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2、アンデッド達の食レポ




「ウマイ! ウマイ!」


 ゾンビちゃんは顔や服が汚れるのも気にせず倒したばかりの新鮮な冒険者の体に齧り付く。今日の獲物は体格の良い剣士の冒険者だ。対魔法使い用に物理的な罠や奇襲作戦を用いるようになってから近距離での肉弾戦を得意とする戦士などもこのダンジョンを訪問するようになった。もちろん銀の剣などの対アンデッド用の武器などを持ってはいるが、光の魔法使いなどに比べれば随分戦いやすい。

 それにしても彼女は本当によく食べる。そして行儀のことはさておき、彼女はとても美味しそうに死人の肉を貪るのだ。最初は見ていられなかったアンデッドの食事だが、死人の腹から腸を引きずり出してうどんのように啜るゾンビちゃんを今では微笑ましいとすら感じる。

 ひとつ残念なのは、彼らとともに食事をすることができないという点だ。


「良いなぁ、ゾンビちゃんはご飯食べられて」


 ゾンビちゃんは口周りに付いた血を舐めながらジットリした目で俺を見つめる。


「あげナイよ」

「盗らないよ……俺は」

「おい! また獲物を独り占めして!」


 ダンジョン最下層の宝物庫前で冒険者の殲滅に成功したらしい吸血鬼が小脇に空き瓶を抱えて慌てたように駆け寄ってきた。戦闘を終えたばかりだろうに、そのシャツには血の一滴もチリの一つも付いていない。

 食い荒らされた獲物を前にして吸血鬼は頭を抱え、その綺麗な顔を歪めた。


「こんなに血を零して、もったいない。倒した獲物は戦闘終了後にみんなで分配するというルールだろう!」

「ウルサイのキタ」

「なんだと! 肉を食って少し賢くなったと思ったらこれだ。どけ、残りの血液は僕のものだぞ」


 そう言って肉塊の前を陣取るゾンビちゃんを押しのける。

 しかしゾンビちゃんもただではどかない。


「えー、ヤダー」


 地団太を踏んで嫌がるゾンビちゃん。吸血鬼は死体から脚を切り取り、慣れた手つきでそれをゾンビちゃんに与えて彼女を黙らせた。

 彼は「ようやく静かになった」と呟きながら死体に特殊なチューブを差し込み、空き瓶に血液を詰めていく。

 目の前にある食べ物を全て腹に入れなければすまないゾンビちゃんと違い、吸血鬼はもっと少量ずつ大事に食事を摂ることを好む。余裕のある時はこうして瓶に血液を詰め、専用の貯蔵室に保管しているのだ。部屋中を埋める棚に瓶が大量に並ぶその光景は、まるでワインセラーのようである。

 食べ方も上品でゾンビちゃんとは全くタイプが違うものの、彼も食べることが大好きなのだ。


「うん、脂肪分の少ない美しい血液だ」


 吸血鬼は瓶に詰めた血液をウットリと見つめる。

 そしてどこからか取り出したグラスに血液を少量注ぎ、まるでワインのテイスティングでもするように口に含んだ。


「味も香りも素晴らしい」


 そう言って吸血鬼は満足そうにうなずく。

 俺はレイスとなってから物を食べる必要が無くなったし空腹も感じなくなった。それはある意味とても便利なことでたくさんの恩恵を受けてきたが、「何かを食べることができる」というのが時々無性に羨ましくなる。


「ねぇねぇ、血液ってどんな味がするの?」


 あまりに美味しそうに飲むので尋ねてみると、吸血鬼は信じられないとでもいうように目を丸くした。


「なにっ。味わったことがないのか」

「そんなのあるわけ――」


 そう言いかけて口をつぐむ。

 確かに吸血鬼の様に人の血液を啜ったことは無いが、血液の味を知らない訳ではない。俺だけでなく多くの人がその味を体験したことがあるはずだ。

 俺は改めて言い直した。


「自分のならあるかも。口を切ったり傷を舐めたりして」

「なら知っているだろう。鼻を抜ける芳醇な香り、ほのかな甘み、美しい赤――どれをとっても素晴らしい」

「うーん、あまり覚えていないけど。そんなに美味しかったかなぁ?」


 俺は口に広がる血の味を思い出しながら首を傾げる。何とも言えない生臭さ、鉄の様な風味。自分のでもあまり積極的に舐めたくはない代物のように思う。あれのどういうところが美味しいのか、俺にはまったくわからない。

