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11、アンデッドナースの真っ赤なお仕事




 吸血鬼は基本的に綺麗好きである。

 彼の纏う白いシャツは常に清潔でシミ1つ付いていないし、シャツの上に着る物もこまめに変えており、その種類も実に多彩だ。黒いベストだったりジャケットだったり、時にはいかにも吸血鬼というふうなマントを羽織る事もある。

 毎日の入浴は当たり前だし、食後の歯磨きも欠かさない。


 一方、ゾンビちゃんは割りと適当だ。

 土で体が汚れるのも気にせず地面に寝そべったりはしょっちゅうだし、そのツギハギだらけのワンピースは常に血と砂埃で薄汚れている。気が向いた時には風呂に浸かることもあるようだが、彼女に身だしなみという概念は基本的にないようだ。

 一見不潔なようにも思えるが、彼女はゾンビ。代謝は止まっているし、人間のように体から垢が出ることはないため、そもそもそこまで頻繁に風呂に入る必要はないように思える。というか、綺麗すぎるゾンビなど雰囲気が出ない。少し血と土に塗れているくらいが丁度良いと俺は思うのだが、吸血鬼はそうは思わないらしくゾンビちゃんに「もっと綺麗な服を着ろ」だの「髪を整えろ」だのとよく小言を言っている。


 しかし今日はどういう訳かゾンビちゃんも吸血鬼も、そしてスケルトンたちも朝から誰に言われるでもなく風呂に入って体を洗ったり骨を磨いたりと大わらわだ。

 普段どれだけ吸血鬼に言われても着替えたりしないゾンビちゃんが新しいワンピース(とは言っても相変わらず布を集めて作ったツギハギのものだが)を着ているし、吸血鬼などはもう1時間も歯を磨いている。


「ねぇ、今日なんかあるの?」


 明らかに普段とは違う気合の入った身だしなみの整えようを不思議に思った俺は、口をすすぎ終わったばかりの吸血鬼に尋ねてみた。

 すると彼はちらりと俺を一瞥し、そして大きなため息をつく。


「君は良いなぁ……」

「なっ、なんだよいきなり」

「心したまえ。これからこのダンジョンは地獄絵図と化すのだから」

「だからなんなんだよ! これから一体なにが起きるの!?」

「ふふ……」


 吸血鬼は意味深な、そして暗すぎる笑みを浮かべてどこかへ行ってしまった。吸血鬼によって疑問が解決されるどころか謎は深まるばかり。

 よく見るとスケルトンたちも下を向いて猫背気味に歩いており、どこか元気なさげに見える。時々ため息をつくように顎を開く者や、通路の隅っこで膝と頭を抱えて座り込む者までいる始末。とても話しかけられるような雰囲気ではない。「これからダンジョンが地獄絵図と化す」という吸血鬼の言葉も大袈裟ではないと思わせるような空気がダンジョン内に充満していた。


「一体なにが起こるんだ……」


 そう呟いたその時、にわかに金属を打ち鳴らしたような音がダンジョン中に響き渡った。スケルトンたちはその体をビクリと震わせ、その真っ暗な眼窩から怯えの色を滲ませながらゾロゾロと列を作って通路を進んでいく。彼らが入っていくのはダンジョンで最も大きな隠し部屋の1つ、競技室である。競技室はなにもないだだっ広い空間で、よくスケルトンたちが古くなった頭蓋骨をボールにして遊んでいる場所だ。ここならばダンジョン中にいるスケルトン全員を集めることができるだろうが、集めてどうするのかは未だ謎に包まれたままだ。

 恐らくこの部屋に入ればそれも分かるのだろう。俺は勇気を振り絞り、地獄への行進をしているスケルトンたちの頭上を飛んで競技室へと入った。


「うわぁ」


 室内はとても静かで、ここがダンジョンであることを忘れてしまいそうなほど秩序正しい光景が広がっていた。スケルトンたちは姿勢正しく綺麗に整列しており、まるでよく訓練された骸骨の軍隊、もしくは骨格標本工場のようだ。いつもは集団になるとガシャガシャ骨を鳴らしてやかましくなるスケルトンたちだが、今日は直立したままピクリとも動かない。


