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19、アンデッドのリーサルウェポン




 アンデッドと言えど、連日の激しい戦いは我々から様々なものを削り取っていく。


 一晩寝れば大抵の傷が回復する吸血鬼やゾンビちゃんはともかく、スケルトンたちが厳しい戦いを乗り切るには日々の手入れが何よりも大切だ。彼らは1日の戦いが終わると毎日傷付いた骨を取り替え、清潔な布で丁寧に骨を磨く。

 だが彼らに必要な手入れは骨だけではない。むしろ直接冒険者の刃を受け止める鎧や武器にこそ丹念な手入れが必要なのだ。

 今日もスケルトンたちは部屋に集まってそれぞれ武器や防具のメンテナンスに勤しんでいる。そのせいでスケルトンたちがカードゲームやらボードゲームやらに付き合ってくれず、暇を持て余したのだろう。特に手入れすべき武器や防具を持たない吸血鬼やゾンビちゃんもスケルトンたちがせっせと武器を磨くのをぼうっと見ていた。かくいう俺も暇を持て余した一人である。


「武器や防具の手入れって大変だよね」


 俺の言葉に吸血鬼も大きく頷く。


「毎日の事だしな。僕らも見習わなくては」

「見習うって? 武器も防具も使わないじゃん」

「何を言う。武器はこの爪と牙、防具はこの肉体そのものだ。僕だって毎日とはいかないまでもきちんと手入れをしているんだぞ、見ろ」


 そう言って吸血鬼は甲を上にして手を差し出した。

 なるほど、確かに吸血鬼の爪は滑らかで整っており、トップコートでも塗っているみたいに輝いている。まるでOLの指先のようだ。しかしその先端はよく尖っており、実用性も兼ね備えている。


「へぇ、ちゃんとしてるんだねぇ」

「ああ。ハンドクリームも塗ってるぞ。手入れをサボるとすぐささくれができるんだ」

「女子かよ……そうだ、本物の女子はどんな感じなの?」


 我がダンジョンの(恐らく)紅一点、ゾンビちゃんは胸を張って手を差し出す。血色はめちゃめちゃ悪いし指もツギハギだらけではあるが、爪は特に割れたりもしておらず至って健康そうである。


「ほー、どんなケアをしているんだ?」


 吸血鬼が尋ねると、ゾンビちゃんはドヤ顔で答えた。


「壁を殴って指を潰す! 新しく生えた指はキレイ」

「うわぁ、ゾンビちゃんワイルドだなぁ」

「ワイルドというか、もはや野蛮というべきだろう」


 吸血鬼はやや引き気味にそう言った後、改めてスケルトンたちの方を見やる。


「それはそうと、武器を使うのも悪くはないかもしれないな。僕もたまには武器で戦ってみようか」


 吸血鬼の呟きに、ゾンビちゃんもノリノリで乗っかった。


「わー、私も使ッテみたーい」

「二人とも武器なんて扱えるの?」

「ふははは、僕が何年戦場で生きてきたと思っている」

「武器くらいチョチョイノチョイだよ」


 二人とも根拠のない自信を胸に立ち上がる。そして部屋の隅に並べられた予備の武器の元へ、足取り軽く歩いて行った。

 スケルトンたちの不安げな眼差しには二人とも気付いていないようである。


「へぇ、色々あるんだな」


 棚には様々な種類の武器がところ狭しと並べられている。形や大きさも様々、経費で買ったと思われる新品のものもあれば、冒険者から奪ったらしいところどころサビが付いているものもある。

 その中から、吸血鬼は1張りの弓と矢筒を手に取った。


「遠距離攻撃できるのが武器の良いところだな。どれどれ」


 吸血鬼は矢筒から矢を取り出し、見事に弓を構えて見せる。弓には詳しくないので良く分からないが、なかなか様になっているではないか。


「すごいね、経験あるの?」

「経験がなくたってこの程度は朝飯前さ」

「器用だなぁ」


 褒められたことに気をよくしたのか、吸血鬼は調子に乗ってあちこちに弓を向けて見せる。弦がギチギチと音を立てており、今にも矢が飛び出してしまいそうだ。


「ちょっと吸血鬼、危ないよ」

「ははは、大丈夫――おっと」


 言っているそばから手を滑らせてしまったらしい。吸血鬼の構えた弓から勢いよく矢が放たれた。矢は風を切りながら一直線に飛んでいき、凄い音を立てながらゾンビちゃんの脇腹を貫く。