 吸血鬼はグラスに入った血液を回しながら俺に憐れみのこもった視線を向ける。


「この素晴らしい味を理解できないというのはそれだけで不幸なことだ。美味な血液をその体に湛えているというのに、皮肉なものだな」

「そうかなぁ、人間は人間なりに美味しいものを食べてると思うけど……そうだ、食レポで俺に血の美味しさを伝えてよ!」

「しょくれぽ……?」

「ええと、その美味しさを言葉で伝えるんだよ。なんとかの宝石箱や~、みたいな」

「血液を飲んでその感想を言えば良いということか? 面白そうじゃないか。宝石箱うんぬんは良く分からんが……何を隠そう僕は吸血鬼協会開催の血液品評会常連。そういうのはお手の物さ」


 吸血鬼は自信有りげに笑みを湛えて胸を張る。その余裕タップリな様子に期待感が高まっていくのを感じた。

 グラスに血液を注ぎ、口の中で転がしてじっくりその味を楽しんだあと、ゆっくりそれを飲み込む。食レポをするタレントというよりはソムリエがワインを評するような上品な佇まい。ますます期待が高まる。俺はその第一声を静かに待った。


「うまい」


 ……非常にシンプルな第一声。

 しかしとても分かりやすい。まず最初は簡単にまとめて、それから詳しい批評をしていく手筈となっているのだろう。

 吸血鬼は少し間をおいてさらに続ける。


「なんか凄いねコレ。めっちゃ美味いよ、ヘルシーだし。あと凄い量もあって良いよね」

「ちょっと……」

「倒すのにもそこまで苦労しなかったしコストパフォーマンス凄いわ」

「ちょっと!」

「なんだ。いきなり大きな声を出すな!」


 吸血鬼はグラス片手に怪訝そうな顔をする。しかしその顔をしたいのはこちらの方だ。


「さっきは鼻をぬける芳醇ななんたらとか甘さがうんぬんとか良いこと言えてたじゃん! なんで急に凄いと美味いしか言えなくなるんだよ。それに、いつもそんなフランクな口調じゃないでしょ!」

「品評会ではみんなこんな感じだぞ。人が気持ちよく食事をしている脇で偉そうにウダウダ言われたら鬱陶しいだろう」

「いや、そりゃあそうだけどさ。今は食べたことがない人にもその味を伝えるって趣旨だよ? 美味いと凄いだけじゃ全く伝わって来ない!」

「知らんわそんなこと! 味を知りたきゃ自分で食え!」

「ムチャクチャだぁ」


 言い争いをしていると、声を聞きつけたスケルトンが何体か集まってきた。何を争っているのか聞かれて食レポの件を話すと、彼らはそれにとても興味を持ったようである。自分もしたいなどと言い始めた。


「えっ、でもスケルトンって何食べるの?」


 彼らが何かを食べたり飲んだりしてもそれを受け止める消化器官が無い。骨の隙間から漏れ出てしまうだろう。

 しかし彼は「まぁ見ててよ」とでも言うように俺にその掌を見せた。そして食い荒らされた上に血を抜き取られた死体のそばに膝をつき、腹にその手を突っ込む。取り出したのは剣士の肋骨である。

 彼は自分の古くなった肋骨と新鮮な死体の肋骨を取り替え、息でも吐いているように口を開いた。さらに彼はどこからか取り出した紙とペンでなにやら書き、俺たちに見せる。


『幾多の戦いで鍛え拔かれた剣士の肉体を長年支えてきた骨。死してなおその骨は輝きと強さを失ってはおらず、我々に新しい力と活力を与えてくれる。その力強さは我が骨身に染みるようである』


