第13話 貫くということ
砦入口での争いはまだ続いていた。ジェリドの機転で此方の手助けに入ったプリドール率いるラオの騎士団が、砦の兵士達を後ろから挟撃する形になった事で、優勢に傾きつつある。
「きゃあぁぁっ!」
「リタっ、危ないっ!」
司祭見習いリタを襲うバスタードソードの剣士の間に、ロイドが割って入り両手で握ったメイスで攻撃を防ぐ。
「ロイドっ!」
「ごめんっ、遅くなったっ!」
ロイドは勢いそのままに今度は此方から仕掛けた。最上段まで振り上げたメイスを叩きつけようとする。
しかし相手の方が巧者だ。向かって来るタイミングに剣を合わせて、ロイドを斬ろうとする。
(し、しまったっ!)
ロイドは一瞬青ざめたが、床を思い切り蹴って後方に下がり難を逃れた。
「ロイドっ、攻撃の瞬間が一番狙われやすいと教えた筈だぞっ!」
「はいっ、気をつけますっ!」
ロイドにメイスの扱いを教えたらしい戦士が注意を促した。素直に応じるロイド。
(か、かっこいい……)
ロイドは全く気付いていないのだが、これがリタの想いなのだ。リイナへの憧れは勿論あったが、彼に好意を抱き、自らも戦いに参列出来る道を模索した。
結果、恋敵と言えるリイナと同じ道を辿った。
もっとも彼女は自分がロイドの恋愛対象になれるとは思っていない。でもリイナが地元から離れている今だけは、私が独り占めしたいと密かに思っていた。
「やろうリタっ! 俺に祝福の奇跡を頼むっ!」
「あ、はいっ!」
リタは正にロイドのこれからに祝福を添えたいと心底思った。
◇
「ぐっ……ま、まさかそんな攻撃を」
ランチアの奇襲に脚を負傷したカーヴァリアレ。この戦いで初めて見せる屈辱に満ちた表情だ。
「へっ! どうよっ? アンタは俺のハルバードが二刀だと見破り、防いだ事に満足した。満足した野郎は思考が停止する。優秀な奴ほどこういう仕掛けにハマる。だがな、命のやり取りをする以上、それは怠慢なんだぜッ!」
「い、言ってくれますね……」
「ああっ、さらに言ってやる。この俺様は何から何まで計算づくよッ!」
腹を立てたカーヴァリアレは珍しく自分から仕掛ける。『竜之牙』を左下から斜め上へと振り上げる。
それに一瞬気を取られ上を向いたランチアに対して、もっと扱いやすい左腕と同化した剣で足元に斬りつける。
だがこれをジェリドが対処する。重い戦斧に軽い剣は弾かれた。そのままジェリドが今度はランチアの前に先行する。
(おのれこの傷、見た目以上に苦痛ですね。構いません、痛覚が必要以上に強いだけ。これしきの事で私の動きは止められないっ!)
