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16、ダンジョン30分間クッキング





「ウマイウマイ」


 ベチャベチャという湿っぽい不気味な音がダンジョンの一室に響く。

 部屋の中心にはゾンビちゃんが座り込み、死体に顔を突っ込んで一心不乱に「食事」をしている。彼女は手と口とツギハギだらけのワンピースを血で赤く染めて180センチはあろうかと言う肉塊をみるみる骨にしていく。その食欲と肉を食べ進める速さと言ったら、濁った川に住む数百匹のピラニアの群れにも引けを取らないのではないだろうか。

 だが彼女の食事はまだまだ終わらない。部屋のすみには冒険者の死体が折り重なるように積まれ、高い山を築いている。


「なんでこんなにたくさんあるの?」


 死体の山をぐるりと周りながら尋ねると、吸血鬼が胸を張って答えた。


「ふっふっふ、団体さんが来てね。近頃暑くなってきたからかダンジョンに足を踏み入れる冒険者どもが多いんだ」

「暑いと冒険者って増えるの?」

「ああ、洞窟ここは日が当たらないし涼しいだろう。人間も強すぎる日差しは苦手なようだからな。おかげで貯蔵庫は干し肉で一杯だ。僕もたっぷり血液のストックを確保することができた」


 吸血鬼はニンマリしながら小さなテーブルに置かれたボトルを手に取り、グラスにその中身を少量注ぐ。少し粘性のある赤い液体が静かにグラスを満たした。


「これだけあればしばらく冒険者が来なくても大丈夫だな。それにしてもなかなか良い血液だ」


 そう言ってグラスに入った深紅の血液をうっとり眺める。

 吸血鬼は新しい死体を手に入れるといつもこうして血を抜いてはビンに詰め、グラスに注いで楽しんでいる。彼の食事の仕方はゾンビちゃんとは違い、とても上品だし人間に近い。保存のためにビンに血液を詰めるのは分かるが、よほど空腹でないときは普通に飲む分もボトルに詰め、グラスに注いで飲むことが多いのだ。

 なんとなく気になって、俺は優雅にグラスを傾ける吸血鬼に尋ねた。


「吸血鬼ってさぁ、なんで首筋から血を飲まないの? 新鮮な生き血の方が美味しいとか、そういうのってないの?」


 吸血鬼は目を細めて俺の半透明の体に視線を向け、そしてグラスにため息をかける。


「確かに生き血の美味しさはある……しかし前も言ったように、僕は割りと潔癖症なんだ。汗臭い、しかも男の首筋に口をつけるのは避けたい」

「あー、なるほどねぇ」

「できるなら若くて綺麗な女の細い首筋から血を頂きたいよ。シャワーを浴びた後ならなお良い」

「他のはまだしも、シャワーは無理だろうなぁ」

「まぁ贅沢は言わないさ」


 そう言って吸血鬼はグラスの中の血液をグイッと飲み干し、力なく笑う。


「血の気の多い男の血もそれはそれで美味しいんだ」

「やっぱり人によって血の味って違う?」

「ああ、もちろんだ。性別、年齢、健康状態、体型、直前に摂取した食べ物でも味は変わる。血液というのはなかなか繊細でね」

「ふうん、でも血液ばかりで飽きたりしない? 人間は色んな食材を煮たり焼いたり料理して食べていたけど、吸血鬼もゾンビちゃんもそういうことしないよね」

「そうだな、血液を料理するというのは聞いたことがない。まぁ肉ならまだしも、血液のみとなると料理のしようもないだろう」

「確かに、液体だしねぇ。じゃあゾンビちゃんは? 料理したもの食べたくならない?」

「モグ?」


 ゾンビちゃんは赤く濡れた口元をベロリと舐め取り、キョトンとした顔を見せた。


「リョーリ?」

「ええと、生肉じゃなくて火を通したりソースをかけたりしたモノの事だよ」

「んー」


 ゾンビちゃんは何かを考える様に視線を泳がしつつ、死体の腹からなんだかよく分からない丸い臓器を引きずり出し、リンゴでも齧るみたいに頬張る。臓器から滴る血は彼女の肘を伝って地面に落ち、小さな血だまりを作った。


