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第2話 馬上槍の女

 いよいよラファンの奪還作戦が始まる訳だが、その前にこのアドノス島について少し語ろう。

 ジェリド等がいたエディン自治区が、ちょうどこの島の北側の中心であり、さらにその頂点の岬上になった箇所に要塞都市『フォルテザ』が存在する。


 その東隣にランチア達の地元、海の観光資源が豊富な『ラオ』。


 その下にある巨大遺跡のある『エドル』。遺跡の割に、土地そのものは、矮小で他に最たる産業もない。


 さらに南下すると、戦之女神エディウスの聖地『ロッギオネ』。

 戦艦の二人が向かった先である。


 エディンとラファンの国境線に蛇の様に横たわる『サペント山地』。その中でもアマン山が最も深い森を持つ。

 サペント山地の中にエディンとラファンの境界線があり、超えても山地が続く。

 ラファン側にある、一番標高の高い山、そしてその山の麓にある街の名、何れも『ディオル』である。

 今回の舞台と言うべき林業で栄えた場所だ。そして面積だけならアドノス島で最も広い。


 一方、エディンの西にある『カノン』。こちらはラファンと同じ山国なのだが、鋭い岩肌を見せ、山と言うより、谷の塊の様な実に不毛な地域だ。


 そして最後にこの島で一番栄えていた『フォルデノ王国』。

 この王国、カノンとラファン、そしてエディンのアマン山にすら守られている格好だ。

 しかし今はマーダの居城と化している。


 要するにエディンからラファンに行くには、アマン山を擁するサペント山地を超えて南下するのが最短ルートと言える。


 なれどこの深い森を抜けるのは、山国ラファンで木こりをやっていたジェリドですら容易ではない。


 仮に首尾良く抜けられたとしてもラファン山地の1番高い位置から、敵は見下ろしている。


 黙って此方を見ている筈がない。各山道の要所にも兵を割いている事だろう。


 そこを馬を捨ててでも進行するというのが、ジェリド率いる元フォルデノ王国兵だ。


 そして騎乗と自由を許されたランチア率いるラオの槍騎士部隊40。

 彼らは明朝4時という時間すら守ってはいない。作戦会議が終わる否や、飛び出すとまず真東にルートを取り、そのままカノン領に入っている。


 さらに出来る限りの海沿いという、途轍もない遠回りをしているのだ。もっともそのまま海沿いを進んでしまえば、カノン領の砦を通る事になる。

 何れは海に別れを告げねばならない。


 それにエディン領は、比較的海沿いを進行しやすいのだが、カノンは一見、そうは見えない。海沿いは断崖絶壁にしか海側からは映らない。

 だが実際には断崖の上に一応道が存在するのだ。元来、海の産業を生業にするラオの者達。彼等はそれを熟知していた。


 漁とは常に命懸けである。ラオの海人はいざ陸地へ逃げねばならぬ際に、接岸出来る場所から、逃げられる道を知っておく必要があった。

 それどころか、彼等はアドノス島の海に近い地域に住む者と交流すら持っていた。これは実に友好的なラオの民だからこそ、成せる生き方だと言えた。


 岩肌を縫う様に進む必要のあるカノン。なれど事前に連絡した地元の道案内と共に行く。

 カノンに入っておよそ100km進行した所で、案内人とルートを変える。

 いよいよ此方も南下し、ラファンにある敵の砦を後方から突く道を前進する。


 ところでこの道筋を行く事を決定したのは、ランチア団長ではない。赤いシャチことプリドール副団長の英断なのだ。


 ランチアは副団長を見ながら思った。


 ―副団長プリドールはいつだってそうだ。俺は臆病だが器用さだけは自信があった。投槍ジャベリンの腕を磨き、ラオ随一と認められ団長になれた。

 ―だが、決断力・統率力。そして何よりも突貫する槍兵に最も必要な勇気を持っているのは此奴の方だ。

 ―俺にはあの馬上槍ランスを操る胆力がない。この間は巨人に向かって突撃したというではないか…。


「どうした団長?」

「あ、い、いや、何でもねえよ」


 自分への視線に気づいたプリドールに声を掛けられ、ランチアは視線を背ける。


「ところでよ、敵の砦に着いてからはどうする? いくら何でも無茶が過ぎんじゃあねえの?」

「うーん……。あの坊やが言うには、何とかなるらしいんだが。まあ、こればかりは出たとこ勝負だな」


 プリドールは先頭を行く少年を顎で指してから、煙草を吹かしつつクスリと笑った。


 ◇


 さて、此方は宣言通り、早朝4時にフォルテザを出たジェリド率いるフォルデノ兵200。途中までは馬上であるが、森の奥地で乗り捨てる手筈だ。


 昨日ベランドナから聞いた敵の話。彼は無用な混乱を避けるべく、誰にも話してはいない。

 だからこそ余計に彼の中で車輪の様に回り続け、その心をかき乱している。


「どうかなさいましたか? あ、敵の素性ですね」

「ああ、考えても仕方がないのだが…」

「もっと精霊達の探りを入れましょうか?」


 ベランドナの進言にジェリドは首を横に振る。


「いや、此方が探知されるのは面白くない。まあ、道々で何れ判る。さて、そろそろ馬とはお別れか」

「はい、()()()が深くなります。私の様に森の精霊と通じないあの剣士様ガロウはよくも、この山を行けるものです」

「アイツは直観力が優れているからな。それに彼の地元、()()()とやらも相当に深い森があるらしいぞ」

「田舎……なんですね」


 ジェリドは冗談を言った訳ではないが、美女の笑顔を誘発した。


 ―美しい、あの優男(ドゥーウェン)の何処に惹かれるのであろう……。


 ふと、ジェリドは不謹慎にもそんな事を思った。


 ◇


「申し上げますっ! エディンの山中に多くの兵を見たとの噂を…」

「ウワサっ? 報告は常に正確に。憶測で述べる際にはせめて裏を取りなさい」


 ラファンの砦にて、報告を上げようとした兵士。眼鏡をかけた優男に大剣グレートソードを首筋に突き付けられてしまう。本当に薄皮一つの所で、傷には至っていない。


「こ、このラファンを獲りに来る以上、お、恐らく戦斧の騎士ではないかと…」

「それは貴方の妄想だけです。事実が一欠片もない……。まあ、いいでしょう。とにかく山中の塁を守備を固め、素性を明らかにしてから、もう一度来なさい」

「は、はっ!」


 眼鏡の男は納刀すら見えなかった。とても大剣の扱いではない。


「弟子と相対するか。世辞にも気持ちが良いとは言えんな」


 眼鏡の男は、言う割に冷たく笑った。

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