41 錬金術師と派遣の悪魔6
僕が大錬金術師ヴァーミッションの召喚、悪魔王グラーゼンの所の派遣召喚を引き受けてもう直ぐ二年が経過する。
そう、ミット・シェットとパラス・クックの行っていた、学外実習の時間が終わるのだ。
つい先日、学園にはこの二年の成果を込めた作品の提出が行われた。
後は判定を待つばかり。
最後の三ヶ月は、ミットとパラスは互いの交流を断ち、己の全てを込めた作品の製作に集中していた。
交流を重ねる間に関係を深め、友人と呼べる間柄になった二人だがそれでも、否、だからこそ全力でぶつかり合いたかったのだろう。
待合で結果発表を待つミットの表情は、かつてない程に緊張で蒼褪めている。
今更緊張しても出した作品は変わらないんだからのんびり構えれば良いのだが、それが出来ないのがミットなのだ。
僕が彼女の緊張を紛らわせるための話題を考えて居ると、向こうからパラスとザーラスがやって来た。
彼女等も結果を聞きに来たのだろう。
「おはようございます、レプト様。あらら、ミットさん凄い状態ですね」
パラスとザーラスが近寄って来た事にすら気付かぬ緊張し切ったミットに、ザーラスが苦笑を浮かべる。
少し僕等の居なくなった後が思いやられた。
学外実習が終わると言う事は、僕等が付いてる時間も終わると言うのに。
「まぁ一つの事に集中し過ぎるからね。話し掛けられて、話に集中し出したら緊張も忘れると思うんだけど、よし、パラス、お願いね」
故に僕は、この後にも居なくならないパラスに、ミットの相手を振る。
でも何だかんだでパラスもそわそわしてたらしく、
「えっ、わ、私なの? もう、いきなりなんなのよ。えっと、ミット、ほら、ミット、いい加減に無視してないでこっち見なさい」
一瞬慌てた様子だが、それでも素直にミットに話し掛けて行く。
話し掛けられて漸くパラスに気付き、ミットは驚きにビクリと跳ねたが、やがて二人は久しぶりに話す友との会話に集中し出す。
そして待つ事暫く、待合室に表情に乏しい整った顔をした執事が現れ、ヴァーミッションの待つ部屋へと案内してくれた。
多分あれが、噂に聞いたホムンクルスという奴だろう。
稼働して何年程になるのだろうか。その身体の奥に、魂の存在は未だ感じない。
だが僕は知っている。創られた者にも魂は宿ると。
まあでもそんな事はさて置き、いよいよ結果発表だ。
「久しぶりね、二人とも。そしてありがとう、悪魔達。私の弟子達は、私が想像した以上の成長を遂げたわ。無論本人達の努力の成果ではあるのだけど、でも貴方達にもお礼を言わせて」
結果発表の前置きは、僕等悪魔への礼の言葉だった。
僕とザーラスが頷き、ヴィラがチカチカと瞬くのを見て、……ヴァーミッションのヴィラを見る目が好奇心に輝くが、状況が状況だけに抑えた様で、結果発表へと移る。
運ばれて来た台座の上に並ぶのは、ミットとパラスが、それぞれに己の全力を込めて作成した作品。
ミットの作品は、段ボールサイズ程の木箱で、パラスの作品は何かの薬だ。
僕はミットが何を作ったかは知っているが、パラスに関してはこの三ヶ月ほどは交流がなかったので何を作ったのかは知らない。
ついでに薬の知識もないので、見ても全く分からないが、ヴィラが小さく、
「流石はMs. パラスですね」
とか呟いてたので、何か凄い薬なんだろう。
「さて、じゃあ結果発表に移る前に、じゃあそうね、先ずはパラス。何故この薬を作ったのか教えて頂戴」
ヴァーミッションの視線がパラスに向かう。
パラスはゴクリと一回唾を飲み込むと、
「私が欠損再生薬を作製したのは、私の手に届く最も難易度の高い錬金物であると同時に、目標である霊薬、死んでさえなければ尽きかけの命すら蘇らせるエリクサーに到達する為の道の一歩だからです」
強い口調で言い切った。
成る程、五体の欠損を再生させる薬か。
ヴィラが流石と褒め称える訳だ。
