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8、目指せ!女子に人気のダンジョン




 その日、ダンジョンの中はとても静かであった。

 外は朝から小雨がぱらつき、冒険者たちの勇ましい足音や鎧の擦れる音はいつまで経っても聞こえてこない。

 今日はダンジョンを訪れる冒険者は少ない、もしくは来ないと踏んだ我々はダンジョンの隠し部屋の一つ、遊戯室にて暇を潰していた。


「もっと人気が欲しい」


 吸血鬼が口を開いたのはそんな時だった。

 ボードゲームに興じていたスケルトンズ、床で寝ていたゾンビちゃん、そして野次を飛ばしつつボードゲームを上から見ていた俺たちで顔を見合わせ、そして一斉に吸血鬼へ視線を移す。


「人気ってなんの? 自分の人気?」

「人気欲しいならコウモリより猫に変身した方がイイと思うヨ。猫人気だから」

「ちがーう!! ダンジョンの人気だよ」


 吸血鬼はその辺にあった椅子の上に立ち、聴衆の視線を一身に受けながら口を開く。その様はまるで政治家が良くやる演説のようであった。


「我々は死なない、つまり人生における時間切れというものが実質ない。時間が決められていないとどうしても怠けてしまいがちになるが、それじゃいけないと僕は思うんだ。むしろ幅広い年代を過ごし、知見を広げた我々こそ率先して進化していかねばならないと、そうは思わないか?」

「前置きは良いよ。で、何がやりたいのさ」


 ゾンビちゃんが飽きたのか砂遊びをし始めたので先を促すと、吸血鬼は拳を振り上げて熱く宣言した。


「ズバリ! ダンジョンに訪問する冒険者の層を広げたい!」

「……なんで?」

「な、なんでって。訪問者を増やすには今までとは違った客層を開拓するのが基本だろう」

「別に訪問者を増やす必要あるかなぁ。うちみたいな中堅ダンジョンにはこれくらいの訪問者数でちょうど良いんじゃない?」


 俺の言葉にスケルトンたちが一斉に頷く。

 一方、ゾンビちゃんはダンジョンの土で山を作っていた。


「だからそう言う思考の停止が良くないと言っているんだ! 我々は体の代謝が止まっている。頭の回転まで止めたらそれこそただの死体と変わらない!」

「うーん……じゃあ具体的にどういう層を取り込みたいと思ってるの?」

「良くぞ聞いてくれた。取り込みたい層――それは女性層だッ!」


 スケルトンとまた顔を見合わせる。吸血鬼の話にとうに興味を無くしたゾンビちゃんは土の山にトンネルを作っている。

 俺達のレスポンスがイマイチだったからか、吸血鬼は少々焦ったように口を開いた。


「じょ、女性層の取り込みは人間達が商売をする上でも重要なポイントなんだぞ」

「いや……なんかこう、下心が見え隠れするんだけど」

「なっ! そ、そんなわけないだろう」


 吸血鬼はとんでもないという風に目を見開き、首を振って見せる。その仕草が俺の目には酷く白々しく映った。


「『吸血鬼』って種族は他の魔物と比べてもなんか全体的にエロいもんね。俺は美人の血しかすわねぇぞ、みたいな人もいるし」

『確かに』

『確かに』

『確かに』

『確かに』


 吸血鬼は一斉に上げられたスケルトンたちのプラカードを一枚一枚律儀にへし折りながらその牙を俺たちに向けた。


「世界中にウン十万といる我が同胞たちを敵に回す気か!」

「そうは言っても明らかにそういう傾向有るじゃん」

「だとしても『耽美』と! 『耽美』と言ってくれたまえ!」

「まぁそれはそれとして、本当のところどうなの? 純粋にダンジョンの訪問者数を増やしたいってわけじゃないんでしょ」

「そ、それは――」


 吸血鬼はしばらく口ごもり、一通り視線を泳がした後バツが悪そうに口を開いた。


「別に下心がうんぬんという訳じゃないんだ。ただ、そろそろ女の血が飲みたい」

「やっぱりそんな事かぁ」


 スケルトンたちも互いに顔を見合わせて「やっぱりね」とでも言わんばかりに頷いている。

 吸血鬼は半ばヤケクソ気味に、声を荒げながら吸血について語った。


「吸血を行わない君たちにとってはそんな事と思うかもしれないが、僕にとっては非常に重要な事なんだ! 考えてもみたまえ、汗臭いムキムキの戦士より花の香り漂う女性の細い首筋に噛り付きたいと思うのが普通だろう?」

「まぁそれは確かにそうかもね」

「だろう!? 僕だって贅沢をいうつもりは無い。これまで通りマッチョの血もきちんと頂く。だが女の冒険者にも少しで良いから来てもらいたいんだ。美人とは言わない、とにかく女の! 女の血を!」

「うーん、確かに気持ちは分からないでもないかなぁ」


 このダンジョンを訪れる冒険者の9割が男性だ。そもそも女性冒険者というのは非常に数が少ない。旅続きで日々戦いを繰り返すのが冒険者の宿命。女性に敬遠されるのも無理はない。

