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22 探偵貴族と派遣の悪魔


 フォントラン伯爵の屋敷の一室で、物語は今クライマックスを迎えようとしている。

 この部屋に集まった誰もが、今は悠々と語る彼から目線を外せない。

 今は彼こそがこの物語の主役だと言えよう。

「つまり以上の事柄が示すのは、フォントラン伯爵家の令嬢、ミッシェル・フォントランを殺害したのは、……バッファー子爵、婚約者だった貴方です」

 彼の視線が、フォントラン伯爵の隣に居た男性、殺害されたミッシェル嬢の婚約者であるバッファー子爵へと向けられた。


 ……うわぁ、本当に楽しそうだなぁ。

 僕は犯人であるバッファー子爵は兎も角、片腕と信頼していた男に娘を殺された挙句、その経緯の逐一を推理の披露と言う形で公開されてるフォントラン伯爵に同情する。

 事件の発端は、バッファー子爵が結婚前に、平民の恋人との手切れに失敗した事だったらしい。

 手切れ金をケチったバッファー子爵に対してその平民の恋人は、彼の婚約者であるミッシェル嬢の元へ行き、自分と子爵の関係で騒ぎ立てられたくなければと金の無心をしたそうだ。

 バッファー子爵は仕事は出来るが、女性を見る目はあまりなかった様子。


 ミッシェル嬢は金銭を渡し、その平民の恋人を納得させてその場を収めたが、当然ながらバッファー子爵を責め立てた。

 別に結婚前に平民と遊ぶのは構わないが、その後始末も出来ない様では貴族としての器を疑う、この事は父に報告すると。

 偉くドライな対応だが、これは相手が平民だったからこそだ。

 仮にバッファー子爵が手を出していたのが貴族の令嬢であったなら、婚約は即座に破談となった筈。


 僕には理解しがたい価値観だが、この世界の文明レベルは近代に達していても、まだまだ貴族と平民の間の身分差は大きいらしい。

 そう考えると、ミッシェル嬢が密かにその平民の恋人を始末しようとしなかったのは、実に穏健な対応だったと言えるだろう。


 さて置き、責め立てられたバッファー子爵は大慌てでミッシェル嬢を止める。

 こんな醜聞を婚約者の父であり、また役職上の上司でもあるフォントラン伯爵に知られるのは彼にとってとても拙かったのだ。

 何とか胸の内に留めて欲しいと縋り付き、その情けない姿がますます彼女の怒りを買って、振り解こうとするミッシェル嬢とバッファー子爵はもみ合いになり、そして弾みで事故が起きてしまう。

 顔色を蒼褪めさせたバッファー子爵だったが、ここまでの彼は良い所なしでとても駄目な男だけど、それでも仕事は出来たし頭も良かった。

 大慌てで隠蔽とアリバイ工作に走り、そもそも上司であるフォントラン伯爵はバッファー子爵を信用してしまっていたので、この事件は迷宮入りとなりかける。


 しかしそんな時に登場したのが、今も楽しそうに推理を語っている男、探偵貴族として名の知られるパトリック男爵だった。

 彼は嬉々としてこの事件に首を突っ込み、バッファー子爵の犯行を暴き立てたのだ。

 辛辣に隠蔽の稚拙さ、アリバイの綻びを指摘するパトリック男爵に、バッファー子爵の表情が朱色に染まる。


 全く本当に、なんで犯人を拘束もせずに煽るのだろうか。

 僕は内心で溜息を吐き、懐から取り出した銀貨を、怒りのままに懐に手を入れたバッファー子爵に向かって弾く。

 だが僕に指弾を命中させるスキルなんて物は当然ないので、弾いた銀貨はこっそり発動させた風魔法によって運ばれて、懐から短銃を抜きかけたバッファー子爵の手にめり込んだ。

 痛みに呻いたバッファー子爵の顔面に、パトリック男爵の靴底が叩き付けられる。


 あぁ成る程。

 挑発して激発させて、アクションがやりたかっただけなのか……。

 やっぱりこの探偵貴族は、実に性格が悪い。


 そう、今回僕の派遣された召喚主が、この気ままな天才肌の探偵貴族、クロムウェル・パトリック男爵だった。

「ミスター・レプト、君はこれまでやって来たどの悪魔よりも気が利くが、最後のアレはいただけない。私は自分であの程度の危機は何とでも出来た。そうだろう?」

 今現在、その召喚主は僕にプライドを傷付けられてちょっぴりおこである。

 やだもう、この人本当に面倒臭いなぁ。

 僕はそんな思いを抱きながらも、表情には出さずに、彼を宥める言葉を探す。

「えぇ勿論。ですがバッファー子爵が引き金に指を掛ければ、暴発した銃の流れ弾が他の者を傷付けた可能性がありました。勿論貴方がそれ含めて対処出来るのは知っていますが、僕は臆病なので誰かが撃たれる可能性をほんの僅かであっても潰してしまいたかったのです」