「ギャッ!」

「ああ、すまないな。手が滑った」


 吸血鬼は満面の笑みであっさりとゾンビちゃんに謝罪する。

 矢を受けても死なないとはいえ、痛覚がないわけではない。ゾンビちゃんは怒りで顔を引きつらせながら腹から矢を抜いた。


「ナニスル!」

「そう怒るなよ、わざとじゃな――」


 吸血鬼の言葉は風を切る音にかき消されて最後まで聞き取れなかった。ヘラヘラした笑みを浮かべた吸血鬼の額にブッスリと矢が刺さる。

 野球選手もビックリな剛速球――いや、剛速矢を素手で投げて見せたゾンビちゃんはヘラリと笑いながら頭を掻いた。


「ゴメン、手がスベッタ」

「……やってくれるじゃないか」


 こめかみに青筋を浮かべながら吸血鬼も額から矢を引き抜く。そして血に塗れた矢を指でいとも容易くへし折った。怒りで顔を歪め、牙をむき出しにしたその姿は「吸血鬼」というよりむしろ「鬼」である。


「覚悟しろ、切り刻んでバケツに詰めて地中深くへ埋めてやる」


 吸血鬼はそう言って棚に置かれた自分の身の丈ほどの大きさはあろうかという大剣を片手で軽々と引っ掴み、その切っ先をゾンビちゃんに向ける。

 ゾンビちゃんも負けじと棚から巨大な斧を取り出し、勇ましく肩に担いだ。そして吸血鬼を挑発するようにその口角を上げる。


「イイノ? 後悔スルよ」

「ほざけウスノロ!」


 こうして2人の熾烈な戦いの火ぶたが切って落とされた。

 怒りに身を任せ、慣れない武器を使っているからだろうか。フォームも武器の扱いも滅茶苦茶、まるで子供のチャンバラ遊びだ。しかし2人ともそのパワーは折り紙つきであるため、どんなに無茶苦茶な武器の振り方でも当たりさえすればただでは済まないだろう。

 人の形をしており、武器を使って戦っているにも拘らず、まるで獣同士が争っているかのような迫力だ。

 だがのんびり見ている場合ではない。このままでは周りにまで甚大な被害が及んでしまう。


「もー、やめなよ2人とも!」


 火花が飛び、激しい金属音を響かせながら2人は刃を交える。

 俺はその間に割って入り2人を止めようと声を張り上げるが、彼らは俺の言葉に耳を貸すどころか俺の体の中で刃を振り回す始末。確かに俺の身体はうっすら色の付いた空気のようなものだが、こんなにも空気扱いされたのは初めてだ。


