150 同盟と暴虐1
収納から取り出した大きな竜の心臓を、念動の魔法で宙に浮かし、周囲から熱を加えて焼いて行く。
高位竜の胸から抉り出した所をすぐに保存していた心臓は、未だに強い熱への耐性を持っている。
故に僕の生み出す高熱もゆっくりとしか中には浸透せず、だからこそ旨みを逃がさず閉じ込めながらその肉を焼いていた。
竜の心臓を焼いた際に出た油は、舐めただけで不思議な力を人に与える。
……まぁ並の人間だと与えられた力に耐え切れずに即死する場合の方が多いけれど、それ位に竜の心臓が秘める力は強い。
並の竜ですらそうなのだから、高位竜ともなれば尚更だ。
仮に下位の悪魔がこの心臓の肉を一切れでも食べたなら、中位相当の力を手に入れる事になるだろう。
もしも丸ごと一つを全て平らげたなら、或いは高位相当の力を。
尤もちょっとした一軒家位の大きさはある心臓だから、幾ら悪魔でも一人で食べ切るのは少しばかり厳しいと思うが。
僕もまだ数度しか口にした事がない取って置きの食材だ。
でもこの調理法なら、この食材の美味さを十分に引き出せると言う自信があった。
心臓の外側は徐々に焦げ付き始めているが、その旨みは中央に凝縮されている。
さてこんな手の込んだ御馳走を振る舞う相手は当然只者である筈がない。
調理中の僕を黙って見詰める十一対の目は、グラーゼンを盟主とした同盟の悪魔王達。
いやまぁ、序列十二位『不出来な暴食』マーマールだけは食欲が暴走しない様に、グラーゼンが膝に抱えて押さえてくれてた。
僕が中空を指で切ると、芯まで充分に熱の通った竜の心臓が、縦に割れる。
途端に広がる暴力的な理性を狂わせる芳香に、マーマールがジタバタと暴れ出すが、それを抱えるグラーゼンは笑顔のままで身じろぎもしない。
こんな時は実に頼りになる盟主だ。
更に指を動かして、僕は心臓の中枢、旨みと生命力が凝縮された部位のみを切り取って、それを大皿の上に乗せて切り分ける。
正しく、正確に十二等分。
そしてそこに、口に含めばあまりの辛さに死者でも蘇ると言う、強壮効果のある世界樹の葉から作った香辛料を、ほんの僅かにまぶす。
これ以外の調味料、香辛料では、強過ぎる旨みに押し流されてしまうから。
ドリンク、食中酒にも拘った。
大勢の妖精が集めた中から、更に質の良い物を選りすぐった蜜から造り、強力な霊地で一千年寝かせた秘蔵の酒をグラスに注ぐ。
以前に味見したグラーゼンが、原初の乳酒に匹敵すると言っていたから、割と自信の逸品である。
勿論、肉や酒以外にも今日は色々と用意しているが、並べればどうにもキリがない。
「こんなに御馳走して貰えるなら、レプト君のお願いを聞く甲斐もあるってものね」
冗談めかしてそう言うのは、序列四位『幾千万の子を産みし母』シュティアール。
単に食事をしているだけなのに、その仕草が、濡れた唇が、こちらを見る流し目が、妙に色気を放ってる。
まぁさて置き、そう、彼女の言う通り、僕が食事を悪魔王達に振る舞うのは、これから頼み事を聞いてくれる彼等に対しての心ばかりの礼だった。
「かはは、我は暴虐からの頼みであれば、何の条件がなくとも動きますがな」
呵々と笑ってそう言うのは、序列五位『死の大公』バルザーだ。
いやいや、対価なしの無条件で動くのは、悪魔としてどうかと思う。
確かに僕だって、バルザーやシュティアールに頼まれれば、損得は度外視して動くけれども。
「いやね。それじゃあ、私が吝嗇みたいじゃない。勿論私も、レプト君が一晩付き合って、私に子供をくれるなら条件なしで動くわよ」
バルザーに対して言い返すシュティアールだが、それは無条件と言って良いのだろうか。
この二人は、同盟の中でも僕と親しい悪魔王だから、その物言いも実に気安かった。
