85 壊す為の世界、~アプセット大陸歴四百年
千年後に破壊神が目覚める此の世界で、僕等が先ず最初に行ったのは舞台に選んだ大陸に名前を付ける事だった。
番狂わせを期待してのupset、アプセット大陸と名付けたその地で、僕等は破壊神打倒の為の活動を始める。
と言っても最初は兎に角人口を増やさねば始まらない。
グレイとイリスは、土壌を弄り、天候を操作し、時に預言を与えて大陸中に人間が満ちる様に動く。
何せ最初の世代の彼等は、破壊神が他所の世界から買い取って来た人間達、謂わば完全なる被害者だ。
此の地に生まれた訳でも無いのだから、この世代は増える事と根付く事に専念して貰い、難問には此の世界の住民として生まれた者達に担当して貰おうと言うのが、僕等三人の考えである。
そしてグレイとイリスが人を増やす為に動く間、僕は魔物を生み出していた。
魔物を生み出すエネルギー源は、眠りに付いた破壊神。
破壊神が眠ている間に元気一杯になられても困るので、睡眠で増えるエネルギーを魔物として変換し、大陸内に出現する様に調整したのだ。
此れもより破壊のし甲斐がある世界を作る為って言い訳と、元の状態よりも破壊神を弱めはしないって条件で、何とか契約に抵触せずにシステムの実装に成功した。
と言っても最初に大陸にばら撒くのは、獣とさして変わらぬ弱い魔物のみである。
此の世界の食糧事情は、穀物類に関してはグレイやイリスの支援で豊富に取れるようにしているが、肉となる動物は一切与えて居ない。
肉を喰いたければ此の世界では魔物を狩らなければならないのだ。
魔物を狩る事で戦いの腕を磨き、その肉を喰らう事で破壊神の力を人間達は其の身に取り入れて行く。
そして人間達が力を増せば、その増した分に応じて手強い魔物を実装して行く心算だった。
そうやって百年が過ぎる頃、数を増やした人間は漸く大陸中に広がり満ちる。
此の世界に売られて来た初代の世代の生き残りも全てが寿命を迎え、いよいよ僕等が人間達に戦いの布石を撒く時が来た。
僕は北部、グレイは南東部、イリスは南西部に其々神を装って降臨し、人間達に魔術を教える。
「此の先、魔物は益々力を増す。他所の地の人間はこの地を狙って攻め寄せるだろう。故に私は其れに抗する力、魔術を与える。君達が己を磨き、新しい段階に達すれば、私は更なる力を与えよう」
勿論今回の教え方は、何時も僕が弟子や生徒にした人間に教える様な、懇切丁寧なやり方じゃない。
魔力を視る目を目覚めさせ、基礎を説いて魔術書を与え、後は人間から人間に伝える様に命じて姿を消す。
新たな力は人間達に急速に広まり、そして預言通りに急激に力を増した魔物に抗する力となった。
其の事は僕等の言葉が真実であるとの裏付けとなり、人間達は他所の地の人間を警戒し出すようになって行く。
最初の人間同士の戦いが勃発したのは、それから間もなくの事である。
南西部と南東部の境目で、南西部の人間が狩った魔物を、南東部の人間が奪うと言う事件が起きた。
互いに異なる神を信じる彼等は、互いを同じ人間だとは見做さなかったのだろう。
そうなる様に仕向けたとは言え、ほんの僅かな時間でこの戦いが起きた事は、僕等三人にも驚きを与える。
南西部と南東部の争いは激化し、此のままでは北部のみが力を保ったままになってしまうので、僕は仕方なく外敵を討つ好機だと北部の人間を預言で唆し、戦況を三つ巴の泥沼へと導く。
信仰心なんて僕には不要とは言え、崇めて来る人間を唆すのは想像以上に心苦しく、正直しんどい。
だがその甲斐あってか、最初の戦いは遺恨を遺しての三方の痛み分けに終わった。
其の次の局面は、北部、南東部、南西部ともに、他の地域に対抗する為の纏まりを求めて、地域内での勢力争いへと移行する。
周辺の町や村々を纏めて新しい国が次々に興り、地域の主導者を目指して隣国と争う。
だが其れに伴って急速に魔術を含む人間達の技術は発展し、種としての力も増して行く。
そして僕等が此の世界の運営に携わり出してからおよそ三百年、アプセット大陸初の英雄と呼べる個体が北部に生まれた。
最初の英雄の個体名は『トレーシュナ・ファーヴ』。
血をばら撒くと言う観点からは残念な事に女性だったが、周囲から聖女と呼ばれる彼女は、その能力的に見ても間違いなく英雄の類だ。
