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第11話 行き過ぎた二人

 緊張の色を隠せないジェリド。彼の言動に対する言葉が見つからないランチア。


 そんな二人を見てカーヴァリアレは流石に答えを与えてやろうと感じた。


「フフッ、そうですね。今の私の体力は年齢にすれば20代後半といった所。本来なら先に黄泉路へ旅立った妻の様に一家同じ病で哀れな末路を迎える所でした」

「で、では何故?」

「ですが私の潜在能力に気づいたマーダ様は私のみならず、哀れな子供達まで改造手術を施し救ってくださった」


 カーヴァリアレの話に唖然とするジェリドとランチア。完全に言葉を失う。


「まさにあの御方は私にとって、神に等しき存在なのです」


 カーヴァリアレはそう言って直立し、剣を天へとかざした。


「ば、馬鹿なっ!? そんな事で得られた余生と力に貴方は満足していると?」

「応える必要性を感じませんね」

「禅問答は二人だけでやってくれっ!」


 もう聞いてられんと言わんばかりに、ランチアがハルバードの突きを足元に見舞う。


(そうだっ! 俺はさっき金髪のエルフがやってくれた『戦乙女なんとか』でありえねえ程に力が沸いているッ! コレが消える前にカタをつけるッ!)


 ジェリドも目が覚める思いから、ランチアに続く時間差攻撃を繰り出す。


 ランチアの攻めとは逆に首を狙った突き。ランチアの方を跳んでかわしたので、カーヴァリアレは受けるしかない。大剣を真横にして受け止めた。


「プリドールとラオの連中は、入口付近の敵を掃討してくれ。頼むっ!」

「引き受けたっ!」


 ジェリドはまたも攻め打ったままの姿勢で、プリドールへの助力を乞う。

 プリドール等は一目散に駆けていった。


(や、やるっ! この俺の攻撃に合わせられんのかよっ!)


 ランチアはジェリドの立ち回りを見るのが初めてだ。

 自身の武器ハルバードをさらに重量級にした様な戦斧を軽々と振るい、いきなりの連携に合わせられるセンス。

 さらに冷静に味方に指示を送る態度。その全てに感服した。


 そして結果こそ同じだが、完全な防御一辺倒に初めて相手を回す事が出来た。


(俺達なら勝負になるっ! 勝機はあるぜっ!)


 ランチアは確信し心の中で決意を新たにした。


(師はとんでもない化物になってしまった。ベランドナとファグナレンは無事だろうか?)


 ジェリドはまだ楽観視していない。何しろ一度も勝てた事がない相手がより強大になってしまった。

 さらにカーヴァリアレの子供達も想像以上の化物だと理解した。


 ◇


 そのカルベロッソ兄妹との戦いも激化していた。


 兄スペキュラは相変わらずレイピアで鏡面を幾重も創造し、ファグナレンに対する盾として扱う。

 それをダガーで粉砕されても、レイピアで突いてそれ以上の事をさせない。


 妹ヴァデリは折れたメイスをベランドナに投げつけると同時に、ぬかるんだ地面の泥を蹴り飛ばし、それを相手の目に映すのに乗じて同じ速度で飛びかかる。


 身体能力だけでもまるで野生動物の如きだ。ベランドナは耳が全く聞こえない。

 目だけで対処するので反応が遅れる。かわす事が出来ない。

 二人は両手を組み合い、力比べの様な図式になった。


 ヴァデリより遥かに体格のいいベランドナの顔が苦痛に歪む。


 無理矢理両腕を広げさせ、身体が近づいた所に下腹部に向かって飛び膝蹴りを叩きこんだ。


「グハッ!」

「フフッ…」


 上半身が落ちるベランドナに対し、またもその首に両脚を絡ませて地面に叩きつけた。

 泥が飛び散りそれにまみれる二人。そこにはもう可愛いや美しいといった表現が当てはまらない。


(こ、声が……息すらっ!)

