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69 巧といろはが歩む道



「友よ、随分と酷い戦いだったな」

 グラーゼンは何故だか、物言いたげな目で僕を見るが、知った事では無い。

 僕は戦いにロマンを求めるタイプでは無いのだ。

 戦いとは互いの利益の相反が故にやむなく生じる物で、出来れば避けた方が良いと言うのが僕の考えである。

 ただし避けるべく努力をするのが自分だけである場合は、速やかに相手を滅した方が楽なのもまた真理だが。

「大事な物を失いたくなかったからね。じゃあ予定通り、紡ぎの女侯の魔界は、グラーゼンに移譲するよ」

 僕の言葉に、グラーゼンは不承不承頷いた。

 彼としては此れを機に、僕に勢力を拡大して欲しかったのだろうが、魔界が増えると管理がとても面倒臭い。

 何しろ僕は、未だ暫くは巧といろはの世界で過ごす心算なのだから。


「対価は後で届けよう。それで、その二人が例の、話に聞いていた友の自慢の召喚主達か。ふむ、実に良いな」

 グラーゼンが僕の後ろの二人、巧とイーシャに興味を示したので、僕は二人の保護を更に強める。

 並の人間がまともにグラーゼンの姿を見、声を聞けば、其れだけで存在が消し飛びかねない。

 故に僕が保護を掛けてるが、保護越しでももしかしたら何らかの影響はあるかも知れなかった。

「グラーゼン、人間相手に、君は強すぎるよ。ちょっと抑えるか、話し合いはまた後日にしてくれる?」

 つれない僕の態度にグラーゼンはほんの少し寂しそうにし、だが僕が巧とイーシャを優先したがってるのを察したのか、微笑みを浮かべると其の姿はスッと消える。


 ふと気付いて観察すれば、紡ぎの女侯との契約の残滓が、イーシャの魂からは完全に消えていた。

 グラーゼンショックに洗い流されたのか……。

 成る程、あの友人は、やっぱり思う以上に僕に対して親切らしい。

 戦争の観客をしていたのも、万一の際に自分の存在を紡ぎの女侯にちらつかせる為だろうし、ちょっと過保護過ぎる気はするが、感謝の気持ちは改めて。



「レプトッ、虫の良い事を言ってるのは承知の上だけど、私を、貴方の悪魔にしてっ!」

 さて帰ろうか。

 そう言い掛けた僕の腰に、しがみ付いたイーシャは言う。

 僕は彼女の頭を一つ撫で、

「良いけど、ちゃんと人間として大きくなってからね。折角時間の猶予が出来たんだし、もうちょっと色々体験して、いろはとしての人生を歩んでから決めて。今度は置いてったりしないからさ」

 そう告げる。

 悪魔王同士の戦争にまで発展したが、僕にイーシャを責める気はあまり無い。

 だって向けられた感情は好意なのだから、其れは僕には喜びだ。

「レプトが、僕の友達を口説いてる……」

 巧が僕を半眼で睨むが、別に口説いてないよ?!

 僕はイーシャを撫でる逆の手を、巧の頭の上に置く。

「巧も一緒に来て良いよって言いたいけど、前の君には一回振られてるからなぁ。無理強いはしないよ。でも僕以外の悪魔と契約するのは絶対にやめてね。今回初めて気づいたけど、僕って結構嫉妬深いみたいだから」

 男女比的にも切実に。

 何せベラでさえ女の子なのだから、揉め事になった時は全員が敵に回るのだ。

 是非同性の味方が欲しい。

 勿論巧が相手だからこそ、僕はそう思うのだけれど。



 そうして、僕等は巧といろはの世界の、住処とする一軒家のリビングに戻る。

 僕等が魔界で戦ってる間に、此の世界では数日が過ぎてた様で、巧といろはは小学校を数日休んでしまっていた。

 幸いと言うべきか、いろはの両親は悪魔に憑りつかれていた影響からか、未だいろはを行方不明だと届け出ておらず、暗示を掛ける必要もなく謝罪と説得で事は済んだ。

 ニュースは頻りに、発射された核や其れの消失を取り上げていたが、まあ其れもどうせ暫くしたら落ち着くだろう。

 此の国のニュースは真実を伝える事よりも、耳目を集める事と世論の操作に忙しい。

 新鮮味の無くなった話を、何時までも語りはしないのだ。



 次の年、六年生になった巧といろはは、初めてクラスが別になった。

 其れはもう、彼等の運命に僕等以外の悪魔の影響が無くなった証で、僕は其れを密かに喜ぶ。

 いろはにはイーシャの記憶が戻っているが、其れでも彼女はいろはである。

 精神は肉体の影響を受け、今まで積み重ねた記憶は、過去の記憶にだって塗り潰されやしない。

 だからほんの少しだけ、僕は巧といろはの関係が、恋人同士になるんじゃないかと思ってた。

 他の誰かじゃ無く、巧が相手なら、僕は其れを喜んだだろう。

 人としての幸せを掴んでくれるなら、別に悪魔になる道を選ぶ必要なんてない。

 そんな道は来世でも、そのまた次でも何時でも選べる。


 なのに二人は、仲の良い友人同士ではあったけれど、それ以上に関係が発展する事は無かった。

 やっぱり僕等の存在が影響を与え過ぎたのかとも思ったが、高校に上がった巧が非常にモテ出し、浮名を流し始めた辺りで僕は気にするのを止める。

 そう言えば以前グラモンさんが、自分は若い頃はとてもモテた自慢をしてたけれど、アレってもしかしたら真実だったのかも知れない。

 巧も、もう桐生家に対するこだわりはないそうだ。

 僕等の経営する会社を継ぐのが今の所の目標らしいので、もう少し色々手を広げて置こうと思う。

 まあ主に頑張るのはヴィラとアニスなのだけれども。


 そんな風にゆるゆると、此の世界での時間は流れて行く。

 巧が、いろはが、己の道を選び、己が足で立つ力を手に入れる時まで。


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