他にもグラーゼンやマーマールとだって親しいのだが、盟主としての立場があるグラーゼンは、今は必要以上に僕に近しい発言はしないし、マーマールは食事に夢中で何も言わないし聞こえてもない。
マーマールは残った心臓にも齧り付いてるが、せめて焦げた部分はペッてして欲しいのだけれど。
「勘違いしないで欲しいのですが、私が動くのは対価に釣られたからでも、暴虐の王の頼みだからでもありません。戦うべき相手と戦おうと思ったまでです」
肉を切り分けて口に運びながらも、フンと鼻を鳴らすのは序列三位『牙の王子』ハイレット。
見た目は十四、五歳位の少年に見えるが、その実は同盟内でグラーゼン、僕に次ぐ実力の持ち主だった。
グラーゼンに酷く心酔し、不遜にも同じ王の称号を持つ僕に対しての対抗意識を燃してるらしい。
尤も彼は暗闘を仕掛けてくるタイプではないので、僕に噛み付いて来るのはグラーゼンの注目を自分に引き寄せたい時だけだ。
実に可愛らしい物である。
ついでなので他の悪魔王も軽く紹介するなら、序列六位は『悪水伯』のマードラン。
マードランは水、液体を操る事を得意とする悪魔で、酒なんかにもとても詳しい。
では何故『悪水伯』等と呼ばれるのかと言えば、呪い雨を降らし、地を腐らせて人々を苦しめ、それを止める為の対価として生贄を要求するやり口を好むが故に。
僕には他人のやり方に口を出す趣味は無いが、まぁ陰湿だなあとは思う。
近寄ると何だかじめじめしてる気もするし。
正直僕とマードランの仲は、あまり良くない。
でも彼の賢い所は、同盟内での自分の立場を確立する為に僕と敵対するポーズは取ったり、実際に色々と動きはするのだが、逆鱗に触れようとは決してしない所だ。
僕を非常によく理解してる悪魔だと言って良いかも知れない。
そんな彼も、今は珍しい酒を口に出来てとても機嫌が良い様だ。
次に七、八、九は纏めるが、この三名は合わせて異名を『三賢魔』と言い、名前は順番にギューザム、リュードーシュ、バイクヘー。
彼等はあまり同盟内での派閥争い的な物には興味が無い。
この三名は何時も何かの分野で競い合っては喧嘩をしてるが、外敵に対しては三人掛りで反撃すると言う、仲が良いのか悪いのか良くわからない連中だった。
今は誰が竜の心臓の味を一番上手く表現出来るかで、懸命に言葉を連ねては他人の文言を貶してる。
良いから黙って食べろと思わなくもないが、それを口にすると多分三人掛りで反論して来るので、面倒臭いから気にしないのが一番だ。
序列十位は『悪疫の乙女』アハーシャ。
彼女はあらゆる病を操ると言われるが、病をばら撒くのみじゃなくて治す事も出来るらしい。
だからアハーシャや彼女の眷属は、病の治癒を求める患者や、流行病を根絶させたい医者に呼ばれる事が多いそうだ。
でも基本的には、病はばら撒く方が好きなんだとか。
マードランと仲が良いので、結果的に僕とは疎遠である。
序列十一位は『傲慢なる騎士』サイアルサイアル。
グラーゼンから魔界を割譲されて独立した悪魔王らしいけれど、あまり関わる機会がなかったので良く知らない。
特異な能力は持たないが、直接戦闘は強いそうだ。
バルザーとは仲が良いと聞いている。
……と、まぁこんな所だろうか。
悪魔王はその全てが曲者で、こんな簡単な紹介ではその本質には到底手が届かないけれども、今回重要なのは彼等のプロフィールではない。
「良いもてなしだ。友よ。しかしこれはあくまで、戦いの前の景気付け。召喚された悪魔に対する捧げ物の様な物。ならば友の願いである天使との戦争に勝利したならば、もっと素晴らしい対価、戦勝の宴が待つ筈だ」
グラーゼンは全ての悪魔王の様子を見まわしてから一つ頷き、僕を振り返ってそう言った。
あぁ、それは勿論、その通り。
僕の願いはこんな食事や、或いはその戦勝の宴とやらでも賄い切れない程に、重い願いだったから。