カルベロッソ兄妹同様、やはり彼も五感の鋭さを活かしていた。この身体になって初めての傷は想像以上に痛い。
しかし彼はこの感覚でまだこれ程と再認識出来る余裕があった。そこは百戦錬磨の人間だからやれる能力であろう。
ジェリドの攻撃はランチアと比べたら単調と言えなくもない。彼は自分の役目を理解していた。
ランチアがこの戦いを決める。自分はそれまでのお膳立て役だと割り切っているのだ。初めて共同戦線をやる人間を信用するのは少々迂闊と言えなくもない。
だが自分の人を見抜く能力を信頼しているのだ。
「ああっ!!」
不意にランチアは大声を上げて指を差した。カーヴァリアレにとってその向きは右斜め前に当たる。
あまりの出来事にカーヴァリアレとジェリドもそちらに一瞬視線を送った。カーヴァリアレの大剣を扱う右腕はちょうど伸びきっていた。
その右腕に向けてランチアは右脚を蹴り上げる。なれど数cmの差で届かない事をカーヴァリアレは瞬時に理解した。
「ぐっ! な、なんだとっ!」
絶対届かない筈の攻撃。しかし気がつけば肘辺りを斬られているではないか。
ランチアのブーツの先からナイフが跳び出していた。蹴り始めにそんなものはなかった。
「へっへー、だから言ってんだろ。アンタは満足したら止まるってなっ! だからこんな小細工に引っかかちまうんだぜッ!」
「あ、貴方には騎士道精神というものはないのですか?」
「あぁ? そんなもん始めっからねえなあ。俺は元々漁師なんだよっ!」
(それだけではないっ! その前のフリだ。渾身の顔で指を差すから、完璧に自分まで釣られてしまった。感覚が研ぎ澄まされたカーヴァリアレにとっては尚更であったに違いない)
ジェリドはランチアの勝ちに対する執着心に動揺した。もし万が一釣られなけばランチアの方が瞬殺されるのだ。決して卑怯だとは思わない。
むしろその強靭な心臓を賞賛すらしたい。
「さあ、いよいよ終わりが近いんじゃあねえの? 肘を斬られてそのデカい剣を満足に振れるのかっ?」
「こ、これしきの事でもう勝ったつもりですか?」
「そうかよッ!」
ランチアの攻勢が続く。両手、両足、両肘、両膝、全ての箇所から鋭利な刃物を突き出した。
「き、貴様っ! 先に種を明かすのかっ!?」
「さあて、どうだろうな。まだ何かあるかも知れねえぜっ、ククッ……さあ、決めるぜ総司令ッ!」
「おっ、おぅ!」
最早全身が凶器と化したランチアがせせら笑い、勝負を決める宣言を告げた。その勢いに味方のジェリドすら動揺する。
(しかし師匠は本当にこれで終わりなのかっ!?)
ジェリドはこうも感じている。相手の方こそまだ最後の欠片がある気がしてならない。
(へっ! こ、これで終いなら苦労はねえんだ。あんなガキ共を相手にしてまだ例の2人が来ねえ……要はそういう事だろ…)
ランチアも実は同じ認識だった。ただ判らない事を悩む無駄は決してしないのが彼の美学なのだ。
「く、ククッ…。まさか奥の手を使う羽目になろうとは」
(なっ……)
(ほうら、来やがったぜ……だがな、こっちだってまだ残してんだッ)
カーヴァリアレの瞳が真っ赤に染まり、全身からも赤いオーラが立ち昇る。
(しっかし、アレはなんだあ?)
(なっ……ま、待て! あ、あの赤い輝きはもしやっ!)
ジェリドは戦慄する。エドナ村で黒の剣士マーダを退かせたというローダの例の力と同質ではないのか?
彼自身その状態のローダの戦いぶりを見た訳ではないが、もしそうだとしたらこれからが本当の地獄だ。
「ウガァァァッ!!」
まるで獣の様な叫びが生じたかと思った瞬間、2人の視界からカーヴァリアレが消えた。
「「なっ!?」」
ワイヤーの囲いを抜けて2人の動体視力を超えた速度で迫ったカーヴァリアレが左腕の剣をランチアに、右手に握る『竜之牙』をジェリドに向けた。
「な、何ィィッ!? グハッ!」
「あぁぁぁぁっ!!」
((み、見えなかった!?))
ランチアは左脇腹を、ジェリドは右脚を斬られた。何れも致命傷ではない。だがその何れも何をされたのか2人には判別出来なかったのだ。
「ふ、フフッ……。こうなった以上、私自身にももう止められません。今のは挨拶代わり。本来なら2人揃って首を貰っていた所ですよ」
(こ、これ程とは……)
(野郎…残してたもんがデカすぎる……ぜッ)
圧倒的な力。カーヴァリアレが赤く揺らぎながら不気味に笑いかけた。