「レイス、レイス!」


 静かな部屋に俺の名を呼ぶ声がこだまする。声の方に目をやると、前方にて手招きをする吸血鬼に気が付いた。その隣にはゾンビちゃんと、それから見慣れない魔物が2人。どちらもアンデッド系のようである。1人はゾンビ系の女性、もう1人はスケルトン系の男性のようで、2人並んで茶色い一人掛けのソファに腰を下ろしている。

 近付くと、吸血鬼は2人に俺を紹介しだした。


「これが新人のレイスだ。レイス、こちらドクターとナースさん」

「ええと、どうも……」


 良く分からないまま、とりあえずペコリと頭を下げる。すると女性の方のアンデッド、ナースさんが真っ赤な舌で唇を舐めながら品定めするような目線を俺に向けた。


「瑞々しくて綺麗な魂ね、食べちゃいたい」

「ううっ……」


 ナースさんと呼ばれているだけあって彼女は白いナース服を身に纏い、頭にはナース帽を乗せている。しかし「白衣の天使」の称号は彼女には似つかわしくないだろう。ナース服の胸元はザックリと開き、何人もの男を落としてきただろう深い深い谷間を惜しげもなくさらけ出しているし、さらにそのスカートの丈は膝を超えたはるか上、太ももと呼べるギリギリのキワドイ部分にまで迫っている。さすがにその皮膚は死人らしく青白いが、そんなことは気にならないくらいのセクシーな体つきだ。

 一方、ドクターと呼ばれたスケルトンは俺のイメージする医者にかなり近い格好をしていた。スタンダードなドクターコートを羽織り、首には聴診器を掛け、どことなく落ち着いた雰囲気を身に纏っている。

 随分とタイプの違う2人だが、共通しているのはどちらも医療関係者であるらしいことだ。しかしここはアンデッドの住まうダンジョンである。


「あのー、お二人は一体どういうご用件で?」

「あら聞いていなかったの? ダメじゃない吸血鬼くん、ちゃんと教えてあげなきゃ」

「いやぁ、忘れてて」


  吸血鬼はそう言って笑ってみせる。しかしその目までは上手く笑えていなかった。


「もう、仕方ないわね! あのねレイスくん、今日は健康診断をしにきたのよ」

「け、健康診断? アンデッドの?」

「ふふふ、アンデッドに健康診断なんて必要ないと思ってる?」


 俺はナースさんの言葉に恐る恐る頷く。するとナースさんは大袈裟に首を振ってみせた。


「それはとんでもない勘違いよ。普通の魔物や人間は死んだらそこでオシマイだけど、アンデッドはそうもいかないわ。下手をすればずーっと苦しみながら生き地獄を味わうことになるの。そうならないためにもキチンと検査をして、そしてキチンと治さなきゃ、ね?」

「なるほど」


 俺は大いに納得し、そして大きく頷いた。見た目はクレイジーだが、言っていることは至ってマトモである。

 ということはみんな検査を怖がってあんなに暗い表情をしていたというのか。なんたる軟弱。確かに「病気が見つかったらどうしよう」という不安により、健康診断を毛嫌いする人間もいるが彼らは百戦錬磨のアンデッド。もっと堂々としていてもらいたいものである。


「じゃあさっそくやっていくわね。レイスくんは初めてで少し時間掛かりそうだから最後ね。まずは吸血鬼くんから。ゾンビちゃんはその次だから準備していてね」

「うぐっ……わ、分かった」


 吸血鬼の顔からみるみる血の気が引いていく。いつもなら考えられないような小さな歩幅でナースさんの前の簡素な診察台へと歩いていき、明らかな時間稼ぎをしながらゆっくりとその台に横たわる。


「はーい、じゃあまずは歯から見ていきましょうか」

「は、はい……」

「ほら、口開けて?」

「ううっ……」


 吸血鬼は促されてようやく、しかも恐る恐るといった具合に口を開けていく。ナースさんは傍らの銀色の台に置かれたトレーから小さな丸い鏡を取り出して吸血鬼の口に突っ込んだ。