魔術でも同様の事は可能だが、特に魔術の発達した世界の、しかも一部の一流のみが行使出来る術である。
「成る程、錬金術師らしい良い答えね。じゃあ次にミット、貴女はどうしてこの、オリジナルアイテム、ポーションの保存箱を作ったの?」
と、ヴァーミッションが問う。
そう、ミットが作成したのは、オリジナルアイテムだ。
妙なデザインにならない様、外観は普通の箱にとアドバイスはしたが、それ以外に僕は口を出していない。
僕はミットが緊張で喋れなくなってやしないかと心配になったが、彼女は一度、ぎゅっと目を閉じると、自分から語り始める。
その瞳に強い意思の光を宿して。
「私がポーションの保存箱を作ったのは、冒険者ギルドの人の為です」
ミットは語り出す。
錬金術師とも素材回収等で関わりのある冒険者が、如何に危険な仕事かを。
彼等の命が、安い見習い回復薬でも助かる事がある事を。
だが錬金術師達が生み出す奇跡の薬の数々も、矢張り時間経過による劣化は免れない。
それが安い値段の薬なら尚更である。
ミットが冒険者ギルドを訪れていた時、大怪我を負った冒険者が運び込まれた事があった。
その時冒険者ギルドは保管していた中級回復薬を使用したが、まとめ買いをして保管されてた最後の一本であった為に劣化が起こり、期待した程の効果は出なかったのだ。
勿論ミットが居た為、即座に彼女が新しい薬を取り出して事無きを得たが、その件はミットに強い印象を残したのだろう。
「だから私は、同じ事があってもちゃんと助かる様に、蓋が閉まってる間は薬の劣化しない保存箱を作りました」
全てを言い終えたミットは、大きく息を吐く。
ミットの答えに、ヴァーミッションは頷いた。
「貴女は錬金物を必要とする人の姿が見えたのね。良いでしょう。では結果を伝えます。先ずパラスの欠損再生薬は、既存の品ですが技術的には素晴らしく、ミットのポーションの保存箱の上を行きます」
始まった評価に、パラスも、ミットも、表情に緊張が浮かんでいる。
でも緊張だけでなくその評価を一言たりとも聞き逃さない様にとしている、そう、プロの錬金術師としての顔がそこにあった。
「一方ミットの品は技術的には一歩劣る物の、発想は素晴らしい物でした。正直、私も一つ欲しいわね。冒険者ギルドに納品した後で良いから、私にも一つ作りなさい」
途中から私事になってるが、ミットへの評価も高い。
大錬金術師なんだから、ヴァーミッションが自分で作れと思わなくもないが、オリジナルの品だけに作るなら慣れた者の方が良いのだろう。
「作品の出来としてはほぼ互角よ。でもそれでも私は優劣を付けなきゃいけないから、そうね、今回はミットの勝ちにします。理由は、それを必要とする相手の事が見えてたからね」
そして結果は下された。
悔しさに眼尻に涙を浮かべながらも、パラスがミットと握手すると言う、美しい光景が目の前で展開されてるけど、まあそれはさて置いて。
僕等悪魔にはもう一つ重要な事が残ってた。
「じゃあ今回はこっちの勝ちって事で、ヴァーミッションさんへの賞品要求は僕がするよ」
そう、それは勝者側の担当者が、ヴァーミッションに賞品を要求出来る権利を得る件だ。
ザーラスが頷き、ヴァーミッションは僕が何を要求するのかと、興味深げにこちらを眺めてる。
「僕の要求はザーラス、ヴェラの二人分の身体を作る為の素材。そしてその素材で、パラスとミットに共同での作製を依頼したい」
僕の言葉に、ザーラスとヴェラは多分予想していたのだろう。
全く驚いた様子はないが、逆にパラスとミットは真ん丸に目を見開いて僕を見ている。
「私には素材だけを出せって? 私の作より弟子の作を選ぶですって? 私はこれでもこの世界でも1、2を争うとされる錬金術師なのだけど、それを理解した上での発言かしら」
瞳の奥に怒りの炎を燃やし、大錬金術師ヴァーミッションはまるで叩き付ける様に、一言、一言に力を込めて言葉を放つ。
