第4話 戦端を開く
ジェリド達、元フォルデノ兵は再びベランドナの支援を借りつつ、日が暮れる頃にはアマンの深い森を抜け頂上付近に無事辿り着いた。
想像通りあれから敵の襲撃を受ける事はなく、明日へ向けて野営をしていた。
夜襲という考え方はジェリドの頭にはなかった。一方、敵勢力にも同じ考えはなかったらしい。
灯りを用いて暗い山道を戦うのは攻守両方において、狙い撃ちにされる愚を避けたといった所か。
とにかく戦前の静けさが訪れていた。
「ベランドナ、少し良いかな?」
「はい、なんでしょう」
「その、なんだ……。君の様な優秀な者が何故、人間の学者なぞについているのか前から聞いてみたかったのだ」
「嗚呼、成程…」
ジェリドは珈琲を持ってベランドナの向かいに座る。無論、彼女の分も差入れしていた。
人の想いなどそれぞれ。そこに足を踏み入れるのは年長者…いや、正確にはベランドナの方が遥かに年長なのだが、人生経験の長いジェリドだからこそデリケートな話題だと自覚している。
「やはりジェリド様は気に入りませんか? 人を人工知性で進化させようとするマスターやサイガン様のお考えには」
「そうだなあ、正直面白くない。まるで神を気取ったやり方だ。君はやはりその辺りに興味を抱いて?」
「そうですね、初めはそうでした…」
サイガンとドゥーウェンが創った人工知性プログラム『AYAME』。それを生きた人間達に移植して本人の知性と融合させる。
これを300年以上かけて転移・進化させ、全ての人間を言葉不要で互いが分かり合える新たな種へと進化させる。
人が人を強制進化させるこの行為をジェリドは良しと感じてはいない。
「そんなに深い理由ではないのです。300年以上も生きていると、最早生きる事に麻痺しています。それにハイエルフは人間よりも優れている…」
「……」
「この傲慢な考え方が嫌いでした。そこでエルフの里を抜け出してあの方と知り合い、他の人間と触れ合う事で長寿のエルフ族よりも短命でありながら、何かを成そうとする人間に興味を惹かれたのです」
「成程な。我等が蜻蛉でも見ている様な気分か」
ベランドナの答えにジェリドは夜空を仰いだ。星の寿命に比べたらエルフも人間も蜻蛉にすら届かないかも知れない。
「まあ今はとにかく我が故郷を取り戻したい。くだらない感情は捨てよう。明日の作戦は先程伝えた通りだ。宜しく頼む」
「それなのですが本当に私が別働隊で宜しいのでしょうか?」
「フフッ、攻め入るだけが戦いの全てではないのだよ」
ベランドナの疑問に戦斧の騎士は微笑みで返した。二人はこの後も少しだけ会話を続けてから僅かな休息を取った。
翌朝4時、早天には1時間あるがジェリド隊は再び進軍を開始。彼等はジェリド率いる99の本隊。そしてベランドナ率いる30。
そしてファグナレン、昨日ジェリドに諭された優男である。彼が率いる70に別れている。
もうラファン領地に入る。後は西に約30km、エディン山頂の砦を目指す訳だが、最早いつ襲われてもおかしくはない。
だが敵兵は塁に隠れて様子を伺っているらしい。
本隊の進軍する道が一番大きく、大人が10人程横に並列して歩く事が出来る。
ここまで実に忍んでやって来た彼等だが、堂々と進軍する。やがて道を全て塞いだ形の石塁が見えてきた。
「我こそは元フォルデノ騎士団長『ジェリド・アルベェラータ』である! 名を挙げたい者はかかって来るが良い!」
本隊の先頭で堂々と名乗るジェリドに対して数本の矢が降りかかる。