 吸血鬼の体は明らかに震えている。虫歯の検診の一体何がそんなに怖いのか。子供だってもう少し落ち着いて診察を受けられるだろうに。


「うーん……ちょーっと磨き残しがあるかも」

「うひぇッ!?」

「ちゃんと磨いてる?」

「みがいてる! みがいてる!」

「あー、ここちょっと虫歯かも」

「ッッ!?」

「他の歯に広がる前に処置しちゃおっか」

「嫌だッッ嫌だーッ!」

「こら暴れないの、歯は吸血鬼の大事な武器なんだからきちんと治療しないと。すぐ終わるから」


 見ているこっちが恥ずかしくなるくらいの暴れようだ。毎日の戦いで傷を負うことはしょっちゅう、時には首さえ切られるのに虫歯の治療がなんだというのだ。

 ナースさんは全力で暴れまわる吸血鬼を片腕で抑えながら足元にあった大きなバッグをごそごそかき回す。


「クルよ……」


 少し後ろで診察の順番を待つゾンビちゃんが不意に呟いた。見ると、いつになく真剣な顔でまっすぐに吸血鬼を見つめている。普段子供のように暴れまわるゾンビちゃんにしては異常なほどの落ち着きようだ。


「来るって、なにが?」


 尋ねると、ゾンビちゃんはジロリと俺に視線を移した。そして恐怖の滲むその顔を歪め、無理矢理笑顔を作って言う。


「地獄」


 ガシャン、ガシャンと凄い音を立ててトレーの上に器具が置かれた。いや……それは本当に器具なのだろうか。

 手のひらほどの大きさの銀色のペンチ、ナースさんの腕ほどの長さがあるノコギリ、黒光りする槌、様々な形状のノミ……まるでこれから大工仕事でも始めるかのような道具の数々だ。しかも金属部分には赤黒いサビが付き、木製の柄には赤茶色のシミができている。


「そ、それは一体……」


 ナースさんはペンチを手に取り、怪しい笑みを浮かべる。

 そして大暴れする吸血鬼の口にソレを突っ込んだ。刹那、この世のものとは思えない悲鳴が静かなダンジョンに響く。まるで痙攣でも起こしているように暴れまわる吸血鬼だが、ナースさんは吸血鬼の頭を鷲掴みにして執拗に口内をこねくり回した。


「ほーら抜けたわよ……あらまだ虫歯が。そこも虫歯、ここも虫歯!」


 ナースさんは抜けた血まみれの歯をその辺に放り投げ、次はノミと鎚を手に取る。そして恐ろしいことに、ナースさんはノミを吸血鬼の歯に押し当ててそこに槌を振り下ろした。歯の折れるおぞましい音と今までに聞いたこともないような悲痛な叫びがダンジョン内に響き渡る。これは医療行為なんかじゃない、拷問である。


「ちょっと、なんだよコレ……」

「地獄」

「いやそれはもう分かったけどさ。なんでわざわざこんな事させてるの? なんか弱みでも握られてるの?」

「チガウよ。イタイけどここ一番安いの」

「あー……なるほどね……」


 確かにこれだけの人数を医者に診てもらうとなったらそれなりの費用がかかるだろう。アンデッドは保険証を持っていないからなおさらである。

 しかし地獄の苦しみを我慢してまで費用を抑えなければならないのかという疑問は残る。しかもパッと見ただけではあるが、地面に捨て置かれた吸血鬼の歯に虫歯の痕跡は見つけられなかった。もしかしてこの残虐行為はナースさんの趣味なのではないかとの考えも脳裏をかすめる。まぁ、本人たちが良いならあえて止めはしないが。


「よーし、歯の治療はあらかた終わったわね……ん? なんだか爪も弱ってなぁい?」


 ナースさんは爽やかな笑みを浮かべながら吸血鬼の生爪をはがし始めた。器具は血に塗れ、トレーには小さな血だまりが出来ている。もはや抵抗する気力も起こらないのか、吸血鬼はぐったりとしていて虫の息だ。もし彼が人間だったら死んでいたかもしれない。いや、下手したら死んだ方がマシなのかも。


「こんなもんかな。はい、じゃああとよろしく」


 ナースさんは吸血鬼を軽々と持ち上げ、ドクターの前に置かれた診察台へと移す。

 ドクターは死にかけの吸血鬼の頬に付着した血を拭ったり、小瓶に入った青い液体を口に流し込んだり、手に包帯を巻いたりしている。ナースさんとは違い、おどろおどろしい器具を使っての拷問はやらないらしい。


