149 魔眼の後継
生きる上でのみならず、魔術の行使においても、目は非常に重要な器官だ。
魔力を感知する魔力視は実は盲目であっても可能だが、それでも魔術を行使する際、対象に集中するにはそれを注視するのが一番早い。
故に目は、人体の中でも特別扱いされる事が多い部位だった。
少し話は変わるが、以前にも説明した通り、僕が見て来た限り超能力には二種類ある。
一つ目は先天的に魔術を行使する回路を生まれ持っていて、それを本能的に使用してる場合で、これを仮にケースAと呼ぼう。
もう一つは精神力が異常に強く、あまりの出力に物理現象を引き起こしてる場合で、これを仮にケースBと呼ぶ。
この内ケースAは、魔術が盛んな世界では超能力としてでなく、先天的に魔術を持って生まれたのだと、比較的正解に近しい形で認識されていた。
またこのケースA、先天的に魔術を行使する回路は、低い確率ではあるが親から子へと遺伝もするのだ。
そしてその魔術を行使する回路が、目と脳を繋ぐ神経、或いは目その物に宿っていた時、それは魔眼と呼ばれて非常に特別な扱いを受ける。
例えば、魔眼を持った当主が非常に多くの子を設け、魔眼を引き継いだ者のみが次の当主として選ばれる家訓がある等。
確かに先天的に魔術を行使する回路を持った者が、正式に魔術を取得した場合は高い能力を発揮する場合が多いから、決してこれは非効率的だとまでは言えないが、その他の資質を見ずに魔眼の有無だけで全てを決めるのは、多くの悲劇を生む取り決めでもあった。
今回僕が召喚されたのも、その悲劇が生まれようとしていたからだ。
とある魔術師こそが貴族の様に人々の上に君臨する世界で、彼等が火の魔眼と呼ぶ、先天的な魔術を行使する回路を受け継ぐ魔術家があった。
まぁ実際に火の魔眼、もう少しわかり易い言い方をするなら、パイロキネシスは対人戦では非常に強力な能力だ。
その使い手に見られるって事は、銃口を額に突き付けられている事に等しい。
何せその視線に少し力が込められたなら、たちまち炎に包まれて死んでしまうのだから。
件の魔術家、シュローゼン家が火の魔眼を必死に保持しようとするのも無理はないだろう。
そして僕を召喚したのはバストリア・シュローゼンと言う、そう、そのシュローゼン家の当主だった。
「対価には家伝の魔導具を捧げよう。故にどうか、頼む。私の火の魔眼を、長子であるストラスか、末子であるクロイセに移し替えてくれ」
そうなると願いは当然の様に、火の魔眼、シュローゼン家の継承に関して。
その願いに、僕は思わず眉を顰めた。
火の魔眼の移植自体は、折角現物が目の前にあるのだから、僕にとっては難しくない。
但しそれは、恐らくバストリア自身も薄々理解はしているのだろうけれど、問題の先送りにしか、否、或いは問題をより複雑化させる事にしかならなかった。
現在、バストリア・シュローゼンの子供の数は十三人。
……実の所、その中にはちゃんと火の魔眼を発現した者も居るのだ。
バストリアの八番目の子にあたる、キュローシュは生まれ付き瞳に火の魔術を行使する回路、火の魔眼を持って生まれた。
しかし生まれ落ちてすぐに、火の魔眼の力で己が母親を焼き殺してしまう。
勿論これは、生まれたばかりで魔眼の力を制御出来る筈のないキュローシュに罪はなく、シュローゼン家に伝わる対処法を教わっていたにも拘らず油断からそれを怠った彼の母にこそ問題がある。
けれども己の手で母を焼き殺した赤子を使用人達は怖れ、キュローシュは生まれ落ちて直ぐに歪みを抱えた。
またそんな歪みを抱えながらも、生まれた時から次期当主である事が決定付けられて居た為、彼は破壊的で傲慢な性格に成長して行く。
本来それを止めれたのは、父親であり、唯一の上の立場に居るバストリアだけだっただろう。
だがバストリアは強力な魔術と火の魔眼を併せ持つ強者として、他国との戦争に派遣させられて忙しく、息子の成長を見守れなかったそうだ。
そうして気付けば、キュローシュの破壊的で傲慢な性格は手の施しようがなくなっており、気に食わない事があればすぐに火の魔眼の力を使い、魔術や領地経営に関しては学ぼうともしない。
キュローシュがシュローゼン家を継げば、家の者にも、領民にも、大きな不幸が降りかかる。
現当主のバストリアはそう考えて、内政に優秀な手腕を発揮している長子のストラスか、火の魔眼こそ持たぬけれど、魔術の才に溢れて気質も穏やかな末子のクロイセに、己の魔眼の移植をと僕に願った。
一応、その気持ちはわからなくもない。
でもこれまで次期当主として扱われていたキュローシュが、他に火の魔眼の保持者が出て来たからと言って、素直にその座を諦めるだろうか?