「アハハッ、もう手加減しないよっ!」


 さっきと違うのは完璧にその細い足を首に食い込ませ窒息を狙っている事だ。いや、首の骨さえへし折る勢いだ。


「『怨響現界おんきょうげんかい』!」

(うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)

「どうかしら? 杖がなくっても組み合った相手にだけならまだ使えるのよっ! 雨音なんかに負けるもんかっ!」


 未だに続くヴァデリの攻勢。ベランドナは声にならない悲鳴を上げた。

 必死に足掻きながら腰のベルトに装着した小物入れに手を伸ばす。


「きゃあっ! め、目がっ!」


 小物入れから飛び出したのはたった1つの光の精霊。おぼろげな光の玉を直視しただけでヴァデリは目を閉じてしまう。


(力が弱まったっ!)


 ベランドナはヴァデリの両脚を掴み、全力で開いて窮地を脱した。


(あれしきの光で? そ、そうかっ!)


 その様子を見たファグナレンはダガーを宙に放った。


「一体何のつもりだよっ!」


 当然この隙を突いてスペキュラが詰めて寄って来る。


 パァンッ!!


 ファグナレンは目前でありったけの力を込めて手を叩いた。力士が使う猫騙しって奴だ。


「いっ! み、耳がァ!」


 スペキュラが攻撃を捨てて耳を塞いだ。


(やはりっ!)


 ファグナレンは容赦なく踵を落としたが、それは流石にモーションが長すぎた。後ろへとかわされてしまった。

 しかし落ちて来るダガーを受け止めつつ確信に至った。二刀のダガーで兄妹をそれぞれ指しながらあえて告げる事にした。


「君達二人、五感が強過ぎるのだ。これから足枷になるぞ」

「要は手に余るってヤツなのよ。その音の攻撃が未だに扱えるのは、ちょっと想定外だったけどね」


 ベランドナが髪をかき上げフッと笑う。そうなのだ。これまでの敵もその強化された感覚を存分に使っていた。


 けれどもこの二人に至っては、それが余りにも強過ぎた。反射神経をここまで強化したのだから、神経伝達も尋常ではない。

 よって度を超えた感覚、今の攻撃で言えばヴァデリは視覚、スペキュラはその強すぎる聴覚に足元をすくわれた。


 その処理しきれない情報は全て脳へと送られる。誤信号が身体の動作に返る。当然全身の機能がエラーを起こす。


 恐らくその圧倒的な力で持って相手を一方的に殺りきる分には問題ない。今の戦いの様に相手とやり合う事を勘定に入れていないのだ。


「もう気づいているでしょう? 自分達の圧倒的な力で全身が悲鳴を上げ始めている事に」

「それにいくら肉体も強化したからと言っても限度がある。君達は超単距離ランナーだ。どれだけ優秀な選手であろうと、いきなり長時間走る事は適わぬのだ」


 ベランドナとファグナレン、二人の言葉はどんな刃よりも小さな兄妹を斬り裂いた。


「だ、だったらこの身体が壊れる前にっ!」

「貴方達をやっつけるだけよっ!」


 スペキュラは最早、鏡を作る事を止めてレイピアの突きに全身全霊を惜しまなく注ぐ。ファグナレンの怪我を追っている方を躊躇なく狙う。

 ヴァデリは白かった身体をさらに泥まみれにしながら、地面を蹴ってベランドナの足元に滑り込んだ。低い身長を武器に転じるにはそれしかない。


 だが二人共、その顔は苦痛に歪んでいた。あんなに愛らしかった姿は最早欠片も残ってはいない。悲壮感がついて回る。


(これだけ絶望を与えてもまだ続けるというのか?)

(戦う以上、どうあってもそれが鉄の掟。悲しいわね)


 負傷しているファグナレンと、鼓膜を失い自らの声すら解せないので魔術に頼れないベランドナ。此方の二人も手心を加える余裕はない。


 続けるのなら最後の最期まで覚悟するしかない。相手の命を摘む覚悟だ。


(……にしてもこのナイフ使い、随分と懐かしい気がするのは何故かしら?)

「ンッ? どうなされたベランドナ殿。まるで焦がれる様な顔で此方を見て」

「ば、馬鹿なことを…戯れを言ってる時ではありませんっ!」


 確かにファグナレンを見つめていたベランドナであったが、瞬時に否定しそっぽを向いた。

 まるで要領を得ないファグナレンは、キョトンするだけであった。

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