骨取ロウカ?」


 そう言って自分の首元に指を突き立てようとするゾンビちゃんを俺は慌てて止める。


「いやいや、取らなくて良い! 取らなくて良いからね!」

「ソウ?」

「変なこと言うなよ吸血鬼! ゾンビちゃんが鎖骨取るとこだったろ!」

「君がうだうだ文句を言うからだろう。大好きな鎖骨を見れば元気になるかと思ってな」


 吸血鬼はそう言ってニヤニヤと笑う。明らかに悪意を持っている顔だ。

 スケルトンの質問に一番最初に答えてしまったことに猛烈な後悔を抱きながらも、俺は言葉を絞り出した。


「だ、だってスケルトンたちの質問の趣旨と違うっていうかさ……」

「君だって骨として鎖骨が好きなわけじゃないだろう。僕らの答えの方がまだスケルトンたちの趣旨に合っていると思うが」

「えっ……い、いや。ちゃんと骨として鎖骨が好きだよ」

「嘘つくな、君が言ってる『鎖骨』は肉や皮が付いた状態のものだろう」


 吸血鬼はそう言って地面に散乱したカタログを拾い上げ、あるページを開いて俺に突き付ける。

 それは骨格標本の交換用パーツのページらしく、人体の形に組み立てられてすらいないバラバラ状態の骨がショーウインドウよろしく並べられている。

 その中の緩くカーブを描いた細長い骨を指で指し、吸血鬼は意地の悪い笑みを浮かべた。


「君はこの状態の鎖骨が好きなのか?」

「うぐっ……」


 俺は言葉に詰まり、思わずカタログの中の鎖骨から目を逸らす。


「そ、そんなバラバラになっちゃってたらもう何が何だかよく分からないし……それはスケルトンたちも同じでしょ。人体の形になってこそ意味がーー」


 そう言いかけて俺は言葉を飲み込む。

 吸血鬼の開いたカタログの中のバラバラの骨こそ、この問題を解決する糸口になり得ると気付いたのだ。


「そうだよ……交換用パーツがあるなら、それぞれが気に入るパーツを買って完璧な骨格標本を作れば良いじゃん!」


 俺の言葉に吸血鬼はハッとした表情を見せ、慌てたようにカタログの中の骨パーツに目を落とす。


「そうか、セミオーダーメイドという手があったな」

「多少割高になるかもしれないけど、みんなが納得できるものを買うのが一番でしょ。探せばセミオーダーメイド用のカタログとかもあるんじゃないの。業者に相談してみたら?」


 俺の言葉によってスケルトンたちがにわかに色めき立つ。すぐに数体のスケルトンが業者に問い合わせのコウモリ便を飛ばすべく部屋を飛び出していった。

 先ほどまでいがみ合っていた者たちも、今は仲間内でどういうパーツが良いかの相談で忙しそうにしている。


「解決した……のかな?」

「まぁまだセミオーダーメイドができると決まったわけではないが、少なくとも今日はゆっくり眠れそうだ」

「ヨカッタヨカッタ」


 俺たちはやや穏やかな顔つきになったスケルトンたちを見てホッと胸をなで下ろす。





 次の日にはセミオーダーメイド用のカタログがダンジョンに届き、彼らの「フェチ冷戦」はあっけなく終わりを告げた。

 これにてダンジョンは再び平和を取り戻し、スケルトンたちに祝福されながら骨格標本が届く――そんな風になると信じて疑わなかったが、現実はそう甘くなかった。


「な、なんなのこの雰囲気」


 ダンジョンのあちこちで筆談による目まぐるしい口論が行われ、殴り合いに発展しているスケルトンまでいる。

 だがこの前と違うのは、個人対個人、もしくは少人数同士のグループによる小競り合いであると言うことだ。戦争というよりは喧嘩と言ったほうがしっくりくる小さな規模の争いだが、それがダンジョンのいたる所で起こっている。他の冷静さを保ったスケルトンが仲裁に入ったりもしているが、なかなか鎮火には至らないようである。


「ねぇどうしたの? 戦いは終わったんじゃ」


 その辺をオロオロと右往左往していたスケルトンを捕まえて尋ねると、彼は相変わらずオロオロとしながら紙に何かを書き出した。


『同じ骨の愛好家同士で揉めてる』

「ええっ!? なんで?」


 スケルトンはガックリと肩を落としながら静かに俺の後ろを指差す。振り向くと、筆談による口論が目まぐるしく行われている集団が目に入った。すごい勢いで書いては捨てられる紙がまるで白い絨毯のように地面に広がっている。俺は捨てられた紙の数々から口論の内容を読み取るべく、スケルトンの頭上へと浮き上がる。


『脊柱のカーブは深ければ深いほど良い。常識だ』

『ふざけるな』

『過ぎたるは及ばざるがごとし』

『素人め』

『なんにでも常識の範囲というものがある』

『常識の範囲内の脊柱が良ければ自分のでも撫でておけ』


 紙は次々と地面を覆っていき、もうすぐ茶色い部分が見えなくなってしまいそうである。


「うわぁ、内ゲバ……ってやつか」


 俺は口論を続ける彼らを見ながら大きくため息を吐いた。

 同好の士とはいえ、必ずしも同じ骨を同じように美しいと感じるとは限らない。選択肢が多いならなおさら好みは別れる。今まで味方だと思っていた者と意見が食い違えば、時に最初から敵対していた者同士よりも大きな争いが勃発することもあるだろう。

 幸い、きちんと意見がまとまったスケルトンのグループもあるらしいのでスケルトン同士の全面戦争とはならないだろうが、しばらくはあちこちで小競り合いがあることを覚悟しておいた方が良いかもしれない。


「はぁ、骨格標本がうちに来るのはまだ先の話みたいだね」


 そう声をかけると、スケルトンはため息でも吐くように口を少し開け、ガックリと肩を落としてうつむいた。





本日、10月8日は骨と関節の日

前へ次へ目次