「ナースさんが壊シテ、ドクターが治すんだよ」


 俺がじっとドクターを見ていたからだろうか、ゾンビちゃんがそう教えてくれた。

 荒っぽいなどという言葉では表し切れないほど酷い治療だが、一応アフターケアまでやってくれるらしい。


「まるでカマイタチだね」

「カマイタチ?」

「ええとカマイタチって言うのは……あれ、なんだっけ」

「ゾンビちゃーん、おいで」


 カマイタチがなんだったかを思い出すより先に、ゾンビちゃんの名前がナースさんによって呼ばれてしまった。ゾンビちゃんはまるでロボットのようなぎこちない動きでナースさんのところへと向かう。

 ナースさんはゾンビちゃんのツギハギだらけの腕を見て、にっこり笑った。


「なんだか縫い目が随分と解れているわね。一回バラしましょうか?」

「ひええええ」


 ナースさんは大きなハサミとノコギリを構え、ゾンビちゃんをあっという間にバラバラの肉片に変えてしまった。

 ゾンビちゃんは大きな鍋のようなものに入れられ、ドクターの元へと送られる。ドクターは針と糸を使って器用にゾンビちゃんを組み立て直していった。



 ナースさんとドクターのコンビは非常にテンポよく破壊と再生を繰り返していく。大量に整列していたスケルトンたちも次々にナースさんによって骨をハンマーで砕かれたり、バラバラにされたりして壊され、そしてドクターに新しい骨を付けてもらったり組み立ててもらったりして再生している。

 しかしドクターの素晴らしい技術をもってしても、ナースさんによって与えられた精神的ダメージは癒すことができないらしい。歯をしこたま抜かれた吸血鬼はもちろん、一件綺麗に身体を治されたゾンビちゃんやスケルトンたちも地面に横たわったまま死体のように動こうとしない。やがて直立するスケルトンはいなくなり、死体のように動かないアンデッドが競技室いっぱいに並ぶようになった。


「さーて、これでスケルトンは全員終了……最後はアナタね」

「えっ、俺も!?」

「もちろん」

 

 ナースさんは俺を見ながら舌なめずりをする。もはや彼女のナース服は返り血で赤く染まり、赤衣の悪魔といった恐ろしさである。

 だが俺はレイス。何人たりとも俺に触れることはできないのだ。


「俺に治療するのは無理だと思うけどなぁ」

「んふふ、大丈夫。レイスがいるって聞いてたから色々と用意してきたのよ」


 そう言って取り出したのは美しく輝く銀のナイフだ。ナースさんは素早い動きで俺に近付き、ナイフを振り下ろす。が、ナイフは俺ではなく空を切るばかりであった。


「ん……物理攻撃不可タイプね。ならこれはどうかしら」

 

 ナースさんが次に取り出したのは青い革張りの本である。

 表紙には見慣れない文字が並んでおり何と書いているのかは分からないが、どうやら魔術書であるらしい。


「これは対レイス用の呪文を集めた本よ。どんな悪質な地縛霊もポルターガイストもこの一冊でイチコロ」

「はぁッ!? そんなんもう治療じゃないじゃん!」

「ほほほ、今更な言葉ね。逃げちゃダメよ、お仲間の歯や骨がなくなっちゃうからね」

「もう完全に悪役のセリフじゃないか」


 しかし虫の息の仲間たちにこれ以上の負担を強いるわけにはいかない。俺は恐怖心を押し殺しながらもその場に留まった。

 ナースさんは加虐心の滲む笑みを浮かべ、呪文を詠唱していく。炎の玉、光の鎖、氷剣の雨、雷の槍。様々なものがナースさんの詠唱に合わせて現れ、そして俺の体を貫く……というかすり抜ける。俺の背後の壁は様々な呪文の効果によりもうボロボロだ。


「物理攻撃だけじゃなく魔法攻撃にも耐性があるの!?」

「だから言ったじゃないか」

「いいえ、まだよ。こうなったら最後の手段を使わせてもらうわ」


 ナースさんは再度鞄に腕を突っ込み、赤い本を取り出した。


「数千年この世を彷徨い歩いた歴戦の亡霊をも昇天させる忌まわしき聖なる本よ」

「なんでそんな本持ってるんだ……」

「ふふふ、覚悟なさい。光の力で溶けないようにね」


 ナースさんはそう言うや、滑らかな呪文詠唱を始める。

 どういう呪文なのかは分からなかったが、明らかに先ほどまでの呪文と違う点があった。詠唱が物凄く長いのだ。唱えても唱えても呪文詠唱が全く終わらない。ページを捲っても捲ってもナースさんの声は一向に止む気配を見せない。魔法に詳しくない俺にも分かる、これはヤバい魔法だ。