「いい加減にしろって。無視するなよ傷つくぞ!」

「お前は引っ込んでろ、コイツの首を刎ねるまで終われん!」

「その脳天カチ割ってヤル!」

「ああもう、お前ら一体いくつだよ」


 どいつもこいつも頭に血が上りやすくて困る。しかも人の言葉に耳を貸さないから性質が悪い。

 この体では無理矢理武器を取り上げることもできないし、もはや俺にはどうすることもできない。どちらかが血を流して武器を握れなくなるまで見守るしかないのだろうか。

 諦めかけたその時、突然頭上から大量の水が降り注いだ。屋内なのに雨?などと呑気に考えていると、あんなにいがみ合っていた2人がいきなり武器を地面に落とした。


「おおっ、俺の言葉が届いたか!」


 喜んだのもつかの間、2人は歩み寄って握手をすることもなく地面に崩れ落ちてうめき声を上げ始めた。地面に這いつくばった2人の身体からは白い煙が立ち上っている。


「うぐうううう、なにするんだ!」

「アツイ……アツイ……」


 慌てて振り向くと、スケルトンたちが大きなバケツを持って仁王立ちをしていた。傍らにはさまざまな種類の綺麗なガラスの瓶が転がっている。


「な、なに? 硫酸かなにか?」


 尋ねると、スケルトンたちはゆっくりと首を振り、小さな紙に何かをサラサラと書いて俺の目の前に差し出した。


『聖水』

「あー、アンデッド系ダンジョンには持ってきてる人結構いるよね」


 特にビギナー冒険者の鞄からは高確率で出てくるのだ。

 どのように処理しているのか謎だったが、なるほど。こういう風にして使うのか。


「あんな少量じゃあ大して意味ないだろうと思ってたけど、それなりの量あればちゃんと効くんだなぁ」


 感心していると、すぐ後ろから吸血鬼の情けない声が上がった。


「酷いじゃないか、ここまですることないだろう」

「ソウダよ、イタイイタイ」

「さっきまで殺しあってたくせに良く言うよ」


 スケルトンたちも俺の言葉に同意するように骨を鳴らす。

 どちらかの首が落ちる事に比べればよほど平和な終わり方だ。喧嘩両成敗、大いに結構。


「もう2人とも武器持つの禁止だからね」

「えー、ナンデー?」

「こんな状況になるからだよ!」


 ゾンビちゃんは不満げに頬を膨らませたが、吸血鬼は俺の言葉に特に反論はしなかった。

 地面に転がった剣を引き寄せ、あちこち欠けてボロボロになった刀身を見ながらアッサリ頷く。


「まぁこんな武器などでは僕の激しい戦いにはついて来れないだろうしな。やはりこの爪と牙が一番だ」

「タシカニ」


 ゾンビちゃんもつられるようにあっさりと頷く。彼女のこれでもかと言う程大きな斧もあちらこちらにヒビが走っており、激しい戦いであったことを物語っていた。


「コンナ薄っぺらい刃物ジャ1日も持たないよね~」

「まったくだ。剣と言うのは消耗品なんじゃないのか? よくこんなものを何年も使えるな」


 吸血鬼とゾンビちゃんは顔を見合わせて「わっはっは」と豪快に笑い飛ばす。さっきまで殺しあっていたのが本当に嘘みたいだ。情緒不安定気味なのだろうか?

 だが彼らのジェットコースターの様な感情の変化についていける者ばかりではない。スケルトンたちは何とも言えない凄みを出しながら地面に転がる吸血鬼とゾンビちゃんに近付く。その手にはバケツ一杯の聖水と先ほどまで磨かれていた武器の数々が抱えられている。

 2人はスケルトンたちを見上げながら呑気な声を上げた。


「ん? なんだ?」

「ナンカ怒ってる?」

「そりゃあ怒るでしょ。スケルトンたちの武器勝手に使って、ボロボロにして、その上武器に文句言うって……」

「あ、ああ。そりゃあすまない」

「ゴメンゴメン」


 スケルトンたちはその暗闇を湛えた眼窩を2人に向けながら、静かに紙を差し出した。


『これから武器の凄さを教えてやろう』

「えっ」

「えっ?」


 スケルトンたちは一斉に磨いたばかりの切れ味鋭い武器を向ける。

 2人は一気に顔色を変え、地面に横たわったまま震えあがった。逃げようともがく2人にスケルトンたちは容赦なく聖水を浴びせかける。

 そうだった。頭に血が上りやすいのは何もこの2人だけではない。

 俺の言葉にどれほどの効果があるかは分からないが、念のためスケルトンたちに呼びかけた。


「まぁ、ほどほどにね」


 スケルトンは一斉に頷いたが、本当に承知したかは定かじゃない。

 そしてスケルトンたちはその刃の切れ味を試すようにして自慢の武器を2人のアンデッドの体に振り下ろした。

 さすがは歴戦の戦士。そのフォームは美しく、武器たちも長年の手入れに応えるようにして肉を断っていく。


「うわぁ、さすがスケルトン。スパスパ切れるんだね~。ほら2人とも、きちんと扱えばこんなにちゃんと斬れるんだよ」


 返事はない。

 もはや話ができるような状況ではないようだ。


 2人は喧嘩の代償にしては重すぎる罰を負わされたわけだが、その甲斐あって言葉には十分気を付けるようになったとか、なってないとか……。

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