「よく分かんないけど、タベテみたい。作ってよ」

「ええっ、料理を? 俺が?」

「ウン、タベタイ」


 ゾンビちゃんは好奇心と食欲で子供のように目を輝かせる。こんな顔でそんな事を言われると断りずらい。俺は悩んだ挙句、吸血鬼に助けを求めるような視線を送った。


「どう思う?」

「いや、僕に言われても困るが……君が良いなら作ってやったらどうだ? 材料はあるし」


 吸血鬼はそう言って山のように積まれた死体を指差す。なるほど、確かに材料には事欠かないだろう。

 視線をゾンビちゃんに移すと、さっきまでと違う新しい臓器を齧りながら期待に満ちた目で俺を見ていた。これはもう断るわけにいかない。


「分かったよ……じゃあ吸血鬼、一緒に頑張ろう」

「ええっ!? なんで僕が!」

「だって俺はこの体だよ。包丁すら握れない」

「スケルトンたちに手伝ってもらえばいいだろう」

「もちろんスケルトンたちにも手伝ってもらうけど、吸血鬼も協力してよ」

「嫌だよ、君が勝手に言いだしたんじゃないか。第一、僕はこの数百年料理なんてしたことないぞ」

「僕だって料理した記憶なんてほとんどないよ」

「君そんなので良く料理するなんて言い出したな……」

「だからなるべくたくさんの人の意見が聞きたいんだよ! その鋭い爪を存分に振るって料理をしよう!」

「ううっ、なんで僕が……」


 吸血鬼は眉間に皺を作りながらも椅子から立ち上がり、とぼとぼと死体の山の麓へと向かった。




********




 集まった数体のスケルトン、そして不機嫌そうな表情を浮かべる吸血鬼を見下ろしながら高らかに宣言した。


「ではみなさん、料理を作っていきたいと思います!」


 スケルトンたちの暖かな拍手が俺の透けた体を包み込む。しかし吸血鬼は腕を組んで相変わらず眉間に深い皺を刻んでいた。


「とっとと終わらすぞ。それで、なにを作るんだ?」

「よくぞ聞いてくれました。使える材料は肉や臓物のみ、野菜や調味料がなくても形になる料理じゃなければいけない……そこで思いついた料理が! ズバリ! ソーセージです!」

「ソーセージ?」


 吸血鬼はイマイチピンと来ていない様子。顎に手を当てて首をかしげる。


「ソーセージ。なんだか不思議な響きだな。聞いたことがあるような、ないような……」

「吸血鬼はソーセージご存じない? スケルトンたちはどう?」


 数体のスケルトンたちは頷いて見せたが、ソーセージがなんだか分からないスケルトンも結構いるようである。このダンジョンで生活していれば「ソーセージ」などと言う単語を聞くこともないだろうし、アンデッドになると個人差はあるものの、人間だった時の記憶は徐々に失われていく。恐らく「ソーセージ」という単語を知っているスケルトンはスケルトンになってから日が浅いか、もしくは大のソーセージ好きだったのだろう。

 しかしソーセージを知らない者がこんなに多いとは。これはますます気合を入れて皆にソーセージの作り方を指導していかねばならない。


「よしッ、じゃあまず材料を調達しよう。スケルトン、さっき書いてもらったレシピ出して」


 スケルトンは俺の言葉にコクリと頷き、大きなフリップボードを台の上に立て掛けた。


『材料

 ・腸(適量)

 ・肉(適量)

 ・脂身(適量)』


「全部適量じゃないか。本当に大丈夫か?」


 吸血鬼の鋭い突っ込みに思わず苦笑いが浮かぶ。実のところ俺も詳しいレシピなどは分からないのだ。


「ま、まぁ料理で大事なのは勘だから。大丈夫大丈夫」

「ふうん……まぁ良い。取りあえずヒト1人分の腸と肉と脂肪を切り分けて持って来れば良いんだな?」

「うん、お願いするよ」

「分かった、やろう」


 吸血鬼はスケルトンを伴って死体を山から担ぎ出し、その体に刃を入れていく。普段料理などしない我がダンジョンに包丁などあるはずない――そう思っていたのに、スケルトンたちはごく普通に包丁を取り出した。


