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34 巨大竜と派遣の悪魔


 

 多くの世界において、世界の外からやって来る悪魔は強者である。

 それは対極の存在とされる天使も同様で、例えば中位の天使や悪魔は、自然を司る高位精霊と同等の力を持つ。

 更にこれが高位の天使や悪魔になれば、早々並び立てる存在は居ないだろう。

 だが一種だけ、まるで天使や悪魔の存在に抗する様に、様々な世界で原初に生まれる存在がいる。

 それこそが竜、ドラゴンだ。

 多くの世界で、最強の存在は竜である事が多い。

 勿論世界の魔力が少なくて竜の生まれ得なかった世界や、或いはバグの様に狂った力を持つ例外存在が居る世界だってある。

 でも前者は兎も角、後者には僕も行きたくないので関わる事は多分あまりだろう。

 と言う訳で僕が関わる範囲の世界では、竜は強い存在なのだ。

 下位竜は下位の天使や悪魔に、中位竜は中位の天使や悪魔に、高位竜は高位の天使や悪魔に、ほぼ匹敵するか、或いは時に上回る。


 そして今回僕に回された派遣召喚の召喚主は、その高位竜である、この世界の守護竜、エルネスドーラだった。

 いや守護竜なんて呼ばれ方をしてるなら天使を呼べと思わなくもないが、聞けば天使はすぐに神の意思だのなんだのと、兎に角やたらと事を大袈裟にしたがるので今回の件は到底任せられないらしい。

 天使の言う神は、僕等悪魔の言う所の悪魔王の様な物らしいが、彼等に任せると何時の間にかエルネスドーラが神の従僕だった事にされかねないのだとか。


 さて今回の仕事内容だが、エルネスドーラの代理として人間との交渉を行う事だ。

 守護竜なんて肩書があるなら、悪魔に頼らず当人が交渉した方が早い様にも思うが、実はそうもいかない理由がある。

 実力の上では、竜は天使や悪魔に匹敵するが、けれども彼等には大きな難点が一つあった。

 竜は永い時を生きれば生きる程にその力を増すが、同時にその体躯もどんどん巨大化してしまう。

 高位竜ともなればそのサイズは比喩でなく山に匹敵し、その声と存在はどんなに気を付けても人間程度では消し飛ばしてしまうだろう。

 それに今回、エルネスドーラはかなり怒っており、中位悪魔ですらまともに近付くのを躊躇う状態になっていたので、高位クラスの僕に派遣の話が回って来たのだ。

 中位悪魔でも近付けない状態のエルネスドーラが交渉に出向けば、加減の出来ない怒りの咆哮一つで夥しい数の人間が死ぬ。

 それ故、代理の交渉人として僕が人間の国に出向く事になったのである。


 正直な所、僕でも怒ってるエルネスドーラから事情を聞くのは結構怖かった。

 何でもこの世界の人間達が、エルネスドーラが加護を与える半竜族、メリュジーヌやヴィーヴルを狩ってるそうだ。

 両者とも蛇の下半身に竜の翼、人間の女性の上半身を持つ半竜の種族で、雌しかいない。

 どうやって数が増えるのかは謎に包まれているが、兎に角両者共に美女揃いで、更にヴィーヴルに至ってはその瞳が宝石になる。

 欲に塗れた人間から狙われる対象になるのは当然であり、彼女達はエルネスドーラの庇護の元でひっそり隠れ住む様に生きて来た。

 しかし数ヶ月程前、異世界から飛来する脅威をエルネスドーラが迎撃に向かった際に、人間が彼女達の隠れ里に押し入ってメリュジーヌやヴィーヴルを数多く浚って行ってしまう。

 戦いに勝利して帰還し、それを知ったエルネスドーラは怒り狂い、人間の国々を焼き払おうとさえ考えたそうだが、それでは浚われた彼女達まで共に殺してしまうと何とか堪え、そして悪魔に頼る事を思い付いたんだそうだ。


 ちなみに人間に対するメリュジーヌやヴィーヴルの返還と、今後一切彼女達に手出しをせぬ様にとの交渉が失敗に終わった場合、僕の仕事は交渉からメリュジーヌやヴィーヴルの救出へと変わる。

 その後、人間の国をエルネスドーラが焼き払う事になるのだけど、……僕はこの交渉はほぼ間違いなく失敗すると思っていた。

 それは別段エルネスドーラの威が足りないとか、僕の交渉技術が足りないとかの問題ではなくて、メリュジーヌは兎も角、浚われたヴィーヴルの全てが未だに無事に生きているとは到底思えないし……。

 殺して宝石として抉り出されたヴィーヴルの瞳を見れば、エルネスドーラは間違いなく拉致に関わった人間の国々を焼き払うだろう。

 もうそうなればその後に、焼かれなかった周辺の国に対して、同じ目に遭いたくなければメリュジーヌやヴィーヴルへの手出しを一切禁じる法を作れと要求する位が、僕に出来る精々だ。



 交渉の席で僕の話を聞き、真っ青になる人間の代表達だが、その一人の胸に一際大きな宝石の付いた首飾りが光るのを見て、僕は交渉が無意味になった事を確信する。

 その蛮行を行ったのは卑しい身分の者で国としては関わっていないだの、自分の国は無関係だの、色々な主張が並べられるが全て無駄だ。

 実行犯のみならず関わった者の首を全て差し出すと言ってるが、そんな事はヴィーヴルの瞳の付いた首飾りを付けているのが王の一人だった時点で不可能だろう。

 そもそも人間の首を幾ら並べた所で、エルネスドーラにとっての価値は皆無。

 僕はエルネスドーラの怒りを少しでも軽くしたければ、これ以上は一つも傷を付けず、メリュジーヌやヴィーヴルの死体の全てと、生きている彼女達を三日以内に、けれども丁重に連れて来る様にと告げ、彼等との話を強制的に終える。


 結局メリュジーヌは8割が生きて、けれども皆ボロボロの姿で返還されたが、ヴィーヴルに至っては9割が目を抉られて、骸になっての返還だった。

 その日、エルネスドーラの手によって燃え尽きた人間の国は8つ。

 周辺の国家は震え上がり、メリュジーヌとヴィーヴルには一切手を出さない事を誓うが、何時までその誓いが守られるかは疑問である。

 だって人間は時が過て代を重ねれば痛みを忘れ、欲に突き動かされる生物だから。

 その後暫くして、なんでも人間達の間には、守護竜エルネスドーラが悪魔に唆されて邪竜に堕ちたとの噂が流れたそうだ。


 でも僕には、あんなおっかない竜を唆す様な勇気の持ち合わせは、何処にもなかった。




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