151 同盟と暴虐2
事の起こりは、魔界の僕の元に一人の天使が内密に助けを求めて来た事だった。
本来不倶戴天の敵である筈の悪魔に、そんな真似をした変わり者の天使の名はシエル。
僕と幾度か関わりの合ったカリエラ派閥の高位天使だ。
「悪魔の王に伏して願う。我が身の全てを対価として構わない。どうぞ願いを聞き届け給え」
そう、高位天使である。
つまり何千何万の天使の上に立つ力と誇りを併せ持つ筈の、そんな彼が相容れぬ筈の悪魔に対して頭を下げた。
これは結構長く悪魔をやってる僕も、遭遇した事のない珍事である。
シエルの願いは、最悪の場合にカリエラを密かに匿い保護する事。
何でもカリエラの派閥は、他の天使の派閥によって、少しずつ追い詰められつつあるらしい。
今は未だ直接の戦争には発展していないが、カリエラの派閥は悪魔と交わった疑いにより、複数の天使の派閥から糾弾を受けて居るのだと言う。
友好的な、穏健派の派閥は擁護をしてくれているが、天使の主流は過激派の為、カリエラの天界は遠からず他の派閥からの大規模侵攻を受ける事になる
故にシエルは、主であるカリエラにすら内密に、もしもの時は彼女だけでも助けてやって欲しいと僕に頼んだのだ。
……そして僕は、当然その願いを断った。
天使の願いを、悪魔が受ける筈がないだろうと、地に額を擦り付けるシエルにそう言って。
当たり前だ。
だって彼女が、自分の派閥の天使達を見捨て、たった一人で助かる事を望む筈がないから。
だからもしも僕が、本当に彼女を、カリエラを助けたいと思うなら、その方法はたった一つしかない。
そう、カリエラの天界に過激派の天使達が攻め込むその前に、その全てを滅ぼし尽す位だろう。
カリエラに配下を見捨てて匿われる事を納得させるよりは、多分ずっと簡単だ。
僕の配下達は、僕が何かを言う前に、既に戦争の準備に取り掛かっていた。
あまりに気が早過ぎる彼等に、僕は思わず苦笑する。
「もしもお迷いでしたら、My Lord. 私は反対したでしょう」
「でもレプトがやるって決めたなら、僕等は何も言わずに従うさ」
「あら、グレイはそうでも、私は違うわ。ちゃんと後で埋め合わせしてよね?」
ヴィラ、グレイ、イリスが僕の背中を押す。
ベラは何も言わないが、その瞳に闘志を滾らせて、
「しょーがないなー。でも天使は怖いから、危ない時はレプト様がちゃーんと守ってね!」
ピスカは僕の頭の上に乗っかった。
そして最後に、
「レプト君、私達が貴方に付いて行くのは当たり前なんだから何も言わなくて良いのよ。でも勝てる算段をちゃんと付けるのが、レプト君の仕事だからね」
アニスがそう言って締めくくる。
あぁ、流石に僕と配下達でも、複数の天使の派閥を一度に相手にすれば、潰せる派閥は一つか二つだ。
それでは失う物は多過ぎるのに、必要とする数には届かなかった。
ならば足りない力は、他所から借りて補うしかない。
そう、グラーゼンと、同盟の力を。
話し合いの当初、グラーゼンは天使との戦いには利がないと渋ったが、それには事前に協力を頼んで同席して貰ったシュティアールとバルザーが反論した。
曰く、僕に貸しを作れる事自体が大きな利だと。
仮に僕が単独で戦って消滅すれば、それは同盟にとっての大きな損失だと。
後、借りの話で言えば、そもそもカリエラが他の天使から責められる様になった原因の何割かはグラーゼンにある。
カリエラと僕が知り合った際の、一時的な同盟は向うから持ち掛けられた物だが、その原因は『虚飾の鏡』アウルザルだったので、つまりは悪魔側の不始末だ。
次に僕とカリエラが魔法少女を通じて共闘した件だが、あれもグラーゼンが終末の獣なんて強敵を無駄に持って来たからそうせざる得なくなっただけで、やっぱりグラーゼンが大体悪い。
更に僕は、今回の天使との戦争には大きな利があると思ってた。
と言うよりも、いい加減割と過激派の天使とやらが鬱陶しいので、アイツ等を排除出来るってだけでも充分に利はあるのだ。
また過激派の天使の派閥を幾つか消滅させて力を大きく削げば、カリエラを通じて穏健派の天使と対話を行える可能性も出て来るだろう。
そうするとカリエラの存在は悪魔と交わった排除すべき天使から、悪魔側に強力な伝手を持つ対話の為の窓口に変わる。
カリエラと彼女の派閥が、天使のままに助かるには、これが一番都合の良い展開だと思う。
最後の一言は言わなかったが、僕の言葉にグラーゼンは仕方がないと頷いた。
まあグラーゼンさえ説得出来れば、他の面子も口では何だかんだと言いつつも、どうせ自然と付いて来る。
そしてこの同盟の悪魔達は、いざ戦いとなれば誰も彼もが歴戦の強者達だ。
今回の戦争で滅ぼすべき過激派天使の派閥の数は、最低でも五つ、可能ならば二桁以上。
狙う相手の目星は、もう既に付いていた。
時折発生する天使と悪魔の小競り合いとは、比べ物にならない大戦争が起きる。
口先ばかりの過激派天使達が、怯えて震える大戦争が。
勿論その先陣は、僕以外にあり得ない。
さぁ、久方ぶりの暴虐の始まりだ。