「えっ、それどうしたの?」


 尋ねると、スケルトンのうちの一体が紙にサラサラと文字を書いて俺の方に向けた。


『温泉の屋台で使ってる包丁借りてきた』

「ああ、そういえば屋台でネズミの串揚げとか売ってたもんね。ってことは、もしかしてスケルトンたち結構料理できる?」


 スケルトンたちは一斉に胸を張り、大きく頷いて見せる。表情筋が付いていないのだから表情など分からないはずなのに、彼らの顔はどこか誇らしげだ。


「なんだ身近なとこに料理があったんだ。いやぁ、これは期待できるね」

「だったら最初からネズミの串揚げを小娘に与えていれば良かったじゃないか。というか、この前ネズミの串揚げ食べてたろ」

「い、いや。ゾンビちゃんは俺らの作った料理を食べたいんだよきっと。料理の過程が見たいのかもしれないし」

「僕らのことなんて眼中にないぞ、見ろ」


 吸血鬼はそう言ってゾンビちゃんに視線を向ける。

 ゾンビちゃんは相変わらず目の前の死体に夢中で、その腹に顔を突っ込んでムシャムシャとやっていた。


「……まぁ、せっかくだから作ろう! さぁさぁ、吸血鬼も手を動かして」

「なんで君はそんなノリノリなんだ」


 ぶつくさ文句を言いつつも、吸血鬼も慣れた様子で死体を解体していく。目的は違うが、吸血鬼も毎日人間の体を切り裂いているのだ。戦いにおいて人の急所を知ることはとても大事だし、その体の構造もある程度は知っているのだろう。とてもスムーズに肉や腸を切りだしていく。

 取りあえず材料はあっという間に揃った。これはなかなか順調な滑り出しである。


「終わったぞ、さぁ次は何をするんだ」

「ええとね、肉と脂身を切り刻んで混ぜ合わせるんだ」

「えっ、切り刻んでしまっていいのか?」

「うん。細かく切っちゃって良いから」

「ああ……スケルトン、そのナイフ貸してくれ」


 吸血鬼やソーセージを知らないスケルトンたちはやや困惑気味に肉を刻み、ミンチとしていく。

 スケルトンは流石の包丁捌き、吸血鬼はあまり包丁を使い慣れていないからか、かなり危なっかしい手つきだ。頬に飛んだ肉片といい、その真面目すぎる表情といい、殺人犯が死体をバラしていると言った方がしっくりくるし、控え目に言ってもおよそ料理を作っているとは思えない。

 だが見た目はどうあれ肉を刻む作業は順調に進み、肉のブロックはあっという間に挽肉へとその姿を変えた。俺の知っている挽肉に比べればかなり粗挽きではあるが、手作業でここまで細かくできれば御の字だろう。


「ううっ……なんだか手がベタベタするぞ」

「後で温泉にでも入ると良いよ。じゃあ次は腸に刻んだ肉を詰めます」

「ああ……え?」


 吸血鬼は目を点にしてその動きを止める。多くのスケルトンたちも口を半開きにして固まってしまった。

 なんでもないような顔をしているのは俺と、「ソーセージ」を知っている一部のスケルトンのみだ。


「ちょ、腸に肉を詰めるのか?」

「そうだけど……なんか変?」


 吸血鬼は目を見開き、ドン引きの表情で刻んだ肉と腸を見つめる。


「変どころの騒ぎじゃないだろう、人間はそんなものを食べているのか?」

「うん、子供とかソーセージ大好きだよ」

「子供が? 人の食性に文句を言うつもりはないが……アンデッドの食事をアレコレ言えるほど上品なものは食べていないのだな」

「はは……でも美味しいんだよ」

「いや、まぁ良い。僕が食べるものじゃないし。じゃあ詰めていこう」


 吸血鬼とスケルトンは腸を手に取り、肉をすくっては詰めていく。だがこの作業はこれまでのように順調とはいかなかった。


「こんなもんか?」

「いや、もっと腸を肉でパンパンにするんだよ」

「なかなか難しいな」


 吸血鬼は眉間に皺を寄せながらソーセージとの格闘を続ける。

 本来は腸に管のついた機械をセットし、肉を隙間なくギッチリと詰めていくのだがやはり手作業では限界がある。


「こんなもので良いんじゃないか?」


 疲れた顔の吸血鬼が指し示した「ソーセージ」は太さもバラバラで空気が入っている場所もあり、見た目が良いとは言えない。だが手作業ではこの辺りが限界なのだろう。俺は頷きつつオーケーサインを出した。


