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44 四天王就任


 さて、やる事が決まれば必要なのは人手である。

 現段階でわかっているのは、契約により主となったミューレーンには敵が多いと言う事だ。

 人間に対抗する為に、魔族の再統一は必要だが、ミューレーンの兄はそれに失敗したらしい。

 更にミューレーンもまだ幼いとなれば、魔王の血脈にこだわらず、己が魔族を統べようとする者も出てくるだろう。

 或いはミューレーンの兄も、自分の元を離れて妹の元に流れる者達を見れば、彼女を敵と見なす可能性があった。

 忌まわしい予測だが、王たる者の最大の敵が血族である事は、決して珍しくは無いのだ。


 当然だが人間の存在も忘れてはならない。

 先代魔王に傷を付けられた勇者が動けなくなったのは幸いだが、話に聞いた人間国家の王達が、今の勇者を殺して新しい勇者に力を移す可能性はある。

 無論魔王を倒した功労者であるが故、そう簡単にはやらないだろうが、……例えばミューレーンの兄が人間にとって大きな脅威となったりすれば、その時はきっと躊躇わないだろう。

 そして次の勇者が使い物にならなければまた次と、以前にやった事を、またやらない理由は無いのだ。

 人族に力を与えたのは、天使共の言う神では無く、この世界固有の神的存在の様だが、随分面倒な力を与えてくれた物である。



 ザーハックの骸を埋めて墓を作った後、この後は如何するのかと問いたげなミューレーンを、僕は抱き上げて肩に乗せた。

 僕もあまり体格の良い方じゃないけれど、それでも人間で言う所の五歳か六歳児位の大きさのミューレーンが相手なら何とか乗せられなくもない。

 因みに魔人の成長は十倍掛かると聞いたので、実際は五十~六十歳位になる筈だ。

 つまり彼女が成長し、自分の足で歩いて生きて行けるようになるには、百年から百五十年程の年月が掛かる事になる。

 今回はそう言う意味でも本当に大仕事だった。


 拠点はザーハックの遺してくれた屋敷をそのまま使えば良い。

 安全のみを考えるなら、ここは放棄して完全に誰も知らぬ場所に新たな拠点を築くべきだが、ミューレーンが後に魔王として立つ可能性がある以上、完全な消息不明にはなるべきじゃないだろう。

