第1話 元・フォルデノ城の騎士
アルデノ島の最北にあり、目と鼻の先にある大国『エタリア』からこの島を守る最重要拠点である要塞都市フォルテザ。
此処から一隻の軍艦が、たった二人の男女を移送する為に出航した。その後からこの物語は始まってゆく。
「んっ? ちょっと待て! 彼奴等が船を使ったって事は、俺達は陸を往くのかぁ?」
「何言ってんだ団長。当たり前だろ」
『青い鯱』の異名を持つラオのハルバード使い。『ランチア・ラオ・ポルテガ』は仰け反りながら頭を抱えた。
その隣、『赤い鯱』と呼ばれるランス使い。『プリドール・ラオ・ロッソ』が、肘をついて実に憐れそうな目を向ける。
二人共、いざ戦場となれば異名通りに青と赤の全身鎧で、先陣切って暴れ回る槍使いである。ミドルネームに、地名のラオが入っているのは、その自治区で最も優秀な者である証だ。
「だってよぉぉ、俺は元々漁師。海の男よっ! それなのにまた馬上だぞっ!」
「あたいは元々、ランスで突貫する騎士だから望むところさ」
「あ、二人共、大変言いにくいのだが…」
騎馬の話題で騒ぎ立てる二人に、186cm、39歳。この中で最も隆々たる身体を誇る戦斧の騎士。
『ジェリド・アルベェラータ』が、身体に似合わず小さくなりながら告げる。
その実力は折り紙つきであり、元・ラファン自治区の総司令。彼のミドルネームに”ラファン”の文字が入っていないのは、彼自身が丁重に断ったからである。
「ラファン自治区は、その殆どが山だ。船はおろか、その馬ですらお役御免の場所も多い」
実に当然の事をまるで罪人の様に、今さら伝えなければならないのは辛い所だ。
「…………」
「ま、まあ、アタシは勿論知っていたけどねっ!」
ランチアは言葉を失い、プリドールは強がりなのか冗談なのか、何だか良く判らない。
「ハイハイッ、そこふざけていないでラファン奪還作戦の会議中ですよ」
見兼ねた学者『ドゥーウェン』が、手を叩いて、此方を観る様に促した。
「ふ、ふざけてなどおらんよ」
「あ、はい。大変失礼しました。ふざけてるのは青の海豚さんでしたね」
「い、イルカじゃねえっ!」
そう、ジェリドは決してふざけてはいない。彼は地元を占拠した最も憎むべき敵。
黒騎士率いる『ネッロシグノ』より我が故郷を奪還すべく、これまで以上に気合が入っている。
本来なら自由騎士を望む彼が、本作戦の総司令を引き受けた事でもうかがい知れる。
「と、ところでジェリドさん。本当にこの面子で?」
「ああ、そうだ。俺と元・フォルデノ兵200。それに青と赤シャチが率いるラオの槍兵40。それから君には大変申し訳ないが、ハイエルフのベランドナを随伴する」
「僕のベランドナをお貸しする事は構いません。ただ…『森の天使』は、本当に此処の守りにして宜しいのでしょうか?」
リイナは可愛い顔を真っ赤にして膨れ上がっている。14にして戦之女神の天才司祭。彼女を置いてゆくという事は、回復役不在を意味する。
さらに言えば彼女はジェリドの一人娘。ラファンを救いたいという思いは、父に劣らないのだ。
そしてベランドナ。普段の彼女はドゥーウェンをマスターと呼ぶ程に傾倒してしている。
言わば普段、自分の元にいる者同士を交換する様、ジェリドは要求しているのだ。
「リイナの絶対魔法防御。あれがなければ今度こそやられるぞ。学者殿は、身に染みた筈だ。この間の第4の魔女の襲撃で」
「あ、はい……そ、それはもう勘弁です」
ドゥーウェンの顔が青ざめてゆく。なんとか退けたものの、二度とあんな危ない橋は渡りたくない。
「で、リイナさんの詠唱を妨げない為に、侍大将ガロウさんも置いてゆくという訳ですね?」
「俺は構わねえが、俺抜きであの森を抜けられるのかい? いくらアンタが山の男でも容易じゃねえぞ」
示現流のガロウ。彼程の豪胆が歩いている様な者が心配している。
それ程に、フォルテザ、そしてそれを囲うエディン自治区の南にある自然の要害、アマン山の森は深いが、彼だけはその道なき道を熟知している。
そこをジェリドの軍200は、潜って敵の砦を目指す算段なのだ。
「なあに、それこそ心配無用。ハイエルフは森と友達であろう」
「無論、道なぞ知らぬとも拓く事は容易です」
ジェリドの期待が籠った笑顔に、顔色変えずにベランドナはサラリと答えた。
「ただ、いよいよ馬は使えなくなりますが…」
「げぇぇぇぇ、ま、マジかよ」
「構わない。ランチア、君達は好きなルートからラファンとカノンの境界線にある砦を攻略してくれ。但しラファンの街を通る事だけは、まかりならんぞ」
いよいよドン引きするランチアにジェリド総司令は、制限付きだが自由を与えた。その方が彼等は思わぬ働きをしてくれると信じている。
「よしっ、ではこれにて解散。明朝4時、陽の登らぬ内に出立する。フォルデノ兵は、私が言った通りの装備を整えておくように」
閉会した。既に夕刻を過ぎようとしていた。
ジェリドが大広間を出てノシノシと廊下を行く。その足に物音を立てない歩みでベランドナが長い金髪をなびかせて追いつく。
「相手の話だな」
「はい、誠に無能で恐縮ですが、私の精霊探知で掴めた情報はごく僅か。ただ、全て人間の兵士である事は間違いございません。約100といった所」
「いや、それだけでもありがたい。流石としか言いようがないな」
「ただ…」
ベランドナの顔色が暗い。冷静沈着で物事に動じない彼女にしては大変に珍しい。そして小声だ。余程周囲に聞かれたくないらしい。
「な、何か気になることでも?」
「はい、彼等は恐らく貴方と同じ、元フォルデノ城の騎士。しかも鎧が白でした」
「な、ば、馬鹿な…マーダの前に敗走し、生き残った兵達もエドル神殿の守りに全て使ったと、本人達から聞いているのだ」
「そうです。それが得体が知れないという事です。しかし間違いなく砦には、これ見よがしにフォルデノの赤い竜の紋章を描いた旗が…」
赤い竜の紋章。それはジェリドが国を抜けた際に鎧から削ったものだ。
「まだ生き残りがいるのか。なれど黒でなく白の鎧…。まさか、無理矢理ではなく忠誠を誓っているというのか。あのマーダに!?」
8ヶ月程前に辛酸を舐めさせられた相手に、服従ではなく、忠誠を誓う。
(あ、有り得ん事だ…俺の知っている奴なのだろうか?)
ジェリドは途端に気が重くなった。エドル神殿に続き、またもや轡を並べた仲と殺し合いをしなければならないという事に。