 確かになにか工夫をしなければ女性冒険者など来やしないのだ。

 しかし問題はその方法である。


「でもどうやって女性冒険者を呼び込むの?」

「良い質問だ、これを見てくれ!」


 そう言って吸血鬼はどこからかフリップボードを取り出した。恐らくスケルトンから借りたものだろう、準備の良いことだ。

 フリップには「女子はアンデッド系ダンジョンのココがイヤ!」とのタイトルが記され、その本文部分はシールのようなもので隠されている。本当に準備の良いことだ。


「女子がアンデッド系ダンジョンでイヤなことワースト3位はこちら!」


 吸血鬼がやたらと明るいテンションでシールをめくる。すると「第三位 暗くて不気味」という非常に失礼な文言が姿を現した。


「暗いと足元が見えなくて危ないし、女性が怖がってしまうからな!」

「ダンジョンは暗くて当然でしょ。天井ぶち破って日の光を入れるっての?」

「はっはは、忘れたかい? うちには我々の目にも優しく、ダンジョンの雰囲気を壊さない天然の光源があるじゃないか」

「……そんなもんあったっけ?」

「困った幽霊だ、あの伝説の食材を忘れるとは」

「食材?」

「今日こちらにご用意しました、ジャン!」


 吸血鬼が意気揚々と取り出したのは、籠に盛られたカラフルなキノコであった。そのおもちゃのような蛍光色、ストライプや水玉などの様々な模様、そして薄っすらと光を放つその姿には見覚えがある。

 あれは以前、吸血鬼とゾンビちゃんが食べて「ハイ」になってしまったヤバいキノコである。


「そ、それは! 処分したはずなのに」

「ふふふ、いくらキノコを処分したところですでに胞子は飛ばされてしまったのだよレイス君。今は僕が秘密裏に栽培を行い、安定供給ができるまでになった。これを埋めれば足元の安全性も高まる。なにより見たまえ、この愛らしいフォルム! これで女子もメロメロだ」

「うぐぐ……でも確かに女子ウケしそうではある……」

「そうだろう、そうだろう。これで第三位は解決、次に移ろう!」


 吸血鬼はさらにその上のシールを勢い良くめくる。

 出てきたのは「第二位 モンスターが可愛くない」という前回を上回るほどの失礼な文言。しかし吸血鬼は申し訳なさそうにするどころか気にするそぶりも見せない。


「これはまぁ話すまでもないことだ。ゾンビやらスケルトンやらを可愛いと思う女性はまずいない」


 実年齢はよく分からないが、少なくとも見た目は少女であるゾンビちゃんに面と向かって可愛くないなどと言って良いのだろうか。

 そう心配したことがアホらしくなるほど、ゾンビちゃんは吸血鬼の言葉など聞いてはいなかった。今は山にできたトンネルに水を流し、水路のようにして遊んでいる。


「まぁ小娘はゾンビ界の中では随分マシな見た目をしている方ではあるからもう少し身なりを整えれば何とかなるだろう。問題はスケルトンだなぁ。なんというか、地味なんだよな」


 そう吸血鬼が言った瞬間、スケルトンの動きが止まった。

 そして示し合わせたかのように一斉にボードにペンを走らせ、高く高く掲げる。


『スケルトンは可愛くないのか』

『具体的にどこが可愛くないのか』

『どうして可愛くないのか』

『どこら辺が可愛くないのか』

『なんで可愛くないのか』

『誰が可愛くないと言ったのか』

『そもそも可愛いの定義はなんなのか』


 スケルトンたちはボードを掲げながら吸血鬼を囲み、じりじりと彼を追い詰める。

 彼らに表情筋がなかろうと、舌も声帯もなくて声が出なかろうと、その骨に囲まれた腹に憤怒の感情が渦巻いているのは明白。流石の吸血鬼も悪い事をしたと思ったのか、汗を流しながら必死の形相で言い訳をしている。


「い、いや別に可愛くないとは言ってなくって、つまりその、素材は良いんだけどもう少し飾り気が欲しいというか。ほら、君たち実用性重視の鎧ばかりだからたまにはもっとお洒落な服着ても良いんじゃないかなって、そう言う意味で言ったんだよ。せっかく白い肌……というか白い骨を持っているんだからもっと肌……じゃなくて骨見せていかなくちゃもったいないじゃないか」


 吸血鬼が早口でそうまくし立てると、少し気分が晴れたのかスケルトンたちは波が引くように元の場所へと散って行った。

 吸血鬼はホッとした様に大きく息を吐き、汗を拭って恐る恐る口を開く。


「ええと、じゃあとりあえず次へ行ってしまおうか。では第一位」


 ここまで顰蹙を買ってもさらにこの魔のランキングを続けようという勇気に賞賛を送りつつ、第一位に注目する。シールをめくった先にあったのは「特に見どころがない」という身も蓋もない文言であった。