 今は兎も角、将来的には彼女を頼って傘下に加わろうとする魔族も居るだろうし、そう言った者達に存在をアピールしておく必要はある。

 故にこの場所は離れないが、だからこそ護衛は充実させる必要があった。

 他にも情報収集や、今後の計画の立案、ミューレーンに広い視野を与える為の教育等が必要で、要するにもう僕の配下を全員呼び出すより他には無い。


 高い視点に不安げに僕の頭を掴むミューレーンの膝をポンと叩き、僕は地を指さす。

「来て。ベラ、ピスカ、アニス、ヴィラ」

 地に四つの魔法陣が現れ、中からベラ、ピスカ、アニス、ヴィラの四人が姿を現した。

 耳元で、ミューレーンが小さく「わぁ」と歓声を上げた。

 ちょっと得意気な気分になれたが、表情には出さない。


 何時もなら呼び出すや否や飛び付いて来るベラも、僕が見知らぬ魔人、ミューレーンを抱えているので自重し、三つの頭が同時に吠える。

 他の三人も地に膝を突き、僕に向かって頭を垂れた。

「契約により、僕はこのミューレーンを、守り、導き、育て、望むなら魔王にする。しかし彼女は敵が多く、状況も厳しい。だから皆の力が必要だ。力を貸して欲しい」

 護衛ならベラが一番頼りになるし、情報収集や物資の補充にはピスカとアニスの能力が不可欠だ。

 魔術なら僕も教えれるが、それ以外の広い視野を持つ為の知識はヴィラの方がずっと教えるのも上手いだろう。

 そして何より、子供であるミューレーンの心を育てるには、出来るだけ多くの対人経験が必要である。

 獣のベラや、元妖精のピスカとの触れ合いは子供らしさを満たすだろうし、アニスは孫を一人育てた経験だってあった。

 ヴィラに至っては世界の崩壊すら見届けた人生経験の持ち主だ。


「わらわはミューレーン。皆、よろしくしてたもう」

 一斉に現れた悪魔達に怖気づいた様子も無く、ミューレーンが声を掛ける。

 流石は魔王の娘、否、新たな魔王と言うべきか、ミューレーンは胆力が強い。

 だがそれでも、彼女が爺と呼んだザーハックとの別れ、新たに生活を共にする事になる僕等との出会いと、今日はミューレーンにとって大きな出来事が続いた。

 恐らく気持ちが途切れれば、疲労と感情は一気に噴き出る筈だ。

 彼女が疲れて寝てしまうまでは付き添って、情報共有はその後にしよう。



 そう言えば我ながら間抜けな話だと思うのだけど、すっかり見落としてしまっていたが、ザーハックの遺した屋敷には当然ながら幾人かの使用人が居た。

 ザーハックに今日は屋敷の自室から出ないようにと言い含められていたらしい。

 最初は僕等を警戒していた様子だが、ミューレーンからの紹介に、一応の納得はしてくれる。

 まあ直ぐに警戒が消えないのも無理はないので、接して行くうちに少しずつ打ち解ければ良いだろう。

 視線に嫌な物も含まれていないし、特に問題は無さそうだ。


 そしてミューレーンが眠りに付いた後、僕等は集まり状況の確認する。

 特に情報収集の要になるアニスと、参謀役であるヴィラには、正確に状況を把握しておいて貰いたい。

「こんな感じで、今の状況はかなり悪いね。それに今回は時間も僕等の味方をしてくれない」

 今までの召喚では、引き篭もりながらジワジワと状況を改善させる手を打てる事が多かったけど、今回は初期から積極的に動く必要があった。

 何故ならこのまま手を打たずに時間が流れれば、魔王を目指す勢力が複数生まれ、魔族同士での戦いが起きるだろうから。

 魔族がバラバラになれば、例え勇者が動けずとも人間が勝利する可能性が高いのは、過去の戦いで証明済みだ。

 ミューレーンは無事に育ったが、その他の魔族は絶滅していました……、では困る。


「だから僕等はミューレーンの後見人として、魔王の座を望みそうな魔族を全員殺さずに叩きのめして部下にして、早目に魔王軍を再建しなきゃならない」

 その上でミューレーンが育った後に魔王を望めばその座につかせ、望まなければ他に有望な者を見付けて教育し、魔王の座につかせる必要があった。

 サイクロプスやオーガと言った戦士系の魔族はベラがぶっ飛ばし、魔人等の魔術に長けた魔族は僕がぶっ飛ばす。

 魔族は力を重んじるらしいので、それに前魔王の娘の後見人と言う名目があれば、多分魔族達は従うだろう。

 問題はその名目に真っ向から対立できるミューレーンの兄であるが、まあそれは後回しだ。

 話し合いで済むかもしれないし、殴り合う必要があるかも知れない。

 相手の反応次第である。


「従えた後は僕等が四天王を名乗ろう。魔術師系は僕が束ねて、戦士系はベラが。アニスは遊撃隊と輸送隊を編成して、ピスカは暗部だね。この四人が四天王。ヴィラは魔王の副官兼教育係だよ」

 最低限の形を急いで整えて人間に対抗出来る様にし、その後数十年掛けて規模を拡張、百年後には次の四天王を育てて交代と行けるのが目標だ。

 そして魔王軍の編成を進めながらも、人間の勇者を何とかする方法も考えなければならないだろう。

 その時、ヴィラが挙手し、皆の視線を集める。

「つまり一時的にせよ我々が完全に魔族を掌握してしまうなら従えた後ではなく、先ずMs. ミューレーンの後見、四天王就任を同時に宣言し、お披露目の為に魔族の有力者に招集をかけましょう」

 そうやって集めた有力者に、四天王の力を見せつけて屈服させるのが手っ取り早いとヴィラは言う。

 まあ確かに、一人一人ベラと僕が殴り込みに行くよりずっと話が早そうだ。

 それでやって来ないなら、従う気無しと見なして改めて殴り込みに行けば良い。

 ミューレーンの兄の反応もそれで見る事が出来るだろう。


「じゃあ私が招待状を届ける使者ね。使者として一度出向いて置けば、後日殴り込みに行く際も転移で行けるわ」

 そんな風にアニスがヴィラの提案に乗っかった。

 成る程、確かにそれも力を見せつける上では有効だ。

 万一使者であるアニスに危害を加えようとしても、彼女なら一瞬で戻って来る事が出来る。

「あ、じゃあ私! 私もアニスと行くよ。私が居れば絶対に不意打ちなんてさせないし!」

 意気込むピスカが、アニスの肩の上に舞い降り、小さな胸を反らしてエヘンと立った。


 次々と発言する皆に、ベラの三つの頭がキョロキョロと辺りを見回す。

 多分、自分も何か出来ないかと考えてるのだろう。

「うん、ベラはミューレーンの護衛ね。僕かベラか、どちらか片方はヴィラと一緒に彼女を守らないと」

 でもベラの役割はそうじゃない。

 ベラが守ってくれるから僕は自由に動けるし、ベラが攻めるなら僕は守りに専念出来る。

 僕等の関係はずっとそうだ。


「じゃあ決まりだね。今後の行動スケジュールはヴィラに任せる。アニスとピスカは聞き込みをして情報を集めて、ヴィラに伝えて欲しい。ベラは僕と一緒に護衛してよう」

 僕の言葉に一斉に頷く配下達……、もとい魔王軍四天王と魔王の副官。


 この世界での長い僕等の活動は、この瞬間から始まった。



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