 その文章に思わず感嘆の声が上がった。特に他のスケルトンたちは大絶賛、さながらスタンディングオベーションのように手を叩く。ダンジョン中にガチャガチャという音が木霊した。


「これはなかなか……」

「おお、意外と良い感じ。でも骨身に染みるって言いたかっただけでしょ?」


 そう言うと、スケルトンは笑っているように顎をガタガタ言わせた。


「うわー、オモシロイ。わたしもやりたい」


 最後に残った足の親指を口に放り込み、咀嚼しながらこちらへやってきたゾンビちゃん。食レポへの興味というより、新しい肉を手に入れるための口実を見つけてそれに飛びついたといったところだろう。


「ははは、やってみろ小娘。そして恥を晒すが良い」


 スケルトンの食レポが思ったより良かったので焦ったのだろう。自分より格下を見つけるべく、吸血鬼は剣士の死体をゾンビちゃんに勧める。

 ゾンビちゃんは大きな口を開けて豪快に齧り付いた。いつものように口を血で赤く染め、もぐもぐ咀嚼する。ゴクリと飲み込み、真っ赤な口を拭うこともせず言った。


「剣士の良くトレーニングされて引き締まった筋肉質な赤身は食感も良く噛めば噛むほど旨味が出てくる。表面に薄っすらとついた脂身とのバランスも良く、いくらでも食べられちゃいそう。骨のバリバリという食感もアクセントになっていて面白い。ただ、肉が少し固いのでもう少し熟成させるのも良いかもしれない」


 ダンジョンが水を打ったように静まり返る。

 吸血鬼は目を点にしているし、スケルトン達には目がないから点にはできないがきっと心境は同じようなものだろう。そして自分では確認できないが、俺も吸血鬼と同じような顔をしているはずだ。

 俺たちは視線を交え、そして再びゾンビちゃんに視線を移す。

 彼女は再び肉を喰らうことに夢中になっていた。

 静寂を破ったのは吸血鬼だった。


「これはマズイ。もうそいつにものを食わすな」

「えっ……それは流石にどうなの。いくら悔しかったからって」

「悔しくないわ! いや、悔しいとかそういう次元じゃない。もっと大きな問題が起こるぞ」

「大きな問題?」


 首を傾げていると、スケルトン軍団から一体のスケルトンが出てきて俺たちに紙を提示した。


『右手人差し指の末節骨くれ』


 見ると、紙を持った右手の人差し指の先が無くなっていた。戦いで欠けでもしたのだろう。吸血鬼は嫌がるゾンビちゃんを死体から引き剥がしながら眉間にシワを寄せる。


「お前右手の骨はどうした」


 ゾンビちゃんはあっけらかんとして答える。


「食べた」

「……だそうだ。もう一人の冒険者は義手だったし、もう一人の腕は戦いの途中で潰してしまった。確かあと一人いたが多分あれは脱出呪文で逃げたな」


 吸血鬼は呆れたようにため息を付きながらスケルトンにそう伝える。

 ゾンビちゃんが骨を食べてしまうのはいつもの事である。一応血は吸血鬼、骨はスケルトン、肉はゾンビちゃんや他の知能無きアンデッドに分けることになっているのだが、ゾンビちゃんは獲物が転がっていると構わず全部食べてしまうのだ。

 普段はガッカリしたような仕草をしながらも素直に引き下がるスケルトンだが、今日は虫の居所が悪かったのかあるいは毎度の事にとうとう我慢ができなくなったか、彼は怒ったように腕を振り上げて骨を揺らし始めた。

 それに呼応するように他のスケルトンも骨を揺らし始める。さらに『ルールを守れ!』だの『冒険者独占ヲ許サナイ』だの『骨の保護を』だのといった文言を書いた紙を掲げるスケルトンも現れ、さながらデモ隊がダンジョンに召喚されたような形相を呈している。