何せ強い力と求心力で瞬く間に北部の国々を纏め上げたから、此のまま他の地域に攻め込まれては困る事になると、慌てて北部の魔物の強さを一段階上げた程である。
故に僕は北部の人間が新たな段階に達したと判断し、再び神を装い、トレーシュナ・ファーヴの前に降臨した。
「人の中より生まれし英雄『トレーシュナ・ファーヴ』よ。貴女は新たな段階に達した最初の人間。私は其れを祝福し、貴女に宝を授けよう」
夜なのに昼間の太陽の如く輝くと言う、派手な演出を伴って僕はトレーシュナの前に立つ。
僕の発する圧に平伏する人々の中で、トレーシュナは眩し気に目を細めながらも、膝を突く程度で此方を見据えている。
悪くはない。
いやそれどころか、この段階で生まれ出でたにしては破格の部類に入るだろう。
しかし彼女は、僕の発言に首を振る。
「私は宝は要りません。だが神よ。唯一つ、質問をお許しいただきたい」
覚悟を称えたその瞳に、在る予感を覚えた僕は指を鳴らして隔離領域を創り、其処に彼女を招待した。
周囲から人が消えた事に驚く彼女に、僕は頷く。
此処ならば、例えどんな質問をされようとも、彼女の言葉は外には漏れない。
彼女が神への不敬を咎められる事は無いだろう。
暫く驚きに言葉を失っていたトレーシュナだったが、大きく首を振ると立ち上がり、此方を強い瞳で見据え直す。
「神よ、御身は何故、人を争いに導いて苦しめるのでしょう?」
その問い掛けは、僕の想像通りの物だった。
盲信の中からは出て来ない、深い思慮を持ち合わせた者が歴史を振り返った時にのみ感じるその疑問。
もう少し時が流れれば、僕等の発言は時の中で曖昧にされ、この疑問もきっと生じなくなるだろう。
だから恐らく、僕が此れに答えるのは最初で最後だ。
「此の世界を破壊する災厄が後に訪れる。今の世の英雄たる貴女でも届かぬ、強大な災厄。貴女の血が人の中に行き渡り、新たな英雄が生まれて、其れを繰り返して磨き抜かれた果ての英雄のみが抗える、強大な破壊の神」
嘘は言わない。
嘘や誤魔化しを混ぜたなら、彼女は此方への不信感を強める筈。
トレーシュナにはその血を人の中に残して貰う必要が、どうしてもあるのだ。
「今の世の英雄よ。貴女が其れを疑うなら、腰の剣で私を切ると良い。今の人間には届かぬものがあると私が教えよう。不敬は問わぬ。貴女の血を失えば次の英雄を待つ為に百年の遅れが生じ、世界は破壊の神が壊すだろうから」
僕はトレーシュナの前で両手を広げる。
そして剣を抜いて構えた彼女の渾身の一撃は、僕が薄く張った障壁が、いとも容易く受け止めた。
再び膝を突いた彼女の前に、僕は剣と、更に大きな卵を一つ置く。
「何時しか貴女の子孫が破壊の神に抗える存在となったなら、その時は私も斬ると良い。此れ等はその助けとなるだろう」
破壊神への特攻効果を付与したこの剣は、破壊神の力で生み出した魔物や、その肉を喰らって力を取り込んだ此の世界の人間に対しても特攻効果を持つ。
卵は大奮発しての竜の卵で、隔離領域に移り住んだ創造神と維持の神から譲り受けた物だ。
飛行手段の一つも無ければ破壊神への対抗は難しいし、何より上手く高位竜にでも育てば、此の世界を守る上で大きな助けとなるだろう。
創造神や維持の神としても此の世界の様子は矢張り気になっていたらしく、破壊神を打倒、或いは反省を促せる結果になるのならと、支援と其の後の世界の面倒を見る事を約束してくれた。
僕は膝を突いたままのトレーシュナの肩に手を置くと、隔離領域を消し、彼女と共に元の場所へと戻る。
光輝く僕と彼女の出現に、再び平伏する人々。
その仕草がコミカルで思わず笑いそうになるが、グッと堪えて僕は姿を消す。
宝を受け取る事、此の世界に血を遺す事を了承してくれたトレーシュナにだけ聞こえる様、「ありがとう」と呟いて。
トレーシュナは存命中に北部の国々を次々に纏め、巨大国家を作り上げ、しかもその傍らに何と八人の子を産んだ。
更に、まるで纏まった北部の脅威に抗う様に、南西部、南東部にも英雄と呼べる人間が出現して統一が果たされる。
南西部、イリスは優秀な人材の縁結びを気長に行った末に英雄が生まれ、南東部、グレイは人間の老人に姿を変えて優秀な戦争孤児を拾って育て、英雄にまでしたらしい。
何其れ、老人姿のグレイに育てられるとか、凄い妬けるんだけれども……。
まあ僕の感情はさて置いて、アプセット大陸歴で四百年、統一された三つの地域は二度目の大戦争へと突入した。