「うん、いいと思うよ。あとは先を縛って捻る」

「ね、捻る? 捻るって?」


 吸血鬼はまた目を点にして体を硬直させる。

 そこで意気揚々と出てきたのが「ソーセージ」を知っているスケルトンたちだ。彼らは吸血鬼からソーセージを受け取り、くるくる捻っていく。形は相変わらず不揃いだが、捻ったことで俺のよく知っているソーセージにかなり近付いた。


「おおー上手い上手い」

「ほんとに捻ってるな……なんというか、この執拗なまでの食への探求は見習うべきかもしれん」

「おっ、吸血鬼も食べてみる?」

「断る」

「そう? じゃあ次はソーセージを茹でていきます。スケルトン、鍋と水と火が欲しいんだけど」


 そう言うとスケルトンは慣れた手つきで素早く火を起こし、鍋をその上にセットした。温泉のものだろうか、お湯が紫色なのが気になったがこの際文句は言うまい。


「じゃあお湯が温まったらソーセージを投入して……どうしたの吸血鬼」


 吸血鬼は鍋からかなり離れたところでジッとこちらの様子を伺っている。話しかけると、吸血鬼はビクリと体を震わせて引き攣った笑みを浮かべた。


「いやぁ……アンデッドは普通火があまり得意じゃないんだが、君らは大丈夫なのか?」

「ああ、そういえばそうだっけ。僕らは大丈夫みたい。でも冒険者たちって普通に炎系魔法とか使ってくるじゃん」

「いや……本当は多少の火傷程度なら平気なんだ。こんな小さな火で死ぬようなことはない。ただ火にトラウマがあってな」

「トラウマって?」

「昔火炙りにされて灰になったことがある」

「そ、それはそれは……大変だったね」

「そんな事は良いから、さっさと茹でて火を消してくれ!」


 吸血鬼の強い要望によりソーセージは早めに引き上げられ、綺麗に皿へ盛られた。しかしその見た目は食欲をそそるものとは言い難い。着色料を使用していないため色が白っぽく、さらに温泉の紫色が付いてしまったらしく全体的にアンデッドっぽい見た目になっている。形もグチャグチャで、作った者でなければこれがソーセージであるとは気付けないかもしれない。


「ほ、本当にこれ食べるのか?」

「ちょっと、そう言うこと言わないでよ……みんな笑顔浮かべて、自信満々の表情作って!」

「う……なんだか胸が痛む」


 吸血鬼はため息を吐きながら皿を持ち、無理矢理作られた笑顔を浮かべてゾンビちゃんの元へ向かう。彼女の脇にはいつの間にか骨がうず高く積まれているが、それでも飽き足らず死体を貪っている。そのかわり、山のようになっていた死体は随分とその数を減らしていた。


「おーい小娘、『ソーセージ』だそうだ」

「む? なんだっけソレ」

「なんだっけって……お前が料理を食べたいと言ったんだろう」

「ソウダッケ? じゃあいただきマース」


 ゾンビちゃんは勇敢にもその「アンデッドソーセージ」を血まみれの手で鷲掴みにし、綿菓子でも食べるみたいに口に詰め込んでいく。

 俺たちの緊張も知らず、ゾンビちゃんはペロリとソーセージを平らげ、あっさりとこう言った。


「ウマイウマイ」


 その瞬間、安堵の空気が俺らを包み込んだ。スケルトンたちも胸に手を当て、静かに骨を鳴らす。


「いやぁ、良かった。作ったかいがあったね」

「ああ……しかし正気か小娘? それのどの辺が美味いんだ」


 吸血鬼が尋ねると、ゾンビちゃんは死体から腸を引きずり出しながらケロリとして答える。


(コレ)より短くて食べやすい」

「……いや、まぁそれはそうだろうが、僕が聞いているのは味の方だよ」

「ウマイよ。ヒトの肉ならなんでもウマイ」


 俺たちは互いに顔を見合わせ、ガックリ肩を落とした。


「ゾンビちゃんに味がどうこうっていうのはまだ早かったかな」

「もう少し賢い時に聞けば少しはマシな感想が聞けたんだろうが……」

「あっ、そういえば血を材料に作るブラッドソーセージってのがあるんだけど、吸血鬼どう?」

「断る」

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