 こんな感じでどうだろう。

 相手を持ち上げ自分を下げて、言い訳かつ宥める言葉としては中々だと思うのだけれど……。


 ちらりと様子を伺えば、パトリック男爵はやれやれと言わんばかりに大仰に溜息を吐く。

「悪魔である君が? 中々面白い冗談だ。臆病で人情家な悪魔が助手と言うのも、まあたまには良いだろう」

 彼はどうやら僕の言葉がお気に召したらしく、唇の端を片側だけ吊り上げて笑みを浮かべた。

 機嫌を直してくれたのは有り難いが、でも一つだけ言わせて欲しい。

 僕を勝手に助手にしないで。

 今回僕に与えられた役割は助手ではなく、この面倒臭い探偵貴族の護衛なのだ。

 と言っても銃を抜こうとした相手を止めただけで不機嫌になるパトリック男爵が、まさか普通の人間相手に護衛を用意する筈が無い。

 だが彼には召喚に多大な代償を払ってでも、グラーゼンが眷属の悪魔達、まあ今回は派遣の僕が来ているが、を護衛として配する必要があった。


 僕はふと、それに気付く。

「そう言えば、調べた噂の中にバッファー子爵は魔術結社を支援しているって話がありましたが、……どうやらアレは真実だったようですね」

 言葉の意味を察したのか、パトリック男爵の顔が先程の比じゃない位に不機嫌な物に変化した。

 でも僕的にはその不機嫌は、こちらに向けられた物ではないから、気楽かつとても良い気分である。

「速やかに処理したまえ。わかってると思うが、君はあんな小物の銃を弾く為じゃなく、こういう時の為に居るのだよ」

 その言葉と同時に、僕と彼の居る部屋の中に壁をスリ抜けて侵入して来たのは、半透明の浮遊する人型、つまりは幽霊さんことゴーストだった。


 ゴーストはギロリとこちらを睨むと、僕ではなくパトリック男爵に向かって襲い掛かる。

 まあ勿論、どっちを襲おうと別に結果は変わらない。

 僕が指をパチリと鳴らせば、発動した光魔法によってゴーストは一瞬で掻き消された。

「えぇ、勿論。僕は貴方の『護衛』ですから。本来の仕事が出来てとても嬉しいです」

 護衛って部分を強調する僕。

 さっきのゴーストはどうやら使役する術者と繋がっていたようで、配下が倒されたにも拘らず、その気配が逃げて行く様子は無い。

 恐らく気を失っているのだろうが、取り敢えず身柄を確保するとしよう。



 この世界は急速な文明の発展、要するに産業革命を起こし、中世と近世を抜けて近代になった。

 しかしこの急速な変化は都市部と地方の格差を大幅に広げ、都市部に人と金が集中する事になる。

 そしてその都市部にやって来る人間の中には、それまでひっそりと神秘の法、魔術を受け継いで来た者も混ざって居たのだ。

 そう言った者達が受け継いだ魔術を金や立場を得る為に売り、密かに活動する魔術結社の類は急増した。

 否、魔術結社だけではない。

 都市部の裏には、質の低い魔術師が呼び出したは良いが制御仕切れずに逃がしてしまった魔性や、世界に僅かに残っていた神秘的存在までもが棲み付いてしまう。


 そんな中で目立つ探偵ごっこなんてしていたら、当然裏の存在に目を付けられる。

 探偵ごっこなんて言い方をしたらパトリック男爵は激怒するだろうけれど、僕にはそんな風にしか見えないし。


 故にパトリック男爵は自衛の為に、魔術を学んで悪魔を呼んだ。

 彼自身は不条理の塊だとしか思えない魔術を毛嫌いしているが、それでも悪魔召喚にまでこぎつける辺りは、紛れもない本物の天才なのだろう。

 契約内容は、付き従って護衛をする事。

 ただし彼の調査、推理には神秘的な事象が関わらぬ限り、一切口出しをしないとなっている。

 そんな一本筋の通った所は、まあ正直嫌いじゃない。


 でも僕が彼を理解出来ないのはここからだ。

 対価は、先払いで味覚。

 視覚、嗅覚、聴覚、触覚は調査や推理に必要として、彼は味覚を対価に捧げた。

 そして後払いで、彼が死ぬか、或いはその頭脳の働きが翳りそうになった時、パトリック男爵の魂は対価として捧げられる。


 食の楽しみを捨ててまで、悪魔に魂を捧げてまで、推理を楽しみたい理由がわからない。

 今の自分を最高とし、劣化をするならその前に悪魔に魂を与えてしまえと思える精神性、情念には寒気すら感じた。

 でも多分、だからこそ彼は天才なのだろう。

 そしてそれは僕に最も欠けてるモノだ。


 気は合わないし、理解も出来ないし、正直面倒臭い相手だが、それでも彼への敬意は持てる。

 だから今回の派遣召喚は、……実はそんなに嫌じゃない。





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