更にシュローゼン家の中には、次期当主であるキュローシュに嫌われてその破壊性を向けられる事を恐れ、率先して彼に従ってる者だっているのだ。
彼等は今更自分の旗色を変えられないから、シュローゼン家の継承争いは非常に熾烈で醜い物になるだろう。
そしてその争いは今回だけでなく、火の魔眼を移植される事で当主が生まれたと言う実績がある限り、その繰り返しを狙って、繰り返しを恐れて、身内同士での争いは繰り返される。
それに火の魔眼を移植したとしても、次の当主の子が火の魔眼を発現する可能性は、今より格段に下がる筈。
いやまぁ普通に問題なく発現する可能性もあるけれど、目だけを後から移植されても、保持する遺伝情報は変わらない。
少し例えるのが難しいが、仮に初代であるシュローゼン家の開祖にそっくりな顔の者が火の魔眼の所持者だとしよう。
似てない一族のAさんに後から火の魔眼だけを移植しても、次に生まれた子供がシュローゼン家の開祖に似ている可能性は下がる。
やはり元々似ているBさんの子供の方が、開祖に似る確率は高い。
血の濃さを保つ為に色々やってはいるけれど、要約するとそんな話だ。
つまりこれまでシュローゼン家が大事に必死に何とか守って来た、火の魔眼の放棄に繋がる選択になりかねないって話だった。
「なら一体、私はどうすれば良いと言うのだ……」
僕の指摘に、バストリアは頭を抱えて下を向く。
本当なら僕だって、言われた通りの願いを叶えてやるのが一番手っ取り早くて楽である。
けれども召喚主の心に寄り添うならば、解決にならない方法で問題を先送り、複雑化させたとしても深い後悔が待つだけだ。
それと僕には先程のバストリアの言葉、どうすれば良いのかって自問自答に対する答えを持ってた。
「好きな風にして良いよ。君が心底願うなら、僕がそれを助けてあげるから」
それが僕、悪魔王レプトと言う悪魔なのだ。
もしバストリアがキュローシュに一切の愛情を持ち合わせて居なければ、そもそもその存在自体を消してしまえば、今回の件は僕に頼らずともどうにかなった。
その後、彼はまた若い妻を何人も娶り、多くの子を設けて火の魔眼の発現を待つ必要があるが、今の体制は維持出来る。
なのに僕を頼ろうとしたのは、彼がキュローシュに対する愛情を持ち、見捨てたくないと思っているからだ。
それは家を第一に考えるなら甘さでしかないが、でも父親なんだから当然だろう。
だとすれば取るべき方法は、火の魔眼の保持に必死な、言い方を変えれば火の魔眼に依存し過ぎてるシュローゼン家を変えるか、或いはどうしようもないと思われてしまってるキュローシュを変えるかだ。
そしてどちらも、僕にとっては容易い事だった。
まぁ或いは両方でも良い。
今はキュローシュを教育して次期当主とするが、火の魔眼に対する傾倒を緩和する為に魔術の才があるらしい末子のクロイセも僕が鍛える。
どちらも結果さえ出せば、周囲の目と認識は大きく変わるだろう。
勿論それなりに時間の掛かる契約内容となるから、対価もまたそれなりの物を貰わねばならない。
具体的には、現当主であるバストリア・シュローゼンが持つ火の魔眼とか。
「私の家と、私の家族が、どうか不幸にならぬ様に力を借りたい」
僕の問い掛けに、バストリアはそう口にする。
いや、そう願った。
厳しい言い方をすれば、バストリアは家の当主としても、父親としても中途半端だったのだろう。
でもそれは仕方のない事だと、僕は思う。
だって父祖から受け継いだ家も、自分の子供達も、どちらも大事で当たり前だから。
それに何より、僕を召喚したのだから、全ては手遅れじゃなくなった。
今からでも充分に取り返せる。
身も蓋もない言い方をするが、突き抜けた力の前には大抵の問題は粉々に砕け散るのだ。
「うん、任せておいて」
まず差し当たっては、キュローシュに今のまま家を受け継げば、どんな未来が待つかを僕がシミュレートして経験させる事から始めようか。
家中の者に毒を盛られるのか、焼き払っても焼き払っても必死に殺しに来る領民の数の暴力に負けるのか。
暗闇で視線が途切れて火の魔眼が使えぬままに殺される事もあるかも知れない。
少しの魔術が使えれば容易く切り抜けれた筈なのに、今のキュローシュはそれさえ出来ないから。
多少の歪みなんて消し飛ばす位に、数多の窮地を精神の世界で体験させよう。
そんな時頼れる物は何なのか。
火の魔眼か、魔術か、己の腕力か、知恵か、勇気か、精神力か、それとも誰かの優しさか。
己に自信が持てたなら、火の魔眼に縋って傾倒して、それを振り回す事で自身の価値を誇示しようとは思わなくなる。
周囲の状況、他人の気持ちを理解するだけの知恵を持てば、己を見詰め直せる。
途中で折れる事は、僕が許さない。
今の状況に陥ったのは、キュローシュにだって咎がないとは言えないのだ。
やると決めたら徹底的に。
いっそ死にたいと喚いても、僕は決して逃がさない。