「ちょ、ちょっと……やめたほうが……」


 もちろん俺の言葉で呪文詠唱が止むはずもない。やがて天井付近に巨大な光の玉ができ、それが回転しながら徐々に大きくなっていく。ダンジョンが明るく照らされ、まるで小さな太陽がダンジョン内に現れたかのよう。


「ふふ……覚悟は良いかしら」


 本人も光の力に当てられて辛いに違いない。しかしその目は爛々と輝き、とても生き生きとしている。

 彼女は自分の背丈ほどもある光の玉を、なんの躊躇もなく俺に向かって振り下ろした。しかしその巨大な光のエネルギーは俺をあっさりとすり抜け、轟音を立てながら地面へと叩きつけられた。衝撃でダンジョンが大きく揺れ、天井から岩が降り注ぐ。


「こ……これもダメなの!?」


 ナースさんは目を見開き、悔しそうに地団駄を踏んだ。

 それがトリガーとなったのだろうか。ものすごい数のアンデッドの体を支え、強大なエネルギーを持つ光の玉をも受け止めた地面がとうとう限界を迎えたらしい。あちこちにヒビが入り、声を出す暇もなく、死体のように横たわるアンデッドもろとも奈落の底へと消えていった。




***********




「いやー、体が軽いなぁ」


 吸血鬼はハツラツとした声上げながら土の入った大きな袋を軽々と抱える。

 たった一晩であんなにボロボロだった歯も爪も元通りだ。


「なんて言うか……ほんとバケモノだよね」

「君もだろう、何を今更」


 吸血鬼は新しい歯を輝かせながら爽やかな笑みを浮かべる。爪も歯も、以前より白く綺麗になっている気がした。


「あの治療、意味あったんだなぁ」

「意味がなきゃあんなことしないさ」

「健康診断受けられなくてザンネンだったね」


 声をかけてきたのは頭にしこたま木材を乗せたゾンビちゃんだ。体の縫い目も綺麗に整えられているし、なんだか肌艶も良くなったように見える。

 ゾンビちゃんや吸血鬼だけではない。スケルトンたちもいつもよりハツラツとしていて、アンデッドなのに生き生きとしている。


「うーん、残念……だったのかな。確かにみんな調子良さそうだけど、やっぱりあの荒治療を受ける勇気はないなぁ」

「ソウ? 確かにイタイけど、終わった後はとっても清々しいよ」

「そうそう。なんかこう……生きてる! って感じがするんだよなぁ」

「なんだそれ。あんなに嫌がってたくせに」


 二人ともあの拷問を思い出したのか、体をさすりながら苦笑いした。


「ダッテ痛いもん」

「でも彼女に壊されるようならいずれ冒険者との戦いで壊れてしまうさ。だったら思い切って全て破壊してもらって新しい丈夫な体を手に入れた方が良いだろう。このダンジョンもね」


 ナースさんが地面を崩落させた時はどうなるかと思ったが、ナースさんとドクターに大きな怪我はないようだったし、我がダンジョンのアンデッドたちはもともと満身創痍だったので多少の怪我など問題にならない。ドクターの処置もあって一晩経つころにはみんな元気に動き回れるようになった。そして朝からその元気な体を目一杯ダンジョンの復旧工事に使っているという訳だ。


「しかし挨拶ができなかったのは残念だ。日が沈んだ頃にダンジョンを発ってしまったんだろう?」

「うん。まぁあの状態じゃ起き上がれないのも無理ないよ」


 頭の上の木材を倒さない絶妙なバランスを保ちつつゾンビちゃんが首を傾げた。


「ナースさんナニか言ってた?」

「えっと、しばらくしたらまた来るって言ってたよ。それから……あの人、やっぱこの仕事趣味でやってるよね」

「一体何を言われたんだ?」


 吸血鬼は恐る恐ると言ったふうに尋ねる。

 ナースさんの言葉を思い出して俺は思わず苦笑いをした。俺にダメージを与えられないのがそうとう気に食わなかったらしい。彼女は去り際に目の笑っていない笑みを浮かべて俺にこう言ったのである。


『次は絶対殺す』

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