でもそんな物は、僕には何の痛痒も齎さない。
その程度の圧力では、悪魔王グラーゼンが機嫌良くお茶を飲みながら無意識に放つ圧の、足元にも及ばないのだ。
……否、人間の身でアレを比較対象に出す圧を発するのは、結構物凄い気もする。
「そりゃ当然だよね。噂に聞く凄腕の職人と、実際に腕を知ってて信頼出来る馴染みの職人、どちらに注文を出すかと言えば、僕は後者だよ。この世界で、僕が一番信頼出来る錬金術師は、パラスとミットだ」
二人居るから一番ではないのかも知れないが、まあ些細な事だ。
ヴァーミッションの瞳を真っ直ぐに見つめ返して宣言した僕に、彼女は不意に笑い出す。
「ふっ、ふふふははは。いや、それは道理だ。君が正しいわね。でも私を前に、なかなか言える事じゃ無いわよ。流石は大悪魔レプト、小勢とは言え悪魔の集団を率いる王ね」
行き成り笑い出したヴァーミッションよりも、何故か漏れてる僕の個人情報に、僕は驚いてザーラスにチラリと視線を送る。
だがその事に驚いたのはザーラスも同じだった様で、僕の視線を受けてフルフルと首を左右に振った。
「そりゃ、可愛い弟子を任せる相手の事位は調べるわよ。悪魔レプト、悪魔としてはあり得ない程に穏当な存在。同じく比較的穏健である悪魔王グラーゼンと親交を持ち、グラーゼン派の悪魔召喚で現れる事もある。レプトに関わった人間には大成、または大きな事を成し遂げた人物が多く、導きの悪魔とも言われる」
ヴァーミッションの言葉に、思わず、彼女を見る僕の視線に殺気が滲んだ。
ザーラスが知らないのなら、グラーゼン派からの情報流出じゃない。
だとしたら、一体何処から僕の事を知ったのか。
「怖いわね。でも即座に襲い掛からない辺り、やっぱり理性的ね。ごめんなさい。だって私が職人として振られるなんて、本当にあり得ないんだから、少し意趣返しをしたかったの。種明かしはちゃんとするわ」
しかしヴァーミッションは、僕の殺気を受けても余裕の態度を崩さなかった。
うん、完全にさっきの意趣返しである。
食えない相手だと思いながらも、僕は殺気を仕舞い込む。
ちゃんと話してくれるなら、無駄に揉める必要はない。
「錬金術をある一定レベルまで修めると、素材や錬金物、もしくは人物を見抜く目が備わるの。『鑑定』って言うのだけどね。それが育てば、異なる世界の理でも見抜けるのよ。でも気を付けて、貴方の事は、そろそろ力ある魔導書になら少しずつ記載され出すわ」
ヴァーミッションの忠告に、僕は一つ頷いた。
確かに注意せねばならないだろう。
個人の力で見抜かれるだけなら兎も角、魔導書に載ると言う事は、見知らぬ人間も僕や、僕の軍勢を名指しで召喚する可能性が出て来るって事だ。
そしてそれは、同時に僕を目障りに思うだろう悪魔や天使達の目にも止まるって事である。
グラーゼンって名前の大派閥に隠れてはいるが、そろそろ防衛にも気を配る必要があるかも知れない。
「兎に角、本当にごめんなさいね。二人分の身体の素材は確かに用意するわ。パラス、ミット、引き受けるわよね?」
僕とヴァーミッションのやり取りに唖然としていた、パラスとミットは、でもその声に我に返って頷いた。
最後に無駄に心を乱したが、後はザーラスとヴィラの身体の完成までのんびり過ごせば、この世界で成すべき事は全て終わるだろう。
友との共同作成を体験した後なら、ミットも僕等が去っても耐えれる筈だ。
「ヴィラは機械人形系の身体で、ザーラスは憑依し易い様にホムンクルスみたいな身体が良いと思うけど、どっちにしろデザインはヴィラがするから、ミットのオリジナルデザインだけはやめてね」
それから一月後、僕もヴィラもザーラスも、残された猶予を大いに楽しみ、そして僕等はこの不思議な錬金術の存在する世界に別れを告げた。
この世界の日々はとても楽しかったから、涙の別れは、もう語るのも野暮だろう。