彼は動じず矢を全て鎧で弾いてみせた。彼の防具はどうやら特注品のカーボン製らしい。
「そんな些細な攻撃は効かん。コレで語ろうという者はおらんのか?」
(これが弓矢の打撃? 圧力が尋常ではないぞ)
ジェリドはそう言いつつ柄の長い戦斧を両手で構える。打撃の方は顔には見せない。
敵は相変わらず矢を放ってきた。今度は雨霰の様に降り注ぐ。真っ直ぐ飛んでくるものと、上空に打ち上げて放物線を描き落ちてくるものがあった。
ジェリドに降りかかる矢を先頭の騎士が2人、前に出て剣で振り払う。
真っ直ぐに撃たれた矢は、他の騎士が盾を突き出して弾き飛ばす。
「そうら、来ないなら此方からゆくぞっ!」
ジェリドは無防備にも戦斧を石塁に振り下ろし破壊する。盾を構えた連中は機動力に優れた全体は短いが穂先が長く重い槍を突き出して攻め込んでゆく。
遂に戦端が開かれた。
一方、砦に対して東側にそれた道にはファグナレン率いる70が来るのかと思いきやそもそも山道に人がいない。
ファグナレンは両手にダガーを握り、森の中から飛び出してゆく。他の連中も皆、ナイフ類の比較的軽量な武器を握ってそれに続く。
彼等は道なき道を音を殺して進んでいたのだ。本隊とは全く違う進撃である。
ファグナレンの二刀のダガーが、二頭の蛇の様に敵の喉元に迫り次々と斬り裂いてゆく。
(す、凄いっ! 身体が羽根の様に軽いぞっ! これがベランドナ様の『戦乙女』の効力か!)
「おのれこれ以上っ…!?」
リーチのある槍を持って二人の敵が同時に襲いかかる。ファグナレンは突然ダガーを宙に放ったので、敵はそちらに視線が飛んでしまう。
そこへ無手で飛び込んだファグナレン。まずは右の小手を裏拳の要領で相手の顔に叩き込む。さらに左の回し蹴りを二人目の顔にぶち込む。
彼の装備は革製にしか見えないのだが、やられた相手はいずれも顔を潰され即死した。
恐らく攻撃を当てる所には金属が仕込んであるのだろう。
宙に上げたダガーを再び掴むと次の獲物を狙うのだ。実に無駄のない動きに敵は翻弄される。
派手さを嫌い、元々の金髪を黒に染め上げ短く切っているのだが、鋭く赤い眼光が軌跡を残し、まるで激しいダンスをしているかの如く艶やかだ。
身体が小さい彼にとって重量のない武器と、己自身の身体を武器とする事は戦人となるための必須条件だった。
壊乱する敵を他の味方も仕留めてゆく。実に鮮やかな手際だ。馬上の騎士が3人いる。
(恐らく真ん中が本命!)
ここでファグナレンは急に空に舞う。いきなり鳥の様に飛ぶ相手に、馬上の騎士は激しく動揺する。ベランドナの風の精霊による自由の翼を隠していたのだ。
宙でその身を翻し、まず交差させた二刀のダガーを本命の脇を固める二人の首筋に突き刺す。さらに本命の目に唾をかけると、縦に前転しながら右の蹴りでその首をへし折った。
石塁のリーダー格をやられた相手は戦意を喪失し、逃げ腰の所を他の兵士に殺された。
逃げられた相手もいたが、実に10分とかからずこの石塁は、ファグナレン小隊が制圧した。
「隊長、相変わらずの手際でした」
「いや、この間の巨人や拳銃使いにはまるで通じなかった。それより此奴等…」
「はい、信じられません。確かにマーダ軍の襲撃でやられた筈の…」
「元、お仲間とはな」
ファグナレンとその部下達はその目を疑った。白い鎧を纏ったフォルデノ城の騎士に相違ない。
「一体あの砦で何が待っているというのだ?」
ファグナレン達はまだ見える筈のない西側の砦に、脅威を感じずにはいられなかった。