「あのさぁ、うちは観光地じゃなくてダンジョンなんだよ? そもそもみんな宝箱目当てにダンジョンに入ってるってだけで、見どころなんて求めてないんじゃ」

「甘い! 女性が求めているのはお宝プラスアルファなんだよ。例えば塔の形態をとったダンジョンからは素晴らしい絶景を見ることができるし、城にモンスターが住み着いたようなダンジョンでは豪華な建築や王侯貴族達の生活の片鱗を見ることができる。蟻の巣のように地味な我がダンジョンにはそう言ったものがない……いや、ないとされていたと言うべきか」

「まさか……なんか作った?」


 吸血鬼は怪しげな笑みを浮かべて俺たちを手招きした。


「着いてくるが良い。見せてあげよう、我がダンジョンの新たな名所を!」




*********





「えっ、なにこれは」


 連れられた先にあったのは、濃い瘴気漂う巨大な紫色の沼であった。煮詰まったスープのようにドロリとしており、底からは絶えず泡がゴポゴポ音を立てて上っている。まるで魔女が大釜で煮込んだ怪しげな汁を世界中から集めてこのダンジョンの一室にぶちまけたかのようである。

 ご丁寧にその沼の縁を囲むように石が置かれ、どことなく風流な雰囲気を醸し出していた。

 吸血鬼は胸を張ってこの沼を指さす。


「フフ、これはダンジョン工事中に湧き出した温泉だよ」

「……温泉?」


 こんなドロドロした紫の温泉など見たことがない。

 どう考えてもこれは……


「毒の沼じゃ」

「うわーっ! すごい温泉だ!」

『すげー』

『掘り当てたヤツ天才』


 俺の言葉はゾンビちゃんの歓喜の声にかき消された。さらにスケルトンまで骨を揺らしながら小躍りしている。

 誰もがこの沼を温泉と信じて疑わない。まさか温泉を見たことがないのか? いや、温泉とはすなわち温かい泉。この沼も湯気を出していて温かそうではあるし、広義では温泉とも言えるのだろうか。兎にも角にも、この沼に疑いを持っているのは俺だけのようである。

 吸血鬼はみんなのはしゃぎように非常に満足したようで、嬉しそうに頷いた。


「女性は温泉が何よりも好きだからな。これさえあれば毎日飲みきれないほど女の血が飲める!」


 吸血鬼はそう熱く語るが、彼の言葉などすでに誰も聞いてはいなかった。

 ゾンビちゃんは服を着たまま沼……じゃなくて温泉に飛び込み、「ぷはー」と息を吐く。


「あー、生き返る〜」


 その言葉をきっかけに、スケルトンたちもどんどん温泉に入っていく。みんな顎をカパッと開き、気持ち良さそうにしている。

 人間にはどうか分からないが、アンデッドはこの温泉を気に入ったらしい。しかしみんな女性層の誘致などどうでも良くなったみたいだ。大はしゃぎで広い沼地を楽しそうに泳ぎ回っている。

 一方、誰も聞いていないことにも気付かず、吸血鬼はまだ熱く語っていた。


「……今後の課題はこのダンジョンをどうPRしていくかだ。取り敢えずダンジョン掲示版を使って近隣ダンジョンに告知、それから冒険者たちに……」





*********






 それからしばらくして。

 ダンジョンは非常に賑やかになっていた。暗く入り組んだ道をキノコの光が照らし、あちこちから女性の高い声が聞こえてくる。吸血鬼の提唱した女性層取り込み作戦はある意味成功したといえる。

 しかし吸血鬼は複雑そうな面持ちだ。


「どうしたのさ吸血鬼。ちゃんと女の子たちが来てくれたじゃないか」

「……女の子は女の子でもこれじゃあ血が吸えないじゃないか!」


 吸血鬼はヤケクソ気味にそう叫んだ。

 分かりきっていたことだが、あの温泉は人間にはすこぶる評判が悪いらしかった。当然である。あんなところに生身の人間が浸かれば数分と持たず死んでしまう。

 ところが、ゾンビちゃんやスケルトンたちが大喜びしたことからも分かるように、やはり魔物にはこの温泉は好評だった。

 つまり。

 女性は来た。しかし女性は女性でも魔物のメスだったわけだ。


「良いじゃん、お金も払ってくれるしさ。見てよ、スケルトンたちの商売も好評そうだよ」


 ダンジョンの一角に作られた土産物屋では冒険者から奪った衣類や手先の器用なスケルトンたちによる工芸品が売られている。

 特に人気なのはスケルトンたちの古くなった骨を再利用したマスコットやドクロの盃である。土産物屋名物のミニスケルトンストラップも用意されており、これは子供の魔物に人気だとか。


「ああ、売れているらしいな。よーく知っているよ。可愛くないと言われたことを奴らはまだ根に持っているらしいくてね。自分たちを模したストラップが売れるたびに僕に報告してくるんだ。顎をガタガタ言わせながら勝ち誇ったように」


 吸血鬼はゲッソリした顔で大きなため息をついた。


「しかしいくら金が入っても女の血は吸えない……」


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