 怒り狂う集団というのはどんなきっかけで暴走状態になるか分からない。俺はゾンビちゃんに音もなく近寄り、そっと耳打ちした。


「謝っといた方が良いよゾンビちゃん」

「なぜ私が謝らなければならないのか」


 ゾンビちゃんははっきりとした、そして冷たさすら感じる口ぶりで言った。いつものたどたどしい口調とはかけ離れたゾンビちゃんの言葉に驚きを隠せない。呆然としていると、ゾンビちゃんは更に続けた。


「これは私が倒した獲物だ。私が食べて何が悪い」

「スケルトンが殺しても吸血鬼が殺してもゾンビちゃんは肉を食べるじゃないか。自分が殺した時だけそんなことを言うのはズルいよ」


 反抗期の子供をたしなめるようにゾンビちゃんに声をかける。しかしゾンビちゃんはプイッとそっぽを向き、さらに言葉を吐き捨てた。


「なら自分たちもそうして独り占めすると良い」

「そんなこと言ってスケルトンや吸血鬼が残した肉を頂戴する気でしょ!?」

「やめておけレイス。こうなってしまっては何を言ってもダメだ、イライラするだけだぞ」

「うるせージジイ!」

「誰がジジイだ! よし君たち、手伝ってくれ」


 吸血鬼の言葉に前列のスケルトンたちが反応し、数の暴力でゾンビちゃんの動きを封じる。吸血鬼はその辺から取ってきた鎖をゾンビちゃんに巻き、さらに猿轡を噛ませて完全に自由を奪った。


「よーし、手間をかけさせやがって。スケルトンたち、そっちはどうだ?」


 吸血鬼の呼びかけに応じるように、スケルトンたちの軍勢が2つに割れて道を作り出した。その先に待ち受けているのは、壁に掘られた大きな穴である。ちょうど人間が一人入れそうな……


「えっ、まさか」

「ああ。埋める」


 吸血鬼は短く答えるとゾンビちゃんを抱えあげ、壁にあいた穴に向けて放り投げる。えげつない速度で壁に叩きつけられたゾンビちゃん。普通の人間ならあれだけで死んでいるだろうが、さらに叩きつけられた衝撃で壁が崩れ、ゾンビちゃんは土の中へと消えた。

 あまりの荒っぽさにドン引きしていると、吸血鬼が爽やかな汗を拭いながら満足そうな笑みを俺に向けた。


「そういえばレイスは初めてだったな。ヤツが満腹になるにつれて賢くなるというのは前にも言ったとおりだが、満腹になると力が弱くなるんだ。食欲をエネルギーに戦っているのだからまぁ当然だな。土の中で腹が減ってくればそのうち鎖を千切って自力で出てくるという寸法だよ」

「そうなんだ……」

「量はそれほどでもないが、この男は随分と筋肉質だからなぁ。満腹中枢が刺激されたのだろう」

「ふ、ふうん……でもちょっと荒っぽすぎない? 別にゾンビちゃんが多少賢くなったって良いんじゃ」

「なにを言う!」


 吸血鬼はとんでもないという風に声を上げる。


「食欲に支配された馬鹿は厄介ではあるが、食欲に忠実で小賢しいやつには及ばない。食欲を満たすためならなんだってする策士は太陽の次に我々に害をもたらす存在となるのだ。それを阻止できるんなら小娘の命の1つ2つなど安い安い。アンデッドの命なら尚更だよ、なんせ我々は死なないのだから!」


 吸血鬼はそう言って高笑いしてみせた。その様はまるでダンジョンの王といったところだ。アンデッドに相応しい邪悪な風格がある。

 このダンジョンでは命がとても安い。なぜなら我々は死なないからだ。気に入らなければ平気で相手の頭をもぎ、もがれた方も生首状態で意気揚々と口論に臨む。

 もうだいぶ見慣れた光景ではあるが、俺は自分に実体がなくて良かったと強く思うのであった。



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