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46 小さな魔王と



 今日はベラが居ないので、僕が護衛としてミューレーンに付いていた。

 この時間は一緒に屋敷の庭の散歩をしている。

 先日僕は砦を完成させたけど、生活拠点はこの屋敷のままだ。

 何せ見栄えを重視し過ぎて、居住性を無視して造った砦は酷く住み辛い。

 実際に使用する際には、内部の改造は必須になるだろう。


「今頃ベラはサイクロプス族のアジアラの元かや。心配だのぅ……」

 ポツリと呟くミューレーンに、僕は頷く。

 勿論サイクロプス族の族長の方が、激しく心配である。

 アニスとピスカが付いてるから、別に大惨事にはならな……、くないな。

 彼女達は事と次第によってはベラを盛大に煽りかねない。

 アジアラは強気な性格だと聞くが、彼の侮辱がミューレーンや、或いは僕に向いた時は、迷わず全員が殴り掛かるだろう。

 その点で彼女等に自重を求めるのは僕にも無理だ。


 最も冷静に物事を見れるヴィラは、彼女にしか出来ない作業が多過ぎて基本的にこの屋敷から動かせない。

 だから最初は僕が直接行く心算だったのだが、

「招きに応じた有力者があんな目に遭ったのですから、応じなかった有力者に甘くは出来ません。同志、ベラを派遣し、彼等にも同じ目に遭って戴きましょう」

 なんて風にヴィラが言い出したのだ。

 ベラに対する畏怖で結束する魔王軍。

 何とも締まらない気はするが、しかし確かに僕は少し甘い自覚がある。

 僕よりもベラが出向くべきなのは間違いなかった。

 まあサイクロプス族は頑丈だと聞いているし、うっかり死んだりしない事だけを遠くから祈ろう。


「ベラは強いから大丈夫だよ。多分僕等の中じゃ正面切って戦う場合は一番強いかな」

 僕はミューレーンを抱き上げて、肩に座らせて担ぐ。

 ミューレーンは僕と違って、どうやら普通にベラの心配をしていたらしい。

 この小さな魔王様は、実にベラに懐いている。

「ほぅ、レプトよりも強いのか?」

 抱き上げられた事よりも、僕の言葉に驚いて目を丸くするミューレーン。

 彼女はベラが僕の配下の悪魔であると承知している為、驚きだったのだろう。


「条件次第だね。近い場所で向かい合って戦ったら、僕はベラに手も足も出ないよ。遠くからなら勝てるだろうけど」

 少なくとも50m以内の距離から、ヨーイドンで戦うなら、まず勝ち目はない。

 距離を取る為に飛行や門での転移を行おうとしても、その前に一瞬で間合いを潰されてボコボコにされる。

 近接戦闘用AIに身を任せれば多少は粘れるだろうが、ベラの場合はAIが彼女の動きに対応し切る前に倒されるだろう。

 ケルベロスの頃から高かったベラの戦闘センスは、悪魔化して以降、もう手が付けられない程に成長したから。

 逆にそれ以上離れたなら、今度は僕がまず負けない。

 距離を取り、ベラが一瞬で移動出来る以上の範囲ごと、纏めて吹き飛ばしてしまえば良いだけだ。

 周辺被害も凄まじい事になるだろうが、本気の高位悪魔が戦えばその程度の被害は当然だった。


 僕の話に、ミューレーンは感心した様に何度も頷く。

「成る程のぅ。条件次第、強みを活かして、弱点を突けば強いと弱いは入れ替わる事があるのじゃな。父さまもわらわと兄さまに、勝つ為には敵を知れと言うとった」

 等と難しい所まで理解しているらしい。

 幼い見た目の割りにとても賢いが、流石は長命な魔人と言うべきだろうか。

 ミューレーンの父、先代魔王は、人間に化けて人族の領域を旅しただけあって、敵を知る事の大切さを理解していた様だ。


 なのに残念ながら、その息子であるミューレーンの兄、魔王子ツェーレはどうやらその考えをきちんと受け継げていない風に振る舞っている。

 アニスとピスカが調べて来るツェーレ勢力と人族の戦いは、……かなり状況が悪い。

 何せこの期に及んで未だ人族は下等だと言いながら強引な力押しを繰り返すので、敵に与える損害も大きいが、彼の勢力も戦力が徐々に低下しつつあった。

 こちらが送ったミューレーンの後見や四天王就任のお披露目への誘いにも、戦力があるなら傘下に加われとの返事があったのみ。

 先代魔王の教育方針を疑いたくなる周囲への目の向けなさだが、ここまで来ると逆に違和感を感じてしまう。


 ミューレーンを見る限り、先代魔王が子供等の教育に手を抜いたとは思えない。

 話に聞く先代魔王のエピソードも、魔族の窮地を救ったに相応しい、冷静さと知性を感じる物ばかりである。

 ならば何故、その血と教えを継ぐ息子がこうも愚直に振る舞うのか。

 そこには恐らく、何らかの意図が隠されている筈……。 

 けれどそれを探るのは今じゃない。

 今すべきはツェーレ以外の魔界勢力を纏め上げる事。

 そしてその成果を背景に、彼との話し合いの場を作るのだ。



「さてミューレーン、そろそろヴィラの授業の時間だ。散歩は終わりにして行こうか」

 僕の言葉に、サッとミューレーンの顔色が曇る。

 この反応から見てもわかる通り、教師としてのヴィラは鬼だ。

 相手の能力と状態を的確に見極め、努力と集中すればギリギリ消化出来る難易度の内容と分量を、授業で脳に押し込んで来る。

 ミューレーンは幼い見た目の割りに頭の働きは優秀だが、その優秀さ故にヴィラの授業は大変キツイ。

 日替わりで行う僕の魔術の授業が、まるで子供の遊びの様に思える程に。


 否、まあ実際、子供の遊びでも良いと僕は思ってやってるのだけど。

 子供が効率の良い身体の動かし方を覚えるのは、遊びを通してだ。

 だから手足を動かすのと同じ様に、基礎の魔術は楽しみながら覚えれば良い。

 勿論暴発が怖いので、僕の目の届かない所では使わせないが。


「僕も一緒に受けるからさ。うん、頑張ろう?」

 抱えたミューレーンの膝をポンと叩き、僕は宥めの言葉を口にする。

 ……もう少しばかり、手心を加える様にヴィラには伝えよう。

 AIや僕等悪魔と違い、生き物は常に百パーセントは頑張れないのだから。



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